【閑話】本当に欲しかったもの
フローラン視点。
その後。
ルイとの会話です。
シリアスです。
金色の髪に紺碧の瞳、理想的に均整のとれた青年が私を見下ろしていた。
「フローラン殿」
私の名を呼ぶ彼の声は、冷たかった。感動するほどに冷え切っていた。
「セーレは解毒剤で、あなたを想っていたことをすっぱり忘れました。何もかも、すっぱりだ。大まかな事は覚えていたけれど、あなたが捕まった時のことなど、全く覚えていません」
彼の手は拳を握っていたが、それは私に振り下ろされるものではなかった。
「あなたは・・・セーレの心を捻じ曲げて。負担をかけて。成り上がりのために使おうとした。私は、あなたを許さないでしょう。・・・私はあなたに、ジョージ殿と一緒に近衛騎士になっていただきたかったのに。実力で、なれるはずでした」
ルイの強い言葉は、私の心を打った。えぐるように深く、強く。
でももう、私には感情は残されていなかった。残されるべきではない。一時、人の心を奪った私に、感情を持つことなど許されない。
私は抑揚のない声で言った。
「・・・ウェベール殿はそれでいいのですか」
「何がですか」
「あなたこそ、成り上がりのために結婚するのだと、一生揶揄されるでしょうに」
「だからなんだというのでしょうか。セーレが私がそばにいることを許してくれるのなら、それでいいですよ」
ああ。
だから彼女は。
沈黙の後、ルイが不思議そうに言った。
「だが、どうしてです?」
「どうして、とは?」
「いや・・・惚れ薬などなくても、あなたなら、いくらでも口説けるだろうに。どうしてそんなものを使ったりしたんですか? 本気になれば、違和感などなく、普通に彼女と結婚できたでしょう」
ルイの言葉に、私はふっと笑った。
「私には無理ですよ」
「どうして」
「お手合わせをした時のことを覚えていますか」
「・・・ええ」
「あなたが憎らしく、眩しかった。何もかも手に入れて、その上、あの方も手に入るのですからね。私の欲しいものばかりでした。名誉に地位、美しい妻。何もかも順調に見えて、嫉妬をしていました」
ルイの困惑した瞳が見て取れた。私はずっと心を隠してきた。あの時でさえ、隠しきれない憧れと明るい羨望が、私の暗い嫉妬心を、私にですら見えなくしていた。
「最初は偶然に手に入れた薬を前に、夢想しているだけでした。惚れ薬など、本当に効くかどうかもわかりませんでしたし。それに、魅了の薬の効果は知っていましたから、それだけあれば充分でした。すぐに・・・解毒剤を嗅がせるつもりでした。でも、欲が出ました・・・優しくしても、彼女はブレそうにありませんでしたから。彼女を口説き落とせなくて、でも、口説き落としたくて、・・・使いました。二回です。二回、あの方に飲んでもらいました。でも、そこまで私を思ってくれはしませんでしたね」
「いや、でも、彼女は言ったはずだ。あなたを”愛しい人”と。そして私には、気持ちがないと、はっきり言いましたよ」
「表面的にはそうでしょう。それでもあの方は、あなたを選んだ。ご自分でわかっていたんです、きっと。私を本当には愛していないと」
私は肩を落とした。
「ジョージには申し訳ないことをしました」
ルイは黙って私を見ていた。
「騎士として、ジョージの方がよほど才能がありました。私は、嫉妬していたんです。長男として、上手くやらねばならないと、そればかりで」
プライドばかり高くて、ジョージを受け入れられなかった。
フローランとジョージは違う。どちらも大事な子供だ。両親はそう言ってくれていたはずなのに。
いつから自分は崩してしまったのだろう。
「ジョージにはもう会うこともないでしょうから、あなたから私が謝罪を言っていたと、伝えてください。家族にも。申し訳ないことをした、と。父の代で終わりになるでしょうからね、私の家は」
「・・・わかりました。そういたしましょう」
「ウェベール殿」
「なんでしょうか」
「私は・・・心にもなく愛を語れる、そういう人間であると、自分のことを思っていました。これから先も、そうありたいと」
「そうですか」
「悪党ですから」
私が言うと、ルイは首を横に振った。
