【閑話】お嬢様の婚約相手
アガットの視点です。
ちょっとした勢いで書きました。
長めです。
さながら、ロマンス小説を見ているようだった。
見目麗しい引っ込み思案の子爵のおぼっちゃんが、身分違いの美麗なる公爵令嬢の婚約者に圧倒され、今まで勇気を出せなかった・・・しかし今日、このロマンチックな雰囲気で、彼女に許され、ついにその距離を縮めるのだ・・・!
セレスティーヌ様の言いつけ通りにお二人だけにしたのに、セレスティーヌ様の長兄、ブリュノ様に見つかってしまって、お二人の甘い時間は消えてしまった。
すぐに追いついてきた執事のシドニーさんは、私に謝ってくれたのだけど、ブリュノ様だって仕方がない。
大事な妹がロマンスの甘い世界に結婚前から溺れてしまわないように、必死なんだと思うの。
そんなブリュノ様に追い立てられ、セレスティーヌ様が部屋を出て行ってしまった。執事のシドニーさんと私は後片付けを黙ってしている。
今度、料理係の子にも教えてあげなくちゃ。部屋付きの子にも話さなきゃ。
みんなルイ様のファンだし、私たちの大好きなセレスティーヌ様とうまくいくように、それぞれ祈っているんだもの。
ルイ様がセレスティーヌ様に会いに来た時は、みんな私の話を聞きたがるくらい。
私だって言ってはいけないことは言わないけれど、大丈夫そうなことはさっさと言ってしまうことにしてる。幸せな話はいくらしたっていいでしょう?
現に、セレスティーヌお嬢様の努力は、正式な婚約といった形で実ったんですもの。
ヴァレリー公爵家は皆様素晴らしい方たちばかりだ。
お嬢様方も美しく、嫁がれた一番上のバルバラお嬢様も、自立心が強くまだ婚約もしておられない二番目のジネットお嬢様も、本当に大好きだ。
それでもやっぱり、私は侍女をさせていただいている、セレスティーヌお嬢様が一番大好きだ。
公女としては、三女だからと立場を軽く考えがちだけれど、実際はそうでもなく、逆に厄介な立場だ。男性のようにしっかりとしていない分、嫁いだ女性はいいように使われがちだ。そのため、セレスティーヌ様はその立場をしっかり理解し、勉強も努力も人一倍なさっている。
その中で、ルイ様とのご婚約は、暗闇の中の一筋の光のような希望に満ちたものだったに違いない。
私がセレスティーヌ様についたのは二年前なので、そんなに知らないのだけれど、婚約者だと紹介頂いた時から、ルイ様は完璧で揺るぎない美男子だった。社交界に出たばかりで、希望に満ちてキラキラした目をしていて、お二人の雰囲気はとっても優しかった。
だから、知らなかったのだ。ルイ様があんなに素直になれない人だなんて。
ルイ様がセレスティーヌ様を待つ間、部屋でぶつぶつ言っているので、耳を澄ましたことがある。
『セーレ、・・・今日も綺麗だ、うん、今日も綺麗だ・・・可愛らしい・・・うん、よし、言える。大丈夫だ。うん』
私は首を傾げた。
だって何言ってるんだろうって思うじゃない。
でも、二人が顔を合わせた瞬間、わかった。ルイ様はその美しさに言葉を失い、何も言えなかったのだ。
素晴らしいセレスティーヌ様は、賛美の言葉がいただけないとわかると、すぐに切り替えて何が悪かったか尋ね、それにお礼まで言っていた。そして、またルイ様が黙ってしまわれると、諦めて他の話を始めるか、別のお友達がいるときには別の方と話すかして、どうにかして切り抜けた。
その間、ルイ様はオロオロとセレスティーヌ様を見るだけ。切なそうにじっと見て、その視線はとってもロマンチックなのだ。何をしててもセレスティーヌ様を見ているから、何かあればすぐにセレスティーヌ様をフォローなさって、影ながらとても頑張っていたけれど、いかんせん、セレスティーヌ様には届かない。
ずっとずっと、嫌われてるんじゃないかって心配していたセレスティーヌ様を、私たち従業員でそれとなく励ましてきた。
だから今日、驚きはしたものの、二人の間のわだかまりが解けて、ルイ様が少し素直になられて、・・・とても良いんじゃないかと思ったのよ。
でもさっきから、ちょっと気になっている。
別にいいけど、ルイ様の侍従はどうしたのよ。アダムとかいうあの男が迎えに来なければ、ルイ様は帰れないじゃないか。
必要なときにはすぐに出てくるくせに・・・ということは、ルイ様はまだ帰りたくないということなのか。もう一度セレスティーヌ様にお会いになりたいと?
