26 ルイ好みのドレス
そのドレスのスカートは、うっとりするほど綺麗なドレープだった。
目を惹く深い紺碧色の、テロリとした生地は丁寧に作られたサテンで、上質な絹の魅力が存分に発揮されていた。ハイ・ウェストのスカートは二重になっており、上下ともに裾が大きくスカラップ刺繍されている。裾に向かって増える、おなじ色の糸の細かい刺繍には、透明と青のビーズを適度に織り交ぜてあり、動くのはもとより、光が当たるだけでもキラキラと輝いて、ドレープを際立たせるようになっていた。
胸元はというと、丸く白で切り替えされていて、首までは鮮やかな白地に縦に細かいレースがこれでもかと敷き詰められている。肩から袖は膨らみからほっそりとした腕を強調するように手首へと流れ、手首回りには胸元と同じレースがついていて、大人っぽくなりすぎない、社交界デビュー前の可愛らしさを演出している。
鏡の前で私は、しみじみと唸った。
ルイが注文したというドレスは、文句をつけられないほどよくできていた。
「お嬢様、本当によくお似合いですわ!」
侍女のアガットや手伝ってくれたメイド達が口々に賞賛する。
「まるで妖精のようです!」
「いつまでも見ていたくなってしまいます。本当にお嬢様のことをよくお分かりで」
ルイの目と同じ色のドレス。
まるでルイにじっと見られているようで、落ち着かない。
私は小さくため息をついた。
ユニスに宣戦布告されたり、スティーブに求婚されたり、随分と目まぐるしいお茶会が終わって、二週間が経った。その割には、私の周りは驚くほど普通で、静かだ。というのも、私が億劫で外に出ていないからで、その分、エヴァやドミニクが遊びに来てくれている。家族は知っているのか知らないのか、何も言ってこない。
相変わらず、ルイには会えない。
前はもう少し、遊びに来ていたのだけど。
やはり近衛騎士の仕事は、自由時間もままならないらしい。
え? 別に、会いたいなんて思ってないけど?
何も言わなくても遊びに来てくれた頃とは違うんだから、別に、ねぇ?
だってお忙しいんだから。近衛騎士なんだし。ほら、盗賊が出てて、騎士団は総出になってるって聞いたし。
アガットにお茶会での出来事を話したら、大いに興奮していた。でも、ルイがどう思うのか、少し心配だった。面倒ごとを増やしてくれたと怒るだろうか。それとも、トーレリ地方の刺繍について詳しく語ってくれるのだろうか。・・・うん、刺繍に舵取りした方がいいかもしれない。
そうやって、お茶会の後、私が顛末を手紙にどう書いたらいいか考えあぐねていると、逆にルイから手紙が来た。
また、一度クシャクシャ担った紙を伸ばした便箋で。騎士の間で流行っているのだろうか・・・字もあまり綺麗じゃないけど、きっと忙しいからなんだろう。
『セーレは今頃どうしている? 俺がいないお茶会はどうだった? 俺はセーレに会いたい、とずっと考えている・・・俺が作ったドレスがそろそろ出来上がっている頃だろうが、届いているだろうか? 会えないから不安だ。返事がほしい』
珍しく、感情的で、甘えた文章だった。いったいどんな顔でこれを書いたのだろう。少し驚いたが、そういう日もあるのだろうと私は納得することにした。そう、正式に婚約もしたんだし、当たり障りのない文章じゃない日があってもいいってことよね!
だが。
返事。
返事かぁ・・・
私はドレスを着たまま、椅子に座ってルイからの手紙を見直した。それにしてもこれ、なんでこんなに試し書きのような線が付いているんだろう。でもルイの性格の出た、几帳面で、でも一生懸命な線が、なんだかとても可愛いと思う。
そんなに、このドレス見たいんだな・・・
それもそのはず、アガットたちの賞賛する様子をみれば、そういうものなんだろうとよくわかる。
考えているうち、私はそわそわしてきた。本当に似合っているだろうか? ルイは喜ぶだろうか? これが自分の理想のドレスだと感激するだろうか?
