44 ドミニクの刺繍講座
ショーンの剣筋は、とても伸びがいい。
決して力強くはないが的確で、確実に急所にとどめを刺せる。すらりとした見た目と、その手の美しさからは想像もつかないくらい、俊敏で鋭い。
そう、あんな風に。
もちろん、現役騎士のルイには及ばないけれどーー
私は首を傾げた。
「・・・ショーン?」
庭先で剣の練習をしている近衛騎士の制服を着た人物は、果たして、ショーンだった。
「え?」
目の前で黙々と一緒に刺繍をしていたドミニクが顔を上げた。
「見間違いではないの?」
「違うわ、あの人、本当にショーンよ」
「まぁ。こんなに遠いのにわかるの?」
「だって、私、みんなの剣の稽古、よく見てたもの。間違えるわけがないわ」
私が断固として言い張ると、ドミニクは困ったように眦を下げた。
「セーレ、手が止まってるわ」
淡いピンクベージュのレースづくしのドレスは、おとなしくて優しいドミニクに、とてもよく似合っていた。普段は大人しくて、おしゃべりではないけれど、こと、刺繍とレースに関してはプロ級で、いくらでも話をしてくれる。ルイ好みのドレスを作る時、ドミニクのおかげで、レースや刺繍でかなり印象が違うことに気づいて、より興味深いものになった。
不器用な私には到底作れない、繊細で可愛らしいレースや、大胆でインパクトのある刺繍をたちどころに製作することができる。私はその時の、活き活きとしたドミニクを見ているのが好きだ。決して、刺繍を刺すのが嫌いなわけではなくて、ドミニクが刺しているところを見たいのだ。・・・本当に。
「だって、ドミニク、私の家の庭先にショーンがいるのよ? それも近衛騎士の制服を着て。おかしいじゃない。どれを取ってもおかしいじゃない」
「そうかしら? ルイの代わりにきたのではなくて?」
「ルイの代わりに? 何しに?」
「そうね・・・何しに来たのかしら?」
ドミニクは不思議そうに首を傾げた。
☆
シドニーに言うと、すぐにショーンを部屋に呼んでくれた。
「やぁ、セレス、ドミニク。二人とも、元気かい?」
颯爽と入ってきたショーンは悪びれもせず、私の手を取り、挨拶に軽く口付けた。随分とかしこまった挨拶だこと。ショーンはドミニクにも同じように挨拶し、慣れていないドミニクは目を白黒させている。
「元気よ・・・そうじゃなくて・・・何してるの?」
「遊びに来た」
私は首を傾げた。
「ルイの代わりに?」
すると、ショーンも同じように首を傾げた。
「ルイに頼まれて?」
・・・ルイに頼まれて、ですって?
ルイに頼まれたからと言って、仕事でもないのにホイホイと騎士服なんて着るのだろうか。・・・着るんだろうな、ショーンのことだから。黙っていれば似合うけど、性格的には全く”らしく”ない。
小さい頃からショーンは器用で、何もかもうまくやってきた。生まれもさることながら、天才肌で、すぐにできるようになってしまう。だから時折、ひどくつまらなそうにしているのが気がかりだった。
それでも、騎士学校を卒業し、家業を本格的に手伝うようになってからは、随分と楽しそうになった。
学校時代は、何もかも身分のおかげだと嫉妬され、敵視されることも多かったけれど、だからこそ、その中で、ルイやクロード、アンドレといった幼馴染は、彼の拠り所となったことだろう。ショーンはことさら、彼らを大切にしていると思う。そういった意味で、ルイたちの頼みは引き受けたいところなのだろう。何しろ、彼らは頼みごとなどほとんどしないから。
「どうして?」
「セレスには前科があるからね」
「・・・お茶会のこと?」
私が言うと、ショーンはにんまりと笑顔を見せた。
「僕は仲間外れだったから、今度こそこの目で現場を押さえたいんだ」
「そんなの・・・もうルイがいない時にお茶会はいかないって言ってるのに」
信じてもらえないのは不満だ。私は軽くショーンを睨んだ。ここに彼がいるのは、厳密には本人のせいではないにしても。
すると、ショーンは両手を軽く上げて、肩をすくめた。
「冗談だよ。セレスだけならまだしも、ドミニクに睨まれちゃ敵わないな。僕だって、面白がってるだけじゃないんだけど」
「意地が悪いわ、ショーンったら」
ドミニクが刺繍から目も上げずに、不満そうに言った。穏やかな彼女は、トラブルを面白がるのがとても嫌いなのだ。
「そう言うドミニクは、今日は機嫌が悪いね」
「え? そうかしら?」
ドミニクの視線がわずかに揺れた。私には気がつかなかったけれど、ドミニクには図星だったらしい。
ショーンって占い師にでもなれそうだわ・・・
私が考えていると、しばらく考えを逡巡させていたショーンは、ふと何かに思いついたようにパッと明るい顔で指を立てた。
「ああ、わかった。ドミニク、君、そういえばお見合いを断ったんだって?」
ショーンの言葉に、ドミニクが顔を上げ、目をパチクリとさせた。刺繍を刺す手がゆっくりになり、慌てて調子を元に戻す。
「ことわ・・・そうではありません。私ではなくて、姉へのお話だったの」
「本当に?」
「ええ。だって会ったことのない人だったから。姉の事は知っていたみたいだから、代筆者がお名前を間違えたんだと思うの。だって、会ってすぐにがっかりした顔をしたんだもの」
「そりゃダメだね。ダメダメだ」
「でしょう? 私に取り柄はないし、見も知らぬ人からプロポーズをいただけるほど、器量よしでもありませんもの」
ため息をついたドミニクに、ショーンは驚いて慌てて否定した。
「えぇ?! そうじゃないよ! ごめん、言い方を間違えた。ダメなのは男の方。相手を間違えてようが期待が裏切られようが、顔に出しちゃダメってこと。相手は誰?」
ドミニクは、小規模な伯爵家の嫡男の名前を出した。私は聞いたことがあったけれど、ショーンはどうなんだろう・・・
「悪い方ではなかったと思うわ。貴族の令嬢は、やっぱり容姿が美しくないとがっかりされちゃうし・・・だから、あまり悪く言わないで」
私とショーンは顔を見合わせた。