でも、すでに挨拶を済ませて、またのお越しを、とブリュノ様が言ったはず。・・・まぁ、あのまま帰れないという気持ちもわかりますけれど。
しかし、さっきから、ルイ様ったら私を監視するようにじっと見て、気味が悪いったら。
「アガット」
私はびくりとした。考えが読まれた? というか、私の名前、知ってたんだ?
「な、なんでございましょう?」
「・・・セーレがいつも着るものに気を使っていたのは、俺のためだったのか?」
何を今更。
「率直な意見をご所望ですか? 不敬罪に当たらないと誓ってくださいますか?」
「ああ、・・・誓おう」
おっかなびっくりの声でルイ様が言う。ああ、シドニーさんが私を叱る目で見ている。これはあとで延々と怒られることになるだろう。でも今は言いたい、ただ言いたい。
「では遠慮なく。・・・そうでなければ、なんのためだというのです?」
「他の男のためだと・・・」
何を言ってるんだこの男は。
「そんなはずがありませんでしょう。お嬢様はルイ様一筋ですわよ、ええ、本当、腹立たしいことに」
「アガットは俺が嫌いか」
そう言うと、自嘲気味に笑う。憂いを帯びて何とも色っぽい。
これは人気が出るわ、無自覚なのが腹立たしい。セレスティーヌ様にいらぬ心配をかけるだけだ。
「だとしても関係がありませんでしょう?」
「大いに関係ある。セーレが一番信頼して大事にしている侍女に嫌われたら、今後の結婚生活が・・・」
言いながら言葉が途切れる。ふと見ると、頬を赤くしているではないか。
「結婚生活・・・いい響きだ・・・」
私は半ば呆れてその姿を見守った。
ルイ様はまだ見ぬ新婚家庭にうっとりしているが、それが理想通りに行くかどうか、はなはだ疑問だ。
「私がどう思おうと、お二人の関係はお二人のものですよ。私はお嬢様のご意思に従って動くだけですし。ルイ様がお嬢様を大事になされば問題ございませんわ」
そう、問題はない。私が気に入らない部分を直してくれれば。
「第一、セレスティーヌ様をお褒めにならないのはどうして何ですか」
「婚約する前から俺はセーレを好きだった」
唐突に始まる独白。これはルイ様、相当混乱してらっしゃるか切羽詰まってらっしゃる。
「そうでしたか」
「言われるままに婚約したが、俺は自分で申し込みをしたかった。だから、改めて申し込みたくて、婚約破棄してやると息巻いてしまった。すぐにそれは馬鹿げたことだとわかったが・・・それからは会わせる顔がなくて・・・」
「避けていた、ということでしょうか?」
私が侍女になってまだ二年。二人の昔のことはよくわからない。私もお二人を観察してきて、何となくはわかっていたけど、ルイ様は割とヘタレなんじゃないかと思う。
「会う度にセーレは綺麗になるし、でも、毎回、俺にあってもがっかりした顔をして・・・俺には会いたくないんだと思った。でも俺が会いたいから、見合うように努力してきた」
「そうでございますか」
何で私に言うのだろう、と思ったが、これはおそらく、セレスティーヌ様のお側にいる私に言うことで、セレスティーヌ様に言っている気分になれているのだろう。だが本人も、本気で言うつもりはないはず。
こんなカッコ悪い姿、見せられないわよね・・・
「破棄されないだけマシだと思って、・・・きっとこの婚約も俺以外の誰かに見せつけるためなんじゃないかと・・・」
妄想が進みすぎだ。そこまでロマンス小説を踏襲しなくてもいい。
