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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
刺繍もドレスもあなた次第
48/92

【閑話】手紙

ルイ視点です。


ルイが騎士学校で寮生活していた時の、手紙のやりとり。

以前、セレスティーヌがレイモン近衛騎士団長に話していた出来事のルイ側の話になります。

十二歳のルイと七歳のセレスティーヌ。


『様々なお友達とお出かけしたり遊んだり、とっても楽しそうですね。羨ましい限りです。私もお友達はいますが、そうやって毎日お会いするわけじゃありませんもの』


セレスティーヌからの手紙は、そんな短い文で終わっていた。


心臓がドクドクと鳴った。


え、何? 怒ってる? 俺、間違えた?


セレスティーヌはいつも、俺の短い手紙に、当たり障りのないことを書いてよこしてきていただけなのに。


手紙を前に固まっている俺に、寮の同室のアルドが驚いたように肩を叩いた。


「どうしたんだ? 何か良くないことでも書いてあるのか?」

「いや・・・」


俺はアルドに経緯を話した。


俺は前回の手紙で、寮生活の話をそのまま書いた。

授業が楽しいこと。

友達との生活は新鮮なこと。

新しくできた友達のこと。

街に行ったり自分で買い物をしたりしたこと。


その返事が、いつもとは違っていた。

まだそこまで文章がうまくないセレスティーヌは、当たり障りなく、『楽しそうですね、ところで私は』、と続くはずだった。なのに今回は、なぜか”羨ましい”の言葉が入ってる。取り立てて充実した寮生活なわけではない。ブリュノもしたと聞いているし、寮生活の話はしたことがある。今まで、寮について何か言ったことなんてなかったのに。


「そりゃ、あれだよ。浮気してんじゃないかって、怒ってんじゃねーの?」

「は? う、浮気?! なんで」

「だって、街に出て遊ぶなんてさー、軽々しく書くもんじゃないだろ」

「でも・・・買い物だし」

「ばっかだな、何を買うかなんて向こうにはわかんねーだろ。オンナ買うかもしれないじゃん。まだ早いとか言うなよ? 意外とそんなもんだって。時間いっぱいあるんだし、お金もあるんだし、別におかしなことじゃない。それに、俺たちは難しい試験を合格して入った、いわゆるエリートなんだぜ・・・そんでこの学生の間にしか、街になんか行かないんだ。特にお前は、子爵令息なんだ。狙ってくるオンナどももわんさかいるってのに、軽々しくそんなこと書いたら、信頼失うぞ」

「・・・それは困る」


ただでさえ、自慢できるとこなんてないのに。不快感を与えない容姿に態度、そして勉学に剣術、セーレに見合うようにやってきた。でもそれだけでは足りないのはわかっている。セーレ自身にも、そしてヴァレリー公爵にも、誠実さが必要だ。セーレのために成長してることを示すしかないのに。そのために来たのに。俺はなんてことを。


「おーい。大丈夫かぁ?」

「お・・・俺はどうすれば・・・」

「え、ちょ、そんなに青くなることかよ・・・だいたい、相手は誰だ? 姉妹か? 恋人か?」

「婚約者だ」


恋人とはちょっと違う。セーレの好きと俺の好きは違うからだ。でも婚約はしてくれているから、俺はそれに甘えている。早く認められなくてはならないのに。


「まじか。え、何、相手のご機嫌損ねちゃいけないやつ? 人身御供的な?」

「・・・いや。いつでも解消できる。・・・だからそれは困る。絶対に困る」

「こんな早くに結婚相手が決まってていいわけ?」

「俺はその子以外と結婚する気はない」

「まじか」

「絶対に嫌だ」

「なになに、なんの話?」


隣の部屋のシリルが急に顔を出した。用事があって入ってきたようだが、話に食いついてきた。アルドが半笑いでシリルに言った。


「ルイはもうすでに結婚したい相手がいて、その子以外は絶対に嫌なんだってさ」

「ヒェー、すごいね。本当? そのうち、気持ちが変わっちゃうんじゃなーい?」


俺はムッとしてシリルを睨んだ。


「変わらない。もし変わったら、俺はここを辞める」

「・・・おいおい、なんでそうなる」

「もともと、別に入寮する必要なんてなかったから。外部で通っても良かった。ショーンやクロードみたいに。でも評価されるには、ここにいることが絶対に必要だから、きただけだ」

「まぁ、確かに。貴族だし、家の名声がゆるぎなくて、必要なければ、・・・って、お前だって、そうだろ?」

「でも必要なんだ」

「あー、婚約者ちゃんのためか」


俺は結局、何も言えなくなって黙り込んだ。


「で、お相手は誰なわけ?」

「・・・言わない」

「えー、ここまできたら教えてよー」


シリルが俺の肩を掴んだ。そして、アルドが俺の手紙を奪う。


「ま、待て! やめとけ、後悔するぞ」

「えー、ダーイジョウブだって・・・どれどれ・・・えーっと? ・・・セレス・・・セレスティーヌ・・・」


アルドの言葉が途切れた。顔が真顔だ。だから言いたくなかったのに。


「え、誰って?」


無邪気にシリルが急き立てる。アルドが掠れた声で言った。


「ヴァレリー公爵令嬢、セレスティーヌ・トレ=ビュルガー」

「せ・・・えぇ?!」


シリルが俺から急に手を離すと、俺の前に回って座り込んで床に額をつけるくらい頭を下げた。


「すまん、すまなかった! お前すげぇやつだったんだ! 俺、ただの準男爵家の息子だよ? ほぼほぼ平民だよ? 不敬罪になる? 何? あれなの? お前、実は身分詐称なの?」

