婚約の日 3 勝負の再開
「あら、ルイ」
「・・・セレスティーヌ・・・」
青い顔でもルイはルイ、とんでもない美青年だ。すっきりとした眉にさらりとなびく金髪、紺碧の瞳、すらりとした長身、ぴったりと誂えた上品な服の着こなし。どれを取っても完璧。
「相変わらずハンサムなのねぇ、・・・欠点が見当たらないわぁ」
私が感心して言うと、ルイはピクリと頬を引きつらせた。
あ、しまった。嫌味みたいに聞こえてしまった。これでこの勝負はおじゃんだ。今日は私を綺麗と言うなどありないだろう。
「それはどうも」
視線をそらし、ルイは部屋に戻った。
あれ? 出て行くのではないの?
アガットを見たが、彼女は私を部屋に促した。
えー、この不機嫌に付き合えっていうの? 私がいらぬ発言をしたとはいえ、これはないわ。
しぶしぶ居間に入ると、ルイはやや緊張した面持ちで窓辺に立っていた。外を見て、こちらを見ようとしない。何か考え込んでいるようだ。
「ルイ、どこかに用事があったんじゃないの? 私のことなら気にしないで、用事を済ませてきたら?」
「いや・・・もう良くなった」
「そう? なの?」
私を一度も見ないなんて珍しい。いつもならジロジロ見るのに。ええ、出会ってすぐに戦いなのです。
「えーっと、それなら、立ってないで座ったらどうかしら? ほら、いつもみたいに、ソファに座っていいのよ」
ルイは動かない。困ったな。いつもそっけないがそれなりに優しく、それなりに気を使える人なのに。なんだか変だ。
私が戸惑っていると、見かねてかアガットがこっそりと私に耳打ちした。
「・・・正式なご婚約の件、まだ結果をお知りにならないんじゃないでしょうか?」
私は驚いて小さな声で質問を返した。
「誰かが先に伝えたんじゃないの?」
「そうでなければ、部屋を出ようとするでしょうか」
「あ、結果を聞こうとしてたってこと?」
アガットが小さく頷く。
それは・・・なくはないけど。
そんなに気にすることだろうか? 私と婚約破棄するって言ってたのに気分を変えたのはどうしたんだろ。そりゃ随分と前だったけど、その頃から態度が改善されたとは思えない。よくわからない。
私はため息をついてルイに近づいた。
「外に何かあるの?」
すぐそばに寄るまで気がつかなかったようだ。ルイは目の前から声がしたことにびくりと驚いた。
「・・・セレスティーヌ、俺は・・・」
「何もなければ、座ってくださらない? もう正式な婚約者なんですしね、私が多少のわがままを言っても構わないと思うの」
私がルイの手を引くと、思ったよりもずっと素直にルイは引っ張られた。そのままルイはソファに座る。
私は少し迷ったけれど、向かいのソファに座った。すかさず、アガットがティーカップを二人の前に置く。
ルイは呆然とした顔で私を見つめた。
「・・・受けたの?」
「もちろんよ、当然でしょう・・・あら、私が断らなきゃならなかった? それが正解? それは先に言ってもらわないと困るわ。今からなら戻って」
私が腰を浮かすと、ルイは私の腕を掴んでそれを止めた。
「いや、いい。いいんだよ、断らなくて・・・断らないのが正解だ」
「あら」
その割にすっごい暗い顔してるけど大丈夫? 婚約ってもっと嬉しいことなんじゃないのかしら?
