【閑話】とあるお茶会の記憶・後
エヴァとセレスティーヌの出会い、後編です。
前半のあらすじ。
お茶会に出席した、十二歳の時、エヴァは、初めて出席した十歳のセレスティーヌと、その付き添いのルイ(十五歳)を見かける。縁などないと思っていたが、話す機会を得て、おっかなびっくり会話を進めるが・・・どうやらルイは、身分違いのセレスティーヌに随分とご執心の様子。気づいてしまったエヴァは心を痛める。
私はポケットに入れていたクシャクシャの紙と鉛筆を取り出し、少しだけ描いて見せた。セレスティーヌは嬉しそうに目を輝かせた。
「刺繍にしたら素敵でしょうねぇ!」
「これだけの細かい刺繍は、糸がたくさんないと大変ですわ。それに、色の再現をするのにはたくさんの色の糸が必要で、揃えるだけでひと財産ですよ」
「そうなの・・・でもきっと、アンドレならできるかしら?! ねぇ、ルイ?」
セレスティーヌはルイを振り返った。ルイは肩をすくめた。
アンドレ?
私は驚いて割り込んで尋ねてしまった。
「アンドレって、・・・アンドレ・シルヴィーの事ですか? 男爵家の? お知り合いなんですか?」
「ええ、ルイのお友達なの。こないだの誕生日に、ルイが特別に頼んでくれてね、素敵なショールを作っていただいたわ。いろんな色の刺繍がたくさんついてて、とっても可愛かったのよ。エヴァもお知り合い?」
「ええ、まぁ、アンドレは友人です」
なるほど。
彼らの親が親しく付き合っていることは知っていたが、子供達も仲がいいのか。年齢も同じくらいだし、商売をしている貴族の中で、新進気鋭の若手としては、彼らは評判がいい。おそらく、その縁で知り合ったのだろう。
その中でもアンドレは異色だ。領地の織り物産業で潤沢な財産を築いているシルヴィー男爵家は有名だが、これだけ富を増やしている男爵家は他にはいない。そして、後継のアンドレは十代半ばにしてアイデアにあふれ意欲的だと、かなりの評判だ。
色彩の研究をしている兄と、布の染色について興味があるアンドレは、幼い頃から同じ調子で、意気投合していた。私も兄の影響で色にはこだわりがあり、私は画材の、アンドレは生糸の、それぞれ色の原料の店で会うことが増え、その時から、個人的にやりとりするようになった。主に原料についてだが、手紙をやり取りしたこともある。
ただ、アンドレはちょっと女性にもてすぎて、私は普段、知り合いということは隠しているし、アンドレも、例えばこのお茶会にいたとしても接してこないから、どう思われてるかはよくわからない。でも、私からすれば、私の趣味の相手をしてくれる貴重な友人だ。
そして今ここで、私の趣味を肯定してくれる知り合いができるかもしれない。友人などと言ってはおこがましいほどの身分と可愛らしさをもった少女。
「アンドレに女性の友人? 珍しいな」
「何よ。おかしい事なんてないでしょ」
しまった。おそらくはルイの独り言。なのに、私は反応してしまったばかりか、丁寧に話すのを忘れた。対外的身分は私の方が上だけれど、セレスティーヌがお世話になったお礼を、と私に言うくらいだ、ルイもセレスティーヌと同等に扱ったほうがいい。それなのに私ったら。
「ねぇ、エヴァ様、私のことはセレスティーヌと呼び捨てでいいのよ」
急にセレスティーヌが言った。
「長いから、セーレでも何でも、あだ名をつけてくださってもいいわ。だから私、エヴァ様をエヴァって呼んでもいいかしら? この花の絵、とっても気に入ってしまったの。またお話してくださらない?」
驚いた。もじもじしながら照れるセレスティーヌは本当の天使なのか・・・
「・・・いいのですか?」
「ええ、もちろん」
そして、ふんわりと笑う。これはキュン、どころじゃない、ドス、だ。もう私、完全にやられました。ルイに文句をつけることはセレスティーヌに文句を言うようなものなんだと気づいていたのに、それをすっかり忘れた私に対し、不敬で怒られてもおかしくないのに、あっさり流して、あまつさえ名前で呼んでもいいって。
「エヴァ嬢、セーレは本当に気にしてないから。君のことが気に入っただけだろう」
「私を? どうして?」
変人が面白いから?