私はロマンス小説は大好きだけれど、ことお嬢様に関しては、平穏無事が何よりだと思っている。
ルイ様と幸せに添い遂げ、笑顔の絶えない家庭を築く。そのお手伝いがこの私に、微力ながらでもできれば幸いだと思う。
「お嬢様はルイ様の褒め言葉が欲しいだけですのに、そのようなお疑いを・・・お嬢様が可哀そうですわ。だから、あんな勝負を持ちかけてご自分のモチベーションを上げようと努力なさって」
私が半分嘘泣きでエプロンで涙をぬぐう仕草をしていると、ルイ様はものすごい不機嫌な顔をした。こんな顔で睨まれたら死んでしまう。萌え死んでしまうに違いない。
「綺麗だと言ってしまったら、終わりなんだろう」
「そうですね」
「婚約破棄されてしまう・・・!」
私はシドニーさんと顔を見合わせた。一体どういうこと。
「それは・・・どういう・・・」
「勝負は終了、セーレはオレを見捨てる。そういうことではないのか?」
「僭越ながらルイ様、それは違います。お嬢様はそんな考えをなさる方ではありませんわ」
なんてことだろう。信じられないことに、ルイ様は盛大な勘違いをなさっていた。
私は驚いたが慌てて訂正した。
ありえない、あれだけルイ様のためだけに選んでいるドレスなのだ。それを他の男のためだの捨てられるだの、被害妄想もいいところだ。
小さい頃の暴言? そんなのきっと、セレスティーヌ様はそれすらもわかってあげていたと思う。
「だが・・・」
「ですから、お褒めになられては?」
「・・・無理だ! あんなに綺麗なのに、・・・言葉にしてしまったら価値が薄れてしまう・・・! いや、セーレの美しさを表現する言葉など、この世にない!」
あーそうですか。
「その割には、舞踏会ではいろんなお嬢様方にお声をかけなすっているとか」
「あれは・・・! 練習だ」
「練習」
「社交術も磨くのに、一石二鳥だったんだ。セーレを前にするとすべての言葉が消えて、胸が苦しくなってセーレしか見えなくなってしまう・・・それを克服するには、すぐにセーレを褒めるようにしなければならないと思ったんだ。そのためには、練習をしないとならない。だから、」
「他の女性で練習した、ということでしょうか?」
「そうだ」
「最悪ですね」
「ぐ・・・」
「その容姿でそのお声で、あらゆる限りのお褒め言葉をいただいたら、貴族のご令嬢なんてイチコロですわ」
「そ・・・そうなのか?」
ルイ様は不安そうに私に質問をしてきた。
いやいや。わかってよ。何のための自分磨きだ。
魅力的になるために自分を磨いてきたのに、その影響を考えないだなんて、抜けてるもいいとこだ。
「ご自分の婚約者を飽くこともなく褒め称えおのろけになる、その口で、同じように他のご令嬢を手放しでお褒めになる。これほど魅惑的で女泣かせな殿方はいらっしゃらないと思いますわ」
ルイ様は蒼白になって首を横に振った。
「やめる。・・・もう練習はいらない。正式に婚約したんだし、必要なくなった・・・はずだ」
「でもまだ、直接お褒めになることはできてらっしゃらないですよね? まだ必要なのでは?」
「セーレ以外の女性に好かれる可能性など、万に一つもいらない! 褒めるということは、そういうことなんだろう?」
「ええ、そうですね・・・」
シドニーさんの責めるような視線が痛い。
でもこの人、相当こじらせてる・・・大丈夫かな。セレスティーヌ様の伴侶として彼はまともにやっていけるだろうか?