私は腕を掴んでいたルイの手をそっと握って剥がすと、両手で握りなおした。ルイの手がピクリと動いたが、引っ込めることもなしにいてくれた。
こんなの、久しぶりだ。
というか、二人きり(従業員除く)は本当に久しぶり。いつもお互いの家族や友達がいたからだ。
「なんだか申し訳ないわ」
「え?」
私が言うと、ルイは眉をひそめた。
「あなた、私のこと嫌いでしょう?」
「は?」
「婚約しろって言われて、困ってたじゃない? それなのに、正式に婚約って、大丈夫なのかしらって思って」
「ちょっと待て、セレスティーヌ、俺は君を」
「大事な幼馴染だもの、意向を汲むのに問題はないわ。だいたい、今日こそと思っていたのに、なんでこんな婚約なんて横槍が入ったのかしら」
私の手を両手で優しく包み直しながらルイが言葉を挟んだが、私のぼやきは止まらなかった。
だって、すごく楽しみにしてたのに、今日は渾身の一撃を与えられるのだと・・・!
「今日こそ?」
ルイが首を傾げた。可愛い。言うと怒るけど。
「そうよ。この戦いに勝負をつけようと思っていたの。見て、このドレス。さっき見た時、動くたびに揺れるドレープが素敵と思ったでしょ? 形は派手すぎずちょっと清楚寄りでルイ好みの筈だし、このブルー、似合うでしょ? ほら、これでブスだなんて言わせないわよ。綺麗だと言えるでしょ?」
私は手を広げて、ドレスを見せた。ルイが自分の手を名残惜しそうに見ながら私をちらりと見遣った。
「ドレス?」
「忘れたの? 私たち、勝負してるじゃない。ルイが私を綺麗って言うって」
「ああ、・・・そうだったっけ。忘れてた」
ルイは明らかに覚えている風に、整った顔を忌々しそうに歪めた。綺麗なお肌にシワが寄っちゃわないかしら? ルイは続けた。
「まだやってんの、それ」
「あったりまえでしょ!」
「ったく、何の勝負だよ・・・」
言いながらソファにもたれ、体を横にずらして足を組む。
おお、なんて長い足。背が伸びたんだ、こんなにじっくり観察するのは久しぶりだ。惚れ惚れするほど紳士服が随分と似合うようになってきたからって、私は絆されない、ええ、許しませんとも。
「忍耐力の勝負です。当然! だってルイ、私のドレス、綺麗だと思ってるでしょ? 似合うと思うでしょ? でも言わないんだから、率直なルイにしてはすごい忍耐力だと思うわ。でもね、私だって別におしゃれが好きなわけじゃないけど頑張ってるんだから、どっちが諦めるかよ、これはすごい勝負なのよ?」
「あ、そう・・・」
ものすごく興味なさそうにルイは相槌を打ち、紅茶を飲んだ。
「毎度毎度、懲りないな、お前も。着飾って・・・俺を・・・驚かせて楽しんで・・・」
驚く暇があるなら綺麗と言って欲しい。そんな価値もないっていうのか。
舞踏会ではお相手に丁寧な賛辞の嵐だそうなのに。内容は知らないけど、舞踏会に出ている兄や姉、そして共通の友人からはそう聞いている。
「楽しくなんてないわ。似合うドレスなんてないって言ったのを訂正してもらいたいだけよ」
「そんなこと言ったか?」
虚ろな目で言うルイに、私は憤りを覚えた。ええ、私はずっと怒ってるんですからね。
「言ったでしょう。忘れないわよ、だから私はルイに綺麗って言ってもらうの。それは女のプライドよ。そのために毎日ちゃんとお手入れして、毎回、ドレス考えてるのよ? ルイが綺麗って言わなきゃ意味ないじゃない。なのに」
「俺が言わないと意味がない?」
「当たり前でしょう! これは勝負なんですからね!」
私がキレ気味に言うと、ルイは思いっきりため息をついた。
その姿は気後れしそうなほど整っている。ダメ、ちゃんと決意表明をしなきゃ。うやむやになんかしない。
「ルイは婚約者にお世辞の一つも言えないの?」
まぁ、お世辞じゃ嫌だけど。でも自発的に言えれば万々歳だ。私が首をかしげると、ルイが憮然とした顔で顔を背けた。