「セーレにおべっかを使わないから。・・・俺を邪険にしたり逆に媚を売ったりしないから」
すでに気さくな態度なのは、兄の前で私とは普通に話したことがあるからだろう。
セレスティーヌは私が先ほど伝えた通りに、私が観察していたやり方で花の茎を見ている。お小さいから、まだ私のように這いつくばる必要はないが、随分と低い位置だ。大丈夫だろうか。
「ルイ様を? せ・・・えー、私もセレスティーヌをセーレと呼んで構いませんか?」
「セーレがそれでいいと言ったんだから、問題ないと思うよ。・・・俺に聞くあたり、君は賢いな」
ルイは軽く笑った。
「え、だって、・・・ルイ様はセーレのいったい何なのです? 友人というには距離が近いし、従者をするほど落ちぶれてはないでしょう?」
すると、ルイはとんでも無いことを憮然とした顔で告げた。
「・・・婚約者だ」
「え?」
「親が決めたもので、仮だが、・・・婚約している」
・・・
・・・
「え?」
これは一大事。
この場にいた子供は誰も知らなかった。・・・いいえ、知らされていなかった。
正式な婚約であれば周知しただろうけど、そうではないから、ううん、それだけじゃない。きっと意味がある・・・ヴァレリー公爵も考えがあればそれを隠すだろう。
私はザーッと血の気が引くのを感じた。
こっわ。
公爵様こっわ。
確かにここは社交の場だ。けれど、まだ幼い私たちは、そこまで貴族の事情に縛られる必要もない。心を許す生涯の友を作れる可能性がある。だから、あえて公爵は何もしなかったのだ。この中でセレスティーヌが誰を選ぶのか、ルイをどうするのか、公爵は見極めようとしたのだ。セレスティーヌがここで、ちやほやされることを望み、仮でも婚約者であるルイを蔑む相手と仲良くしようとしたら、おそらく、公爵はセレスティーヌを再教育することになっただろう。愛娘でもきっと、容赦しないだろう。年齢が上がるに従って、保身で媚びや当てこすりやお世辞ばかりになるような場を、セレスティーヌが生き抜くために。
「え、でも、あなたが公爵の後継になるわけじゃないでしょう?」
あの家にはすでに、ブリュノという優秀な長男がいる。ルイだって長男で、家を継ぐつもりのはずだ。
「そうだ。結婚するなら、セーレは将来、子爵夫人だな」
「・・・あなたはそれでいいの?」
「どういうことだ?」
「そんな身分差、・・・人からどう言われるか分かっていて?」
「分かってるさ。充分に」
なんと。優秀すぎて冷めた目で世間を見てると思ってたルイが、こんなに熱い内面を持っていたとは。
「それでもセーレがいい、ってことですか」
「ふん、」
頬を赤らめて視線をそらす様は、なんと可愛らしい。素晴らしい。絶対にこの二人は推せる。見てるだけで私は幸せになれそうだ。なんといっても、ルイの態度が面白い。
「わかります。セーレはとても可愛いし、素直だし、頭が良くて、好奇心いっぱいで、何より、・・・他人を否定しない。自分と違うからといって、一概に避けることはしない。これは彼女のような立場の子が持っていてほしい必要な、大切な資質です」
私の言葉に、ルイは驚いて目を見開いた。兄に言わせると植物狂いの私が、急にちゃんとした現実の話をし始めたのだから、確かに驚くだろう。
「私は最低限の社交しか興味がないから、適当でいいけど、セーレはそうはいかないですよね。社交界で彼女を守るには、相当頑張らないと、・・・」
なるほど。つまり。
「あなたが学校でストイックに勉学に励んでるのも、彼女のためってことなんですね。よくわかりました」
それなのに、仲良くできてないのはどういうことなんだろ。
セレスティーヌはあんなにルイを信じて、キラッキラの目でルイを見ているのに。
近すぎてわからない、ってことか。
恋は盲目というけれど、それを過ぎれば、相手の気持ちさえわからなくなる。
・・・それでも、きっと、二人はお似合いだ。
私は息をついた。セーレと仲良くしていきたいなら、ルイとはなんでも言い合っておけるようになった方がいいだろう。この歳ですでに覚悟しているのなら、ルイはきっとセレスティーヌを手放さないだろうし、そんなルイに気を使うのはまっぴらだ。
「私のことはエヴァと呼び捨てで結構ですよ」
「・・・それなら、俺のことも、ルイと呼び捨てで構わない」
呼びづら。
「セーレを泣かせたら承知しないわよ、ルイ」
それでも私は言ってやったのだ。
「私はセーレがあなたへ贈り物するときだってお茶会のときだって、相談に乗る相手になるんだからね。丁重に扱わないと痛い目に合うわよ?」
それは今、急にやってきた私の野望だったけれど。今の時点で、自分の家の利害を関係なく、セーレと付き合える令嬢は私だけだとなんとなくわかっていたのだ。そしておそらく、ルイもそれをわかっていた。
ルイは輝かしい笑顔を見せた。
それ、私にする顔じゃない。
セーレに見せて!
セーレ大好きって顔だから、それをセーレに!
☆
・・・それから五年も。
五年も二人はすれ違ったままこじらせて、奇妙にねじまがるなんて、考えてもみなかった・・・
私は、セレスティーヌから届いた、婚約報告の手紙を弄びながら、大きく息をついたのだった。
前半、うまいところで切れなかったかなー
誤字報告、ありがとうございます!




