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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
近衛騎士の見学
26/92

【閑話】いただきものの話

ルイ視点の、ブリュノに剣をもらった時の話。

長めです。


遡って、セレスティーヌが見学に行く前の話。


 無事に剣術の鍛錬が終わり、今日はこれで終わりだ。俺はほっと一息つきながら、湯浴みをした後、着替え部屋でひとまず服を着替える。


「ルイ様、こちら、先日の練習着です」


差し出されたのは、先日、スボンの太ももの部分を切ってしまった練習着だった。俺についてくれている見習いのオーベールが繕ってくれたものだ。見習いでもおかしくない俺についているのは恐縮だが、これも流れの一つとして受け止めるしかない。


「ああ、ありがとう」


俺が素直に受け取ると、誰かが聞こえるような独り言を言った。


「へぇー、繕ってもらえるんだ。随分とお偉いご身分ですな」

「おい、よせよ」

「まったく、俺たちはまだまだ自分で繕う身分だって言うのにさ」


あーあ、とわざとらしく、彼は服をばさりと投げ、俺を睨んだ。俺より少し年上だが、先日見習いになったばかりで、最初だからか下っ端仕事ばかり任されると文句を言っていたのを聞いたばかりの、近衛騎士の見習いだった。


「だいたい、お前の剣は、それで近衛騎士なんてできるのか?」


言いながら、彼は俺の剣を指差した。喧嘩を買うつもりはない。俺は肩をすくめた。


「まだ新人ですから」

「王族の警備をするのに、こんな弱っちい、刃こぼれしやすそうな剣なんてなぁ・・・」


しげしげと俺の傍にある剣を眺めた。オーベールが不安そうに俺を見たが、俺は首を横に振った。問題はない。よくあることだ。彼はそのまま意気揚々と続けた。


「だってこれ、騎士団に入った時に、全員に支給される最低限のレベルの剣だ。近衛騎士のレベルに合うと思ってるのか?」


俺だって、これで良いと思っているわけじゃない。でも、まだ買える身分じゃないし、自分の欲しいレベルもわからないのに、買うわけにいかない。まだ二年しか経っていないのだ。抜擢されたとはいえ、実力はまだまだ、そんな俺が、真新しい高価な剣を買っても、それはそれで問題がある。


「見習いになったばかりの俺だって、あの”ブリュノモデル”を持ってるんだぜ」

「・・・廉価版ですよね?」


彼が掲げた剣を見て、一応、俺は言ってみたが、彼は鼻で笑っただけだった。当たり前だ。廉価版でもまだ二年目の俺の給料では、やはり買えない値段だからだ。話題を変えたい俺の気持ちとは裏腹に、周囲でも、ブリュノモデルを褒める声が上がり、それで盛り上がる。大いに結構。未来の義兄の人気は上々らしい。


「それでも、支給されただけの剣より、ずっと使い良いし、”らしさ”がある。義兄様は、文官なのに、剣もできて、剣モデルを作ればこうやって売れるわけだ。お前とは格が違うよな」


ははは、と彼は笑った。


そりゃそうだ。生れ落ちた瞬間から、全てに於いて一番であることを義務付けられるような、貴族の中の貴族、公爵家嫡男のブリュノと、とある日に、自分でそれを得ようとやってきた、家柄は古いがどこにでもある子爵家を気楽に継ぐだけで良い俺では、格が違うのは当たり前だ。当たり前すぎて何の感慨もない。 


俺が黙っていると、調子に乗ったのか、彼は俺の肩に軽く腕をかけ、耳打ちするように告げた。


「ただの子爵なのになぁ? 俺の方が伯爵だし、レベルが釣り合うと思うんだが?」

「だからなんです?」

「俺に譲れよ」


セーレを?


