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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
婚約の日
6/92

婚約の日 6 結果の行方

「いいのよ、私を慰めなくても」


「・・・何て?」

「勝負に負けたからって、慈悲は必要ないのよ、ルイ」

「なんだよそれ?」


私を引っぺがして肩を掴むと、ルイは情けない声で言った。あ、ばれちゃダメだった?


「そうよね、知られたくなかったわよね」

「・・・そりゃそうだよ」

「仮にも婚約者を哀れむなんて、ルイは知られたくなかったわよね。ごめんなさい」

「そうじゃない!」

「え、違うの」


私の驚いた顔を前に、ルイは首を横に振った。そして、ごくりと喉を鳴らした。なんだかすごく緊張しているみたいだ。大丈夫?


「俺は・・・お前を・・・」

「私を?」

「ずっと・・・」

「ずっと?」


そして長い沈黙が訪れた。


何を言うつもりだろう? ルイの緊張で青くなった顔を覗き込んだ。吐いた息が感じられそうなほどに顔が近い。


「ルイ?」

「・・・綺麗だなんて言わない!」

「まぁぁぁ」


私はルイを振り払って立ち上がると、仁王立ちになってルイを見下ろした。


心配してあげたのに! ちゃんと待ったのに!


「何よ! それならどうすれば綺麗って言うのよ!」


言ってから気がついた。そうだ。最初からそうすればよかったんだ。思わず笑顔になった。


「なんだ、簡単な事ね。聞けばよかったんだわ。みんなに聞いて回らないでよかったのね。そうよ、だって婚約してるんだもの。ええ、前は仮だったけど」

「なんの話?」


訝しがるルイをよそに、私はルイの前にしゃがみ、手をルイの膝の上に置いた。そして、昔の可愛いおねだりのように言った。


「ルイはどうしたら、私を綺麗だって言ってくれるの?」


結果、ルイは唖然として、それから真顔になった。何よ、言葉はなしなのね。『その気持ちが素敵だね、綺麗な心が見えるような装いに乾杯』とか言ってくれてもいいじゃない、うん、期待してないけど。


「俺の好み・・・、間違っていない」

「なるほど、間違ってない」


私がメモを取るように復唱すると、ルイは目を閉じ、片手で両こめかみを押さえた。


「でも誰かに聞くことは許さない」

「なるほど、他人を頼るのはダメ、と」

「特に男」

「なるほど。特に男性。・・・年上は?」

「ダメ」

「なるほど?」


よくわからないなりに私は頷いた。


ハードルが上がってしまった。これまでルイが多少なりとも気に入った風だったのは、やはり、男性からのアドバイスが多かった。


でもまぁ、ルイの父親ならなんとか、・・・ダメ?


「でも、俺の好みに合わせてばかりじゃなくて・・・お前の好きな服を着て欲しい」

「え」

「なんだよ」

「それじゃ可能性が低くなるじゃない」


ルイは私の顔を見下ろした。


「バカ、俺の好みばかりに合わせてたら俺はとんだ束縛野郎だ。そんな風に見られてみろ。俺は友達を無くす」

「そんなことないわ。みんなねぇ、ルイが好きなのよ。ルイとの勝負だっていうと、みんな嫌がるの。それって、ルイに勝っててほしいからよね。でも私、それでも勝ちたいってお願いするの、そしたら、ルイが羨ましいって。なんでかわからないけど」


私が首をかしげると、ルイは青い顔をして私を見た。


「どうやってお願いするんだ。まさかさっきみたいに」

「そうよ、さすがにこんな風にはしないけど、胸の前で手を組んでね、おねだりを・・・」

「それ、もう絶対やるな。絶対にだ」


ルイが歯ぎしりをするように言った。こわ。


「わ、わかった。わかったわよ・・・」


ルイのイライラが止まらない。


私は困ってアガットに振り返った。アガットは首を横に振る。


ダメですよ、お嬢様。何か言ってはダメです。


それならどうすればいいの? こんなに機嫌の悪いルイは見たことがない。・・・いや、あるか。そばにいないだけで。つまり間近に見るのは初めてってことだ。


私はアガットの忠告に従って、向かいのソファに座ろうと立ち上がったが、ルイに手を引いて止められた。


「どうして離れる。隣に座ればいいだろう。いつものように」

「前までは頑張ってたけど・・・もういいのかなって」

「は?」

「だって小さい頃はよくわからなかったし、父にそう言われれば、言うとおりにしなきゃならないかなって思うじゃない。でも夫婦になってこの先も一緒にいるんだと思えば、やっぱり私の好みは伝えておくべきというか・・・なんというか・・・」

「早く言え」


唸るようにルイが言った。申し訳なくなって、私は目を伏せた。だって仕方ないの。


「実は大きいソファって好きじゃないのよ・・・クッション加減がドレスと相性が悪いっていうか・・・やっぱりこのドレスが綺麗に見えるのは一人掛けだし、ほら、それにね、ルイによく見てもらいたかったのよ、このドレス! すっごく綺麗でしょ!」


最後は思わず満面の笑みでルイに語っていた。ルイがぽかんとしている。


しまった。思ったのもつかの間、ルイが怒鳴った。


「ほんっとになんなんだよ! 誰と結婚してもいいなんて、俺が断ってもいいなんて言うな!」


え、今それ? その時に指摘してくれないとわからないわ。


「自信なくす・・・!」

「はぁ」

「言いたいことも言えやしない・・・いつだって、いつも、俺が見てたのに、俺ばっかりだ!」


そうだったかしら? そんなにドレス見てた? だからあれだけ文句を言えるのかしら?


