11 もう少し見ていたい
「さて、どういたしますか。実際、見にいらしたのは、このずいぶん後にある、ウェベールの模擬試合ですから、まだお時間はありますが」
レイモンの言葉に、ジネットが呆れたように肩を落とした。
「何を仰いますのやら。もう見学時間は終わりなのでしょう? 最初から、この予定だったのではないですか? ルイ様と私たちには別の時間を言って。アル兄様としめしあわせましたのね? 子供っぽいイタズラでしてよ。まったくもう・・・アル兄様もルイ様の不意をつけたのだから、ご満足でしょ?」
アルフォンスが笑った。
「ジネットは意地が悪いな」
「兄様ほどじゃ、ありませんわ」
「ご満足いただけたようで何よりです、ジネット様」
レイモンは明るく笑った。ジネットの言葉を否定しないということは、それが正しいということだが、指摘できるジネットもさすがとしか言いようがない。
「それでは、私の執務室で一息ついてから、お帰りの準備をいたしましょうか」
「ヴィルドラック殿にも、お付き合いいただけるのですか」
「ええ、もちろんですよ。それに今日は他にも煩雑な手続きがありまして、新人への訓練は副団長に任せておりますので」
「そうですか。他の団員は、どのように仕事を?」
「そちらは、お帰りの準備の間、部屋でお話いたしましょうか。差し障りのない範囲でお答えいたしますよ」
アルフォンスとレイモンの会話に、ジネットが乗っかった。
「私もとても興味がありますわ。ご一緒しても?」
「ええ、よろしいですとも。・・・セレスティーヌ様、私たちは、執務室に戻りますが、・・・あなたはどういたしますか?」
私はそこで初めて振り向いた。耳は会話を聞いていたけれど、顔はずっとルイを見ていたのだ。
「え、ええっと・・・」
レイモンの顔とルイの背中を交互に見ていると、レイモンが微かに微笑んだのがわかった。途端に恥ずかしくなった。
え、あれ、でも普通よね? ルイを見に来たんだもの、もうちょっと見たっていいわよね?
「・・・もう少し見学していかれますか?」
レイモンの提案に、私はすぐにのっかった。
「よろしいんですか? ああ、でも、戻る時にまた道を間違えたら・・・」
「ああ、それでしたら、見習いをつけましょう。ちょうどよかった、ジョージ、時間がきたらこのお嬢様が近衛騎士団長の部屋に戻るので、案内するように。それまでは、一緒に稽古を見ていてよろしい」
「! いいのですか!」
荷物を抱えて近くを通りかかったジョージは、目を輝かせた。
「それじゃ、荷物を置いておいで。私はここで待っていよう。おそらく私の部屋に持っていくものだろうから、アルフォンス殿とジネット様とご一緒するように。良いでしょうか?」
最後の言葉は、ジネットと私に向けられた。私たちと、そしてアルフォンスも頷く。
「それでは後ほど」
言うと、三人は行ってしまった。
☆
レイモンと二人でぽつんと取り残されたように感じ、私は少し怖かった。
だって、この方、ぜっっったいに私のことを認めてない気がするんだもの。
思いながらも剣闘場に目を向けると、近衛騎士の比較的新人であろう、若い騎士達の練習試合が始まっていた。
何を話したらいいのかしら。
私は何も考えていなかったことを反省したが、ふと思い出し、顔を上げた。
「ヴィルドラック様、私、今日、こちらに伺うのをとても楽しみにしてまいりましたの」
「ほう? そうですか。ウェベールの仕事っぷりを初めて見るからでしょうか?」
からかうような口調に、私は微笑んだ。
「いいえ、ええと、はい、それもありますが、私、騎士団の仕事ってとても興味がありましたの。以前、ルイ様が騎士学校に入っていた時に、お手紙をいただきましてね、いろいろ教えていただいたものですから」
「・・・あぁ、ウェベールとは、幼い頃から婚約なさっておいでしたね。その頃から親しくしておいでだったのですか?」
「ええ。もともと、ルイ様のお父様、トゥールムーシュ子爵様が、家にいる父の元へ仕事のお話に来る時に、まだ若いルイ様を連れておいでになったことから始まっておりますの。おじさまは、ルイ様にお仕事のことを早いうちから知って欲しいと連れておいでになったそうなのですが、まだ早かったようで、ルイ様はとても退屈して、一人で散策なさったそうですの。その時に、乳母と遊んでおりました私と会いまして、遊んでくださったのです。最初の頃は、私は覚えておりませんけれど、とても仲良くしていただいて、それで、父とおじさまがご相談の結果、婚約することになりましたの」
「そうでしたか。それが今回、正式な婚約となったわけですね」
「はい。そんな風ですから、私とルイ様の婚約は、いつでもどちらからでも破棄しても良いと言われていましたわ」
「・・・そうなんですか?」
「ええ」
私が頷くと、レイモンはわかったように頷いた。
「まぁ、だからと言ってあなたから破棄するのももったいないことでしょう。キープするには良い相手ですからね、彼は」
はて。キープとは。
聞き慣れぬ言葉に、私は首を傾げた。
ある意味、どうせ破棄されると思っていたし、”使える公爵令嬢”の私には結婚にそこまで夢はなかった。だから、そのままだったというか、ルイ以外の人は思いつかなかったというか、だったら幼い頃から知っているルイが良かったというか、勝負は終わってないというか。
「キープですか? よくわかりませんけど、・・・ルイ様以外の人がいいと思ったことはありませんのよ。それがキープという意味でしょうか?」
私が言うと、レイモンは目を白黒させた。
「えーっと、・・・えー、・・・違いますが、・・・えー、・・・そうですか」
「そうなんです。まぁ、ルイ様がどう思っているのかわかりませんけれど。私、仮婚約の間は、ルイ様はお互いの虫避けにしているのだと思っておりましたのよ。そもそも、面白みのない私のことを、嫌ってらっしゃると思っておりましたしね」
私は笑顔で言い切った。
ルイに本命ができるまで、女性避けのような形で、仮婚約が続いているんだと思っていたこともあったし、そう思っているのに、私が正式なものにしたいと言ったら、ルイが困ってしまうだろうとも思ってた。覚悟は決めていたんだ、いつか破棄されるんだって。そう、ルイには嫌われてるはずだったのに、・・・どうしてルイは正式に婚約したんだろう? とにかく、すごく驚いたんだもの。
レイモンさんとお話はまだ少し続きます