全身の血が一気に沸騰する気がした。それを落ち着けて、俺は、彼の腕を払いながら、できるだけ冷静に口を開いた。


「・・・それはヴァレリー公爵に直接おっしゃってください。私に伝言を頼むなんて、おかしな話ですよ。ヴァレリー公爵は、そういう根性はお嫌いです」


俺の言葉に、彼は舌打ちをした。


「つまんねぇな。良い子ちゃんでよ」

「それが何か?」


無用な諍いを起こすつもりもない。何を言われようと、俺は目の前のことをこなすだけだ。これならまだ、ジネットと言い合いをしていた方がマシだ。まぁ、しばらく話していないけど。あの跳ねっ返りのセレスティーヌの姉は、なんでもお見通しのようにいちいち言い当てるので、本当に腹に据えかねる。かといって、セレスティーヌの前では喧嘩などしたくないし・・・


「近衛騎士だって、適当にやってても良いんだろう。どうせ、優遇してもらうんじゃないか」

「何をですか?」


俺が首をかしげると、彼は肩をすくめた。


「だってお前、そりゃ、ただの子爵夫人にするわけないだろ?」

「そのつもりですが?」

「いやいや、ありえないって。公爵令嬢が子爵なんてさ、とんでもないぜ。身分下がりすぎて戸惑うって。みんながひれ伏す、知っていて当然、自分が話す相手を選ぶ、そういう立場だ。なのに、子爵はさぁ、ほぼ頭下げてるようなもんだ。相手も選べないし。愛娘をそんな環境におけないだろ?」


さぁ、どうだろう。ヴァレリー公爵は溺愛はするが、正直、甘やかしはしない。甘やかすなら、ルイを相手に選ばないし、ルイにあれこれと課題を課したりしないだろう。そのほとんどが自分で課したものだが、ヴァレリー公爵は当然のように受け止めているはずだ。『ブリュノができたのだから、ルイもできるだろう』、そういう考えで。そうでなければ娘を託すことなんてしない、ましてや、自分で課題を見つけられない男など。


「ヴァレリー公爵は、そういう方じゃないですよ」

「じゃ、どうなんだよ?」

「ブリュノ殿には厳しいではないですか」

「そりゃ、息子だから。でも娘には甘いだろう?」


そうだろうか? 


長女のバルバラは、難攻不落と言われた侯爵令息に一目惚れされるほどの淑女だが、その教育や、俺も聞きたくないほど壮絶に厳しかったと聞く。結婚も相当に侯爵令息が粘ったはずだ。


次女のジネットは確かに自由にしているが、彼女だって、商会を繁盛させて維持するという、非常に高いレベルの要求を自分に課している。それも、おそらく、ヴァレリー公爵の無言の圧力だろう。結婚は適齢期を気にしなくてもいい代わりに、それなりの成果を見せてみろ、と言う。


三女のセレスティーヌに至っては、婚約相手が俺だ。同じ貴族とはいえ、勝手が違う世界に否応なく放り込まれるのに、俺のフォローもセレスティーヌのフォローもせず、ただ傍観して、俺たちがそれぞれ決断を下し、課題を見つけるのを見ている。


