婚約の日 5 ドレスの鑑定
ほらね。
私は意気揚々と立ち上がった。
「どう?」
そして広いところに出るとくるりと回った。
このドレープの出し方が難しいのだ。メモに書き出して、散々エヴァと相談して、長いこと仕立て屋のマダムと相談したのだ。そしてついに、好みのドレープはちょっと多め、でも広がりすぎない、裾はまっすぐよりウェーブ、みたいなのをまとめたのだ。
このひらひら感、好きじゃないとは言わせないぞ。
「・・・」
あら。何も言わないの?
私が見ると、ルイは疲れた顔で、でもとろけそうな表情でドレスを見てる。
よっしゃ! これはお言葉がいただけるかも?
しかし、ルイが言ったのは違うことだった。
「勝負が終わったら、どうするんだ?」
「どうって・・・私が私の好きなドレスを着るだけよ」
「今までと変わらないじゃないか」
「あら、全然違うわ。みんなに勝利宣言するんですもの! 楽しみで仕方ないわ」
「勝利・・・宣言?」
「そうよ。見守ってくれてたみんなに報告しないと」
「見守る? 誰が?」
「みんなよ」
「み・・・みんな?」
なぜか愕然とした表情でルイは私を見た。
「当然でしょ。だって、お世辞でも綺麗と言わないとならない場面で、あなたは言った試しがないじゃない。でも誰にも咎められなかったでしょ? それは勝負だったからよ。私がみんなに教えたの」
そう。誰かの誕生日や記念日、そうと思わなくても相手を立ててお世辞の一つや二つ、言わないとならないことがたくさんある。
でも私のその場面でも、ルイは決して言わなかった。仮にでも婚約者なのに。ハッと息をのんで、そのまま息を潜めて私を厳しく鑑定するのだ。いつものように、あれこれと難癖をつけないだけマシなくらい。
でもだんだん、視線だけでどの辺りを気に入ってるか気に入らないのかはわかるようになってきた。
これは企業秘密だ。絶対に明かせない。
「そん・・・だからあいつら、生温かい目で・・・クッソ・・・」
「でもそうでもしないと私の不戦勝になっちゃうから」
「不戦勝って?」
「あなたのお父様が言えといえば、さすがに言うでしょう? それじゃ、意味がないの。あなたが心からそう思ってくれなくちゃ」
私がガッツポーズを取ると、ルイは表情なく私を見た。だめだ。失敗した。
「ねぇルイ、綺麗とは言ってくれないの?」
ここまで手の内を明かしたのに。残念。
がっかりして私が肩を落とすと、ルイは口を開きかけた。
あ、言うの? 言ってくれる? ・・・が、口を閉じた。チッ。
私が思わず舌打ちすると、ルイは胸をなでおろしていた。
「・・・あっぶね・・・」
軽くルイの素が出たが、私がはしたない真似をしたことには気づかなかったようだ。それより、アガットの説教のような視線が痛い。あとでものすごい怒られそう。
「何よ、言ってくれたっていいじゃないの」
「言うかよ。言わない、絶対言わない」
「なんでよ」
むぅと頬を膨らませた私に、ルイが手を伸ばした。
「・・・セレスティーヌ、こっちに来て」
「なんで?」
遠い方が全体がよく見えるはずだ。私が首をかしげると、ルイは焦るように言葉をつなげた。
「え・・・と、あー、ドレス・・・そう、ドレス。ドレスの質感を知りたいから」
なるほど。それは盲点だった。いそいそとルイに寄っていく私を、アガットが今度は呆れた顔で見ている。
いや。視線は私じゃない。ルイだ。なんでだろう?
