43 ルイへのプレゼント
満場一致の言葉に、私はいきり立った。
「みんなして!」
すると、やれやれとエヴァが肩をすくめた。
「それなら、私たちの誰かと一緒に行ってもらうわよ。そうでなければ、ダメ」
「それじゃ、意味ないじゃない」
「セーレが選ぶんだから問題ないでしょう。誰かついていくだけだってば」
「でも」
私は珍しく食い下がったが、エヴァは動じずに首を横に振った。
「していい事といけない事があるのよ、セーレ。誘拐されたらどうするの」
「私だって気付かないように、変装していくわ」
「あなたみたいな貴婦人の典型のような人が、マーケットで一人で何したって、目立つに決まってるわよ!」
エヴァのキリキリとした声に、ドミニクが申し訳なさそうに同意した。
「そうよ、セーレ・・・私は庶民出身だけど、それでも、しないものよ。それなりに裕福な家だったから、貴族らしい躾をされてきたから・・・所作は私だって随分違うの。きっとわかってしまうわ。それにね、私は顔が普通だから、喋らなければきっと平気だけど、セーレはあまりに綺麗で洗練されてるんだもの。一目で違うってわかるし、狙われてしまうわ」
私は不満で頬を膨らませた。
「ジネットお姉様はしてらっしゃるわ」
ドミニクが私の頬を両手で優しく包んだ。
「あの方は別よ。規格外だわ。なんでもできるんだもの」
「何したって勝てる気がしないもんね、僕たち」
ショーンが肩をすくめ、ドミニクが微笑んだ。私を心配する優しいドミニクには申し訳ないが、私はどうしても自分だけで買い物をしたいのだ。
「でも、近衛騎士になった記念に、何かをプレゼントするって話もしたでしょ。だから、何か選んであげないと」
「そんなに意固地にならなくても」
「だって、兄様があげた剣より、ルイが喜ぶものを・・・あげたいんだもの」
みんなが再び顔を見合わせる。
「ルイは何が欲しいのかしら?」
「セーレがいれば、何もいらないんじゃない?」
エヴァが言った。私は憤然として口を尖らせた。
「それじゃ意味がないでしょ」
「それなら、・・・セレスティーヌが抱きついてあげれば解決すると思うけど」
クロードが言った言葉に、アンドレが続けた。
「”ルイがそばにいないとさみしいわ”とかなんとか言ってあげればさらによし」
「どっちもやったわよ。ねぇ、ショーン」
四人の視線がショーンに集まった。ショーンは宝石箱の蓋と同時に目を閉じ、ため息をついた。
「・・・そうだね」
「セーレ、ルイはどうだった?」
好奇心いっぱいのエヴァの視線が私に戻った。私は首を傾げた。
「何も・・・どちらかというと、困ってた・・・かしら」
「何でよ、ショーン」
エヴァがショーンを睨む。
「いや、僕は悪くないはずだけど・・・まぁ、・・・僕はシンプルに”ルイ大好き”でいいと思うよ」
「でも、そんないつでも言えるようなこと・・・」
私の言葉にエヴァが口を開きかけたところで、ドミニクが間に入った。
「セーレを困らせないで、みんな。ね、話を戻しましょう。どう思う? ええっと、クロード?」
ドミニクの優しい声はどんな癒し系ハーブより効果がある。加えて人当たりの柔らかいクロードが穏やかに答えれば、途端に雰囲気は変わってしまうのだ。
「やっぱり、刺繍がいいんじゃないかな? セレスティーヌが得意だと聞いたことはないけど、教えてもらってた頃はかなり頑張ってたよね? 今までルイに作ったことがなければ、喜ぶんじゃないかと思うけど」
よ、余計なことを・・・
「心配なら、ドミニクが教えてくれるよ」
クロードがにこりと微笑む。ドミニクが慌てて私を向いた。
「私でいいなら、いくらでも教えるわ。でも、私なんかで大丈夫? セーレに教える資格もないし・・・」
資格というのは、公爵令嬢を教えることのできる、礼儀作法も学問も高いレベルで修めたとされる証明のようなものだ。
私は青くなった。そんな人に教わるなんて、絶対に嫌。それならせめてドミニクがいい。
「も・・・もちろん、ドミニクがいいわ! だって私、初めて会った時から、ドミニクのセンスと技術が大好きなんですもの。大好きな刺繍を描いてる方に教えてもらえるなんて、最高に嬉しいことじゃない?」
前のめりで言いながら、どうにもクロードに誘導された気がしてならない。ちらりと見ても、涼しい顔をして会話を聞いている。
「まぁ、そんなこと言ってもらえるなんて、嬉しいわ。是非、教えさせて」
感激して喜ぶドミニクを見てしまっては、断ることなんてできない。クロードはよくわかってる。気づかないドミニクが、朗らかにクロードを向いた。
「あ、それなら・・・クロード、何かモチーフにいい花はあるかしら?」
「うん、まぁ、あるよ。今はいろいろな花の形を、綺麗にキープできるような品種改良をしていてね。図案にいい形もたくさんあってね。あぁ、でも、・・・セレスティーヌ、ルイの家の文様は何だっけ?」
私は不満な気持ちを抑え込んで、クロードに笑顔を向けた。
「・・・ミモザ」
「何を示してる?」
「”自由さ、優しさ、おおらかさ”」
クロードはよくできました、と言いたげに優しい笑顔で頷いた。
「ウェベール家らしい、いい標語だね。素敵な花だと思うよ。ドミニクに図案の作り方を教わって、自分でハンカチに刺繍をしてみたらどうかな」
「・・・そうね」
しぶしぶ私は頷き、私はルイがいない間、ドミニクから刺繍を教わることになったのだった。
作戦会議、これにてお開き。