その人が、娘に甘いって? それこそ、信じられない。


俺が首を振ってため息をつくと、彼はムッとしたように暴言を吐いた。


「粋がっていられるのも今のうちだ。何が実力主義だよ、本当に、くだらねぇ」


入ってきた先輩騎士が、眉をひそめた。


「おい、何の話だ。いい加減にしろ。だいたい・・・それならキール、お前はルイに勝てるのか?」

「なんだって?」


キールの声が裏返った。この人、キールというのか。先輩騎士が、二の句を継げられないキールに言った。


「今まで、勝ったことなんて無いじゃないか。お前が見習いで、お前より強いものが近衛騎士になれるのだとしたら、それは、実力主義で合ってると、俺は思うね」

「てめぇ」


仮にもきっと、彼にとっても先輩なのに、敬語を忘れ、キールは怒りで顔を真っ赤にした。


「ここで暴力事件なんて起こしてみろよ。降格するぜ。せっかく、近衛騎士の見習いになったってのに」

「ウルセェ」

「ルイのお付きにならなくて良かったな。まぁ、それくらいは、団長も考慮してくれるか。ルイについてくれるのはお前よりもっと有望な、騎士らしい騎士だからな」


先輩騎士は笑った。キールは歯ぎしりをして着替えを掴むと出て行った。


「・・・お騒がせして、申し訳ありません」


俺はすっかり意気消沈してしまった。


これじゃ先が思いやられる。


セーレのために、・・・差を埋めるために、ふさわしくなるために、引き受けたはずだった。でも、これでは、セーレの評判だって悪くなってしまう。俺のせいで。


「仕方ないさ。いつだって、こういうのはあるんだ」

「そうなんですか?」

「まぁな。ブリュノも苦労していた」


俺は目を瞬かせた。


「・・・ブリュノ殿が、ですか?」

「ああ。私はブリュノの二つ上の友達でね。そういう意味で、私はちょっとだけ名の知られた北の騎士さ」

「あの人に友達なんていたんですか?」


俺が訝しくいうと、彼は快活に笑った。


「あはは。君くらいだよ、そんなこと言えるのは。普段、あいつは愛想の良いやつなんだがね」

「私に愛想がよかった試しなんて、ありませんよ」

「妹に仮婚約者ができた時の、ブリュノの愚痴と表情を見せてあげたいものだ」

「やめてください・・・」


考えただけで真綿で首を絞められそう。俺が肩を落とすと、不意にドアが叩かれた。


「ウェベール殿。ルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベール殿はおられますか」

「はい?」


俺がドアを開けると、王宮のお仕着せを着た侍従が立っていた。


「お話中、失礼いたします、ルイ殿。執務室の方で、ブリュノ・アドルフ・トレ=ビュルガー殿が呼んでおられます」

「・・・ブリュノ殿が?」

「お着替えが終わりましたら、王宮の方へいらしてください。お願いいたします」

「え、は、はい。すぐに!」


俺は急いで着替えると、挨拶もそこそこに着替え部屋を飛び出した。


騎士たちの着替え部屋からは、王宮は見えるが、近衛騎士になってから入ったことは、任命式の日だけだ。近づくにつれ、庭木は洗練され、花々の完成度が高まっていく。否応なしに気持ちも緊張してきた。


門番に名前を告げると、すんなりと入れてくれた。ルイはホッとして、王宮に足を踏み入れた。入ったところに、また違う門番がいた。彼は主に、案内をしているようだ。


「・・・ブリュノ殿の執務室は、」


俺が尋ねると、門番は丁寧に道を示してくれた。そのくらいなら、なんとか覚えられそうだ。門番に礼を言って、教えられた通りに廊下を進む。


ブリュノは何の用だろう。まさか、セーレが何か? とうとう俺を切ると?


 いくつもの検閲を抜け、コツコツと靴音が響く廊下をしばらく歩くと、絨毯敷きの豪奢な廊下に入った。王宮の中枢部だろう。さらに緊張してきた。


 名前を言って部屋のドアを叩くと、案外すんなりとドアは開いた。ブリュノは一番奥の重厚な事務机に向かって仕事をしていた。本が何冊か置かれ、端には長細い箱が丁寧に置かれている。手前にはローテーブルとソファのセット。奥にはマントルピースがあり、その上には、家族が描かれた小さな絵が置かれていた。シンプルで意外と雰囲気はいい。俺は少しだけ親近感を持った。でもまぁ、セレスティーヌの兄だから、好ましく思う雰囲気が家庭の雰囲気だとすれば、それは当たり前なのかもしれない。


