30 間違ってない
「御機嫌よう、ルイ」
私が入っていくと、ルイがぽかんとした顔でこちらを見た。
「思ったより元気そうで安心したわ」
「え、な、・・・セーレ?」
「あら。私が来てしまっては迷惑かしら?」
同じように目を丸くしていたクロードとアンドレは、思い至ったようで、ショーンを睨んでいた。しかしルイはそれどころではないようで、私を見ながらまだ放心していた。
「まさか、そんなこと・・・。来てくれて・・・ありがとう?」
なんで疑問形なのよ。
私はため息をついてルイのそばに行った。二人がさっと移動し、むしろショーンのところへ小走りに向かっていく。驚かせるなと文句を言うのだろう。
ルイのベッドルームに入るのは、ずいぶんと久しぶりだった。いいえ、見栄を張った。実を言うと、以前入った時のことなど、全く覚えていない。空気感は覚えているが、目に映るのは初めてのものばかりだ。幼い頃だって、かくれんぼなどで足を踏み入れたことはあったが、基本的には入ったことはなかったから。つまり、だから、ほぼ、初めてだ。
思ったよりも落ち着いた、洒落た雰囲気の部屋だった。私のドレスを選ぶ時の、華やかさや可愛らしさ、そして古めかしさはない。むしろシンプルで使いやすさ重視、男性らしくさえあった。それでもさすがに調度品は一流で、骨董品としても美術品としても価値の高いものしか置いておらず、また、品良く整えられ、非常に居心地よく設えられていた。
部屋の趣味の反動かしら、ドレスにかける情熱は・・・
私がベッドの端に腰掛けると、ルイはようやく私に焦点を合わせた。
「本物か?」
ルイのしゃがれ声が震え、心細げに聞こえた。珍しい。
「偽物が見舞いに来るメリットって何かしら?」
私は言いながらルイに笑いかけた。アガットが、見舞い用の椅子を、私に当たらない位置に移動しているのが目の端に見えた。
「いや・・・まだ夢を見ているのかと・・・」
まぁ・・・病床中に夢に見るほど、このドレスの出来を確認したかったのね・・・
でも仕方ないわ、ドレスが届いたのは今日だもの。でもその前に、まだよと伝えにきてあげるべきだったかもしれないわね。今か今かと待ちわびる気持ちはよくわかる。
ルイの手に自分の手を重ね、微笑みかけた。
「一番にお見舞いに来られなくてごめんなさい。寝込んでいた事を知らなかったの。ずっと忙しいんだと思い込んでいて、だから手紙も来ないものだと思っていて、・・・もっと早くにお父様に聞いておけばよかったわ」
私がしょんぼりとして言うと、ルイはホッとしたように目をつむり、長く息をついた。
「そんなこと・・・気にしなくていい」
言うと、ルイは再び目を開けて柔らかく微笑み、私の手の上から、さらに自分の反対の手を重ねた。ベッドで眠っていたからだろうか、ずいぶんと温かかった。
そして、ルイはくるりとドアの方を向いた。
「・・・ショーン、アンドレ、クロード。見舞いに来てくれて、感謝してる。すごく、ものすごくな。でも今は、部屋を出てくれないか。そしてそこで待ってろ」
ルイに睨まれた三人は、いたずらがバレてしまった子供のような顔をして、肩をすくめてベッドルームを出ていく。それを追って、アダムが出て行った。アガットは私の後ろでやれやれといったようにため息をつく。
ドアが閉まって静かになってから、私は声をかけた。
「まだ調子は悪いの? お医者様から、あと三日は寝ているだろうって言われたって、アダムが言っていたけれど」
「ああ、そう言われているが・・・しばらく休みをとったんだ。普段から鍛えているし、多少出かけても問題はない。どこか行きたいところはある? お茶会にいけなかった代わりに、俺がどこでもついていこう」
私は驚いて思わず声を上げた。
「何言ってるの。しっかり治さないで出かけるなんで、ありえないわ。私が寝込んだ時も、ルイだってそう言うじゃないの。ルイがいないのにお茶会に出たのは私だし、別に埋め合わせして欲しいなんて思ってないわ」
すると、ルイはなんとも情けない顔で私を見た。
「なら、俺はどうすればいい?」
私は首を傾げた。
「どう・・・って、・・・寝ているといいと思うけれど・・・?」
時々、ルイの言う事って、意味がわからないわ・・・本当に・・・私よりもずっと頭がいいはずなのに。
「その間に、セーレが出かけたくなったら、・・・誰を連れて行くんだ? 他の男に誘われたら? 退屈だったら出かけるだろう?」
婚約者のいる立場で、誰か他の男性と二人きりで出かけることなど、まずありえないということを、ルイには思い出して欲しい。大丈夫かしら。それに、そもそも、ここ数ヶ月、すれ違うどころか会えもせず、手紙もろくにやり取りできてなかった状態で何を言ってるのだか。退屈も何も、そうだったらとっくに誰かと出かけているはずでは。