「え、やめろよ・・・そういうんじゃないから。マジで。俺は別に何もない。ただの子爵家の人間だ」

「え、だって、あれだろ。セレスティーヌ嬢といえば、あの王家につながる高貴な貴族、俺たちなんてちらとも伺うことのできないあのヴァレリー公爵家の愛娘じゃないか。天使だ聖女だって言われて門外不出で、でも三女だからそこまでしがらみもなく、みんな狙ってて・・・でもそれを見越して、・・・すでに・・・婚約者が・・・」


二人は顔を見合わせた。


「「お、お前かぁー!!!」」


そう、俺だ。紛れもなく俺だ。


俺が黙っていると、二人はその一瞬ですでに納得したように頷いた。


「それは、頑張るしかないな・・・」

「なんだその身分差・・・お前が庶民と結婚するよりハードル高いじゃん?」

「それより、なんだってそんなお目通りが適ってるんだよ」

「うちはヴァレリー公爵の管轄だから、父親は公爵のお屋敷によく行っていて、・・・その時に俺も連れて行かれた」

「それで知り合ったのかぁ、そうかぁ・・・」

「それで? セレスティーヌ嬢は? どんな子なの? やっぱり天使?」

「・・・教えない」

「まじかよぉ! 教えてくれよぉ!」


懇願するアルドを無視し、俺は二人に願い出た。


「そんなことより、誤解を解きたい。手紙の返事をどうしたらいい?」

「何が?」


アルドがシリルに手紙の経緯を教えた。シリルは残念そうな顔をしたが、首をひねっただけだった。


「別にそこまで気にしなくてもよさそうだけどな? だって、せ・・・あー、なんか名前言うだけで怖いから婚約者ちゃんにするぜ、その婚約者ちゃん、もっと無垢な感じじゃん? まだ七歳だろ? いいなぁ、楽しそうだなぁって、単に言ってるだけなんじゃない? うちの妹もそうだもん。そんなさー、浮気とかまだ想像つかないって。オンナ買うとかさ、それこそ、俺たちだってここに来てから意味がわかったわけだし」

「でも公爵令嬢だぞ・・・耳年増になる可能性もあるからな・・・それに、女子は一気に成長するもんだ。こないだまで女の子だったのに、次に会ったら女になってたりする。怖い生き物なんだよ・・・」


シリルはあまり納得できていないようだったが、アルドの言葉にも説得力を感じたようで、しみじみと頷いた。


「そうか・・・それならルイ、誠意だ。誠意を尽くすんだ」

「どうやって?」


俺が問うと、二人は頭を合わせて相談を始めた。俺は蚊帳の外だ。


「そうだな・・・遊ぶ暇なんてない、って示せばいいんじゃないか? 街に行くには行っても、往復で三十分もないから、買い物して終わりってわかるだろ、みたいな・・・」

「一日のスケジュールを表にする?」

「・・・それもアリだな」

「みっちり鍛錬も勉強も詰めてさ、でも疲れないように休憩入れてさ、それで・・・」

「もし問い詰められても、ちゃんとやってましたよって、証明する人間が必要だから・・・」

「うん、そうだ。それは大切だ」

「よし、決まった」


アルドが俺に向いた。


「一日のスケジュールを頑張って立てて、そのように行動しよう。で、メモって、それを婚約者ちゃんに送ろう。なるべく細かく、いろんな日の」

「俺たちも協力するからさ。な、頑張ろうぜ!」


二人が俺の肩をそれぞれ叩く。


「俺たちがみんな、お前みたいに頑張れるわけじゃないけど、少しずつなら一緒にやれるし。剣技の練習は、有志で交代で相手すればさぁ、なんとなかるよな?」

「勉強も、その時間、確実にしてるとわかればいいんだから、それぞれ近くで勉強していればいいんだし」

「出来る出来る。多分、みんなやるって」

「え、でも、俺、何にも・・・」


俺が言うと、、アルドは俺の肩をドスンと叩いた。


「いいってことよ。子爵身分で公爵令嬢と結婚するなんてスッゲェじゃん? 見返りはお前がちゃんと結婚できることだ」

「ぶっちゃけ、俺たちの中でも一番優秀なんだから、剣の稽古もつけてくれるならありがたいってもんだよ。勉強だって教えてくれるだろ?」

「それは、もちろん」

「商談成立だな」


こうして、俺はみんなに協力してもらって、スケジュールを作ることにした。と言っても、今までしてたことをわかりやすく時間で示しただけで、特に変わったことはない。


「うへぇ・・・お前、いっつもこんなんなの・・・?」


アルドが呆れたような表情をした。俺が頷くと、シリルがぐるりと目を回す。


「これは・・・そりゃ、一番にもなるわ・・・」

「俺無理、さすがに無理」

「娯楽がない・・・」

「でもがんばろうぜ。協力するだけだから」

「俺たちがこのスケジュールをこなすわけじゃない」

「そうそう。半日でもいいんだ」


書いたものに、わざわざ『セーレへ』と書けといったのは、誰だったか。でも、文章で書いてしまうと野暮ったくてスマートではないこの努力を、その言葉に込めるのは悪いことじゃない気がした。





シリルもアルドも割と気に入ったキャラです。



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