【閑話】寝顔
ルイ視点。
セレスティーヌが寝込んでルイの家に泊まっている間の、目が覚めてから。
シリアス寄り。
セレスティーヌがすやすやと眠っていた。
小さい子のように、安心しきって。
俺はその姿をぼんやりと見つめた。
かわいいなぁ。ああかわいいなぁ。
覚えていてくれたなんて俺が死んでもいいくらいに嬉しいなぁ。ちくしょう。
解毒剤を大量に飲み込ませたことについては、セレスティーヌの主治医には怒られた。それは当然の事だろう。この一家の生命を守る事に生涯を費やしている人だ。きっと一生許してはもらえないだろうし、俺も許してもらえるなどとは思えない。
俺は知っていたのだから。解毒剤は少しずつ使って、少しずつ戻していくものだと。・・・聞いていた。知っていた。でも、俺は耐えられなかった。
以前は俺を愛していたけれど、・・・今はもう愛していないだなんて、悲しそうにいうセレスティーヌに。
公爵夫妻やブリュノ殿は何も言わなかったが、怒りと同情と後悔とがないまぜになっていただろう。同じようにここを離れていて、結果、警備が緩くなったのは彼のせいではないにしろ、自分の責任だとも思っているだろう。そして、セレスティーヌの警戒心を育てきれなかった事もだ。
それは俺も同じだが、ともに育ててきた家族という点では、きっと責任感が違うのだろう。ことさら家族で大切にしてきた妹であれば。
バルバラもジネットも同じだった。セレスティーヌの弟、フランツも。みんなそれぞれに、自分の事で忙しく、それは当然の事なのに、大きな責任を感じていた。
でも違う。
悪いのは俺だったのだと思う。時間があるからと甘えていた。そして、時間がないからと焦りすぎた。
俺は溜息をついた。
この後、まだ今回の件での仕事が残っている。休暇中だから家にはいられるが、調査のために役人がやってくるのだ。俺は来て欲しくはなかったが、ある条件を元に、それを承諾した。
ある条件は、牢にいるフローランに会う事だ。
面会謝絶になっているフローランは、今は牢で静かに過ごしているらしい。
死刑になるのか牢で一生を過ごすのか国外追放か、それはまだわからないが、きっと彼は、もう親とも兄弟とも会う事はない。騎士団でも混乱のあった事件だったから、その後始末としてはお粗末なくらいに、人が寄り付かない。西騎士団の団長も、自分の団の立て直しで精一杯で、罪ある者たちへ見向く暇がない。
とすれば、俺が話を聞きに行く事くらい、問題はないだろう。
俺が自分の罪と向き合わねばならないようで嫌だが、最後に話しておきたい事もある。
「ルイ様」
アダムがそっと声をかけてきた。
「なんだ?」
「お食事をなさらないと」
「一回くらいいいだろう」
「明日もお出かけです。お忙しい一日になりますから、今日から食べておかないと」
フローランへの面会の事を言っているのだろう。わかってはいるが、心構えができていない。自分で申請したくせに、お笑い種だ。
「だが・・・セーレが心配なんだ」
「アガットさんがおりますから」
「腹は空いてない」
「それでも、です」
少し強い口調でアダムが言い、俺が反論しようと振り返った時だった。
「・・・ルイ?」
セレスティーヌのか細い声がした。俺が慌てて顔をのぞかせると、セレスティーヌがあどけない顔でこちらを見た。
「ルイ、何か怒ってる?」
甘えるような声にうっとりしながら、俺はなるべく響かないように、柔らかい声で話しかけた。
「すまない、起こしてしまったか?」
「ううん。さっきから起きてたの。目をつぶっていただけ」
「開けて良かったのに」
「だって、目を開けてルイがいなかったら寂しいから・・・」
「・・・そうか」
俺はセレスティーヌの前髪をゆっくりと撫でた。セレスティーヌがうっとりと微笑む。
「俺はいつでもここにいるよ」
背後でアダムが諦めのため息をついたのがわかった。
でも、仕方ないだろう? セレスティーヌにそう言われてしまえば、離れることなど考えられない。
「あ、でも、後でアガットに代わって」
微笑んでいたセレスティーヌが突然思いついたように言った。
「どうして? 俺のことなら」
「そうじゃなくて・・・アガットに頼みたいことがあるから。・・・ダメ?」
「ダメなわけないだろ。セーレの望み通りにするよ」
俺が直ぐに承諾すると、セレスティーヌはクスクスと笑った。
「・・・優しいルイって変なの・・・」
「別に・・・おかしくないだろ」
「でも、だって、・・・私に優しいルイなんて、なんだか変だわ」
セレスティーヌがぼんやりと俺を見る。じっと見つめられると、キスしたくてたまらなくなる。
今まで、どうして意地なんで張っていたんだろう。セレスティーヌとの時間がもったいないのに。もっとたくさん、積み重ねることができたはずなのに。
「ルイ、お願いしていい?」
「何を?」
「手を握っていてほしいの」
「もちろん」
セレスティーヌが差し出した手を、俺は緊張して手に取った。
エスコートの時とも、過去、セレスティーヌに会いに行った時とも違う。セレスティーヌが俺に甘え、信じ、頼ってくれる手だ。そして俺がずっと欲しがっていた手。
「ルイの手、ちょっと冷たいのね」
「そうか?」
「うん。気持ちいいわ・・・」
そう言いながら、セレスティーヌは俺の手を自分の頬に当てた。ぞくりとするほど誘惑的で、俺は頭がクラクラとしてきた。
何もしない。”いたずら”ももうしない、そう決めた。
彼女の気持ちがこちらに向くように細工する必要なんてなかった。
俺を意識してもらおうとしなくても良かった。
セレスティーヌはとっくに自分を好きだったんだから。
でも、・・・セレスティーヌが覚えていないのに、自分がそれを知っているのはずるいような気がする。
知らないふりをしなければ。
「あのね、・・・眠るのが怖いの」
「そうか」
「いい夢も見るけど、怖い夢も見るから」
「そうか」
俺は頷き、セレスティーヌの手を握りながら考える。
元はと言えば、俺がバカなことを言ったから。それを訂正しないで長いこと過ごしてきたから。
きっと、俺が素直になって、セーレに好きだと伝えていたら。
ちゃんと申し込んでいたら。
それなら、きっと、セーレは、俺のいないところで、一人で出かけたりしなかった。
耳を澄ますと、セレスティーヌの寝息が規則正しくなったのがわかった。
もうこれ以上、セレスティーヌを悲しませたりなどしない。
その役目は俺でなくたっていい。だが、俺でありたい。
セレスティーヌを愛し、愛される存在になれるように、俺は全力を尽くそう。
俺は誓い、手をそっと外すと、ゆっくりとセレスティーヌの頬をなぞった。
寝込むセレスティーヌを看病するルイでした。
反省しながら決意を固め、いろいろ頑張っています。




