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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
刺繍もドレスもあなた次第
44/92

30 間違ってない

「御機嫌よう、ルイ」


私が入っていくと、ルイがぽかんとした顔でこちらを見た。


「思ったより元気そうで安心したわ」

「え、な、・・・セーレ?」

「あら。私が来てしまっては迷惑かしら?」


同じように目を丸くしていたクロードとアンドレは、思い至ったようで、ショーンを睨んでいた。しかしルイはそれどころではないようで、私を見ながらまだ放心していた。


「まさか、そんなこと・・・。来てくれて・・・ありがとう?」


なんで疑問形なのよ。


私はため息をついてルイのそばに行った。二人がさっと移動し、むしろショーンのところへ小走りに向かっていく。驚かせるなと文句を言うのだろう。


ルイのベッドルームに入るのは、ずいぶんと久しぶりだった。いいえ、見栄を張った。実を言うと、以前入った時のことなど、全く覚えていない。空気感は覚えているが、目に映るのは初めてのものばかりだ。幼い頃だって、かくれんぼなどで足を踏み入れたことはあったが、基本的には入ったことはなかったから。つまり、だから、ほぼ、初めてだ。


 思ったよりも落ち着いた、洒落た雰囲気の部屋だった。私のドレスを選ぶ時の、華やかさや可愛らしさ、そして古めかしさはない。むしろシンプルで使いやすさ重視、男性らしくさえあった。それでもさすがに調度品は一流で、骨董品としても美術品としても価値の高いものしか置いておらず、また、品良く整えられ、非常に居心地よく設えられていた。


部屋の趣味の反動かしら、ドレスにかける情熱は・・・


私がベッドの端に腰掛けると、ルイはようやく私に焦点を合わせた。


「本物か?」


ルイのしゃがれ声が震え、心細げに聞こえた。珍しい。


「偽物が見舞いに来るメリットって何かしら?」


私は言いながらルイに笑いかけた。アガットが、見舞い用の椅子を、私に当たらない位置に移動しているのが目の端に見えた。


「いや・・・まだ夢を見ているのかと・・・」


まぁ・・・病床中に夢に見るほど、このドレスの出来を確認したかったのね・・・


でも仕方ないわ、ドレスが届いたのは今日だもの。でもその前に、まだよと伝えにきてあげるべきだったかもしれないわね。今か今かと待ちわびる気持ちはよくわかる。


ルイの手に自分の手を重ね、微笑みかけた。


「一番にお見舞いに来られなくてごめんなさい。寝込んでいた事を知らなかったの。ずっと忙しいんだと思い込んでいて、だから手紙も来ないものだと思っていて、・・・もっと早くにお父様に聞いておけばよかったわ」


私がしょんぼりとして言うと、ルイはホッとしたように目をつむり、長く息をついた。


「そんなこと・・・気にしなくていい」


言うと、ルイは再び目を開けて柔らかく微笑み、私の手の上から、さらに自分の反対の手を重ねた。ベッドで眠っていたからだろうか、ずいぶんと温かかった。


そして、ルイはくるりとドアの方を向いた。


「・・・ショーン、アンドレ、クロード。見舞いに来てくれて、感謝してる。すごく、ものすごくな。でも今は、部屋を出てくれないか。そしてそこで待ってろ」


ルイに睨まれた三人は、いたずらがバレてしまった子供のような顔をして、肩をすくめてベッドルームを出ていく。それを追って、アダムが出て行った。アガットは私の後ろでやれやれといったようにため息をつく。


ドアが閉まって静かになってから、私は声をかけた。


「まだ調子は悪いの? お医者様から、あと三日は寝ているだろうって言われたって、アダムが言っていたけれど」

「ああ、そう言われているが・・・しばらく休みをとったんだ。普段から鍛えているし、多少出かけても問題はない。どこか行きたいところはある? お茶会にいけなかった代わりに、俺がどこでもついていこう」


私は驚いて思わず声を上げた。


「何言ってるの。しっかり治さないで出かけるなんで、ありえないわ。私が寝込んだ時も、ルイだってそう言うじゃないの。ルイがいないのにお茶会に出たのは私だし、別に埋め合わせして欲しいなんて思ってないわ」


すると、ルイはなんとも情けない顔で私を見た。


「なら、俺はどうすればいい?」


私は首を傾げた。


「どう・・・って、・・・寝ているといいと思うけれど・・・?」


時々、ルイの言う事って、意味がわからないわ・・・本当に・・・私よりもずっと頭がいいはずなのに。


「その間に、セーレが出かけたくなったら、・・・誰を連れて行くんだ? 他の男に誘われたら? 退屈だったら出かけるだろう?」


婚約者のいる立場で、誰か他の男性と二人きりで出かけることなど、まずありえないということを、ルイには思い出して欲しい。大丈夫かしら。それに、そもそも、ここ数ヶ月、すれ違うどころか会えもせず、手紙もろくにやり取りできてなかった状態で何を言ってるのだか。退屈も何も、そうだったらとっくに誰かと出かけているはずでは。