ルイが手を伸ばしてそっと私の腰に触れた。さすがルイ、自分の好みを熟知している。そう、腰のリボンは特に選んだのだ。
「どう? すごい滑らかでしょ。アンドレにお願いしたのよ、揃えるの大変だったわ」
ルイは腰からスカートのドレープをたどりながら、感極まったようにため息をついた。
そう、そのドレープは辿ると丁寧な仕上がりにうっとりする仕組みだ。ドレスのデザインに詳しいクロードがルイの性格を含め熱心に売り込んできた工夫が詰まっているのだけど、その話はできなかった。
ルイがムッとした顔で私を見上げたのだ。
「アンドレ? なんで?」
なんでってなんで? 私はルイを諭すように微笑んだ。
「領地が毛織り物産業でしょう。だから、布についてもよく知ってるの。それで相談して、ルイはきっとこういうのが好きだろうって・・・」
「アンドレが?」
「ええ」
ルイはムッとした顔のまま、私を引き寄せた。そばで見たいのかな、と私はさほど抵抗もせず引っ張られた。ルイは少し驚いて私を見上げた。
「嫌じゃないのか?」
「どうして? 布の質感を近くで見たいんじゃないの?」
嫌なはずがないのだけれど。むしろどんと来い。私が首をかしげると、ルイは深くため息をついた。
「ああ、近くで見たいとも」
言うと、ぐいっと引っ張って、私を膝の上に座らせた。
顔ちっか。肌も綺麗、すべすべだわ。
なんの手入れもしなくてこれっていうのは、さすが私を不細工呼ばわりするだけある。ええ、私だって不美人ではないと思うだけで、本当に綺麗かどうかなんてわからないんですけど。
私が驚いてルイの顔を見てると、ルイはパッと顔を赤くして目をそらした。小さいが私の勝ちだ、これに関しては。
しばらくして気を取り直したらしいルイは、私を少し抱き寄せた。
「説明してよ」
ルイの声が私の耳元で小さく響いた。小さい頃はこうやってよく内緒話をしたな。懐かしい。
「何を?」
私の質問に、ルイは一瞬目をパチクリとさせ、指で指示した。
「・・・そのレースとか。ジュエリーとか」
「あぁ」
私は頷いて、嬉々として説明を始めた。顔が三十センチと離れていない、この距離ではなかなか商品アピールは難しいものだけどやってみなければわからない。
「このイヤリングはね、こないだ誕生日にルイから頂いたものよ、覚えてる? 贈られるってことはルイの好みに違いないからって、ショーンが」
「ショーン?!」
私は再度頷いた。
「だって宝石に詳しいじゃない。それで、なるほどなって。でもペンダントはしないで、その前に頂いたブローチにしたほうがいいって。襟元があまり開かないこのドレスに合うし、ルイがきっと好むって。それで、胸元のレースはね、細かくてシンプルなのが好きなんじゃないかってドミニクが言ったのよ、」
「ドミニク・・・?」
ルイが眉をしかめる。
「知ってるでしょ、彼女はレース編みが素晴らしいのよ。勉強もたくさんしててね、産地へ足を伸ばして習ったりしてるんですって。だから、調べて選んでくれたのよ。それで、この袖の形なんだけど」
「もういい」
「へ」
「もういいです。わかった、わかりました。いろんな人に聞いたことがわかった」
なぜか、ルイはがっくりと肩を落としていた。私が聞きすぎて、ズルしたと思っているのかしら。そんなことないはずよ。
「だって詳しい人に聞かないことにはわからないじゃない。でもねぇ、なんでかみんな怒るし、笑うし、変な反応なのよ。でも最終的には手伝ってくれたわ」
「そりゃぁ、だって、お前みたいな令嬢が相談するなんて、なんか重大なことかと思うじゃないか」
ことに婚約者に褒められたいだなんて。いじらしい願いを聞かずにはいられないだろ。・・・意図は違うけど。言葉を飲み込んだルイに気がつかないまま、私は笑った。
一瞬驚いた後、ルイは私の頬に恐る恐る触れた。
ささくれもない綺麗な手。でもしっかりと剣を握ってきた分、硬くなった皮膚がゴツゴツとしている。
うんうん、良い手だ。いやいや、私の手だって負けてない、手入れした貴婦人の手よ?
確かめるようにルイの手に自分の手を重ねると、ルイはうっとりとした表情になった。
それはどっち? 私の頬と手、どっちにうっとりしたの? どっちも手入れは十分にしているわよ。しなくても質のいいあなたとは違うんだから!
「セーレ・・・」
懐かしいあだ名で呼びながら、ルイは私を抱きしめた。
あら? どうしたの? 私は戸惑いながらなんとなく思い当たり、ルイの背中をぽんぽんと叩いた。
そうか、そうだったのか。