35 第二の受難:護衛の必要性
先を行くショーンの後ろ姿は、近衛騎士の制服が異様に似合っており、ショーンのなんにでも器用な性質が見て取れた。だからこそなんだろう、なんでも最短でトップクラスに上り詰められるショーンは、なんでもすぐに興味をなくした。興味があるのは、自分のその性質を使って、宝石を売り込むことだけだ。
けれど、ショーンはそんな自分をひけらかすことはしなかった。実のところ俺は、ショーンがずっと羨ましくて、憧れていた。俺よりもずっと、セレスティーヌにふさわしいと思っていた。その器用さと身分で、ショーンはセレスティーヌを上手に守りきることができるだろう。
「ルイだからこその近衛騎士への大抜擢だって、僕は思うんだけど。まぁ、ルイが文官に向いてればブリュノ殿の部下にでもなったろうさ」
「やめてくれ」
俺はその姿を想像して背筋が寒くなった。ショーンは見えてきた剣闘場に目を向けて、くすくすと笑った。
「そういうルイだから、周りが慮って肩書きを付けたのにさ。セレスが将来困らないようにって。でも、全部裏目に出ちゃってるよなぁ・・・ルイがいなくなれば、・・・失敗でもして近衛騎士を追われるようなことがあれば、セレスが自分の手に入るなんて思っちゃったり・・・ルイを闇討ちしようとしちゃったり・・・亡き者にしちゃおうかなーなんて思っちゃったり・・・そういう人も、いるんじゃないのかなって」
穏やかな口調だが、随分と物騒な話だった。俺は困って眉をひそめた。
「それはつまり」
「うん。僕ね、ルイの護衛も兼ねちゃってるってことだよ」
「・・・何のために?!」
「だから、ルイが狙われた時のため」
「俺は大丈夫だよ」
「でも病み上がりだしね。公爵もブリュノ殿も、心配してるんだ。僕、剣の腕は確かだし、今でも鍛錬してるからさ。実践だって得意だよ。宝石の採掘現場で襲われることも多いから」
「何てことだ・・・」
「ティボー殿はかなりセレスに熱を上げてるみたいだし」
「振られてるだろ」
「でもルイがいなければって思ってるみたいだよ」
「俺がいようがいまいが関係ないだろう。セーレは誰のことだって選べるんだから」
俺が憮然となると、ショーンは笑った。
「でもルイ以外とは結婚しないと言い切ったしね。ああ、僕は聞いてないけど、ティボー殿に言ったみたいだから、本当だよ。ちょっと、それくらいで嬉しそうにしないの。当たり前のことなんだから」
「あ、いや、でも、・・・俺がいなくなったところで、ティボー殿が選ばれるわけじゃないだろ」
「嬉しくないことに白羽の矢が立つのは僕だろうから、絶対にルイはセレスと結婚してね」
「お前、セーレが嫌いなの?」
困惑して俺が言うと、ショーンは晴れやかに笑った。
「大好きだけど、それは友達としてだよ。ルイと一緒にいるセレスが好きなんだ」
「・・・それは・・・どうも・・・?」
首を傾げた俺に、今度はショーンも同じように首を傾げた。
「で、ここ、どうやってはいるの? 僕、いきなり入って怒られない?」
ここ、とは剣闘場の控え室の事だ。話しているうちに、俺たちは控え室の扉の前に着いていたのだ。
「・・・俺が先に入ればいいんだろう、ショーン」
扉を開けて控え室に入ると、俺つきの見習いのオーベールに代わり、ジョージが笑顔で俺を迎えた。
「あれ? オーベールは?」
「今日は、僕と交代なんです。いつもと違う仕事を見るようにと、時々変えてもらえるんですよ」
「あぁ、そうか。いつも団長付きだから、普通の近衛騎士の様子はあまり知らないのか」
「だいたいは知っておりますよ。でも今日は模擬試験の日ですし、こういう日の裏方を知っておくほうがいいと」
「そうだな。オーベールは何度か体験しているようだから。よろしく頼むよ」
すると、ジョージが頭を下げた。
「本日の模擬試験、よろしくお願いします。近衛騎士になりたい次期の試験生が、試験に向けて、現役の方と練習をする日、ですよね?」
「・・・何だか嬉しそうだな」
「今日は兄もいるんです。よろしくお願いします」
「そうか。ジョージも剣筋はいいから、楽しみだな」
「あ・・・ありがとうございます」
照れたのか、不思議な間を空けて、ジョージは改めて頭を下げた。
ジョージは謙虚でしっかりしている。ヴィルドラック団長の見習いとしてとても優秀だ。将来とても有望だと思う。できれば一緒に働けたらいいけれど、それはきっとできないだろう。ジョージが正式な近衛騎士になるまでに、俺は騎士団を辞めているかもしれないから。
「へぇ。良さそうな人材だなぁ。ジョージ君、うちで働かない? 意中の女性がいたら、プレゼントしたいジュエリーは何と二割引だよ」
俺の後ろからついてきたショーンが、スッと前に出た。
「勧誘するな」
俺がショーンに呆れていると、ジョージは驚いて目を見開いた。
「エ、エマール様?! 何をしてらっしゃるんで?」
「久しぶりに市場調査さ。騎士たちが愛用する剣にはどんな宝石が使われるのかってね」
いかにもな理由だが、胡散臭い。でも、それでも通用するのがショーンだ。ジョージは微塵も疑わず、不思議そうに首を傾げた。
「宝石ですか? 僕にはさっぱり・・・」
素直なジョージに、ショーンは微かに笑った。
「みたところ、君の家は騎士家系だろう? だったら、家で継がれるような剣があるんじゃないかな? 君の兄上に見せてもらうといいよ」
「いえいえ、僕なんて、・・・恐れ多くて見せてもらうことなんてできないです」
「でも、君は近衛騎士の見習いでしょう? 君の兄上は近衛騎士じゃないんだし、どちらかといえば、君のほうが優秀なんじゃないの?」
「まさか」
首を振るジョージに、ショーンは肩をすくめた。
「謙虚さも美徳だけどね・・・ま、いいや。僕は君の兄上のことは知らないわけだし。ところで、ルイが使ってるこの”ブリュノモデル”、すごくない? なんかキラッとしてない?」
ショーンは俺の剣を勝手に手に取ると、ジョージの目の前に掲げた。
「あ、勝手に」
「いいじゃんいいじゃん」
「もー」
ジョージは目の前の剣の鞘に驚いたものの、俺が怒らないことにさらに驚いたようだった。俺を伺うように見たが、俺は肩をすくめただけだった。俺は知っているんだ。俺がショーンを信用しているように、ショーンも俺を利用するようなことはしない。
「ええ、・・・はい」
ジョージは、剣をじっくりとみた。
「・・・今までよく見てはいなかったんですけど、確かに、たくさん使われてますね・・・」
「だろう? これは最高級モデルの、特注品だけど」
「は、はい! 存じております!」
「ね、すごいよねぇ。義弟になるルイへの手向けなんだって」
「わぁぁぁぁ」
ジョージが感動に打ち震えていた。




