31 何をしに来たんだっけ
「ルイは心配しなくて大丈夫よ。断るくらい、わけないわ」
私が何でもないように言うと、ルイは微かに笑った。虚勢張ったの、バレたかしら・・・
「頼もしいな、セーレは。それなのに俺は、情けない」
なんと。これまた。
「どうして?」
「お茶会に、一人で行かせてしまった・・・ヴァレリー公爵との約束だったのに」
それ、本当だったんだ。私はエヴァのからかい文句を思い出した。
『いつもいつでもセーレのルイよ』
私のルイ。
それでは私は?
私は、いつか”ルイのセーレ”になれるのかしら?
「手紙も来なかったし・・・」
ルイの抑揚のないボソボソとした言葉に、今度は、父の批難するような視線を思い出した。
だって、何を書いていいかわからなくて・・・でもルイだってくれなかったじゃないの。
お互い様よね? ね?
ルイは何も言えない私の頭を撫でながら、優しく言った。
「公爵殿との約束一つ果たせない俺には、お茶会のことなど、話したくもないか? 何があったのか、お前の口から、話してはくれないのか?」
まずい。ルイが病気で弱気になってる。
ユニスのことやスティーブのことを、ルイはどうやってどんな風に聞いたのだろう。ユニスが来た記録があるからには、ユニスから直接聞いたのだろうし、ショーンの言い分からするに、お茶会に居合わせた二人から聞いてもいるはずだ。
私はさらに考え込んだが、うまい表現は何も出てこなかった。自分の語彙力のなさとアドリブ力のなさにがっかりしてしまう。だってお茶会の話はしたくなかったんだもの。
視線に促され、私は仕方なく返事をした。
「ルイ、あのね、だってね、特に何もなかったのよ。ルイが面白いと思えそうなことは何も。だから、手紙に何を書いたらいいかわからなくて。だって今まで、お茶会の話なんて手紙に書いたことがなかったから。・・・えーっと、ユニス様がルイと結婚したいと言ったり、ティボーさんが私と結婚したいと言っていたけれど、それだけよ」
「それだけって・・・」
「私は断ると言ったでしょう? ルイがどうするかはわからないけど」
「待て待て待て。断る、絶対に断るけどな? 結構な一大事じゃないか?」
「そうなの? でもどちらも初めてで、ちょっとドキドキしたわ」
私が笑うと、ルイは締められた鶏のような声を出した。
大丈夫かしら。ルイったら随分と青い顔をして、胃の中のものが出てきたりしないかしら。
「ど・・・どうしたの、ルイ? やっぱり起きているのが辛いんじゃない? 寝ていた方が・・・」
「いいや、大丈夫だ」
そして今度はしっかりと私を見た。
「何も・・・ないのか?」
私は再び考えて、はたと手を打った。
「えーっと、そうね・・・アンドレが所望していた絵皿は、私がいただくことになったわ」
「絵皿?」
「ええ。約束してたんでしょう? もう生産されてない、有名絵付師が描いた風景画の絵皿」
「ああ、確かに。でも欲しいけど今は手に入れられそうにないから、できれば予約しておきたいって言ってて・・・別に俺は構わないと言ったけど」
「私が受け取る約束をしたの。アンドレがお金を払ってね」
ルイは訝しげに私を見た。
「それをどうするつもり?」
「アンドレのお父様に売りつけるの」
「・・・どうやって?」
「あなたを介して」
ルイは一瞬、ニヤリと頬を緩ませかけ、慌てて真面目な顔に戻った。
「二重取りじゃないか」
「そんなことできない?」
「いくらなんでもできないよ」
「じゃ、アンドレのお父様にお伝えして買っていただくわ。その分、お父様からアンドレに請求してもらうのもいいわねぇ」
「いやいや」
「アンドレに買ってもらったプレゼントがいらなくなったから、おじさまに買っていただくだけよ」
「・・・まったく・・・それがうまくいったとして、その余計なお金はどうするつもりだ?」
私はにっこりと微笑んだ。
「次にアンドレがルイのお店で買う時に、その資金にしてあげればいいわ。ルイが預かっていれば、アンドレが欲しいものができた時に、そのお金を使うことができるでしょ。どうせ、まだおじさまはしばらく骨董を欲しがるだろうから、アンドレが買ってあげることもあるでしょう。せっかくアンドレがおじさまのために見つけたのだもの、その努力は伝わるわけだし、くだらない約束のおかげでそれが反故になったことも、私が怒ってることもわかってもらえるでしょ」
「・・・何を怒ってるって?」
ルイは目を見開いて、私の目をじっと見た。なので、私も負けじと見返した。
「心配なのはわかるわ。エヴァに頼むまではわかる。でも、アンドレやクロードにまで・・・しかも、珍しい絵皿とか伯爵夫人のエスコートとか、頼まれごとを引き受けたりして」
「心配して、何が悪い?」
「だって、私、今までずっとルイに頼ってばかりだったことに気がついたんだもの。私一人でお茶会に出たりしたら、誰とも話せないとか、会話ができないとか、嫌味に耐えられないとか、そういうことを思ってたでしょう? でも私、何もできない子供じゃなくてよ。現に、冷静に対応できたわ。だから私、もう一人でも大丈夫よ。ルイがいなくても、ちゃんとできるわ」
私が言うと、ルイは途端に目を潤ませた。
「俺は・・・俺は、セーレに必要ないってこと?」
「なんの話? そんな話してないわ。私のお守りをしなくていいって話よ。そうじゃないと、私、社交界で本当に何にもできなくなっちゃうもの」
ちょっと待って、なんでルイが泣きそうなの? 泣きたいのは私だったのに。だいたい、今日はルイに文句を言いに来たわけじゃない。ただ、・・・そう、ただ、ドレスを見せに来ただけなのよ。
ルイが作った、ルイ好みの、ルイのためのドレスだもの!