あ、だからお茶会に行ったと思ってるのかしら。ただドレスを着て行きたかっただけだと、手紙ではそう伝えたはずなんだけど。
でもなるべくお茶会については蒸し返したくなかった。
「ええっと、今のところ、特に行きたいところはないの。家の中で事足りるし、楽しく過ごしてるから。出かけるならアガットもいるし、・・・エヴァやドミニクかお姉様がお相手してくださるわ。でも私、そんなに友達はいないし・・・誰も誘わないと思うわよ」
私が言うと、ルイは困ったように視線を落とし、握った私の手をそっと撫でた。まだ体調は悪いようで、私の手を撫でる自分の手を、ひたすらぼうっと見ている。
私は気を取り直してルイに話しかけた。
「ルイがお仕事を頑張ったという話、お父様から聞いたわ。すごく活躍したそうね。お父様がそれは嬉しそうに話していたわ。さすが婿殿だって」
「いや、俺はまだまだだ。解決できたからといって、気を抜いて寝込んでしまっては、意味がない。まだやることは残っていたのに」
「ストイックね。私だったら頑張ったんだからってグータラしちゃいそう」
私が言うと、ルイはおかしそうに笑った。機嫌が直った。
「セーレはそれでいいと思うよ」
病気中だからだろうか、肩の力が抜けて、とてもリラックスしているように見えた。軽口も柔らかく聞こえて、ずいぶんと優しく見えた。
「そう? でもきっとルイくらいよ、必要ないのに頑張ってしまうのは・・・ううん、騎士の方って、みんなそうなのかしら? だとしたら、ルイって適性があるのね」
「何の話?」
「ううん、何でもないの。こないだ見学に行った時、みなさんとってもストイックだったし、ルイに憧れてる見習いの方もいらしたから」
そこまで言って、嫌なことを思い出した。スティーブもルイに憧れていたんだっけ。憧れてるのにルイの婚約者にプロポーズするだなんて、・・・ルイを救うためなんだっけ? でもそれは関係なく惹かれたとか言ってたっけ? 何だか荒唐無稽な話だったルイの噂・・・本人が知ったら、怒るに違いないわ。このまま話していたらその話になってしまうかも。話を変えなきゃ。
私はわざと明るい口調で、むしろはしゃぐように、話題を新ためた。
「そういえば、アダムが、ルイがデビュー後のドレスの刺繍をトーレリ地方に注文したって」
ルイがアダムめ、と軽く悪態をつきながら笑った。よしよし、気づかなかったみたいだわ。
「そうでもしないと間に合わないから」
「私に相談してくれても良かったのに」
「驚かせたかったんだ」
「どうして?」
「喜ぶと思って」
「何を?」
「セーレはああいうの、好きだろ? 早い方が図案も色々選べるし、セーレは昔から、選ぶのも好きだから、・・・違うか?」
「違わないわ。ルイって私のこと、よく知ってるのねぇ」
「そんなことないよ。まだまだ知らないことばっかりだ。スティーブ・ティボーのことだって、そんなに仲がいいなんて知らなかったし」
「あらぁ・・・」
避けたはずだったのに戻ってしまった。
「あれは・・・私もお会いするのは二回目だったのよ・・・」
「二回目? 嘘だろ・・・」
ルイが項垂れてため息をついた。
「俺はそんなのも相手にしないとならないのか・・・」
「? ルイは相手にしなくて大丈夫でしょ? 私は断るんだし、ルイには迷惑はかからないと思うけど・・・」
「断ると言ったって、・・・断りたくない相手もできるんじゃないのか?」
ルイが拗ねたように言った。予想外の返答に、私は思わずルイをじっと見てしまった。あまりに見すぎて、ルイが視線を逸らしたくらいに。
「・・・そうしたら重婚罪で投獄されてしまうわ」
私が言うと、ルイは目をパチクリとさせた。
「俺とも結婚するつもりか」
「しないの?」
「するとも」
「なら、私は間違ってないでしょ」
私の言葉にルイは言葉を詰まらせ、軽くため息をついた。
「あぁ、・・・間違っていないな」
その言葉を聞きながら、私はどうにも納得がいかなかった。賛同してくれているにもかかわらず、ルイの口調は、どうも反対の意味に捉えられて仕方なかったから。
どうにもこの間から、私の認識は随分とずれているような気がするんだけど、気のせいなのかしら。
ようやくルイとセーレの再会です。
セーレの父親がせっかく「婿殿」って言ってくれた(ことをセーレが報告してくれた)のに、寝込んだ頭で気づかず、完全スルーするルイ。アガットは後でアダムに伝えてあげることにしました。




