13 見習い騎士
そのあとすぐにジョージが戻ってきて、レイモンは執務室へ帰って行った。私はまた黙り、ルイに視線を泳がせた。
私がレイモンと話している間に、新人近衛騎士同士の練習試合が終わってしまっていた。すぐ次に、先輩たちの練習試合が始まる。
ああ、ルイの試合を全然見られなかった。ルイを見に来たっていうのに。
「・・・か、お嬢様?」
声をかけられてハッとした。顔を向けると、ジョージが申し訳なさそうな顔で立っている。
「ご、ごめんなさい。少しぼんやりしてしまって。どうなさいました?」
「いえ、あの、・・・立っているのはお辛いでしょうから、お座りになられないかと・・・」
「でも、椅子はないわ」
「少し移動しますが、あちらにございます。あ、でも、この場所がよろしければ、椅子をお持ちしますよ。移動できるものですので」
「なら、お願いするわ。いいかしら?」
「もちろんですとも」
ジョージはそういうと、いそいそと椅子を取りに行き、すぐに戻ってきた。
さっと差し出された椅子は、綺麗に汚れを拭き取ってあり、さすがといった様子だ。
「とても助かりました。ありがとうございます」
私が笑顔を向けると、ジョージは嬉しそうに頬を赤く染めた。
「お嬢様、お褒めに預かり光栄です」
そこで思い出した。レイモンはジョージに私の世話をするようには言ったけれど、紹介はしなかった。
それはしない方がいいということ? 忙しくてできなかっただけ? どっちだろう?
どちらにしろ、今はその権限は私に委ねられている。私が知り合いたければ、私が名乗るしかない。身分が上の方から声をかけるのは常識だ。そしてありがたくないことに、私は大抵の時、一番上だ。逆に子爵夫人になってしまえばそういうこともなくなるのだと、私は少し嬉しく思った。
「私、名前を伝えておりませんでしたわね。セレスティーヌ・トレ=ビュルガーと申します」
一度、そこで終えたが、ジョージはあまり貴族事情に詳しくはなさそうなので、もう少し情報を加えることにした。悲しいかな、知らないでいることで、もし何かしてしまったら、怒られてしまうのは彼の方だ。
「ヴァレリー公爵家の三女ですの。セレスティーヌで結構ですわ。近衛騎士のルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベール様と婚約しておりまして、今日は彼を見に、・・・って、知っておりますわね。何ぶん、こういうところは初めてなので何をどれだけ話したらいいのかわからなくて・・・あなたは、見習い騎士の方でしたわね、ええと、ジョージ様?」
「ヒェ、そ、そんな、セレスティーヌ様に様付けで呼んでいたけるような身分ではありません! ジョージ・ビアンキ、騎士の家に生まれました、次男でございます。どうぞ、ビアンキとお呼びください」
ジョージは腰から九十度に曲げてお辞儀をした。そんなにかしこまらなくても、と思いながらも、そういうものだっけ? と私はそれを受け入れた。どっちにしろ、私の経験は、親族と多少の友人と、女性ばかりのお茶会だ。”職場”という場所で、人がどう振る舞うのか、私にはよくわからない。これから学ばなければならないのだろう。
「まぁ、素敵ね。騎士の方はみなさんとても高潔で強い方だと伺っておりますわ。ビアンキさんもそういう騎士を目指して、精進なさっているのね。とっても素晴らしいことだと思います」
少なくとも、ドレスを着たがるような近衛騎士にはならないだろう。・・・いいえ、ルイがドレスを着たいかどうかはまだわからないんだわ。至高のドレスを着せたいのか着たいのかは、まだ聞く段階じゃない。ええ、似合うとは思うけれど。
ジョージがさらに赤くなった。
「いえ、その・・・が、頑張ります!」
「どなたか、目指してる方はいらっしゃるの? 近衛騎士の見習いになるのですから、とても優秀な方なのでしょうね。近衛騎士にどなたかお知り合いはいらっしゃって?」
「はっ、ヴィルドラック殿には見習いに抜擢いただき、感謝しております」
