婚約の日 4 婚約続行の意思
「軟弱者だと罵りに来たんじゃないのか」
「え? なにが?」
「俺はプロポーズなんて一度もしてないし、きちんとそういう事をしてくれる人の方がいいんだろう? 俺は親が先んじて決めた話に乗っかっただけの、意気地なしと思ってるだろうし、自分でもそう思うし、いつまで経ってもうまく話せないし、でも俺なりに覚悟はしていたんだ、だから無理しないでいいんだ」
ルイが早口で一気に言った。
「はぁ?」
私が意味がわからずぽかんとすると、ルイはムッとして言った。
「正々堂々と申し込むのが好みなんだろ?!」
「なんの話?」
本当にわからない、と首をかしげると、ルイは深く息を吸い込み、それから静かに言った。
「・・・だいたい君には他に好きな奴がいるんじゃないか」
「好きな人なんていないわよ。なんでそんな話になってるの?」
「だって、」
ルイは言いかけたが口をパクパクとさせたきり、言葉が出てこない。私は肩をすくめた。
「よくわからないけど。あなたに何か困ってることがあったりする?」
「困ってること? ないよ」
「本当に? 私と婚約しないと私以上に嫌いな令嬢と結婚させられそうとか・・・男色家だと思われてるとか・・・」
「ないね。婚約続行は俺の意思だ」
ルイはきっぱりと言った。そして困ったように私を見た。
「セレスティーヌ、なんでそんな事を?」
やっぱり私はアガットの読んでいるロマンス小説に影響されているのかもしれない。
この婚約続行は確かに、ルイが決めたことなのだろう。どちらの親も決して無理強いしていないのだから。私が思ったような事情は、何もないらしい。
でも、もしかしたら道ならぬ恋をしてるのかもしれないわ。既婚者に恋をしているとか。お相手が王族だとか。物語の主人公だとか。きっとそうなのね。ほろりとした私は優しく言った。
「隠れ蓑でもいいわよ、別に」
私はあなたと結婚することを嫌だと思ったことがないのだから。言おうとして、私は口をつぐんだ。
そんな事を言ったら、ルイが本当に破棄したくなった時、しにくくなってしまうかもしれない。
なんだかんだ、身分差がものをいうこの国で、私が否と言えば破棄は撤回されてしまうだろうから、ルイが私の意向を汲んで涙を呑むかもしれない。
そんなの私の本意じゃない。ルイは身分のことなんて気にしないで誰とでも好きな人と結婚するといい。私は大丈夫。
姉を見て兄を見て、そして王族に所縁のある自分を考えれば、好き嫌いなど言える立場じゃないことは知っているもの。
「私は誰と結婚しても構わないんだし・・・」
でも、私に教えてくれれば良いのに。一応、正式に婚約したのに。いつまで経っても私を信頼してくれない。褒めてもくれない。せめて褒めてくれれば溜飲が下がるというもの。私は新たに決意した。それなら、勝負は続行だ。
「・・・構わないのか・・・」
ルイの絶望を含むつぶやきに気付かず、私は被せるようにつぶやいた。
「今日のドレス・・・」
そして、盛大にため息をついた。
ルイが虚ろな目で私を見た。
なにかしらその目は。どれだけ着飾っても不細工は不細工だと言いたいのかしら。顔は性格からとかいうんでしょ、どうせ!
