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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
近衛騎士の見学
20/92

10 不測の事態

 ルイがレイモンに何か言われている。


周囲を同じ近衛騎士の練習着を着た騎士たちが囲んでいた。ブルーグレーの練習着は形がシンプルで動きやすそうだ。ところどころほつれたようなところがあり、おそらく繕ってある部分もある。


あれは誰がやっているのだろう? やはり、繕い専門の女中がいるのだろうか? それともルイが言っていたように、自分で繕ったりするのだろうか? 


・・・ルイの顔が見えないけれど、いったい何を話しているのかとても気になる。


 ルイがくるりとこちらを向いた。不意に綺麗な顔が私をまっすぐに見て、どきりとする。そして、そのまま不機嫌な顔で私の方へ向かってきた。


私、怒られるのかしら。


 私がドキドキしていると、ついにルイが私の眼の前に立った。


低い壁はぐるりと丸く、円の中は数段低くなって固い土が露出している。私がいるところは石畳になっていて、少し高い。壁はルイにすれば肩の下、私には腰くらいの高さになる。


「セーレ、君たちが来るのはこの後じゃなかったのか?」

「アル兄様が、早く見たいとおっしゃったので」

「そうか」


ルイは私をじっと眺めた後、アルフォンスやジネットに視線を動かし、ため息をついた。


「レイモン様に気を散らすんじゃないと怒られた」

「まぁ」


怒られなかった。


「どのような場合にも不測の事態は起こるのだから、動揺を動きに出さないようにしろと」

「ルイは? どう思ったの?」

「確かにそのように思う。セーレは狙われやすいからな、気をつけねばならない」


私は首を傾げた。


「賊などそんなに出会うとは思えないけれど?」

「それだけじゃない・・・」


ルイは言うと、視線を逸らした。


「・・・なるほど、確かに不測の事態にはまだ慣れないようだね、ルイ」


アルフォンスがニヤリと笑って続けた。


「まさか、私が律儀に、行くと言った時間にくると思っていたのか?」


ルイはムッとしたようにアルフォンスをジロリと見た。


「あなただけとか、ジネットだけとか、それなら考えますがね。セーレがいるんだから、まともにくるんじゃないかと思いますよ。お二人ともセーレに対しては真っ当ですからね」

「おやおや。それほど私たちがセレスを甘やかしていると?」

「セレスティーヌを大切になさっているという意味です。だから、”兄上”がそんなことをするとは思いませんでした、ということです」


ルイが言うと、私の後ろで聞き覚えのある声がした。


「なんだ。ウェベールがアルフォンス殿とそんなに仲がいいとは聞いていなかったが」


レイモンだ。ルイは眉をひそめた。


「仲がいいとはどういうことでしょうか?」

「ウェベールが”兄上”と呼ぶだなんて、セレスティーヌ嬢とうまくいっている証拠だな」


レイモンが頬を緩ませる横で、アルフォンスが不機嫌そうにそっぽを向く。


「私は許しておりませんよ、ヴィルドラック殿」

「でも、呼ばれても否定しなかったではないか」

「そ、それは・・・セレスティーヌ嬢が」

「おやおや、女性を言い訳にしますか」

「そうではなくて」


アルフォンスが一生懸命言い訳をしているが、レイモンはおかしそうに笑うだけで、アルフォンスをからかっている。


終わりそうにない二人の会話を横目に、私はルイに顔を向けた。ルイはそれはそれでしてやったりという顔で、二人を見ている。なによ。楽しそうにしちゃって。


ルイのつむじがよく見えた。


本当に、よくできた男なのだ、ルイは。


眉目秀麗、品行方正、智勇兼備、彼を賛美する人は後を絶たない。スティーブなんて自分の方が年上なのに、ルイを大好きなようで、憧れていて、ジネットを苛立たせるほどルイを賛美した。羨ましいこと。


