29 入室の攻防戦
「ところで、私がここにきていることは、ルイは知っているの?」
「どうでしょう。先ほど、ショーン様にはお伝えいたしました」
アダムの口調と内容から、あまり前向きな印象はうかがえない。
「・・・なるほど?」
「ルイ様が知っておられるかどうかは、わかりかねます」
「・・・私、行ったほうがいいかしら?」
「折を見て、お声がけ下さると思うのですが」
あまり歯切れのよくないアダムの言い方に、私は肩をすくめた。アダムが幼い頃からずっとルイの侍従をしてきたように、私だって彼らと伊達に長いこと幼馴染だったわけではない。
「あの人たち、冗談でルイと会わせないで私を追い返しかねないわ。全力で意地の悪いことをするのだから」
私は立ち上がると、ルイの寝室の扉へ向かった。慌ててアガットが立ち上がったが、アダムは申し訳なさそうに、私の前に立ち、一礼をした。
「私に開けさせていただけますか」
私が了承すると、アダムは急いだ様子もなく、落ち着いて扉を叩いた。
「・・・ルイ様。お茶のお支度ができました」
驚いたことにアダムはティーセットを乗せたお盆を手にしていた。
何だこの素早さ!
「ああ。入ってくれ」
くぐもって聞こえるのは、しゃがれた、疲れたようなルイの声。私はアガットと顔を見合わせた。随分と具合が悪いのかしら。
アダムが扉を開けると、ショーンが目の前にいた。奥にルイたちの姿が見えたが、表情もよくわからない。
「アダムありがとう。お茶はここで受け取るよ」
「ですが」
アダムが言い淀みながら、私をちらりと見た。ショーンは私に軽く笑いかけた。
この笑顔はよく知っている。柔らかいが有無を言わせない、何かを含んだような笑顔。ショーンはこの笑顔で社交界を乗り切っている。この先の言葉を遮ったとしても、ショーンをそううまくは動かせない。それは知る人ぞ知るショーンの社交術だ。だから私も、普段はショーンを回避することはない。でも、今回は違う。
「いや。これからセーレに会いに行く」
かすれた声が聞こえた。ルイの声だと、すぐにわかる。
「ダメだって。お前、そんな体じゃないか」
「会う前に倒れちゃうよ」
心配そうなクロードの声に、適当なアンドレの声。相変わらずだ。目の前のショーンのつかみどころのない笑顔も。
「でも、俺は行かないとならないんだ」
「今からアポなんて取れないんじゃない?」
「大丈夫だ、きっと。一目だけでも会えるはず」
「それでいいのか? もっと体調がよくなった時に会った方がいいじゃないか」
「その時はその時だ。今は今で会いに行くんだ」
三人の攻防戦が聞こえる。ショーンが肩をすくめ、アダムが頭を抱える。ちらりとアガットを見ると、アガットは少しだけ口角を上げていた。
「どうし」
「お嬢様、しぃー、ですよ」
人差し指を口につけ、小さな声で囁く。
「悪い子だ」
ショーンが共犯者のように妖艶にアガットに微笑むと、アガットはピンクの頬で、負けじと笑顔になった。
「お嬢様のためですわ」
いったい、何が何のためって?
「僕、セレスが来たことは、まだ誰にも言ってないんだぁ」
ショーンがうっすらと微笑んだ。なんとも悪魔的だ。
「だって、僕だけ面白いの見逃したんだからね。僕も行っておけばよかったよ、そのお茶会」
「悪趣味・・・」
私がつぶやくと、アダムが困った顔をした。
アダムはショーンよりいくらか年上だし、ガタイもいい。ショーンを押しのけて、このまま無理に入ることは可能だろう。だが、いくら懇意にしていても、侍従という立場上、おいそれとできることではない。
これが実直で、融通の利かない侍従なら、ここで大声を張り上げてルイに話しかけるだろうし、それはショーンが最も苦手とするところなので、きっと、ショーンは私たちを通すだろう、が、しかし・・・幸か不幸か、アダムは柔軟性のある、主人のためになる落としどころを探るタイプの人物である。それはショーンが一番得意とするところ・・・
「ほらね、アダム。あなたはこういうご主人に就いて、こういう人を操った方がずっと成功すると思うわ」
「・・・お言葉、非常に身に沁みてまいりました・・・」
悩むように言うアダムに、私は大丈夫だと笑いかけた。
「でもね、心配しなくて平気よ、アダム。私が誰であるか忘れたの?」
すると、ショーンが呑気に笑った。
「僕、セレスが権力使うところ、初めて見るなぁ」
まったくもう。誰のせいだと思ってるんだ。
「子爵夫人になるんだもの、使うつもりなんて全然なかったけど、必要ならいくらだって使うわよ。ねぇ、ショーン・エマール様。ヴァレリー公爵家に連なる者を、ないがしろにするおつもり?」
「そんなことはありませんよ、セレスティーヌ嬢。どうなさるおつもりで?」
「そこを通してくださらないこと?」
「・・・仰せのままに」
ショーンは言うと、クックッと笑いながら仰々しく一礼をしてすっと脇に避けると、手で先を促した。
まったく、本当に趣味が悪いったら。
次回、感動の(?)再会です。




