12 上官との面白味のない話
「あら。申し訳ありませんわ、こんな話。他の方にはあまりしたことがありませんでしたのに」
私がハッとして言うと、レイモンは気遣うような口調で、優しく言った。
「私が他人だからでしょう。身近な者にはなかなか話せませんよ。誰もあなたがそんな風に思ってるとは、露ほども思っていないはずです。・・・”ようやく正式に婚約したばかりの誰よりも幸せなセレスティーヌ嬢”、そう思われていると思いますよ」
レイモンが穏やかに微笑む。これは・・・慰められているのか心底そう思ってくれているのか、判断が難しいところだ。
「ヴィルドラック様はそう思われますか?」
「ええ、ウェベールは幸せそうですよ。何より世間体であなたを困らせることが減りそうですのでね、張り切っていると思います」
張り切っている?
「そうですね・・・、ルイ様は本当に努力がお好きですわよね。剣術も学問も、社交だって、何だってたくさん努力しております。一時期、お手紙には毎日どれだけ勉強したり練習したりって時間が書いてありましてね、数えてみたら、食事と寝る時間以外は、ずっと何かしている計算でしたわ。でも、いつでも、努力なんて何ひとつしてないって涼しい顔をしておりますのよ。本当に・・・ちょっと変わってますわよね?」
私はしみじみ言った。あの頃は、ルイも手紙に色々書いてくれた。今では用件以外ではさっぱり手紙は送ってくれないから、本当は筆不精なんだろうと思う。でもあの時ばかりは、幼い私を楽しませようとしてくれたのだろう。確かに私はとても楽しみにしていたのだから。
「んん? ・・・そういう話ではないのですが、なるほど、・・勉学の時間ですか・・・味も素っ気もない・・・」
レイモンは呆れた顔でつぶやいた。私は懐かしく思いながら頷いた。
「あれは、ルイ様が騎士学校に入ったばかりの頃ですわ。私は六歳か・・・七歳か・・・そのくらいでしたから。私の返事も、拙いものでしたけど、よく返事を送っていただきましたわ。一度、学校の様子がとても楽しそうでしたから、羨ましいってお手紙しましたの。そうしたら、練習時間と勉強時間のスケジュール一覧を送ってきまして」
「・・・それは、ウェベールが、自分は遊び呆けていないぞという、アピールですかね・・・?」
「ええ、ちょっとした嫌味だと思いませんか? 羨ましがったら、ちゃんとやってるなんてこれ見よがしに時間まで連絡してきて。それも、隅に、『セーレに』なんて書いてありましたのよ。ルイが努力好きなことは知ってます、息抜きもしてくださいって返事をしたら、その後もスケジュールだけずっと送ってきて、・・・」
そういえば、いつ頃から来なくなったのかしら。ルイが社交界デビューをしてから? ううん、もうちょっと前、今から三年前くらいだ。私がルイにドレスを褒めてもらおうと、発想を転換してエヴァに意見を求めて、アンドレたちに相談したあたりだ。
そういえば、私はドレスの完成ばかり考えていて、すっかり忘れてしまったけれど、逆に、ルイはそれまでなんで送ってきたんだろう・・・
「・・・うーん、なるほど。セレスティーヌ嬢は、単に楽しそうで羨ましくて、その旨を手紙に素直に綴った。ウェベールはそれに対し、遊んでるわけじゃない、これだけ忙しくしてるんだぞと返事を返してきた。あなたはそれに対して、頑張りすぎだ、息抜きもするようにと伝え、それでもウェベールは努力の証をちょくちょく送ってきた、と・・・七歳かそこらのお嬢さんに。思春期に差し掛かったお坊ちゃんが。身の潔白を証明、ですか・・・」
「あぁ。まとめていただけるとありがたいですわ。兄様に言ったら、つまらんガキの自慢だと一蹴なさるし、姉様はスケジュールにケチつけて横から手紙を出してるし、どうしてそうなったのか、よくわかりませんでしたの」
私がため息をつくと、レイモンは申し訳なさそうに口を開いた。
「あなたのお兄さまはブリュノ補佐官でしたね。第三補佐官としてよく頑張っておられる」
「ええ」
