22 七光りのもと
「それは・・・いったい・・・どうなさったの、ティボーさん」
脈絡がなくて全くわからない。
だいたい、ソイトゲルって何?
削い砥げる?
疎意研げる?
粗衣棘る?
もしかして、新しいお菓子?
するとスティーブは反対の手を胸の前に当て、忠誠を誓うように言った。
「ああ、セレスティーヌ様、先ほどまでのように、私のことは名前でお呼びください。先日お会いして、噂とは違う、なんと可憐で優しげな方なのかと、私はなんと酷いことを言ってしまったのかと、ずっと気にしておりました。あなたを思うと、眠れないこともありました。それを私は、浅はかに、あなたを傷つけた故の、私の後悔だと思っておりました。でも、今、お会いして、わかったのです。あなたを想っていると。あなたのお心が欲しいと思っていたのだと、わかったのです」
頭の中を、今言われた言葉が目まぐるしく駆け巡る。
可憐で優しげとは?
あなたを想っているとは?
心が欲しいとは?
「あなた様はウェベール殿と将来を誓う身。ですが、まだ成婚したわけではありません。ウェベール殿は優秀な方。そう、一介の子爵の商売屋ではなく、王宮での要職に就くような、もっと広いご活躍ができる方です。失礼ながら、公爵令嬢といえど、三女であるあなた様ではなく、別の方を選ぶ方が理にかなっております。それに、私はあなたを子爵夫人になどしたくありません。私は伯爵家次男ですが、兄が家督を継ぐのを嫌がっており、私か弟に譲ってもいいと言っております」
スティーブは私をじっと見つめて言った。
「ですから、セレスティーヌ様、あなたが私と添い遂げてくれると仰るなら、兄の申し出を受けていいと考えております。そして、そうすれば、あなたを思惑から救うことができるでしょう。ウェベール殿を救い、あなたをも救えるのは、私だけだと信じております」
延々と語るスティーブの口調に、なんだか誰かが重なった。私はピンとひらめいた。
「あ、もしかして。わかったわ、ティボーさん。ルイにもっとふさわしい方って、ユニス様のことでしょう?」
「え?」
「先日も、おっしゃってたでしょう? ”ルイ様が選びそうな誰か”って、ユニス様の事ではないでしょうか?」
一瞬、沈黙が訪れた。
なぜだか、後ろからすごい視線を感じる。何言ってるんだというプレッシャーが、六つの瞳から。え、でも、あの時、想定する相手がいたってことは、割と大きな出来事だったんだけれど?
スティーブが掴んでいた私の手を少し強く握った。
「スティーブです。今の、・・・私の話を、聞いてらっしゃいましたか」
「ええ、聞いておりましたわ。でも、申し訳ないけれど、あなたの気持ちをお受けするわけにはまいりませんの。私、子爵夫人になるつもりで今日までやってまいりましたから」
「そのような、諦めるような、お心に違うようなことを言うのはおやめください。ええ、そうです、子爵家より伯爵家の方が、今のあなた様に近いお立場を保つことができますし、釣り合いも取れます! 我が家はそれなりに広い土地もありますし、」
言い募ろうとするスティーブをクロードが止めた。
「ちょっと待って。ようやく頭に入ってきた。・・・ルイに似合うのがユニス様?」
「ユニス様は悪い方ではありません。一人娘ですから、婿をとるためにお忙しいのだと、聞いたことがありますが、真面目で良い方です」
「何も彼女が悪いと言っているわけではないですよ。セレスティーヌ嬢に婚約破棄させて、ルイと結婚するって宣戦布告した方が? ふさわしいというんですか? ティボー殿、ルイは決して好戦的な人を好きなわけじゃない。ルイの原動力がなんなのか、君にはよくわかると思うんだが?」
「あぁ、違うのよ。ティボーさんだけの考えではないの」
私は思わず会話に割って入った。するとすぐに、スティーブが口を挟んだ。
「スティーブです」
私はため息をついて続けた。
「・・・先日、スティーブさんが噂があるとおっしゃってたのよ。ユニス様が先ほど仰ってたことは、それと同じことなの。『誰よりも優秀な"七光りのルイ"が、自分で相手を選べないなんて、可哀想』、『ただの公爵令嬢にルイのお相手はもったいない』『もっとふさわしい方がいるはずだ』って。そして、その”七光り”は私。それで、ジー姉様とアル兄様が怒り出してしまって、とりあえず、私、ルイにふさわしくなれるように頑張らなければ、って話でお茶を濁して」
そう、それで、ルイ好みのドレスを頑張って作ろうって改めて思ったんだった。
でもドレスを次々買ったって、ただの権力の象徴みたいだし、・・・やっぱり、ルイが作ってくれたというドレスが届いたら、それから研究し尽くせばいいんだと思うのだけど、それまでは、今までのドレスを確認するしかない。
「あれ?」
気づくと、再び沈黙が落ちていた。
クロードとアンドレが頭を押さえ、エヴァはスティーブをじっと見つめていた。
「ティボー様・・・”七光りのルイ”って、何ですか?」
エヴァが令嬢らしく顔をクッと上げ、上品にスティーブに話しかけた。
「申し遅れました、私はエヴァ・ポリトフ、伯爵家のものです。知っておいでかもしれませんが、直接お話しするのは初めてですわね。今の話、説明していただけませんこと?」
スティーブは笑顔のエヴァを見て、困ったように私を見上げた。私も少し困っている。跪かれてるのって、とっても恥ずかしいわ。
「・・・お立ちになって、スティーブさん。エヴァのことは、知っておりますの?」
「は、はい・・・エヴァ嬢の兄上はとても優秀で、・・・エヴァ嬢も、知っております。お二方とも、優秀な研究者であられると。私はしがない次男坊ですから、接点はありませんし、お会いするのもお顔を拝見するのも、初めてです」
スティーブが立ちながら、説明をする。
「スティーブさんは、伯爵家の方ですのね。そうしたら、スティーブ様とお呼びしなければならないわね」
「いいえ、私は騎士です。これまでのようにお呼びください。いいえ、ええ、その優しい声で呼んで頂けるなら、どのような呼び方でも構いません。そうして、私はあなたに愛を捧げたいのです」
うっとりと私を見下ろすスティーブは、騎士らしくしっかりとしていたし、その金髪もそばかすも、人懐っこい笑顔にとろけそうになっている。
困った。
この人、本気なんだわ。
私は完全に固まってしまった。これまでこんなに情熱的に、男性から口説き文句を言われたことがなかった。
どうしたらいいのか、さっぱりわからなくなって、私はただ、スティーブを見ているだけになってしまったのだった。
ルイに言われてなかったっけ・・・と思ったけど、言ってませんでした。
閑話で寝ぼけて言ってたのはカウントされていません。