私はこれまでのドレスに対する数々の自分の努力を思い返してしまったのだ。
「・・・今日のドレスも負けなのね、仕方ないわ。好みに合わせたところで意味なんてないのね。次からどうすれば・・・あ、作戦は漏らさないからね。次こそ勝負よ? 私の勝ちよ?」
お行儀の良いルイが珍しく舌打ちをした。
「ドレス、ドレス、ドレス。君の話はさっきからそればっかりだ」
「それ以外に話すことってあった?」
「・・・婚約の、・・・」
「今更?」
「でも正式に」
「そうねぇ、デビューの時にはエスコートしてもらうことになるわけだから、その練習は必要ね。でもエスコートは手馴れたものよね、ルイなら」
私がにっこりと微笑むと、ルイは慌てたように首を横に振った。
「慣れてない。全然、慣れてない」
「あら」
「どうして君は」
「だってそんなにハンサムで立派なんだもの、みんなの憧れの的だって聞いたわ。ええ、そうでしょうとも、だって私のルイなんだから。いろんな方にお誘い受けるでしょうし、素敵なドレスも・・・そうよね、舞踏会でたくさんのご令嬢とお会いしてるんだもの、目を引くドレスはたくさんあったんだわ。私、社交界に出たら、他のどんなドレスにルイの目が行くのか調査をしないとね!」
来年から楽しみが増えた。
私がウキウキしていると、ルイがぽかんと私を見た。
ルイの好みは毎年違っているかもしれない。おかしいな、普遍的なものがあるはずなのに・・・私はドレスを見下ろして息をついた。
「でもなぁ、自信あったのに」
「そうなの?」
幾分声が柔らかだ。ルイが満足げに私を眺める。そんなにがっかりしている私を見たいか。この敗北者を。
「だって、長年のルイデータによるとね、やっぱりドレスの形や色にも好みがあるみたいだってわかったから、それを実践してみたの」
「・・・なにそれ?」
「だって私のドレス、一度だって綺麗って言わない割に、難癖つけてばかりいるから、それを逆手にとってね、こういうのが好きなんだって分析したの。すごい時間かかったのよ、毎回文句を日記につけていて助かったわ」
「俺の文句を? 日記につけてたの?」
すごく嫌そうな顔だ。それはそうだろうね。私だって嫌だ。私はニコニコと続けた。
「でね、エヴァとね、二人で分析したのよ」
「エヴァ・ポリトフ・・・」
嫌そうな顔をした。エヴァは伯爵令嬢、私と同じくルイとは幼馴染だ。ルイは比較的、エヴァ相手にはちゃんと紳士だから名前を出せば安堵すると思ったのに、今はとっても不機嫌そうだ。
「そう。私の親友のエヴァよ。彼女とね、分析したの。あなたのことよく知ってるから、すごく助けになったわ」
私の言葉に、ルイは頭を抱えた。
「何を言ってた」
「何も? 難癖を読んで笑っていたわ。ドレスに詳しいのねって。だからね、これは勝負なんだって教えたの。会った瞬間が勝負で、ルイもいつも息を張り詰めてドレスをジロジロ見て」
「ジロジロ? 見てる?」
「見てるでしょ。上から下まで、どんな奥方より怖いわよ。おかげで手を抜けないわ」
ルイは諦めたように目を閉じ、眉をひそめた。なるほど。これでも絵になるなんてすごい。
「それで? 文句を言うって?」
「ええ。いつも言うでしょ、裾がアレだの袖がコレだのジュエリーがどうのって。で、いつも何が悪いのかなって思ってね、ひらめいたの。私の好きなドレスや流行より、ルイの好みに合わせた方が、綺麗って言わせられるかなって。で、エヴァに相談したの。そしたら、何を言われてるんだって話になって、そういえば日記に書いてあるなぁって」
ルイが意地悪げに微笑んだ。
「俺の好みっていうんだったら、今言ってあげるよ。胸元がガッツリ開いてて、ぴっちりしてて、足元が透けそうなドレスだよ。公爵令嬢のセレスティーヌに着れるのかい?」
ルイの嫌味ったらしい言い方に、私は心底呆れた。分析力を馬鹿にしないでいただきたい。
「何言ってるの。そんなドレス、着るわけないでしょ。あなたの好みじゃないでしょうに」
「なんでそんなのわかるんだ」
データがものをいうのだ。私は覚えている。
「三年前、足元透けそうなのが流行った時に先端のドレスを着てたら、いつもの二倍くらい文句を言われたわ。二年前は胸元が割と開いてたんだけど、そしたら三倍くらい文句言ってた。ぴっちりしてるのは」
「わかったわかった。もういい」
「ブルーが好きだってわかったのは、ブルーを着てると機嫌がいいからよ」
勝った。
私が勝利宣言として朗らかに言うと、ルイはぐうと喉を詰まらせ、私を見た。じーっと。
こんな流し目をされたら、どんなご令嬢でも参ってしまうに違いない。
私? あ、だってこれ、ドレスの鑑定だから。似合うかどうか品定めしてるだけだもの。
「今日のドレスは、まだじっくり見てないけど」