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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
優しい花の香りに誘われて
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【閑話】ジョージ・ビアンキの再就職・後編

ジョージ・ビアンキ視点:後編

回想中。


ちょっと長め。


前半のあらすじ

ジョージは再就職先のルイの家で、セレスティーヌに声をかけられてしまった。元気になったようでホッとしたが、今までのことを考えると心苦しい。そして、セレスティーヌが寝込んでいた間のことを思い出すのだった。


事件後、ルイ様は、セレスティーヌ様をご自分のお屋敷で看病すると言って聞かず、旦那様は困っておいでだったそうだ。しかし、ヴァレリー公爵夫妻や、そのご家族が理解を示してくださり、セレスティーヌ様はトゥールムーシュ子爵のお屋敷に滞在することになったらしい。


と言っても、眠っているだけで、セレスティーヌ様はお目覚めにならなかった。休暇中だったルイ様は、それでもなんやかやとすることがあり、出先からダッシュで帰ると、毎日、少しだけお嬢様を確認していた。


兄が起こした出来事から一連の事件について、ヴィルドラック団長が指揮をとっていたものの、やはり直接の関わりがあったせいで、ルイ様は説明や協力の義務を課せられ、忙しくしていた。


僕にすべての責任がある気がして、気が気でいられなかったけれど、何もできなかった。


僕はその頃、実質騎士団から解雇されていたものの、まだ兄の処遇が決まるまで宙ぶらりんの身分だった。ルイ様に雇うと言われた時も、ただ頷いただけだったけれど、もう仕事は始めていた。


僕はフットマンとして見習いからすることにし、まずはみんなの手伝いをするように言われた。みんなの仕事を把握する、と言いながらも、ただの雑用だ。


使用人のみんなは、こんな僕にも温かかった。事件や噂を知っているはずなのに。


目覚めないセレスティーヌ様のお世話をすることは当然なかったが、気になって、わざわざ部屋の前を遠回りして移動することもあった。


僕の兄のせいでこんなことになって申し訳ないという気持ちばかりだった。ただ、無事な姿をこの目で見たかった。最後の濁った瞳ではなく、キラキラした優しい瞳を。


そうして何日か経った頃、お嬢様が滞在なさっている部屋の前を通りかかると音がした。侵入者かとどきりとし、耳を澄ませると、それは嗚咽だった。驚いて少しだけ開いていたドアから覗くと、ルイ様がいらっしゃった。


「セーレ・・・すまなかった」


お嬢様の寝息が静かに聞こえる。声を震わせ、ルイ様が静かに泣く姿は、目を離せないものがあった。


ルイ様が、どれだけセレスティーヌ様を思ってらしたか、僕は知っている。


通りすがりのような自分にすら、セレスティーヌ様の視線が向くと嫉妬するくらいに、ルイ様は彼女を愛おしんでいた。そして、そのセレスティーヌ様がルイ様を前にすれば、どれほどに無邪気で愛らしいか、戯れていたお二人を見た僕は、騎士団の中で、誰よりも知っていただろう。


だからこそ、僕は自分の存在が許せなかった。


「俺はずっとセーレに嫌な態度を取ってきた・・・これはその報いなのかもしれないとも思う。いや、きっとそうだろう。素直になれなかった俺は、君を愛する資格などないのかもしれないな。目が覚めた時には、もっと、・・・正しく気持ちを伝えたい。その上で、俺は振られたって、いいんだ。立場なんて考えないで、・・・プライドなんてくだらないな。お前が目を開けて、ただ笑ってくれるなら、何もいらないのに」


ああ、お二人が、元のようにいられるなら、自分など、消し飛んだって構わないのに。


肩を軽く叩かれ、我に返った。振り返ると、アダムさんが人差し指を唇の前に立てていて、困ったように微笑んでいた。そして、ついてくるようにと促した。


アダムさんはご自分の部屋に連れて行ってくれた。初めて入ったルイ様の従者の部屋は、こぢんまりと居心地が良く、優秀な彼らしい、すっきりとした部屋だった。


「すみませんでした。聞き耳など立てて・・・」

「使用人としては、よろしくないですね。ただ、・・・あなたの気持ちもわかりますから、今回ばかりは仕方ありません。あなたがセレスティーヌ様に負い目を感じておられることも、その気持ちから非常によくお仕事をなさっていることは知っています。セレスティーヌ様に何かあったらと思ったのでしょう。そこは私も責められません」

「アダムさん・・・」


アダムさんが紅茶を入れながら、優しい目で僕を見た。そして黙って、紅茶が入ったティーカップを僕の前に置いた。


「驚いたでしょう? ルイ様のお姿」


向かいに座ったアダムさんが、ティーカップを手にとった。そのまま、口元に運ぶ。僕もそれに倣い、同じように紅茶を口に含んだ。美味しい。


「え、えーっと・・・はい」

「ルイ様はセレスティーヌ様に初めてお会いになってからずっと、大好きだそうなのです。本当に変わりません」

「それは・・・どうしてでしょう?」

「さぁ。私にはわかりかねますが、可愛らしい方ですし、ルイ様を本当に信頼なさっておいでですから、そういうところがルイ様は嬉しいのかもしれません。無条件で信頼されることなど、あまりありませんからね」

