23 みんながなりたい近衛騎士
「スティーブ・ティボー様?」
エヴァが笑顔でスティーブに話しかけ、見つめ合っていた私たちは現実に引き戻された。
「お話の途中なんですのよ。説明していただけます?」
スティーブはエヴァに向かうと、直立不動になって、騎士らしく背筋を伸ばして話し始めた。
「はい、ですから、・・・ウェベール殿は、非常に落ち着いていて冷静で、しっかりなさっているのに、こんなに早く婚約なさるのは不自然だと。御相手の方があまりに爵位の高い方ですから、ご自分で選べなかったのではないかと、そういう評判なのです。ヴァレリー公爵が、ウェベール殿の将来性を買って、ご自分の無垢なお嬢様を無理にあてがい、ウェベール殿をご自分のコマにしようと囲い込み、気づいた時には高位な爵位だけに逆らえず・・・その逆境の中、自分の力だけを信じ、爵位に負けぬ地位を得て、ご自分で御相手を選べるように、奮闘なさっていると、・・・」
おや。あれから話がだいぶ変わっている。随分とルイはあれこれとドラマがあるようだ。
「そして、セレスティーヌ様は、その現状を嘆いておいでだと。結婚相手には申し分ないウェベール殿ですが、その優秀さ故、父親に目をつけられ、何もできないうちに、ウェベール殿は身動きできなくなってしまった・・・それを自由にしてあげられるのは自分だけだとわかっておりつつ、父であるヴァレリー公爵の権力は強く、どうにかして解放してあげたいと思っておられ、ウェベール殿の活躍を期待し、別の縁組を待っている、と」
「それであなたが、自分の使命だと思って動くことになったわけですか」
クロードが言った。
「くだらないロマンス小説の読みすぎよ」
エヴァが鼻で笑って、続けた。
「それで? ルイが自分で選ぶお相手って? ユニス侯爵令嬢? エヴァ伯爵令嬢? ドミニク子爵令嬢? キーラ男爵令嬢? それともまだ知らない、美しいどこかの金持ち商会のご令嬢? さっきはセーレのことを派手だと言いかけたわね。この子がそう見える? ありえないでしょ。それに、ルイがセーレと婚約破棄をしたがっているって? セーレもそれを望んでいるって? だからあなたが申し込むって? ・・・話にならないわ。ねぇ、クロード。どう思う? きっと、あなたの妹もお姉さんも、対象になっておいでよ」
「どうしたもこうしたも・・・その話は、ルイは知らないんだろうね?」
クロードが低い声で言った。
「は、はい! 知りません」
そして、アンドレと顔を見合わせ、ため息をつくと、スティーブに顔を向けた。
「あのですね。その話はとんだお門違いです。セレスティーヌ嬢を使えば、成り上がるのは簡単なんですよ。王宮勤めだって、いくらだってできます。ユニス嬢などお相手にならないくらい、優遇されますよ、きっと」
「え?」
私も驚いた。聞いたことがない。
「セレスティーヌ嬢は”使える”子なんですよ。国の交渉として他国に嫁がせても困らない令嬢の一人だ。その中でも、一番に”使える”。なんてったって、国王陛下にだって、覚えのめでたい子なんだから。セレスティーヌ嬢がいれば、王太子の側近になるなんて、多分すごく簡単でしょう」
「へ?」
「近衛騎士になるのなんて、もっと簡単ですよ。だって、ルイがなってるわけですしね。つまり、例えば、俺でもアンドレでも、誰でもなれるんじゃないですかね? もちろん、あなたでもね」
「まさか、そんな」
「今の調子でいけば、セレスティーヌ嬢が自分から婚約破棄して、すぐにでもあなたと婚約し直せばわかる。そう、ティボー殿、あなたがセレスティーヌ嬢と婚約すれば、ルイは近衛騎士から落とされる、そして、あなたが西騎士団の下っ端から、近衛騎士に大抜擢だ。そしておそらく、ルイは騎士団自体をやめるでしょう。家業を継ぐためにね」
「その昇進、騎士としては魅力的だよね。でも、ルイはなりたくなかったんだ。家業を継ぐつもりなんだから」
騎士たちがなりたいもの。
ルイがなりたくなかったもの。
あーあ、私ってなんでこう、みんなに迷惑かけてるのかしら。
スティーブが呆然とした顔で私を向いた。
「で、では、ウェベール殿は、・・・特になりたくなかったと?」
「ええ。そうですね。自分で言っておりましたわ。それを言うと私が困るので、あまり言わないけれど・・・私と婚約したせいで近衛騎士に登用されてしまって、迷惑をかけてしまったわ」
「・・・昇進が・・・迷惑・・・」
「ルイだってそんなつもりで近衛騎士になったわけじゃない。そんなの、ちょっと親しければみんな知っている。ティボー殿、あなたはルイと話したことが?」
「・・・ほんの少しだけです」
「なら、ルイの本当の姿を知らないでしょう。ルイはそんなに器用じゃないんです。あなたにはきっと完璧に見えているんでしょうが、ルイは、ただの、普通の男ですよ。過度に期待をしないであげてください。ルイはセレスに関しては、情けなくて奥手で・・・割と残念な・・・えー、言い過ぎたな、うん。俺たちはそんなルイを応援しているんですよ」
「・・・はぁ、・・・」
クロードの言葉に、スティーブがちんぷんかんぷん、といった顔をしている。
「それに、残念ながら、きっと、ヴァレリー公爵はあなたをお認めにならない」
「え」
「公爵の中では、決まっているのです、おそらく、多分」
クロードの眉間に皺がより、加えてアンドレが沈痛な面持ちになる。
「ああ、考えたくはありませんが」
私はその様子にすっかり悲しくなり、しょんぼりとつぶやいた。
「それじゃ、やっぱり、私、ルイとは婚約破棄して、別の・・・お父様くらいの年齢の方の、後妻になることを考えた方がいいのかしら・・・そしたらルイだって、心おきなく家のことができるんじゃ・・・?」
「セレス? 俺の話、聞いてなかったの? だからそれはやめて。ほんとやめて」
クロードが笑顔で言った。
「せめて俺が誰かと結婚するまで」
迫力ある声でクロードが言ったかと思えば、アンドレが自分に言い聞かせるように何度も頷きながらつぶやいていた。
「俺は大丈夫だ、身分差が半端ないし! そんなに頑張れないし!」
「公爵様は選んだら身分差とか気にしないよ。ルイと同じにやらせるよ」
ぼそぼそと耳打ちするクロードに、アンドレはヒィと飛び退き、頭を振って自らを奮い立たせた。
「だけど一番に目をつけられるのはショーンだな、あいつにも相手が見つかるまで待ってやってくれ」
いやいや。君たちの話はしていませんよ。
「え、だから、私は後妻の話を」
「うん、だから、それは俺たちにお相手ができるまで待って?」
「私があなたたち・・・ショーンもだけど、アンドレともクロードとも、結婚するわけないでしょ?」
「どうして?」
「友達としては好きだけど、結婚とか、そんな風に見たことないもの」
戸惑う私に、クロードがホッとしたように愛おしげに微笑んだ。よくできましたお嬢ちゃん、って顔だ。
「うん、知ってる。でも好き嫌いすら関係ない、貴族の結婚ってそういうものだろ?」
「そうだけど・・・」
「だから、もう地位も財産も確立して、揺るぎないような方の後妻になるって言ったんだよね?」
確かにそうだ。そのつもりで言った。でも、クロードの声が咎めるような嗜めるようなそんな口調で、私は少し不愉快だった。
だってこれじゃ、私が何も知らない小さな子供みたいじゃないの。




