15 美しい令嬢と
私が仕事中のルイを訪ねて以来、ルイは忙しく、数回会っただけで、またしばらく会うことができないと手紙が来た。どうやら、私が訪ねた後、ちょうど近衛騎士の新人期間は終わったようで、仕事や課題が増えたらしい。
・・・というのは表向きの理由で、兄のブリュノが教えてくれた所によると、それ以外にも仕事が回ってきており、ルイはそちらにも尽力しているそうだ。ブリュノが言うには、引き受けすぎらしいのだが、何しろ本人にやる気があり、また、できるのに仕事を減らすわけにはいかないそうだ。近衛騎士にはブリュノの友人がいて、情報は簡単に入ってくるので、そこまで心配する必要はない・・・と、ブリュノはそんな話までしてくれた。
とはいえ、ブリュノは視察に行く王太子殿下夫妻の準備と国政の手伝いに忙しく、家にいてもゆっくり話す時間もなく、ルイを褒めたとか、剣を贈ったとか、そのことについては尋ねたくとも尋ねられていない状況だった。けれど、そうやって私にルイの話をしてくれること自体、随分と変わった。
なんだかんだ、兄は気にかけてくれているらしい。
ルイの手紙の続きには、今度のお茶会は行けないから、本当は行ってほしくないけど、行くならエヴァも行くそうだから必ず一緒にいてほしい、と遠回しに書いてあった。
なんで行ってほしくないんだろう?
私は首を傾げた。ルイが作ってくれるというドレスがまだできていないからだろうか。
実は、先日ルイに見てもらった、あのドレスを着ていこうと思っていたお茶会は、流れてしまって行けずじまいだった。ルイにその旨の手紙を書いて、別の機会に、と伝えたのだけど、ルイからはしばらく忙しいと返事が来て、では仕方なく、ルイが暇になってからにすることになった。でもその後、もう一度、ルイから手紙が来た。くしゃくしゃになった便箋を丁寧に伸ばしたようなその手紙には、こう書いてあった。
『セーレに会いたい。俺が選んだドレスを着たセーレに、早く会いたい』
うん。
つまり、先日ルイに見てもらったドレスは、もう眼中にないってこと。
気に入っていたから少し残念だけど、仕方ない。でもせっかく作ったし、一度も着ていかないのはもったいない気がした。なので、その手紙のあと、行っても良さそうなお茶会を選び、ルイが来ても来なくても行くつもりだと伝えたのだ。こんなこと、始めてだった。ルイはいつも来てくれたし、私はルイが来れそうなのを選んでいたから。
なので。
そう。
私はお茶会に来ていた。
あのドレスを改めて着ていくお茶会としては、今回はうってつけの会だ。小規模だけれど、社交界の華である、クロードの母、ドゴール伯爵夫人が呼ばれている。おそらくクロードも来ているだろう。それだけで、ワンランクアップする行く価値のあるお茶会になるし、同時に、規模が小さいので、肩肘の張らない気楽なお茶会になる。
ほら、こぢんまりとして、温かい、それでいてお互いのプライベートは保たれるいい机配置。無駄のないこのドレスを着るのに良い会だわ。
次にあるどこかのお茶会では、ルイに作ってもらったドレスにしよう。そうしたら、その頃にはきっと、デビュタント用のドレスを作り始めるだろう。ちょっと遅いくらいだけど、予定を合わせてくれた父と姉の熱心さには敵わない。
でもルイと初めて行く舞踏会だもの、思いっきりルイ好みのドレスにしてもらおう。今度ルイ好みのドレスが出来上がるし、それを参考にしつつ、似すぎないようにして・・・生地はアンドレのところで買って・・・でも縫製は思い切ってジネットの商会でやってもらおうか・・・
あ。
その前にエヴァだ。エヴァを探そう。
私がエヴァを探して廊下に出ると、誰かが立ちはだかった。
「・・・」
「・・・」
睨み合うように、彼女は立っていた。
強い瞳の、美しい令嬢だった。
ピンクとライトブルーのピンストライプのドレスは上品な絹で、ハイネックの首回りと肩には贅沢にレースがあしらわれ、胸元にはラズベリー色の糸で刺繍がふんだんにされていた。四季折々の花が細かに配され、その下にはウェストまで同じラスベリー色のリボンがボタンのように縦に並んでいる。スカートには、同じリボンが散りばめられ、可愛らしいながらも、抑えた色合いのリボンはとてもシックに見える。このクラシカルな美しさ、ルイがとっても好みそう。同じ色の太めのリボンで作られた髪飾りは頭の上で花のような複雑な形を作っていて、カフェオレ色の髪にもよく似合っていた。