「それは・・・何となく、わかる気がします」

「そうですか。それはいいことです」

「ルイ様は、私を使用人にしたことで、何か言われていませんか」

「何をでしょうか」

「近衛騎士として、・・・反逆者の身内など、家に置いてしまっては、騎士の方々に悪く言われるのではないかと」


僕が肩を落としていると、アダムさんは励ますように微笑んだ。


「いいえ、大丈夫ですよ。あなたに関しては、周囲は同情的です。あなたは近衛騎士の見習いとして真面目に働いていましたし、あの時、すぐにルイ様のところへ連絡を頂けましたから、問題視はしていないとのことです。ご兄弟のことですから、処置としては仕方ありませんがね。ですから、うちとしましても、普通に使用人として登用したまでです。お気になさらず、務めを果たしてください」


僕がまだ下を向いていると、アダムさんはカップに温かい紅茶を注いでくれた。


「あなたのお兄様は優秀な方でした。良くない考えに囚われてそれを実行してしまったとはいえ、そればかりではありません。思い出は大事になさってください。・・・これは私の一意見として聞き流してくださって結構です。でもルイ様のご要望でもあります」

「・・・ありがとうございます」


アダムさんの言葉は温かかった。


僕には大切な思い出も、叶えたかった夢もあった。なのに、一生、僕は、直接自分が犯したわけではない罪に追われるのだ。


僕が悪かったのか。


兄を追い詰めたのか。


それだけではないだろうが、でもそれは一因として捨て置けない事実だった。


それらすべて捨てて、一からやり直したい。

もしくは、僕の存在を消し去りたい。


でもそんなこと、できるはずがなかった。こんな風に言われては。恩情を与えられては。


両親共々、互いに反省し、兄のことは受け入れ、全てを諦めようと誓った。それが一番良いことなのだと、わかっていながら、どうにも忘れ難かった。


非道なことをし、僕の出世や両親の仕事を奪った兄を許すことはないが、それでも、互いに愛情を持って暮らしていた時期はあったのだ。その時のことを、忘れなくていいと言ってもらえた気がした。


☆☆☆


思い出も忘れられず、夢を叶えられず、それでも、僕には次の夢ができた。


できていた。いつの間にか、こんな短期間に。


「ビアンキさん?」


声をかけられて、僕はハッとした。セレスティーヌ様が不思議そうな顔をしていた。


「すぐにどこかへ移動してしまうのかしら? でもそうよね、優秀な方は引き抜かれてどんどん出世していくんですもの。ビアンキさんは元騎士団の方ですし、その中でも近衛騎士の見習いをしてたほどですから、きっとフットマンのお仕事もすぐにおできになるわ」

「僕は・・・そんなにできるわけでは・・・僕など、誰も雇ってくれませんよ」

「そうかしら? 見学の時も思ったけど、ビアンキさんは良くできた方だと思ってるわ。だってヴィルドラック様が信頼なさってる方ですもの。だから、ルイもあなたを雇ったんでしょう? ルイのファンだったあなたがルイを守ってくれるのなら、安心だわね」

「僕はフットマンですから・・・ルイ様とはほとんどお会いできませんよ。守るなんて、とてもできる範囲ではありません」


だから、セレスティーヌ様とも会うなんて思ってもみなかった。


「でも、いざとなったら、ルイと一緒に戦ってくださるのでしょ」

「いざと言いますと?」

「わからないけど。アガットに読ませてもらったロマンス小説では、時々、強盗に襲われたり、暗殺者に切られそうになったり、薬を盛られそうになったりするわ」


薬を、と聞いた時、変な声が出そうになった。それでも気を取り直して、僕は薄く笑った。


もしかしたら、僕が当事者だから、彼女を守るために、あえてルイ様は僕を雇うことにしたのかもしれない。僕が彼女に憧れているのはわかっているだろうし、それ以上に、僕は負い目を感じていた。彼女に思い出させるようなことは決してしないし、生涯をかけてルイ様とセレスティーヌ様を守るだろう。


「・・・それは物語ですから。現実にはそのようなことは、ほとんど起こりませんから、ご安心なさってください」

「わかってるわ。でも、万が一ってあるでしょう。ルイは意地っ張りだから、困ってもきっと、自分から助けてって言えないんじゃないかと思うの。そういう時、ビアンキさんが助けてあげてほしいわ」


言ったあと、セレスティーヌ様は首を傾げた。


「フットマンになったのだから、ビアンキさんじゃなくて、ジョージと呼んだほうがいいのかしら」

「・・・そうですね。ただのジョージでお願いいたします」


僕が言うと、セレスティーヌ様は晴れ晴れしく笑った。


最初に出会った時の、あの優しく輝きに満ちた瞳で。





当事者たちのその後シリーズでした。




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