34 第一の受難:ショーンの来訪
今回は、ルイ視点で、まるまる章立てしてみました。
雰囲気が少し違うと思いますが、よろしくお願いします。
次の章ではセレスティーヌに戻ります。
「やぁ、ルイ・ウェベール。婚約者殿は元気かね」
仕事に復帰してようやく体が慣れた頃、俺は近衛騎士の騎士団長室に呼ばれていた。
「この上なく元気だと思いますよ」
俺は肩をすくめて言った。先日の見学から、レイモン団長はセレスティーヌを気に入ったらしく、ことある毎に聞かれる。嬉しいような悲しいような、だ。
「今日はどのようなご用件でしょうか」
「ちょっといろいろあってな。市場調査だそうだ。入ってくれ」
奥の扉が開いたと思うと、そこから見知った人物が顔を出した。
「やぁ」
「・・・ショーン?」
近衛騎士の服を着たショーンが、当然のような顔で立っていた。俺が目を瞬かせると、いつもの食えない様子で笑った。
「いろいろあってね」
「いろいろって・・・まさか、今更、騎士になりたいだなんて思ってないだろう?」
ショーンの騎士への適性のなさは筋金入りだ。本人もやる気がないはずなのに。
「えーっとね。僕は気楽な三男坊で、ついでに、うちの家は、気まぐれで騎士団に仮入団したいなんて言う坊々を、ねじ込めるくらいの権力はあるんだ」
ショーンはにこりと笑顔になった。こうなったら絶対に口を割らない。きっとレイモンも知っていることなのに、ここで言うつもりはないらしい。
「とりあえずさ、今日は、試験があるんだろう? ブリュノ殿も来るんだよね。きっと、何か教えてもらえるさ」
「試験がどうしたって? ブリュノ殿?」
「ああ。それについては、向こうに着いてから話そう。それでいいですよね、ヴィルドラック団長」
「申し分ない。せいぜい、ルイを使ってやってくれ」
レイモンは言うと、さっぱり事情のわからない俺とショーンを執務室から追い出した。
☆
「で? 何しに来た?」
歩きながら、隣を歩くショーンに話しかけた。
「市場調査だよ」
「しじょうちょうさぁ?」
俺の疑いしかない声に、ショーンは涼しい顔で頷いた。
「オリジナルの剣には宝石が組み込まれることが多いからね。ほら、ルイの剣だって特注で、特別な文様に宝石が組み込まれてる。これ、意味分かって使ってる?」
「・・・ん、まぁ、それなりに・・・」
俺が頷くと、ショーンはにっこりと笑った。
俺がブリュノからいただいた剣は、義理の弟のためにとブリュノが特注で作った剣だ。その剣の良さもさることながら、装飾も素晴らしかった。決して華美ではないのだが、目を惹き、自然とやる気を引き出してくれる。鞘に収めると柄から一つの装飾になるようになっていて、トレ=ビュルガー家の文様とウェベール家の文様をうまく織り交ぜて独特の文様を作り、それに小さな宝石を埋め込んであった。デザインするのも相当技術がいるはずだ。
「ブリュノ殿は、案外ルイを買ってくれてるよね」
「セーレのためだろ」
「それにしたってさ。正式に認められたからって、こんなの贈らないよ、普通。ルイはブリュノ殿に催眠術でも使ったんじゃないかって話になってるくらい」
「嘘だろ」
俺がギョッとすると、ショーンはあははと明るく笑った。
「そうじゃないのはわかってるけど、ほんっと、ルイはよくできるから。商売人に戻るにはもったいないよね。いつかそのうち、王の側近にまでなっちゃうんじゃない・・・?」
「え、ちょ、やめろよ、マジで」
俺はショーンの軽口に半ばうんざりしながら答えた。
「俺ができると思うか?」
「できるよ。セレスのためならね」
「・・・セーレは望まない」
「望めば?」
う、と言葉が詰まったが、俺は答えた。
「や、ら、な、い」
「えー、つまんないなぁ」
「世間話はいいから、正直に吐け」
「何が?」
「ショーンが市場調査だけのために仮入団とかするかよ。お前とアンドレは頭の中が完全に騎士向きじゃないだろ。クロードだったら信じもするけど、お前がくるとは思えない。それ以上に何かあるんじゃないのか?」
お互いの性格も事情もよく知っている幼馴染同士だ。通用しないのはわかっているはずだ。俺がじっと見ていると、ショーンは諦めたように肩を落とし、言葉を探した。
「うーん、だったら、ルイが心配だって言ったら?」
「俺?」
俺が首を傾げると、ショーンはニヤリと笑った。
「キール・ウェイド、カール・ウォーカー、ダッド・スウィフト。まだまだいるよ」
「・・・なんだ?」
「スティーブ・ティボー」
俺は眉をひそめた。
「・・・だからなんだよ、意味が」
「わからないわけないよ。ルイ、絡まれたことない?」
そこで思い出した。
「・・・キールなんちゃらは、あるけど・・・あとは知らない。ティボーってやつは、セーレに直接プロポーズしたヤツだろう? それがなんの関係がある」
「あるよ? みんなルイに嫉妬してる人」
「し・・・」
嫉妬?
