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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
愛しい人と呼ばれる日まで
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57 あなたとの時間

疲れた様子のルイを前に、私は途方に暮れていた。


「ねぇ、ルイ・・・そんなに疲れているなら、こんなに頻繁に様子見に来なくていいのよ。私はほら、この通り元気だし、もう目を盗んで家を出たりしないから。もし出かけたいなら、ちゃんとアガットについてきてもらうし、エヴァやドミニクを誘うわ。だから、もう疲れて寝込んだりしないと思うの・・・ルイ、聞いてる?」


私がソファの隣に座ってルイの顔を覗き込むと、ルイは潤んだ目で私をじっと見つめた。金色の髪は変わらず美しかったがやや乱れ気味で、紺碧の瞳は眠そうにとろりとしている。


「・・・聞いているさ。では、会いに来るなと行っているのか?」


おかしい。私がわがままを言っているわけではないのに、不満そうだ。


「違うわよ。どうしたらそんなことになるの?」

「来なくていいと言った・・・」

「体を休めて、と言ってるの。忙しい合間にわざわざうちに寄っていたら、体が保たないわ」

「セーレと会う時間が持てないのなら、何の意味があるんだ? ・・・あぁ、セーレがうちにいた時は毎日会えたのに・・・」

「もう一度、私に寝込めと言ってるの?」

「違う」


ルイは言うと、私の手を取ってそのまま私の肩に頭を乗せた。


「セーレのそばにいたいんだ・・・」


その言葉に、私は顔が赤くなるのを抑えるので精一杯だった。


・・・誰だろう、この人? 本当にルイなのかしら? ときめきすぎて心臓に悪い。


ここのところ、驚くことばかりだ。


ついひと月前、私は遊びに行って寝込んでしまい、ルイの家で世話になっていた。その間、ルイは毎日のように私の相手をしてくれて、ちょっと前までよそよそしかったことがなかったかのように、とても優しかった。


体力が回復すると、すぐに私は自宅に戻ったけれど、ルイはその優しさのまま、数日おきに私に会いに来て、それはすぐに定着した。


そして今日も、近衛騎士の仕事の合間を縫って、ルイが遊びに来ていた。


私は頬をくすぐるルイの髪をうっとりと眺めながら、何をどう言おうか迷っていた。


だいたい、仕事のグチはとっくに終わっている。さっきの話、聞いてた? 私のドレスどうですかって聞いたのよ? なのに、なんの感想もなし。


今日のドレスは、ルイが作ってくれた、紺碧のドレスだ。今日はイヤリングをサファイアではなく真珠にして、髪留めも真珠を使った。少し可愛らしくて華やいだように見えると思うのだけど・・・ルイにとってはいつもと同じなのかもしれない。


とはいえ。


今日の私はご機嫌で、張り切っていたから、困り果ててはいなかった。


何しろ、寝込んでいて流れていた社交界デビューのドレスの採寸が、数日後に控えていたからだ。家族も楽しみにしていることもあり、家ではその話で持ちきりで、頭の半分はそのことで占められていた。


「どうして?」

「理由がいるのか?」

「ドレスだったら、どんなのが出来上がったのかすぐに教えるわ。だから、楽しみにしていて」


私が安心させるようにルイの頭を撫でると、ルイは甘えるように顔を摺り寄せてきた。


「・・・楽しみだ・・・」


犬みたい。


実のところ、ルイが本当にドレスを楽しみにしているかはよくわからない。デビューの衣装に関しては、ルイは口を挟まないことになっているそうだから。


これは私の父であるヴァレリー公爵と、ルイの父、トゥールムーシュ子爵が話し合った結果だそうだ。デビュー用のドレスというのは、本来、家で作って贈られるもの。もちろん、婚約者から贈られる場合もあるが、それは相手が身分や財産が同等か上の場合。私とルイの場合、それが一つもかすっていない。


それなのに、最近のルイの知名度は著しく上がっている。


幼馴染としてやってきたし、ルイは私のドレスを作ってくれたこともあるから、最初は参加の話があった。でも、最近の様子を鑑みて、ルイの諸々に便宜を図ったように思われるのが、双方ともに面倒だからと、参加は止めになったのだった。