セレスティーヌ様は私にとって一番に幸せになってほしい方だ。セレスティーヌ様のポテンシャルに見合わないような実力の持ち主など、結婚されては迷惑だ。
「お嬢様を直接お褒めになれないのでしたら、即刻諦めてくださいませ」
「無理だ」
「どうしてですか」
「セーレがドレスを見せる時の顔を知ってるか」
「え? えぇ、はい、まぁ、その・・・」
「偉そうで不安そうで自信があってなさそうで、・・・あんなに可愛い顔を、見れなくなってしまう・・・!」
「はぁ、・・・」
「俺がセーレを見ている間、セーレの泳ぐ視線が可愛い。俺が何も言わない時の不満そうな顔も可愛い。俺が言わなければ、あれが続くと思えば、俺は無理をしてでも言わない。言いたくない。ああ、そうだとも。俺が一生言わなければ、セーレはずっと、ああやって俺に姿をじっくりと見せてくれるんだ・・・」
あ、なんかやばい人。
「お言葉ですが、ルイ様。女性には褒め言葉が必要ですわ。見た目だけでなく中身や性格も、全てにおいて、必要ですわよ」
「それはもちろんする」
「どうやって?」
「俺がドレスを褒めなければいいのだろう。褒め方はたくさんある。社交で教わったからな」
「なるほど・・・?」
「セーレは全てが美しいのだから、何も問題はない。どこだって褒められる」
「でもどれも褒めたことがないのでは?」
「こ、これからだ!」
ぶつぶつとシミュレーションをしている。
でも私は知っているのだ。
ルイ様がセレスティーヌ様を愛称で呼ぶ、『セーレ』という声が、聞いていられないほど甘く、それだけで十分にセレスティーヌ様はルイ様からの愛を感じてるだろうし、どんな賞賛の言葉よりも雄弁に、ルイ様の視線はセレスティーヌ様の美しさを語っている。
なんにしろ、セレスティーヌ様はルイ様が頼めば、褒めても褒めなくても、いくらだってその姿を見せてあげるだろうし、なんだってしてあげると思いますけどね。
だからと言ってそれを教えてあげることはないけどね。
その必要も感じないけどね!
「アガット」
シドニーさんがため息混じりに私を呼んだ。
「ルイ様でうっぷんばらしをするのはおやめなさい」
「・・・ばれましたか」
「お嬢様のことはお嬢様のこと、私どもはサポートをするだけですよ」
「でもルイ様はお嬢様のご好意に甘えておられるんですよ?」
「ルイ様は気づいておられないんですから、わからないのも仕方ありません。そのお嬢様だって、結局はそのルイ様のご好意に甘えておられるのですから、お互い様でしょう」
「・・・本当ですか? ルイ様は気づいておられないと?」
「本日気づいたばかりでしょう。いや、まだ予感だけで、気づいていないかもしれません」
「さっき・・・」
確かに、いつになく積極的だった。今まで逃げ腰で信用ならない雰囲気だったのが、急に甘々しくて優しくなって、セレスティーヌ様を翻弄していた。まるでロマンス小説みたいで、私は思わず目を見張ったものだ。
「だとしたって、注意人物には変わりありません。お嬢様を幸せにしてくださる方でなければ」
「ルイ様はしてくださるよ、全力でね。今のルイ様が完璧なのは、お嬢様が完璧だからなのですよ。それを間違えないようにね。ルイ様はお嬢様のために努力なさっているのですから」
「・・・信用していいということですか?」
「少なくとも、お嬢様のためになると思って、今までしてこられていますよ。ルイ様はお嬢様をちゃんと愛しておいでです。心配せずとも大丈夫です。もしお嬢様を裏切るようなことがあれば、この私が容赦しませんからね」
言うと、シドニーさんは茶器を私に預けると、ドアを開けた。
私は部屋を出たが、この後のルイ様とシドニーさんがどんな雰囲気になるのか、私には想像もつかない。
少なくとも、シドニーさんのあの迫力は本物だ。ルイ様は目に見えない圧迫を感じながら過ごすことになるだろうな、と私はカタカタいう食器を慎重に運びながら考えた。
まずは厨房で、料理係にこの話をしなくっちゃ。ううん、ヘタレってところはオブラートに包んでね、そう、セレスティーヌ様を心から愛するルイ様が照れちゃってしどろもどろ・・・って、いつもと一緒じゃない? もっと、ちょっとだけ素敵なルイ様にしてあげなきゃ・・・
私は今日の出来事を、どこを伝えてどこを言わないか、考えながら厨房へ向かった。
読んでいただき、どうもありがとうございます。
評価やブクマもありがとうございます。