私はとりあえず口を開かないでおいた。そうすれば、しゃべらなくて済むかなと思って。だって何だか、とっても、ちょっと、
「ああ、見つけたわ、セーレ。・・・あらどうしたの?」
「エヴァ」
エヴァが私の後ろから声をかけてきた。これが天の恵みとなってほしい。私は振り返って笑顔になった。
エヴァは伯爵令嬢で、兄と一緒に植物学の研究をしている。植物の細密画を描くのが得意で、私もバラなどを描いてもらうことがある。今日は、サロンから部屋を出て庭園に行くまでの花の手入れが見事な家だからきっと来ているのだろうことはわかっている。
エヴァのさらりと流れる細い栗色の髪はハーフアップにされていて、同じく栗色の瞳に同じ色の縁のメガネがよく映えた。彼女のドレスはといえば、軽快で生地に張りがあるシャンタン生地だ。杏色に茶色の刺繍とクリーム色の細いトーションレースが交互に並び、刺繍とレースがよく映えてしっかりしたエヴァによく似合っていた。ルイはシャンタンは好きなのかしら? 選んだことがないからわからないけど、とろりとした手触りのサテン生地の方が好きな気がする。
私はそんなことを思いながら、首を横に振った。
「いいえ。何も。お腹が空いたわ、私ーー」
「エヴァ・ポリトフ様? 私のこと、紹介してくださらない?」
エヴァが、私の言葉を遮った彼女を不審そうに見た。そして、私にこっそりと耳打ちした。
「何かあったの?」
「何もないわ。ただ、立ってただけ」
「そう・・・紹介して構わない?」
「いいけど・・・彼女は何で怒ってるの?」
「さぁ。どうせ、バルバラ様のことじゃないかしら? いいの?」
バルバラは私の一番上の姉だ。エヴァの言葉に、私は頷くともなく、もしかしたらと同意した。
「いいわ。私、今、頑張ってるの」
何を、とは聞かなかったが、満面の笑顔の私に、エヴァはホッとしたように頷いた。そして、彼女に笑顔を向けた。
「ええ、よろしいですわ、ユニス様。こちら、セレスティーヌ・トレ=ビュルガー嬢、ヴァレリー公爵のご令嬢よ。セーレ、彼女はユニス・ポートフリー嬢、トーマン侯爵家のご令嬢です」
私は一歩前に出た。そして、なるべく優雅に見えるようにカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。ヴァレリー公爵家三女、セレスティーヌ・トレ=ビュルガーと申します」
ユニスはごくりと息を飲んで、同じようにカーテシーをした。少しだけ手が震えている。
「・・・ご紹介いただきありがとう存じます。トーマン侯爵家の一人娘、ユニス・ポートフリーと申します」
そして、顔を上げると、キッと私を睨むように見てくる。今まであまりなかったことで、私には新鮮だった。
でもおそらく、社交界に出るということは、こういうことなんだろう。来年、私はデビューするのだから、こんな場面にも出くわしても、自分でいろんなことを何とかしなきゃならないのだ。
剣闘場へ行った時は”職場”だったから戸惑ったと思ったけれど、お茶会だって食事会だって、ルイがいないと今まで行ったことがなかった。だから、今まではルイがそばにいて色々手助けしてくれたけれど、ルイに頼ってばかりいられない。
そこで私はハッとして顔が歪みそうになってしまい、慌てて表情筋を整えた。そうでした。ルイが助けてくれていたのでした。なんだかんだ、ドレスには満足していたんだろう。いつもそっぽを向いて、黙ってたけど。
・・・ちょっと待って。行ってほしくないとルイが言っていたのは、私が一度も一人で出たことがないからで・・・つまり私は、ルイがいないと社交ができないのかもしれないってこと? それはさすがにまずくない?
まぁ、でも、それもそうかもしれない。もしかしたら、私がボロを出して、ルイのドレス狂いのことがバレてしまうかもしれないし。そうしたら、ルイの今までの努力が水の泡だ。努力好きで人好きのするルイが、ドレス狂いという性癖だけで孤独を歩むのはかわいそうだ。それ以外は完璧なんだもの。