「ふん。来たか」

「あの・・・どういったご用件でしょうか?」


ブリュノらしく、俺に座れなどとは言わない。俺は所在なく、事務机の前に立ってブリュノが話し出すのを待っていた。三歳しか違わないのに。この差はなんなんだ。


「先日、私と手合わせをしたな」


ブリュノがようやく口を開いた。俺はホッとして頷きながらも、何を言われるのかさっぱりわからず、緊張が解けなかった。


「ええ、数回、させていただきました」

「その時思ったんだ。これでは舐められる、とな」

「・・・何がでしょう?」


確かに、ブリュノには全く歯が立たなかった。でもそれをここで言われても。


「だから、・・・くれてやろうと思ったんだ。その箱を開けてみろ」

「へ?」


事務机の上に置いてある長い箱は、俺への何かだったらしい。恐る恐る開けてみてーー


俺は思い切り蓋を閉めた。


「どうした?」


ブリュノが顔を上げたが、俺は心臓の音が耳鳴り響くだけだ。


いやいやいやいやいや。


「な! こっ・・・え??? ごごごごご冗談を?」

「冗談でそんなもの特注してどうする」

「だだだだだだって」


俺は柄にもなく動揺してしまった。


当たり前だ。


この箱の中には、さっきまで誰もが賞賛していた”あれ”が入っているーー


至高の剣の量産版、”ブリュノモデル”。しかも、最高級シリーズだ。


「うぇぇ、・・・なんで・・・」


俺が言葉にならない声を上げていると、珍しくブリュノがおかしそうに笑った。


「なんだ、意外と小心者なんだな。当然のように受け取ると思ったのだが」

「ば、馬鹿にしないでください! これ、いくらすると思ってるんですか! 若干二十歳の俺が手に入れられるものではありません! 買いたいと言っても、門前払を食うものですよ?! なのに、・・・特注って・・・」


まぁ、二十三歳という年齢だけだったら、ブリュノが持つものでもない。ただ、ブリュノの立場と存在がこの剣の価値たらしめている。知名度も実力も人気も、若手の中では五本の指に入る、ブリュノ・アドルフ・トレ=ビュルガー。この値段にもそれだけの価値がある。


ブリュノは肩をすくめた。


「私の義理の愚弟のためにな。お前の剣筋は読めた。私と似ているから、このシリーズでいいだろうと思った。まぁ、成長すれば、かなり変わると思うがな。それまでにこれも古くなるだろう」


そんな馬鹿な。


ブリュノが特注したものなんて、それだけで随分と価値のあるものになりそうだ・・・


未来の宰相だから、・・・違う、そういう価値を考えるな。いただいたという意味を考えろ。


俺はもう一度、剣が入った箱の蓋を開けた。その剣は光り輝き、うっとりするほどいい剣だった。一目見ただけでわかるんだ、何度見たって同じだろう。きっと、見れば見るほど、使えば使うほどに、良さが分かるに違いない。


「で? 義理の縁が出来る公爵家に甘え切った義理愚弟を演出できるか?」

「・・・それは・・・」


正直、この剣は欲しい。素晴らしい剣だ。でも、もらうに値するかどうか、俺は自分の真価がわからない。


「するがいいさ。少なくとも、うちがお前を冷遇するようなことはないとわかるはずだ」

「特に可愛がっていただいでもいませんがね」

「それは否定しない」


ブリュノは済まして言った。そうですか。俺は肩の力をフッと抜いた。何かの交渉があるわけでもないらしい。


「・・・反対するのはお止めになったんですか?」

「どこのアホが、正式に認められた相手を冷遇するんだ? 意味がないだろう」

「ですが、・・・セーレとのことは認めてらっしゃらないと、潰してやるとおっしゃってませんでしたか?」

「今でも思ってるが?」

「それとこれと、つじつまが合いませんが?」

「何を言っている。私は可愛い妹たちの相手なぞ、誰だって認めないぞ。姉上のお相手だってそうだ。だが、それは個人的な意見だ。家の者としては契約がなされている以上、周囲に知らしめる必要がある。うまくいっています、とな。今回、それがこの剣になっただけだ」

「ですが、・・・このようなものをいただいては、」

「頑張るしかないだろう?」


ニヤリとブリュノが笑った。


「近衛騎士は友人が多くいるのでな。それを持てば、そいつらも理解するだろう」

「なぜです?」

「俺の特注品だ、それくらいわかる」

「・・・なるほど」


確かに、特注品ということはよくわかる。


「期待してるぞ、ルイ。セーレを守るんだろう? 支給されたままの剣で満足してては、上に行けないだろうが。未熟な分、精進しろ。まだまだお前らは、隙だらけなんだから」


「・・・ありがとうございます。謹んで、お受け取りいたします」


俺は剣を抱くと、深々と頭を下げた。





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