あ、だからお茶会に行ったと思ってるのかしら。ただドレスを着て行きたかっただけだと、手紙ではそう伝えたはずなんだけど。


でもなるべくお茶会については蒸し返したくなかった。


「ええっと、今のところ、特に行きたいところはないの。家の中で事足りるし、楽しく過ごしてるから。出かけるならアガットもいるし、・・・エヴァやドミニクかお姉様がお相手してくださるわ。でも私、そんなに友達はいないし・・・誰も誘わないと思うわよ」


私が言うと、ルイは困ったように視線を落とし、握った私の手をそっと撫でた。まだ体調は悪いようで、私の手を撫でる自分の手を、ひたすらぼうっと見ている。


私は気を取り直してルイに話しかけた。


「ルイがお仕事を頑張ったという話、お父様から聞いたわ。すごく活躍したそうね。お父様がそれは嬉しそうに話していたわ。さすが婿殿だって」

「いや、俺はまだまだだ。解決できたからといって、気を抜いて寝込んでしまっては、意味がない。まだやることは残っていたのに」

「ストイックね。私だったら頑張ったんだからってグータラしちゃいそう」


私が言うと、ルイはおかしそうに笑った。機嫌が直った。


「セーレはそれでいいと思うよ」


病気中だからだろうか、肩の力が抜けて、とてもリラックスしているように見えた。軽口も柔らかく聞こえて、ずいぶんと優しく見えた。


「そう? でもきっとルイくらいよ、必要ないのに頑張ってしまうのは・・・ううん、騎士の方って、みんなそうなのかしら? だとしたら、ルイって適性があるのね」

「何の話?」

「ううん、何でもないの。こないだ見学に行った時、みなさんとってもストイックだったし、ルイに憧れてる見習いの方もいらしたから」


そこまで言って、嫌なことを思い出した。スティーブもルイに憧れていたんだっけ。憧れてるのにルイの婚約者にプロポーズするだなんて、・・・ルイを救うためなんだっけ? でもそれは関係なく惹かれたとか言ってたっけ? 何だか荒唐無稽な話だったルイの噂・・・本人が知ったら、怒るに違いないわ。このまま話していたらその話になってしまうかも。話を変えなきゃ。


私はわざと明るい口調で、むしろはしゃぐように、話題を新ためた。


「そういえば、アダムが、ルイがデビュー後のドレスの刺繍をトーレリ地方に注文したって」


ルイがアダムめ、と軽く悪態をつきながら笑った。よしよし、気づかなかったみたいだわ。


「そうでもしないと間に合わないから」

「私に相談してくれても良かったのに」

「驚かせたかったんだ」

「どうして?」

「喜ぶと思って」

「何を?」

「セーレはああいうの、好きだろ? 早い方が図案も色々選べるし、セーレは昔から、選ぶのも好きだから、・・・違うか?」

「違わないわ。ルイって私のこと、よく知ってるのねぇ」

「そんなことないよ。まだまだ知らないことばっかりだ。スティーブ・ティボーのことだって、そんなに仲がいいなんて知らなかったし」

「あらぁ・・・」


避けたはずだったのに戻ってしまった。


「あれは・・・私もお会いするのは二回目だったのよ・・・」

「二回目? 嘘だろ・・・」


ルイが項垂れてため息をついた。


「俺はそんなのも相手にしないとならないのか・・・」

「? ルイは相手にしなくて大丈夫でしょ? 私は断るんだし、ルイには迷惑はかからないと思うけど・・・」

「断ると言ったって、・・・断りたくない相手もできるんじゃないのか?」


ルイが拗ねたように言った。予想外の返答に、私は思わずルイをじっと見てしまった。あまりに見すぎて、ルイが視線を逸らしたくらいに。


「・・・そうしたら重婚罪で投獄されてしまうわ」


私が言うと、ルイは目をパチクリとさせた。


「俺とも結婚するつもりか」

「しないの?」

「するとも」

「なら、私は間違ってないでしょ」


私の言葉にルイは言葉を詰まらせ、軽くため息をついた。


「あぁ、・・・間違っていないな」


その言葉を聞きながら、私はどうにも納得がいかなかった。賛同してくれているにもかかわらず、ルイの口調は、どうも反対の意味に捉えられて仕方なかったから。


どうにもこの間から、私の認識は随分とずれているような気がするんだけど、気のせいなのかしら。






ようやくルイとセーレの再会です。


セーレの父親がせっかく「婿殿」って言ってくれた(ことをセーレが報告してくれた)のに、寝込んだ頭で気づかず、完全スルーするルイ。アガットは後でアダムに伝えてあげることにしました。



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