私は、ドレスの客観的な意見を求め、父であるヴァレリー公爵の元へ向かった。
☆
私が書斎に顔を出した時、父のエドガー・ダミアン・トレ=ビュルガーは、顔も上げずに書類に目を通していた。
「本当に? 盗賊が捕まったの?」
父の言葉に私は驚いて声を上げた。
「ああ、そうらしい」
「それは良かったわ」
私がホッとして言うと、父はようやく顔を上げた。
「ルイがどうやら、活躍したようだよ?」
「まぁ」
「それでね、」
クックと笑いながら、父はとっておきの秘密を言うように声を細めた。
「・・・根を詰めすぎたようで、一昨日から寝込んでしまったらしいんだ」
驚いた私の頭からは、ドレスの感想を聞こうと思ったことなど一瞬で吹き飛んでしまった。
「まぁ・・・お父様、笑いながら言うことではありませんわ!」
「悪かった。ただの過労だという話だから、すっかり私も安心してしまってね」
「全然、・・・連絡がなかったから、てっきりまだ忙しいのかと思って・・・」
「まぁ、寝込んでいるから、まるきり暇ってわけじゃないだろうよ。病状によっては、手紙なんてまだ書けないかもしれないし」
「そんな・・・そんなに、悪いんですの?」
「まさか。さっきも言ったように過労だし、命に別状はない。寝れば治る。でも、熱もあるようだし、風邪の症状もあることだし・・・実際に、自分で見てみたらいいんじゃないか? 心配だろう?」
「ええ、・・・ええ、そうですわね」
少しだけほっとしながらも、私は決意していた。
このドレスを見せずに会えなくなるなんてこと、あってたまるもんですか。
「ドレスのお礼も伝えなければならないし、お手紙にどうやってお返事しようかと思っていたところなのです。だから、お見舞いに行って、直接お話しした方がきっといいんですわ。ええ、私、お見舞いに行きたいと思います」
「ところで、セーレ」
父の口調が変わった。私は警戒しながら返事をした。
「はい?」
「お前も手紙を出してないんだよね?」
父の笑顔が有無を言わせぬ勢いだ。
「・・・ええ。はい」
「セーレは忙しかったのかい?」
「えーっと・・・そうでも・・・ありませんでしたわ・・・」
父はため息をついた。
「ルイは待っていたと思うよ」
「でも・・・」
「ルイがこんなに頑張ったのも、お前が全然手紙を出さないもんで、心配になって、早くお前に会いたかったからなんだから」
「私に?」
「そうさ。早く終わらそうと躍起になって、連日詰めて分析し尽くして、当たりを引き出したらしい。さすがにね、それだけやればできるだろうけど、それでも、大したものだよ。あの集中力と分析力は、きっと家の仕事を手伝ってきたことで培った部分もあるだろう。うーん、セーレを嫁がせるのにさらに不満がなくなったなぁ。さすがセーレの未来の婿殿、将来が楽しみだ」
珍しい父の手放しの賞賛を、私は話半分で聞いていた。
私はよくわかっている。私に会いたい、イコール、このドレスを見たいのだということを!
「それで、セーレ。お前は会いたくならないの?」
「もちろん、会いたいわ。ルイが作ったドレスが出来上がったんだもの!」
父が満足そうに頷いた。
「それが、そうかい?」
それで思い出した。そうだった。
「ええ。さっき届けていただいたの。とっても素敵だと思うのだけど、客観的な意見が欲しくて、みてもらいに来たの。どうかしら、お父様?」
私は父の眼の前でくるりと一回りしてみせた。
娘を嫁にやる立場の父親からすれば、客観的とは言い難いはずだが、先ほど手放しで称賛したように、父はルイにはさほど厳しくない。そして、溺愛していると有名だそうだけれど、手紙のことで渋面をしたように、なんだかんだ私にも甘くはない。
「うーん、さすが、よく似合うなぁ。ルイは、セーレが一番輝く色とデザインがよくわかってるな」
「・・・そう、よねぇ」
お墨付きをもらってしまった。
「それを着て、今から、会いに行くか?」
「えぇっと、どうしましょう? 突然はあまりよくないのでは?」
「大丈夫だろう。先ぶれを出しておけばいいし、何しろ、お前は正式な婚約者なんだから」
「・・・そうね。そうだったわ」
私は頷いた。
「私が行っても、迷惑じゃないのね?」
「そりゃ、そうだとも、可愛いセーレ」
父は笑いながら言うと、執事のシドニーを呼んだ。




