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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
あなたのいないお茶会は
29/92

17 ルイの評価

人影が充分に見えなくなってから、エヴァが口を開いた。


「・・・セーレ」

「何?」

「よく見てたわね」


感心したようなエヴァの言葉に、私はしっかりと頷いた。


「研究に余念はないわ。あの刺繍、トーレリ地方のものよ。とっても時間がかかるの。注文してもデビューにはとても間に合わないでしょうね・・・既製品だったらあるかも? アンドレか、ドミニクが知ってるわね・・・そうだわ、お姉さまに頼んで」

「セーレ?」

「え?」

「大丈夫?」


エヴァは私の肩を持って、私を励まそうとしてくれていた。さすがに、面と向かって悪意を向けられると、確かにちょっと凹む。


「え、ええ・・・」


エヴァは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「ほら。元気ない」

「だって、・・・バルバラ姉様のことだと思っていたから。ユニス様はもう、フィルマン様のことはいいのかしら? それは嬉しいけど、・・・なんでルイなのかしら?」

「まぁ、ルイはできる子だし・・・本当に、きっとすごく気に入ったんでしょうね。ユニス様ってば、あんなに緊張してたのに、言うことだけは言ってったもの。『ルイ様には私の方がふさわしい』だなんて、失礼しちゃうわね。でも、気にしないほうがいいわ」


エヴァは明るく言って肩をすくめたが、私はあまり楽観的にはなれなかった。


「うーん、・・・でも、ルイが爵位を上げたければ、確かに、ユニス様の方がふさわしいんでしょうね。近衛騎士にならなくても、侯爵家の婿として、それ相応の扱いを受けることができるもの。それならそれで、そうすればいいと思うわ」


エヴァが目を丸くした。


「セーレ・・・何を言ってるの? そんな風に言うなんて・・・ルイ、泣いちゃうわよ」

「何でルイが泣くの?」

「だって・・・」

「私がルイの決定に従うのは本当でしょう?」


私の言葉に、エヴァは少し思案し、私の両肩をガッと掴んだ。


「・・・ねぇ、セーレ。ルイはあなたの家に正式に婚約を申し込みに行ったわよね?」


急に変わったエヴァの声に、私は戸惑いつつ頷いた。


「ええ」

「ルイがなんであなたのデビュー前にしたのかわかる?」

「なんでかしら」

「あなたに断られるって不安を抱えながら」

「私が断る? なんで? ・・・不安だったのは私よ。ルイは私を嫌いだったじゃない?」


淡々と言った私に、エヴァが一瞬、言葉を失った。


「セーレ・・・それは・・・あなたの冗談じゃなかったの?」

「何が? 冗談なんて言わないわよ」

「だって・・・なら、何で・・・そんな普通にしているのよ?」

「だってねぇ、エヴァ。私、七年ずっと、いつ破棄されるのかなぁってぼんやり考えてたの。ルイが断りを入れてくるまでは私はルイの婚約者、だからその日まではそれらしくしていようって。えーと、だから、正式になったとしても、それはあまり変わってないのよ」


破棄されなくて嬉しかったけれども! 子爵夫人になる勉強はしているけれども! ドレスの研究に余念はないけれども! 


それでも、ルイがいつ破棄を申し出てくるのか、私にはわからない。でも私がルイを縛るわけにはいかないから。ルイにはもっと、自由でいてほしいから。


すると、今度こそ本当に、エヴァは絶句した。そしてしばらくの沈黙の後、手を頭にやって俯いた。


「・・・頭痛い」

「あら、大変」


私が慌ててエヴァの顔を覗き込むと、エヴァは困ったように眉を下げた。


「セーレ・・・あなたがルイのこととなるとちょっとネジが飛んじゃうのを忘れてたわ。まぁ、それはルイもだけど・・・あんたたち拗らせ過ぎなのよ・・・」

「拗らせるって?」

「あなた、結婚しても、離婚したいとルイが言ったら承諾するつもり? 何も反論しないで?」


私は目をパチクリさせた。


「まぁ・・・考えたことがないわ」

「どうして?」

「私もよくわからないの」

「じゃ、婚約破棄だってしないんじゃない?」

「でも、すると言われたから・・・そういえば、なんで言ったのか聞こうと思って、聞いてなかったんだわ」

「じゃ、今度聞いてみて。とってもくだらない理由だと思うから。おおよそ見当はつくけれど・・・」

「教え」

「ダメ。自分で考えて」

「ケチ」

「あら。ずいぶんな言葉を知っているじゃない?」

クスリとエヴァが笑ったので、私はうふふと笑った。


「最近ねぇ、フランツが手紙で色々教えてくれるのよ。騎士学校の人はみんな使ってるんですって。ルイも使っていたのかしら?」

「使ってたんじゃないのかしら」


エヴァが、やれやれと言いたげに息をついた。いつでもすぐにルイの話なんだから、と小さく呟いたことに、私は気付かず、可愛い弟、フランツを思い出して微笑んだ。


「フランツは、ルイに憧れてるんですって。騎士学校でも、とても有名だそうで、私と婚約してるって学校で自慢してると言っていたわ」


エヴァがため息をついた。


「・・・将来の義理の弟にも好かれちゃって、本当、よくやってるわよ。丸め込むのは完璧ね。外面よく頑張って、頑張りすぎってやつよね」

「何が?」


「社交界デビューって、だいたい、男性が十八歳、女性が十六歳でしょう。私は、ルイより一年後にデビューしたわけよ。その一年で、ルイが何をしてたかって考えれば、今回のことは自業自得ってものよ。止めてあげたわよ、頑張ってね。うん、そうよ。だってそうじゃないの。ユニス様のあの手の込んだドレス、きっとルイに褒められたドレスよ?」

「あ! あの刺繍?!」


やっぱり、ルイが好きそうだと思った。どこかのお茶会か何かでお褒めしたのでしょうね! 私がハッとしたのを、エヴァは見逃さなかった。


「ルイはひどい男だわ。うん、ルイに丸投げしちゃっていいわ。私、フォローしてあげようと思ったけど、やめとく。もし助けを求めてきたらしてあげてもいいけど!」


でも、あの刺繍に関して言えば、私の方が好みだと思う。ルイはあんなに甘くなくて、もっとシンプルな花の形が好きなはず。多分、エヴァが描いてくれるような、植物の細密画のような。


「でも私、あの刺繍は素敵だと思うけれど、エヴァが元絵を考えてくれて、ドミニクが図案を仕上げてくれて、作ってくれた刺繍の方が、ずっと好きよ? ルイだって、その方が何倍も気にいると思うわ」


すると、エヴァはぽかんとした後、照れ臭そうに笑みを浮かべた。


「ありがとう。そういうんじゃないけど、そうね・・・ううん、ルイは少し短絡的なところがあるから・・・ちょっとだけフォローするか・・・」


エヴァは言うと、近くに立っていた給仕にメモを持ってこさせ、何かを書き付けて、それを手に持った。


「よし。これを・・・そうね、クロードたちに渡しに行きましょ。中を見てもいいって条件で、ルイに渡してもらいましょう」


ニヤリと笑うと、エヴァは席を立った。





補足

社交界デビューしてからしばらく、舞踏会などにて、ルイはセーレを褒める練習のために女性を褒めまくっていたら、口説かれているとか好かれてると思った令嬢が急増したという昔の話で、ジネットは面白がって見てただけだけど、エヴァは止めてあげていた。


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