27 お見舞い
私がアガットを連れてトゥールムーシュ子爵邸に着くと、先に、クロードとアンドレ、そしてショーンが来ていた。他の友人もすでに見えたそうだが、毎日見舞いに来るのはこの三人ばかりだそう。
相変わらず、仲のいいことだ。
ついでに言えば、ルイが寝込む前も、ほぼ毎日、代わる代わる遊びに来ていたそうだ。先日のお茶会からだそうだから、かれこれ二週間か。三人が暇かというとそうでもなく、仕事の合間に時間を作っているというのだから、そのやりくりを恋人探しにでも費やして欲しいところだ。
私がそんな話を、部屋から追い出されたらしい侍従のアダムとしていると、アダムは複雑そうな顔で私を見た。表情を崩さない彼にしては珍しい。
「どうなさったの?」
「・・・ルイ様とは、まだご婚約なさっておりますよね?」
「え? ええ、もちろん。私からは、破棄するつもりも予定もないわ」
「なら、ようございました。ルイ様がここのところ嘆いておいででしたので」
「なんでかしら?」
「・・・さぁ・・・」
アダムが言葉を濁したので、私は考えを巡らせた。
「じゃ、ルイが破棄したいとか?」
私が聞くと、アダムは首をブンブンと横に勢いよく振った。
「いえいえ、まさか、そんなはずはございません。お手紙は届いておりますよね? シワシワの紙の、ルイ様の本心が書かれた・・・」
「ええ、届いたわ。ルイは本当にドレスが好きなんだってよく理解できたわ」
私の言葉に、アダムは衝撃を受けたように身を正して何やらつぶやいていた。
「・・・処分されるところを・・・今度こそはと見つからないように・・・二回も出したのに・・・その努力の結果がこのご意見とは・・・!」
「何、アダム? どうしたの?」
「いいえ、なんでもございません。ルイ様のお気持ちが届いて満足です。ただ、セレスティーヌ様は、別の殿方にプロポーズをされたとか・・・? それが何ぶん、いつになく情熱的で、ルイ様はセレスティーヌ様もほだされておしまいなのでは、と心配しておいでなのです」
何の話だと私は首をかしげそうになって、再び先日のお茶会のことを思い出した。いつもと違うことばかりで、とても疲れたお茶会だった。
「あぁ、プロポーズ・・・」
特に思い出したくもないが、話題になるのは仕方がない。
「されたわね。あれはびっくりしたわ、本当に。だって同じ日に同じ人に、二回もされたようなものだったのよ。最初、何を言っているのかわからなかったわ」
「・・・左様ですか」
「でもその方、会って二回目なのよ。しかも、前回、私のことを酷評なさったの。なのに、どうしてかしらねぇ・・・全然わからなくて。何を勘違いなさっているのか・・・アンドレたちに聞いてもね、苦笑いするばかりで」
そういえば、ルイはどう思っただろうか。
「ルイは、怒っていない?」
「・・・ルイ様が、何を・・・怒ると・・・?」
「私がよく知らない人からプロポーズされるなんて、おかしな話でしょう。だから、面倒なことになったって、ルイが怒るんじゃないかって、なかなか手紙を書けなくて・・・」
アダムが柔らかく微笑んだ。
「大丈夫でございますよ。どちらかといえば、ルイ様が責められる側でしょう。普段はルイ様がガードしておられるのですから、反動でそうなるのも仕方がありません」
私は首を傾げた。
「そういうもの?」
「そういうものです」
アダムは軽くため息をついた。
「実はおそらく、今も、その話をしてらっしゃる気がいたします」
「そうなの?」
「ええ、私がルイ様をかばうものですから、ついに追い出されてしまいました」
「・・・ルイに悪いところなんてないじゃない?」
私が言うと、黙っていたアガットが私をじっと見た。
「アガット、・・・何か言いたいことが?」
「セレスティーヌ様・・・」
「・・・何かあるような顔ね?」
「いいえ、ありませんわ。それよりアダムさん、他にお見舞いにいらした方を、セレスティーヌ様へお伝えして欲しいのです。今から、将来の旦那様の交友関係を把握しておいたほうが良いと思いますので」
アガットのキビキビした発言に、アダムも背筋を伸ばし、居住まいを正した。
「ええ、もちろんです。今日いらっしゃらなくても、必要になると思いまして、こちらにしたためてございます」
「まぁ、ありがとう。アダム」
受け取った用紙には、それぞれの名前と時間帯と滞在時間、お見舞い品、ルイの態度、その他、知っておくと良さそうなことが整理されて書いてあった。
「・・・すごいわ」
「ありがとうございます」
「アガットもありがとう。私、そんなこと、思いもよらなかったわ」
「お役に立てて嬉しいです」
「ルイはあと、どれくらい寝込むのかしら?」
「医者からは、あと三日ほどだと聞いております。ただ、お仕事も一区切りつきましたし、しばらくは静養なさるかと」
私はふんふんと頷いて、細かく内容を見ては感激していた。
その中に、ユニス・ポートフリーの名前を見るまでは。
「あ・・・ユニス様・・・」
思わず漏らした言葉に、アダムがぐっと喉を詰まらせた。
「アダム、・・・どうかした?」
「いえ、いいえ、・・・何も」
「ルイは、ユニス様と仲がよろしいの?」
「いえいえ、そんなことは全く。ございません!」
”ルイの態度”の項目を見てみると、”困惑気味”、”興味なし”、”今回のドレスの刺繍はいまいち”と書かれていた。
なるほど。
やはり刺繍は大事なポイントらしい。
「・・・でも、トーレリ地方の刺繍は・・・」
「あぁ、あれは、ルイ様が、セレスティーヌ様にお似合いになるだろうと、とても気に入っておられたものです。むしろ、セレスティーヌ様の方がお好きだろうとルイ様は言っておりました。僭越ながら、私もそのように感じまして、・・・セレスティーヌ様にはあの刺繍技術の中から、どのような柄をお選びになるのか、興味津々でございます」
「何の話?」
「デビュー後のドレスをおつくりになる時にと、ルイ様はトーレリ地方にお問い合わせとご予約を」
「気が早いわ」
「仕方ありません。さすがにデビューのドレスは公爵がお作りになるでしょうから」
「そうじゃなくて・・・」
私はふと真面目な顔になった。
やっぱりルイはドレスを自分で作りたいんだわ・・・
結婚したら、自分で作るつもりなんだわ。
私が選んでいても、あれこれと口出すようになるに違いない。
私が着るドレスがどんなに似合っても、『俺のおかげだ』と言いそうだ。
綺麗だなんて、とても言ってもらえなさそう。
これは由々しき事態。
結婚するまでに綺麗と言ってもらわなければ・・・




