【閑話】夢うつつ
ルイ視点です
ルイがセレスティーヌに会いに来た、ある日の出来事的な。
夢を見た。
『ルイ』
セーレの甘い声が俺の耳をくすぐる。
すべすべの柔らかい肌に触れるだけで、気持ちが高ぶる。
いいや。
そのほのかな香りを感じるだけで、俺はセーレのこと以外考えられなくなってしまう。
「可愛いセーレ」
夢の中で、俺はソファでセーレを組み敷いた。
セーレの嫌いな大きなソファ。
でもこれのおかげで、俺はうたた寝をして、俺を覗き込むセーレをふいっと俺のものにできた。
いい香り。
首筋に何度もキスを落とす。
可愛いセーレ。
美しいセーレ。
誰より愛するセーレ。
早く全てが俺のものになればいいのに。
セーレの髪の中に顔を埋めて、セーレを堪能する。
ああ、なんていい夢なんだろう。
セーレ、笑って。
いつもみたいに、俺に笑顔を見せて。
はにかむようなちょっと生意気なような、でも甘えるような、俺の大好きな表情を見せて。
セーレ。
いつだって俺はセーレをーー
「わ、わわわ、わっかりました! わ、私の負けです! もう無理です! ルイ、ルイったら! もう無理!」
・・・?
夢なのに。
笑ってくれない。
なんで?
「・・・え?」
そこで俺はハッと目を見開いた。
これはどういうこと?
ソファの上の仰向けのセーレの上に、俺は向かい合うようにかぶさっていた。
セーレは俺の腕の中で顔を真っ赤にして震えている。
決して怖がっているわけではなく、・・・どういうことだ?
「負けだと言っているでしょ、ルイ! 起こそうと思ったのが間違いでした! 起きがけに綺麗と言ってもらおうなんてズルはやめます、だから許して!」
「セーレ?」
まずい。これはやばい。
「はい?!」
キレ気味のセーレが可愛すぎる。俺の理性、頑張れ。仕事しろ。
「・・・アダム!」
俺は自分の侍従の名を呼んだ。
先ほどまでつゆほども姿を見せなかった侍従のアダムが、さっとソファの向こうに現れた。
「アダム!」
「お呼びでしょうか」
「俺を殴れ」
「はい」
ボカリ、と大きな音がした。
「ルイ?!」
セーレが叫んだが、問題ない。これで多少頭が冴えた。俺はさっと立ち上がると、できるだけ離れた。
「負けだと言ったけど、・・・どのくらいで?」
「何が?」
「どの段階で負けと思った?」
俺は何を言った? そして何をした? 心臓が飛び出そうに怖い。
「ルイが私を引っ張ってソファに押し倒して、・・・か、可愛いとか、笑ってとか、だ、誰より愛するとか、ちょっと、あの、過剰な口説き文句を・・・」
まさか全部言っていたのか? 夢の中で考えてたことではなく? 全部?
「だから、あの、・・・あれなんでしょう、もう一つの勝負のために、ルイが頑張って考えたんでしょう?」
「何を」
「今の台詞。だってルイが言うわけないから・・・」
「言うわけないわけない」
「え、でも」
「言うかもしれないだろ」
「えぇ? でも、いつ言うの? 言う時、ある?」
「・・・作ればあると思う」
「あの・・・無理しなくていいわよ、そんな・・・頑張って言うようなことじゃないだろうし・・・」
「だが」
「私はいいわ、今ので充分よ。改めて言われたら嬉しくって卒倒しちゃう。だからいいの。無理しないで」
「・・・は?」
「眠いのでしょ。もう少し寝ていて。本当は私、ジーお姉様が帰ってらしたから、少しご挨拶してくるって、言いに来ただけなの」
「え、ちょっと、待っ」
「それじゃ」
言うと、セーレは行ってしまった。
「行ってしまわれましたね」
「・・・アダム」
「はい」
「セーレは嬉しいと言ったか?」
「はい、おっしゃってましたね」
「・・・俺が口説いて、嬉しいのか?」
「ええ、そのようですね」
「嬉しい・・・?」
「私めも、ルイ様が素直である方が嬉しいですよ、セレスティーヌ様と仲良くなさりませ」
だめだ。
全然頭が働かない。
夢だと思った。
でも夢じゃなかった。
だって、セーレのいい匂いと、感触がまだ残っている。
いつも通り、俺がいるとなれば、ジネットは嫌がらせのように、セーレを引き止めるだろう。
セーレは何も考えず、その誘いに応じて、俺はいつもやきもきしながらセーレを待つんだ。
でも今日は、それがありがたい。
理性、理性よ、戻ってこい。
俺は祈るように拳を握り、セーレが戻ってくるまで、ただひたすら、青い空のことを考えていた。