 どうせなら、いつも見られないルイをとことん見てやる。だって今日は、こうしてジロジロと眺めていても、ルイは全然気がつかないみたいだから。


・・・あーあ、いくら見ても見飽きない。ずっと見ていたい。ルイを一日中、そばで見ていられたら、ただ一緒にいられたら。そんな風に思うようになるなんて、私ったらどうしちゃったんだろう。


「ここ、切れているわ」


練習着の右肩の上の方に切り込みが入っていた。ルイはこの部分を繕うのかしら。私がその部分をそっと触ると、ルイがびくりとした。


「・・・痛い?」

「いや。下に服も着ているから。そうではなくて、いつもならこんな風に気づかれることはないから・・・」

「ああ、そうね。ルイの頭が私より下にあるなんて不思議な感じ。・・・なんだか可愛いわね」


私が笑顔で言うと、ルイはとろりと眦を下げた。


「いいや、セーレの方が」


言いかけて、ルイは言葉を止めた。


ニコニコニコニコ。


私も笑顔で舌打ちをしそうになって、危うく押しとどめた。なんてこと。はしたないことをしてしまうところだったじゃない。私は慌てて話を流した。


「ねぇ、この破けたところって、繕い物をしたりする?」

「いや・・・昔は自分でしていたけど、近衛騎士の場合、見習いがするらしい。だから、こないだからしなくなったんだ」


な、なんですって・・・


私は目の前が真っ暗になりそうだった。


この目で見たかったのに。お針子さんみたいな腕前かもしれないじゃない? そしたらドレスも縫えるじゃないの? そこのところの見極めしたかったのに! 


「も、もう繕わないの?」

「まぁ、・・・繕うこともあるだろうけど、ここでは、そうないだろうな。遠征の時は何もかも自分たちでするから、練習のためにやることになっているが、すでに繕いだって料理だって一通り教え込まれているから、あえてやる必要もない」

「ルイは器用だから、なんでもすぐにできるんでしょうね」


がっかり半分、感心半分で私がため息をつくと、ルイは形の良い眉をひそめた。


「そんなことはない」


言うと、壁のふちに手を置いた。


「まだ近衛騎士としては新人だし、手練れの剣豪たちがいる中では、未熟さを痛感している日々だ。これまでずいぶんできるようになったと思っていたが、それも井の中の蛙、通用するものとは程遠かった。セーレの護衛にも満たない気がしている」

「へ? な、なんでそんな考えに?」

「それをわかっているとしても、やはり、・・・お前には、無様な姿を見せたくなかった」


無様とは。


私は首を傾げたが、ルイはそんな私を笑った。失礼だと思いつつ、なんだか怒る気にもなれなかった。ルイの持つ雰囲気が、ずいぶんと優しいからかもしれない。優しくて柔らかで、うっとりとしたその微笑みをずっと眺めていたくなるくらい。本当に、調子が狂ってしまう。


「どうして? ルイはかっこいいわよ?」


無様だなんて、思ったことはない。むしろ、そんな姿も素敵だと思ってる。


私が言うと、ルイは手を伸ばし、私の頬をそっと触った。汗ばむ、分厚く鍛えられた、綺麗な手。


「セーレ・・・」


ルイの言葉に、吸い寄せられるように、私は上半身を屈めた。ルイが顔を上げる。


「はい、そこまで。ウェベール君、休憩は終わりです。速やかに訓練へ戻るように」


レイモンがルイの顔を正面から掴んでいた。グググと頭を動かそうにも、ルイは全くできず、諦めて首を振った。


「邪魔してくれますね」

「その口の利き方は許しがたいね、ウェベール。公衆の面前でそんなことをする部下を、私が見逃すわけにはいかないんだよ、残念だね」


ルイは何をするつもりで? 私は二人の顔を見たが、ルイは澄まし顔で笑って頭を下げた。


「戻ります。セーレ・・・、また」

「ええ、ルイはお仕事を頑張ってくださいませ」

「ああ、もちろん」


ルイは身を翻すと、近衛騎士の仲間たちの元へ戻っていった。





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