「あなたは真摯に剣に向き合ってこられた。それを私は、ジョージ殿は・・・騎士団のみんなは知っています。とても残念に思っていました。本当の意味での悪党になど、あなたは、なれるはずはないんです」
「いいえ。あなたの大切な方の人生を台無しにするところでした。どんなに謝罪をしてもしきれません。現に、おっしゃったではないですか。許すことはできないと」
「ええ、確かに・・・言いましたね」
しばらく黙ったあと、ルイが言った。
「成り上がりなど、・・・彼女を目の前にした時、それがあなたの頭にあったでしょうか?」
「え?」
「実際、記録にはそれは書かれることはありません。理由などなくても、所持し、使った時点で、あの薬は捕まるものですから」
「はい」
「ですが、私はあの時のあなたを知っています。セーレを見る目はとても優しく情熱的でした。私にはその熱がなんだかわかりますよ。私もずっと、その熱に侵されてきたのですから」
「私は・・・」
声が震え、言葉にならなかった。知られたくなかった。誰にも。
あの時のことが、今でも鮮明に蘇る。
どこでどう間違ったのか、よくわかっているのだ、心の中では。
「セレスティーヌ様は、私に偽名を名乗るとき、少し迷われて、・・・セレス・ウェベールとおっしゃってました。はにかんで、とても愛おしそうに。・・・そのとき、私は本気で彼女が欲しいと思ったんです。きっと、・・・一目惚れでした」
ルイが目を見張った。
私がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
「操るつもりの相手に惚れてしまったら、負けも同然です。私は最初の時点で、降りなければならなかった。・・・そうすれば、何もなく、終わったんでしょうね」
私だって言うつもりはなかった。私は悪なのだから。絶対の悪でいなければならないのだから。
「・・・そう言えば、満足ですか? 私が彼女を本気で好きだと? 笑わせないでください・・・私の罪は人の心を玩ぼうとしたこと。私の心は、何も変わっていません」
私が笑いかけると、ルイは目を伏せた。
しばらくの間、沈黙が二人を埋めた。
ルイが立ち上がった。もう時間だ。
ドアに向かって歩いて行ったルイは足を止め、振り返らずに言った。
「それでも、あなたがセーレを本当に愛していたことは、私だけでも覚えていることでしょう。・・・そして、時には思い出していいでしょうか」
「ウェベール殿・・・」
「あなたが、もう二度と会う事はなくても、・・・いつか、誰かに、そんな思い出話をするかもしれません」
部屋を出て行くルイに、私は頭を下げて、ルイが退室するのを待った。
バタンとドアが閉まり、静寂が訪れる。
・・・・・
逃げ場のない部屋。
法で禁じられた薬を使った報いだ。私には思い出だけが残った。
彼女と過ごしたのは、たった数時間。それだけで、私はもう、きっと彼女で満たされてしまった。
『・・・お慕いしております』
初めて私に向けられた、恥じらいのある声。
『フローラン様!』
私を呼ぶ、嬉しそうな声。
『ええ、知っております。でも、それがなんだというのでしょう?』
私が彼女に追いすがろうとした時に、それでも無慈悲に勤めを果たそうとする彼女の、凛とした声。
穏やかで、強く、そして優しく思いやりに満ちていた。
『・・・愛しい人』
最後に私を呼んだ、震える声。
夢から醒め始めた、戸惑いを含む、でも甘さの残る、すがりつきたくなるような声だった。
いつの間にか、目的はすり変わり、彼女がいればいいと、それだけを思ってしまった。
『あなたが私を利用しなくってよかった』
それでも、利用してでもいいから、このままでいたかった。
『国を治めるのだって、おいしいスープを作るのだって変わらないわ』
いいえ。国より何より、あなたの心を手に入れたかった。
知っていたのに、欲しがった私の負けだった。
あなたの心は、すでに私のものではなかったのだから。
あの方から離れたことなど、一度だってなかったのだから。
あまり需要はないかもと思いながら。
もうちょっと上手く描きたかった。
誤字報告ありがとうございます!