「そうなんですか。そうしたら、ヴィルドラック様のような方を目指してらっしゃるのね」
「あ、いえ、私は、・・・その、ウェ、ウェベール殿のような方に憧れておりまして・・・」
ヒエェ。本当に? こんな後輩まで陥落して、あの人はいったいどこへ行くのか・・・
「ルイに? なぜ? だって、年もそんなに違わないし、あの中じゃ、全然歯が立たないし、まだ理想的とは言い難いわ。憧れる対象には思えないけど・・・」
「い、いえ! ウェベール殿は素晴らしいです! ストイックに剣術に勉学に励みながら、あなた様という婚約者をないがしろにせず、大切にしておられる。そして、自己管理を怠らず、人にお優しいのです。至らぬ私に何度手を差し伸べてくれたことか・・・ご自身はできてらっしゃるのに、私のことは叱責せず、助けてくださる。完璧になされてるのに、ですよ。自分ができるから相手もできると、闇雲におっしゃらないのです。でも、確実にできるようにご助言をいただけるのです。よく人を見てらっしゃって、私にとっては本当に尊敬できる方です! それに、」
まだ続くの。
私は怒涛のように溢れるジョージの美辞麗句を聞き流しながら、納得した。ジネットの言ったことは正しかった・・・
『男性からも憧れられるわね、だってその若さに加えて、今までの功績は華々しいわ。剣術に学問、加えて礼儀作法、全て国から表彰されてるレベルだし?』
あとは、なんて言っていたかしら?
『憧れの優良物件! あやかりたいって思っちゃうわよね』
ルイがジョージの言うように、人のことを良く見ているんだったら、私が考えてることだってわかってもいいはずなのだけど。私がルイになんで綺麗だってほめてもらいたいのか、わかるはずなのに。私にもよくわからないことが、わかってもいいはずだ。
「もういいわ、ありがとう。参考になりました」
私は言うと、縁に両腕をべたりとつけ、その上に頬を乗せて、まどろむようにもたれて、ルイが練習する姿を眺めた。
今度は一対一ではなく、数人で数を合わせ、敵と味方に分かれて手合わせをしているようだった。あくまで遊びのように、自由な動きだ。
剣が日の光に反射してキラリキラリと輝く。上へ下へ、青の中へ緑の中へ、そしてレンガ色の中へ。土埃も跳ね返し、泥まみれの近衛騎士たちは心底楽しそうだ。その中でも、ルイは群を抜いて目立っている。知り合いだからとか、婚約者の欲目ではなくて、本当に目立つ。見た目がいいから、若いから、それもあるだろうけれど、何とは無しに、内から輝くものがある。つまり、張り切っている。
楽しそうで、いいなぁ
私はぼんやり見つめた。
考えてみれば、ルイは、会うときはいつも、私のエスコートやら、食事会やらで、結局、私の相手しかしていない。エスコート後に離れたとしても、何かあればすぐに助けに来てくれるのは当たり前だった。でも私は、それはルイがエスコートの役割を全うしていたにすぎなくて、嫌いでも婚約者なのだから割り切っているのだと思ってた。でももしかしたら、それは違っていたかもしれないと、思い直してる。
正式に婚約したし。笑顔を見せてくれたし。チョコレートも買ってくれたし。ご機嫌をとるような軽口も言うようになったし。狙われやすいから気をつけると言ってくれた。考えてみれば、手紙も返事はくれたし、誕生日やイベントには欠かさずプレゼントもくれたし、お茶会についてきてと言っても一度も断らなかったし、近くに用事があれば必ず会いに来てくれた。
そう、当たり前だと思っていたけれど、そうじゃなかったのかも。あんな仏頂面で、なんとも納得いかないけど、私はちゃんと気遣われてた。無視されてたわけじゃない。多分、嫌われていなかった。・・・私はルイの何を見ていたんだろう?
お茶会でも、私のことを気にしないでいられたら、こんな風に、楽しそうに笑ってくれるのかしら? 今聞いたら、あの時聞けなかったことに、答えてくれるのかしら? どうして婚約破棄したいって言い出して、そのあと何もしなかったのか、教えてくれるかしら。それともそれは、身分違いだからと、私が怖いからと、答えてくれもしないかしら。