ルイが近衛騎士になってこんなに活躍するなんて、誰が考えたと思う? 誰もここまでとは思わなかっただろう? と父は笑っていた。


でも、ルイだって、そんなこと思っていなかったはずなのだ。


直近では、辞める辞めると言いながら、どうも第二王子に気に入られ、ルイはなかなか近衛騎士を辞められないらしい。と言うより、正確には、第二王子の側近に気に入られている、と言った方が正しいだろうか。


第二王子はルイと歳が近く、奔放な性格なので、みんな手を焼きがちなのだけど、真面目で人当たりのいいルイはなぜか彼を操るのが上手いらしく、重宝がられたそうなのだ。


確かに、ショーンやアンドレといったアクも自我も強い、根っからの商売人と親しくしていれば、公務員より多彩な対応ができるのだろう。それはなんとなく理解ができるような気がするけれど、本人は納得いてないようで、手にした離職届けを毎日のように、レイモン団長に渡そうとしては突っ返されている。


そしてまた、遠征から帰ってきてすぐに、大きな事件を収束させたらしく、さらにルイの評判が上がった。そのおかげで、ルイ本人が爵位の格上げを申請するはずだと言われたり、成り上がりたいのだと言われたりしている。


今までの、誰も騒がない状態なら、ルイも好みを言えただろうが、私もルイも何かするたびに注目されるようになってしまった今では、それを考えなおさないとならないというのだ。


かわいそうに、ドレスがこんなに好きなのに、ルイは”婚約者の社交界デビューのドレス選び”と言う一大イベントに、参加させてもらえないのだ。


「『国を治めるのだって、美味しいスープを作るのだって変わらない』はずだ。出世するにしても、どこで出世したいかなんて、人によって違うのに・・・辞められないなんて・・・」


遠い目をしてルイがぼそぼそと呟いた言葉に、私は首を傾げた。


「なんの話? 美味しいスープの作り方を知りたかったら、クロードに聞けば良いと思うわ」


私の言葉に、ルイが顔を上げ、不満そうな顔をした。


「なんでだ?」

「クロードのお母様の事でしょう? ドゴール伯爵夫人のお茶会は美味しい食べ物でも有名じゃない。なんだっていつだって、一番美味しいのよ。アコントゥのチョコを食べたのも、伯爵夫人のお茶会が初めてだったわ。覚えてる? だから、聞いてみたら良いんじゃないかと思ったんだけど・・・?」


すると、ルイが呆れた顔をした。


「別に美味しいスープを食べたいわけじゃない」

「そうなの?」


そして、ルイは思いついたように私を胸元へ引き寄せた。


「でも、食べたいものはある」

「何?」

「食べたいのはセーレだ」


そうやって言うルイのいたずらっ子のような笑顔に私はほっとした。少し元気が出たみたい。


「あら、よくわかったわね」

「へ?!」


私をつかむルイの腕が緩んだ。


「ドゴール伯爵夫人のお茶会に行きたいの」


私はルイを振り切ってソファから立ち上がると、招待状を取りに行った。


「そうなのよ、美味しいスープを食べたいのは私なの! ご一緒してくださる?」


招待状を手に、私が嬉々としてルイに駆け寄ると、ルイは座ったままぽかんとしていた。


「・・・お茶会」

「お医者様が、もう外出していいって!」

「へー・・・」

「ねぇ、ご一緒してくださる?」


私が胸の前で両手を組んで、甘えるように首を傾げると、ルイは遠い目をしてため息をついた。


「・・・ああ、もちろんだとも。仰せのままに、俺のセーレ姫」


小さく頭を下げたルイに、私は飛びついた。


「ありがとう、ルイ!」


するとルイは嫌そうに身をよじった。


顔を真っ赤にするルイに抱きついたまま、私は笑った。


怒っているのが面白いなんて、さらに怒られてしまいそうだと思いながら。






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