「お前は俺をどう思ってるんだ!」

「そんな・・・シンプルなことを聞かれても・・・」


一体どうしちゃったんだこの人は。


いつになくテンパっていて、どこにいても乱れることのない表情が苛立ちと混乱で歪んでいる。それでも見とれてしまうくらいには絵になる。これをきっとイケメンというのだろう。


何を着ても似合いそう。素敵すぎて嫉妬しちゃう。


「ルイがドレスを着れば・・・とっても綺麗なのに・・・」

「ここにきてそれ?!」


私にはルイのツッコミが耳に入らなかった。そうだ。なんでこんなことに気がつかなかったんだろう。私は勢い込んでルイの隣に座り、ルイの腕を掴んだ。


「そうよ! ルイに似た女の子を産むわ、私、絶対よ! もちろん、男の子もいないとね、絶対。バッチリ誂えたドレスとジャケットを着せたらきっと素敵、そうでしょ、自分に似てる子ならきっとあなたも綺麗って言うわよね?」


甘えるように言ってみれば、ルイは目を丸くして穴があくほど私を見ている。無理か。く、無念、私にルイから綺麗という言葉を引っ張り出すことはもはや不可能・・・!


「間違いじゃない。ああ、多分、間違ってない。でもなんか違う気がする」


私の言葉に、ルイは頭を抑えた。必死で何かと戦っているようだ。


「ルイ、耳が赤いけど」


彼の耳のそばで私が言えば、ルイは考えを逡巡させた挙句、堪えきれないようにまた私を抱きしめた。


「見るな」


ぎゅっと痛いほど抱きしめているので、私にはルイの首しか見えない。


「首も赤いけど?」

「言うな」


はい。


私は口をつぐんだ。見るとアガットが目をキラキラさせて私たちを見てる。


さすがに凝視されるのは何だかいたたまれない。執事だったら壁の方を向いててくれるのに、アガットはそんなことしてくれないようだ。


仕方なく、私は目でアガットに訴えた。へ・や・の・そ・と・に・で・て。


アガットは残念そうにドアを半開きにしたまま、外に出た。


「セーレ」


ルイは私の首筋に顔を埋め、口付けるように私の名を呼んだ。ヒェー、くすぐったい。そしてルイは私の髪の匂いを嗅ぐようにスンスンと言わせると、もう一度首筋に顔を埋め、息をつく。


「・・・セーレ」


もう一度甘い声で言うと、ルイは私の結い上げた髪に手をかけた。


「ちょっと待った」


私が手で制すと、ルイは耳に息をかけながら囁いた。


「何」


くすぐったい。くしゃみが出そう。私はそれでも堪えて話を続けた。


「髪を解くつもり?」

「・・・ダメ?」

「ダメよ。私とアガットじゃやり直せないもの。それに、ルイもこの髪型気に入ってるでしょ?」


ルイは答えなかったが、髪から手を離すと、またぎゅっと私を抱きしめた。痛い。そしてフッと力を抜くと、私の顔を自分の顔に向き合わせ、私の顎を優しく持った。


「ルイ?」


紺碧の瞳に私が映る。その私がどんどん大きくなっていき、ルイの瞼が閉じたところで、居間のドアが開いた。


「やぁ、セーレ。ルイと正式に婚約したんだって?」


ルイがすごい勢いでパッと身を引き、勢い余ってソファの端に背を打ち付けた。うう、と言う唸り声が漏れ、アガットが申し訳なさそうに手を合わせる。


「ブリュノお兄様」


笑顔で入ってきたのは私の長兄、ヴァレリー公爵嫡男のブリュノ兄様だ。私より八つ年上で、適齢期ながらお相手選びに難航している兄は、すでにお相手が決まっているルイが気に入らないようで、あまりいい顔をしない。正式に婚約が決まった今も、それは変わらないらしい。


「おや、ルイ。顔色が悪いね? 僕が来て迷惑だったかな?」

「いえ、まさかそんなことがあるでしょうか、ブリュノ殿? お会いできて光栄です、未来の義兄上」


痛みをこらえ、感情を隠すようにうっすらと笑みを浮かべるルイに、兄は負けじと明朗な笑みを浮かべた。


「これで僕と君も兄弟になるわけだ? ・・・婚前にセーレに手を出したらただじゃおかないよ?」

「わかってますよ」


ルイが笑顔を崩さず頷いた。私は話についていけず、首を傾げた。


そこで気がついた。今日はルイ、ドレスに文句を言っていない。


確かに綺麗だとは言わなかった、似合うとは言わなかった。でも、あれがダメこれがダメと言わなかったし、何よりドレスをうっとり見てた! このドレスを改良すればうまくいくのかもしれない。


私が勝利する日は目前! 次こそ勝つわ! ごめんなさいね、ルイ?


私が満面の笑みでルイを見れば、なぜか心底残念そうにルイがため息をついた。





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