25 我に返ると
エヴァが少し呆れたように、でも申し訳なさそうに、スティーブに声をかけた。
「ねぇ、あなたはこんな話を信じ切って、セーレを助けようってだけで、プロポーズしたのですか?」
「いいえ! まさか、そのようなことだけでは、行動には移せません。他にもセレスティーヌ様に同情した方などはいましたが、私のように思い焦がれた輩は、誰一人おりません」
「人の心なんて、わからないものですけどね。第一、俺たちにはこの話は青天の霹靂だったわけだし・・・こんな嘘、どうやったら信じられるっていうんです?」
アンドレがため息をついた。
「まぁ、ルイみたいに出世街道をとんとん拍子に登っていくようなやつを間近で見てれば、英雄みたいなさ、ドラマチックな重みがあるんじゃないかって、思いたくもなるよね」
「ただセーレと釣り合いたいだけなのにねぇ」
「・・・セレスティーヌ様と・・・?」
エヴァの言葉に、スティーブがぼんやりとつぶやく。
私はルイがいなくて寂しいのと、信用してもらえなかったイライラが最高潮で、ほとんど会話を聞いていなかったけれど、ふと思い出した。
「そういえば、ビアンキさんは、そんなことおっしゃってなかったわ。ルイの大絶賛をしてたけど、私のことは特に何も言っていなかったし。随分と、違うんですのね」
「ビアンキさん?」
「近衛騎士の見習いの方よ。ジョージ・ビアンキさんとおっしゃるの。近衛騎士団長のヴィルドラック様のお世話をしていて、ルイの見学の時にお会いしたのよ」
「ジョージですか・・・彼は優秀ですね」
「知ってますか? ヴィルドラック様がとても信頼なさっているご様子でしたわ」
「そうですか。実は、その兄上と同じ部隊なんです」
「まぁ、・・・そういえば、ご次男だとおっしゃってたわ。お兄様も騎士団にいらっしゃるのねぇ」
「ええ、二人とも優秀です」
頷いたスティーブは、急に焦った顔をした。
「どうなさったの?」
「いいえ。勤務中なのを思い出しました」
スティーブはかすかに笑った。
「あら。そうだったわ」
それなのにプロポーズ。
騎士団の行動から離れて貴族のお茶会に紛れ込んでプロポーズ。
何やってるんだと言われそうだが、貴族たちがまだ帰っていないのだから、まだ配置前なのだろう。
それにしても、私こそ言いたい。
何を言われてるんだと。
でも、あの場で急に言われても、何が何だかわからなくない?
「ご勤務中、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんなこと、ございません。セレスティーヌ様のためなら、いつなんどき、持ち場を離れようと、お呼びいただければ、すぐに駆けつけます」
いや。仕事はしよう。してほしい。私の変な噂に尾ひれが付きそうなことはしないでほしい。
名残惜しそうに、スティーブは私に視線を移した。私は励ますように微笑んで、激励をした。
「お仕事、頑張ってくださいね。盗賊が捕まるといいのですけど」
「・・・ありがとうございます」
そしてスティーブは、私の手をそっと握ると、自分の口元へ持って行った。
「あなた様のお心はいただけませんでしたが、・・・そのお心がウェベール殿にあると知って、ますます、ウェベール殿への尊敬が増しました。そして、セレスティーヌ様へも、尊敬の念が絶えません。周囲からの中傷にも耐え、お二人の愛を貫く、その姿に、私は感動いたしました。私はお二人をずっと、応援いたしましょう。私の女神、あなたへの気持ちに誓って」
キラキラした言葉が右から左へ消えていく。
何の話をしてるんだろう、この人は?
騎士道ロマンス小説を読みすぎてるんじゃないかしら?
「そして、あなた様の笑顔はあまりにも無垢で、あまりにも、・・・その、美しすぎます・・・本日、私にだけいただいたその笑顔、お姿を、私の目にしかと焼き付けることをお許しください。もし、もしもですが、あなたのお心がおかわりになる時は、私のことを思い出してください」
なんとまぁ。
悲痛とも言える、切実さのこもる、生まれて初めて言われた言葉だった。
今日は何もかもは初めてすぎる。
私は混乱していたけれど、答えは決まっていた。
「でも私、ルイ以外の方と、結婚したいと思ったことがないのよ。多分、これから先もきっと、ないと思うわ」
私が弱りながら言うと、スティーブは、わかっていますと言いたげに微笑み、私の手に軽くキスをすると、深く一礼して、その場を離れていった。
そして、スティーブの姿が見えなくなって、一同ふっと息を漏らした時、私は思わずつぶやいていた。
「・・・初めてプロポーズされたわ!」
三人の顔が勢いよく私に向いたのは、すぐ後だった。
お茶会編、おしまいです。




