32 病気の時には人恋しくなるという説
「ルイだって私のこと、怒ってるでしょ?」
「何を?」
ルイがきょとんと首を傾げた。私はひるみながらも、意を決して伝えた。
「私が色々言われたこと。面倒なことだって、思ってるんじゃないの?」
「そんなこと思うわけないだろう。怒るとすれば、俺が自分に、だ。セーレに怒るはずがない」
まぁ。アダムはよくご主人のことをわかってる。
「なんで自分に怒るの? ルイに悪いところなんて」
私が言いかけると、後ろでアガットが咳払いをした。
・・・やっぱりアガットは、ルイが何か悪いと思っているみたい。何か、は具体的に言うつもりはないようだけど。
私が途中で言葉を止めたせいで、ルイは一時の興奮が落ち着いたようだった。ふぅ、と大きく息をつくと、私の手首の上に置いた。
「セーレは・・・、俺が近衛騎士の仕事をしているのが嫌ではないのか? 俺がいないとお茶会にいけなくなるのも? 俺が力不足なのはわかってるけど・・・」
不安そうに、ルイが私を見た。何だか私まで不安になってきてしまう。
「急にどうしたの?」
近衛騎士の仕事に力不足だなんて。
「ルイにとっては、むしろ役不足なんじゃないかしら?」
成り上がりたいなら、近衛騎士で満足できるはずがない。私たちが思っていたよりもずっと、近衛騎士という役職が、世間の評判が高くても、立派な肩書きだったとしても。もっと自分はできるんだからと突っぱねたっておかしくない。・・・と私は思う。本気で私を使うということは、野心があるということは、きっとそういうことだろうと、ブリュノの話を聞いて思ったのだ。だから、仕方なく近衛騎士で満足してあげよう、くらいなものでいい。
私の言葉に、ルイを青い顔をさらに青くした。
「な・・・役不足だなんて思うわけがないだろう?! セーレは勘違いをしてるんだ。俺は遅かれ早かれ家の仕事に戻るつもりだし、・・・なんなら、すぐにでも戻ってもいい。俺は近衛騎士になどならなくても、今までで充分、満足しているんだから」
慌てて言い募るルイに私は若干驚きながら、首を傾げた。
「私が嫌だと言ったら辞めてしまうの?」
そんなの、ルイらしくない。
「あ、ああ、・・・セーレが・・・嫌なら・・・」
ルイが困ったように私を見た。
でも、・・・それは私のせい? 私がかわいそうな公爵令嬢だから? ルイがやりたいことができなくなってしまうの?
「別にいつ家に戻ってもいいけれど、・・・近衛騎士の仕事、楽しかったんじゃないの? 見学に行った時、とても喜んでたじゃない?」
「確かに、楽しんでいるが、」
「それなら、私の顔色なんて伺わないでくださいな。私、ルイが自分の好きなことをしているのが嬉しいのよ。ルイはなんだってできることしかしないけど、やりたくないことはしないでしょう? だから私、ルイのことを応援してるの」
ルイが惚けた顔をして、ふいに目を潤ませた。あらまぁ、どうしましょう。よっぽど具合が悪いんだわ。言ってることがわかったかしら?
「今の、聞こえていて? えーとね、ルイが自分の好きなことをしていてほしいから、私は応援して」
「聞こえたよ、セーレ」
「そう? ならよかったわ」
私がホッとして笑いかけると、ルイもホッとしたように私を見つめた。
「私ね、活き活きと好きなことをしている人を見ているのが好きなのよ。だから、お姉様もお兄様も大好きだし、エヴァだってドミニクだって、そうでしょう? クロードもアンドレも、ショーンだって、ルイの友達はみんな、・・・どうしたの?!」
ルイががくりと頭を落としていた。
「それは聞きたくなかった」
「え、どうして」
「俺は特別じゃないのか?」
「特別よ。だって結婚するのでしょう?」
さらりと言った私に、ルイは眉をひそめて頭を抱えた。
「・・・簡単に言いすぎる・・・!」
「難しいことなの?」
婚約してるということは、結婚するということで、それは一人だけ特別な男性だということだ。だから、ルイが至高のドレスを作り上げたいという気持ちは理解しているつもりだ。そんなに難しいことではないと思うんだけど、私の考えが足りないのかしら?
「難しくは・・・ない」
「でしょ? だからね、今日はほら、ルイが作ってくれたドレスを良く見ていいのよ。熱があるみたいだけど、ちゃんと見えるかしら。どう? 立って見」
「いや、いい。今日はここにいて」
「・・・わかったわ」
甘えるような言い方に、私は思わず微笑んでしまった。病気の時に人恋しくなるのって、本当なんだ。あの手紙を書いた時はきっと、ルイはすでに調子が悪かったんだろう。今ほどではなくても。今日は本当に締まりのない顔をして、声も随分と甘いのだから。
具合が悪いのに、それでもルイは、私の袖の手触りを楽しみ、襟の存在を確認した。いつものように。
ユニス様のドレスも、同じように確認するのかしら?




