09 剣の好み
しばらくすると、練習場が見えた。
円形の闘技場で、剣舞を披露したり、模擬試合や、試合形式の練習が行われる場所だ。お祭りの日には、トーナメント形式での試合があり、腕に覚えのある騎士たちが、こぞって参加する人気の催しもある。
近づいていくと、ようやくルイの姿が見えた。近衛騎士の制服であるロングコートは着ておらず、練習着を着ている彼らは、遠目だとごちゃっとしているだけに見えるが、近寄るとそれぞれが個性的で、判断は容易かった。ルイはその中で、誰かと剣を交えている最中だった。
「おお。今は、副団長に稽古をつけてもらっているようだな・・・あれはなぁ、さすがに歯が立たないか」
「でも善戦してる方では?」
ジネットが口を挟む。
「ジネットは剣術にも詳しいのか」
「ええ、どんな剣が人気があるのか、とても興味がありますわ」
なるほど、ジネットの店では剣も売っているのか。
「・・・君の店は何を目指してるんだ」
「みんなの欲しいものがある店、上客には特別に良いものを。アル兄様、上客になりませんこと? アドバイスをいただけるなら、割引して差し上げましてよ」
ジネットの言葉に、アルフォンスは心が惹かれたようで、うーんと考え込む。
「しかし・・・私はもうあまり剣はやらないからな・・・そんなに良いものは・・・」
「何を仰いますの。先ほど、ヴィルドラック様に誘われてたではありませんか。先日の王宮内トーナメント戦での結果のことだとお見受けしましたわ」
「・・・なんで知ってるんだ?」
動きを止めたアルフォンスに、ジネットが笑顔を向ける。この黒い笑顔、本当に魅力的だ。
「ほほほ・・・蛇の道は蛇、剣を求めるものは剣を、強い者に勝ちたいと思うのは当然ですわ。うちの商会でも、あの日から、アル兄様に勝てるような剣を、と口にする方が多くって」
「・・・それは・・・」
アルフォンスの自尊心がくすぐられたようで、剣について何か話している。素材の話から形の話まで、主にアルフォンスが気に入っているタイプのもののようだ。
「では、ブリュノ兄様とはお好みが違ってますのね」
「そうなのか?」
「ええ」
ジネットが頷いた時、ちょうど、選手交代で、ルイが練習場へ出てきた。
剣を左右上下に振りながら、いろいろと戦略を考えているようで、あまり周囲を見ていない様子だった。もちろん、こちらにも気づいていない。副隊長を前に、一礼をして、軽く剣合わせをしている。
「ちょうど良かった。今、ルイが使っているのを見てくださいな。あれは兄様がルイにお勧めした剣ですのよ」
「ブ・・・ブリュノが?! まさか・・・嘘だろ? それは、ルイの剣筋を認めたってことじゃないか」
アルフォンスの声が裏返った。私も驚いた。
「本当ですのよ。私てっきり、兄様の同情かと思ってましたわ。近衛騎士になったルイと練習で数回手合わせをした時に、”剣でもくれてやった方がいいだろう”って。でも本人を前にして褒めていたのは驚きでした。認めてらしたのねぇ」
「だが、なんでそれを君に言うんだ?」
「実は、私の商会で”ブリュノモデル”として作りましてね、好評だったものですから。兄様に進言したのですわ、ルイに使ってもらうと、より”ブリュノモデル”が売れて、手数料が入るって」
「いい商売をしてる。・・・よくバレないものだな・・・」
「うまくやってますのよ。頭取がとっても優秀ですから」
「そのうち、”ルイモデル”が出てもおかしくないということか?」
「まぁ、まだまだですわよ。家業を継いでからかしらねぇ」
「他商会で作られても知らんぞ」
「ルイが他の店で作るとお思い?」
アルフォンスはしばらく考えた後、頭を振った。
「・・・ないな」
「でしょう? まぁ、でも、それでも構いませんわ。何なら、アル兄様も他商会で作ってもよろしくてよ。むしろ、その方が面白いかもしれませんわ。独占するより競争した方が、いいものが作れますものね」
「君は本当にそういうのが好きだな」
「繁盛するのは嬉しいですが、全体の底上げを望んでいますのよ。他に、人気のある、腕に自信のある方はいらっしゃるかしら」
「副団長はどうだ?」
するとジネットは残念そうに頷いた。
「ああ、一度交渉しましたのよ。でも商売にはあまり興味がなさそうなので。最終的に、兄様しかおりませんでしたの、ちゃんと手数料についても考えてくださったのは」
「ふーん」
見ていると、軽い剣合わせが終わったようだった。しっかりと一礼をしたと思うと、ルイが改めて副団長の練習試合をするところだった。ルイの普段見ない真剣な表情が、なんだか急に、どうにもときめいてしょうがない。いつもデレデレ頬を緩めていないで、あんな風に真剣にドレスを見ればいいのに。
「あ、ほら。始まりましたわ。あの剣です。どうですか? お好みが違いますでしょ?」
「ああ、そうだな。私は剣先がもう少し丸い方が動きやすくて・・・うむ・・・」
しばらく、アルフォンスは言葉を切ってルイが剣を振るうのを見ていた。
いつの間にかその真剣な表情は、もはや剣を鑑賞してはおらず、剣筋や戦い方そのもの、ルイの練習を真面目に見ているのがわかった。ジネットが私に振り返り、ため息をつきながら肩をすくめる。私はクスリと笑った。
「なかなかやるじゃないか」
アルフォンスがなんとも楽しげな表情でつぶやいた。ええ、知っていますとも。なんだかんだ、アルフォンスはルイを気に入っているのだ。何しろジネットが陥落しつつあると言っていたのだから。
「どうなることかと思ったけど、ルイはルイで、やれるもんだな。副団長も、こんなに若い後輩が入ることはほとんどないから、張り切ってること」
私がじっとアルフォンスを見ていると、決まりが悪そうに空咳をした。
「あー、えー、・・・別にブリュノが剣を贈ったからとか、どうとかそういうんじゃないぞ。好きではないからといって、実の見えない私ではない。できるならできだけ、評価するものだ」
「・・・ルイはできてます?」
「あ、ああ、もちろんだ。副団長はバランス的には剣術の方に優れた、剣豪だ。それを相手に、随分と挑めているし、ちゃんと吸収している。それに、ルイ自身が好かれているようだな。大切に育てようとしてくれているのがわかる。指導者の剣だ。同情的な大抜擢とはいえ、さすが、といったところか・・・」
「何がですの?」
「ルイは、仕事ができるんだろうな、と思っただけのことだよ」
ジネットお姉様、アルフォンス兄様は、ルイに陥落いたしましてよ・・・
私が思わず、にんまりと笑うと、アルフォンスがぽかんと口を開けた。
「・・・セレスティーヌもそんな顔をするんだな」
「いつもと変わりませんわよ」
「いや、・・・」
アルフォンスが一瞬口をつぐんだ時、私はルイと目があった。・・・と思う。そのすぐ後に、ルイが転んだから。
「な、何で・・・?!」
そして、転んだ体勢で、私の方を向いて怒鳴ったから。多分、偶然じゃない。




