【閑話】とあるお茶会の記憶・前
エヴァとセレスティーヌの出会い
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長かったので半分にしました。
天使が舞い降りた、と思った。そのくらい、彼女は可愛かった。
お茶会で初めて会ったのはセレスティーヌが十歳で、私が十二歳の時。
彼女にとって初めてのお茶会で、私はそのお相手をする栄誉に預かれた。
私はエヴァ・ポリトフ伯爵令嬢。伯爵令嬢というのは、そこらへんに転がっている大して面白くもない肩書きだ。
でも、彼女は違う。
セレスティーヌは公爵令嬢で、しかも、ヴァレリー公爵という王族に所縁のある、貴族の中でも一番に位の高い家のご出身だ。家の中で飾るにしても、一番セキュリティーの高い部屋に飾り棚を置いて、厳重に鍵をかけてしまっておいてもいいくらいには珍しい。
そういう令嬢は、大抵は、エスコート以外に、コンパニオンといったような女の子をあらかじめ指定して、本人が滞りなく楽しめるように、親が手配することが多い。だが、今回は気軽にして欲しいと、ヴァレリー公爵もあえて話し相手を選ばなかったようなのだ。その分、その場には、彼女にふさわしい身分の、同年代の子女たちがわんさかいた。お友達にしろ婚約者にしろ、何がしかの存在になれたら、これ以上の家の発展に寄与できることはない。
そのくらい、子どもの私たちだって知っている。
だからみんな、必死だった。
彼女の動向を見て、どうにか話の糸口をつかもうと頑張っていたのだ。
でも、会話ができたのはほんのわずか。
だって、彼女にはずっと、美少年が付き添っていたからだ。
彼の名前はルイ、ウェベール家の長男で、子爵の後継だ。公爵令嬢である彼女のことを考えれば、そばにいることなんて考えられないけれど、なぜかずっと一緒にいて、取り巻きになろうとおべっかを振るう子達を一蹴している。
ルイのことは、私も多少知っている。
兄が知り合いだから。
なんでも、規格外にできのいい少年で、努力も怠らないとか。それでいて、気さくて人当たりも良く、人気があるらしい。
うちにも何度か来たことがある。まぁそれなりに、悪い感じはなかったけれど、できすぎる人はあまり好きではない上に、そっけなくて冷静で、ちょっと怖かった。
それに、人当たりがいいなんて、セレスティーヌと一緒にいる姿を見ているとそうは思えない。二人とも、まるで初めてのお見合いで惹かれあったカップルみたいにぎこちない。
それでも、ヴァレリー公爵がセレスティーヌのそばに置くんだから、彼女を利用したり傷つけたりしない人なんだろう。噂によると、ヴァレリー公爵の眼力は確かなようだから。彼が王宮で仕事を始めてから、役人の不正や怠惰がなくなり、人も一新され、とてもクリーンな環境になったと、王宮の研究院勤めの兄から聞いている。
私は思いながら、観察していた。
だから、まさか、話す機会ができるとは思わなかったのだけれど。
☆
「セーレ、段差があるから気をつけて」
背後から気遣う声が聞こえた。ルイの声だ。私が振り向くと、セレスティーヌが驚いたように動きを止めた。
しまった。
そりゃそうだ。
私は庭の花を熱心に見ているから。
ただ見ているだけじゃない。その熱心さは、体勢に現れる・・・這いつくばって、茎を見ていた。
はしたなくてごめんなさい。
「・・・エヴァ嬢?」
ルイの感情のない笑顔に、私は慌てて立ち上がってスカートの汚れを払った。
あらいやだ。覚えていたんだわ、この人。
「申し訳ございません・・・」
「なんで謝るの? 何していたの? 私、セレスティーヌ・トレ=ビュルガーというの。セレスティーヌと呼んでね。あなたは? エヴァ嬢って呼ばれておりましたわね、ルイとお知り合いなの?」
矢継ぎ早の可愛らしい質問に、私は胸がキュンとした。
無邪気でなんて可愛いんだろう。ヴェレリー公爵の気持ちが手に取るようにわかる! 天使だ! 公爵家のお嬢様って事を言い忘れたとしても問題なし! だってわかってる必要があるのは私の方だから。
私は丁寧にカーテシーをすると、顔を下げたまま、自己紹介をした。
「私はエヴァ・ポリトフと申します。伯爵家の者ですわ。公爵家の方とお話しする機会ができて、大変光栄に思います」
「エヴァ様と呼んでもいい?」
「え、ええ、もちろんです!」
「ルイはなんで名前を知っていたの?」
振り返ったセレスティーヌに、ルイは淡々と答えた。
「俺がお世話になっている、学校の先輩の妹御なんだ」
「そうなの。そうしたら、私からもお世話になっているお礼を言わなくてはね」
私の頭に疑問符が浮かんだ。
なんで? どうして? ルイはそんなにセレスティーヌと仲がいいの? え、子爵の後継なのに侍従を兼ねてるとか? まさかねぇ。
そこじゃなかった。私はハッとして慌てて弁明した。
「いえ、そんな、ル・・・、ルイ様とは、兄が知り合いで、私も会ったことがある程度です。顔見知り、のようなものでしょうか・・・なので、そんな、全然、」
ルイの名を呼ぶときに噛んでしまった。だって呼んだ事なんてないんだもの。でもこの場でウェベール様なんて言いづらかった。何より公爵家の人から礼を言われるなんて何されるかわかんないじゃない。
すると、ルイが軽くため息をついた。
「あなたの兄上が困っておりましたよ。自分の妹は人より花が好きらしい、と」
話題を変えてくれて感謝だよルイさん、あんた男前だよ!
セレスティーヌは素直にルイの言葉に反応した。
「まぁ、私もお花は好きよ。素敵な事じゃないの。どうして困るの?」
「花を見てるだけじゃなくて、その形を分類したり細かいところまで見たり、ずっと観察してしまうからじゃないか? セーレが考えてる”花好き”とは随分違うと思うよ?」
あら。随分と仲が良いみたい。
「それでもきっと素敵よ。ねぇ、エヴァ様、何をしているのか教えて? さっきの体勢は、何を見てたの?」
セレスティーヌがするりとルイのエスコートの腕を抜け、私の手を取った。
柔らかくて綺麗な貴婦人の手だ。それにこの無垢の微笑み・・・何この小さき淑女、完璧・・・
「え、ええ、私、とても細かい花のスケッチ画を描いていて、・・・そのために、茎をじっくり見たかったのです。正確には茎と葉の間というか、付け根というか、なんですけど」
言いながら私はルイと目が合ってしまった。おそらく誰も人目がないから、出てしまった一瞬の隙。ルイはセレスティーヌと離れて、ものすごくがっかりしていたのだ。切なそうにセレスティーヌを見ている。
え、何これ。
兄の話では、ルイはモテモテだそうだし、私にもそう見える。けど、なるほど、誰も寄せ付けないって兄が疑問に思ってたのは、そういうことか・・・
これだけ近くで見るとわかる、お見合いで一目惚れどころじゃない、ルイはセレスティーヌの事を熱烈に好きみたい。目が完全にセレスティーヌしか見ていないもの。
これだけ可愛ければ、さもありなん・・・
でも、子爵と公爵じゃあまりの身分差だ。
結婚なんて夢のまた夢なのに・・・