「お姉さまとは、今日、ご一緒にいらした、ジネット様ですね」
「そうです」
「お二人にウェベールの相談をするのは愚の骨頂だと、ブリュノ補佐官を知っており、また、ジネット様と初めてお会いした私にもわかりますがね」
私は目をパチクリとさせた。
「まぁ。そうですの?」
「ブリュノ補佐官はあなたが誰を選ぼうと気にくわないでしょう。なるほど、ウェベールは随分と果敢に挑んでいるのだな・・・まだ未熟ですが、早いところ皆に追いついて、立派に近衛騎士として務められるでしょう」
「まぁ」
私はホッとして顔の前で自分の両手をぎゅっと握った。手袋がさらりとシワを作る。この絹地の手触り、最高。
「そう言っていただけて、安心いたしましたわ、ヴィルドラック様。私、仰ってくださったこと、ルイ様が必ず実現できると信じております。昔からそうですのよ。ルイ様は自分ができないことはしませんの。でも、するとなったら必ずやり遂げますのよ」
ええ、至高のドレス探しとか。チョコレートで私を甘やかす作戦とか。
ぽかんとしたレイモンは、急に吹き出してお腹を抱えて笑いだした。
「えっ・・・えっ?」
「いやいや、申し訳ない、失礼いたしました。・・・わかりました。降参です、降参ですよ。ウェベールののろけは何ひとつ間違えていないってことですか。ああそうですか。あいつは本当に・・・、いやはや、」
レイモンは肩をすくめて私を見た。のろけとは・・・? 訝しく思う私の顔を見ても、レイモンはただ微笑んだ。
「あなたっていう人は、・・・面白みがないなんて、とんでもありません。とてもお可愛らしい、素敵な方ですよ。あなたのためならご配慮を受けるのも当然、と思いたくもなりますね。およそ、自分勝手な上級貴族のご令嬢には見えない。本当に、本物の令嬢ですね。大丈夫です、ウェベールのことは私たちもよく知っております。追いつける能力があると理解しているからこそ、私はウェベールを近衛騎士に入れました。彼がその努力をしていることは知っていますよ。『セーレに』、なるほど、それは確かにあなたのためにという意味ですね。あなたのために使っている時間のことですよ」
・・・私がドレスの改良に費やす時間と同じ時間を使ってるということ?
私が首をかしげると、レイモンが頭を下げた。
「申し訳ありません」
「・・・いったい何のことでしょう? 頭をお上げください、ヴィルドラック様」
「ウェベールにこのようなことを強いるなど、どんなお方なのかと思っておりました。しかし百聞は一見に如かず、ですね。先入観を持ってはなりませんでした。反省しております」
「いいえ、大丈夫です。では、ルイ様の入団にご反対ではないのでしょうか?」
私が言うと、レイモンは大げさに首を横に振った。
「不満などありませんよ。候補はたくさんおりましたが、その中から私が最終決定をしましたから。国王陛下が承認をなさりますが、団長である私には特別に拒否権がありますので。ただ、推薦が多かったのは確かです」
なるほど。そこまで誰かがゴリ押ししたわけではないことはわかった。おそらく、父でもないだろう。だからと言って、それでいいというわけではない。
「そうですか。それならホッといたしました」
「どうしてそんなことを仰るのですか?」
「私、ルイ様には本当に申し訳ないと思っておりまして、・・・ルイ様が自分で選べないうちに近衛騎士になったのは、私が原因ですわね? 私と正式な婚約が承認されたせいですわ。私には身分以外は特に取り柄はありませんけど、だからこそ、私には今後とも、”配慮”が付いて回る気がします。そういった特別な配慮がお嫌いなのではないかと思いましたの。そうであれば、今回は最終的にヴィルドラック様がお決めになったとしても、今後はわかりません。その点で、そもそも、私の存在が不愉快だと思われても不思議はありませんわ。謝罪などなさらないでくださいね」
私が言うと、レイモンは感銘を受けたように頭を上げ、さらに深く腰を折った。
え、だから、いいんだってば。