俺は思わず足が止まりそうになり、足を止めずにぐっと先に進んだショーンを、慌てて追いかけた。
「嫉妬? 俺の立場にか? 近衛騎士なんて実力がないのにってことか?」
「ううん。実力は認め始めてるから、こそ、かな」
「なんでだ?」
俺が首をひねるのを、ショーンは面白そうに見ていた。お前はそういうヤツだよ、本当に。
「単純にみんなセレスのことが気に入ったってだけだよ。セレスのところに、たーくさんお見合いの釣書が来てるの、知らない?」
俺は驚いてショーンに目を見張った。
「・・・知らない」
「困るよね、今までは、ルイと破談してからすぐに手を挙げられるようにって狙ってただけなのに、こうあからさまに攻められちゃうとね」
「本当なのか」
ショーンは頷いた。
「セレスは相手にしてないんだけどさ。お前のポテンシャルが高すぎな上にほんと頑張るから、引き立てられちゃったじゃん、普通に。これでみんな、燃えちゃって。ルイほどできるやつならルイは自分でできるじゃん、僕の方が地位が欲しいんだ、きっかけさえあればルイよりもできるんだ、ってなっちゃうよね」
俺は首を傾げた。ショーンはクスリと笑った。
「なるんだよ。それが自負がある立身出世したい人間だってことだよ。世間知らずの身の程知らず、とも言えるかもしれないけどね」
相変わらず言うことが辛辣だ。俺はショーンの話の続きを待った。
「でもそれだけじゃないんだ。セレス、こないだ見学に来たでしょう。みんなセレスを見て、目玉が飛び出たんだよ。あんなに可愛くて綺麗な子だったなんて、知らなかった!って」
「・・・お茶会で見てないのか?」
俺が疑問を投げると、ショーンはその宝石商らしい綺麗な指を小さく振った。宝石を扱い、サンプルとして指輪を自分の指にはめることもあるその商売柄、手の美しさは絶対だ。
「騎士で成り上がりを目指す人なんて、公爵令嬢なんて名前くらいしか知らないものだよ。貴族の嫡男たちだって、身分の差があるもの、セレスにはそもそも近寄らないさ」
「でも、顔くらい・・・」
「あのね、みんながみんな、アンドレやクロードみたいに誰とでも仲良くできるわけじゃないんだから。免疫があるわけじゃない。大抵がスティーブ・ティボーみたいなものさ。まぁ、彼は貴族の次男坊だけど、騎士だから、余計に距離はあったかもしれないけどね」
「そういうものか?」
「そうだとも。その上、周りはルイを始め僕たちが固めてたんだから、それこそ、誰だかわからない状態だったろうね。でもあれで、セレスは認知されてしまったわけだ。無垢で綺麗な深窓の公爵令嬢だ、って」
俺は歯ぎしりをしたいのを我慢した。アルフォンスとジネットのせいではないか。いや、でも結局、先を想定しないで許可した自分が一番良くなかった。最悪だ。
「それまで、真逆だと思われてたんだから、不思議だよね。見るに堪えない性格も悪い、ひどい令嬢だと思われてたみたいだよ。成り上がりを餌に君を縛り付けてるんだろうって。でも、そうじゃなかった・・・幸か不幸かね」
ショーンは芝居がかった口調で一度口を閉じた。もうすぐ、剣闘場が見えてくる頃だ。
近衛騎士のお仕事中。




