表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
近衛騎士の見学
18/92

08 ちょっとした迷子

 気がつくと、みんなとはぐれていた。


入り組んだ廊下とそれに面する中庭だけが見え、三人の姿はどこにもない。しかも、どこに向かっていいのかわからない。せめて人に、人に会わねば・・・! 道に迷うなんて。


 ウロウロしていると、誰かにぶつかった。


「あら、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。見学の方ですか? ご家族でも?」

「ええ、近衛騎士に・・・」


若草色のダブルのロングコート。騎士団の紋章が入った胸のエンブレムからするに、近衛騎士ではない騎士団の人だろう。そばかすに金髪、人懐っこい笑顔が優しげだ。


「セレスティーヌ!」


バタバタと軽快な足音がした。振り返って、私はホッと息を吐いた。


「アル兄様」

「どこ行ったかと・・・おや、スティーブ・ティボーじゃないか」


そばかすの青年がパッと顔を上げ、衝撃を受けた顔をした。


「こ、これはパストゥール様。妹御でございましたか」

「いや。従姉妹だ。セレスティーヌ嬢と言う。ああ、来たね。こちらはその姉のジネット嬢だ」


アルフォンスの後ろから、ジネットがかけてくる。おそらく、団長は別のところを探しているか、仕事に戻ったのだろう。


「申し訳ない、セレスティーヌ。話が弾んでしまって、練習場へ着くまで先に行ってしまったのだ。練習場では団長がいなくて少しだらけていたらしくて、団長がすっ飛んで行ってしまった」


笑うアルフォンスに同じように笑いかけ、私はスティーブに向き直った。ジネットがすっと息を整えたのが見えた。


「お助けいただき、ありがとうございます。セレスティーヌ・トレ=ビュルガーと申します」

「セレスティーヌの姉、ジネット・トレ=ビュルガーですわ」

「ご、ご挨拶ありがとうございます。スティーブ・ティボーと申します・・・」


少しオドオドとしているが、立ち姿もしっかりしており、騎士らしさがよく表れていた。きっと真面目なんだろうなぁと私はちょっと考えた。


「スティーブ殿は騎士団でも昇進したばかりなんだ」

「そうなんですか。おめでとうございます」

「いえ、僕なんて、全然・・・あの、今日はご見学ですか。近衛騎士と仰っておりましたが」

「ああ。ルイ・ウェベール殿を見に来たんだ。からかってやろうと思ってね」

「ウェベール殿って・・・あの大抜擢を受けた"七光りのルイ"ですか?」


スティーブの言葉に、アルフォンスは苦笑いをした。なるほど。きっとこれは身内でのネタなのだろうが、私にとってはあまり面白くないあだ名だ。


「そう。この子がその”七光り”だ」


アルフォンスが私の肩を優しく叩いた。面倒なことを。スティーブは目を丸くした。


「・・・では公爵家の、あぁ、お名前が・・・婚約者の、こんなに可愛らしい方だとは・・・あ、いえ、失礼いたしました! 僕たちの身分では、公爵様についてはあまりに知らないものですから、もっと、恐ろしい方か、妖艶な方かと・・・思っておりまして・・・」

「まだお前たちはそんなことを言っているのか」


アルフォンスが呆れた声を出す。


「で、ですが、あんなに誰よりも優秀な方が、自分で相手を選べないなんて、可哀想です。あの冷静で落ち着いたウェベール殿が、身分を超えても婚約しているのですから、逃げられないように外堀を埋められてしまったのかと。ただの公爵令嬢にウェベール殿のお相手はもったいない。もっとふさわしい方がいるはずだ、と・・・」


冷静? 落ち着いてる? 私がジネットを見ると、素知らぬ顔で話を聞いてたジネットは軽く眉をひそめ、口を開いた。


「あら、・・・ルイ様は自分でそんなことを言っていたの?」

「まさか。そうではありません。ウェベール殿は他人のことを悪く言う人ではありません。ご自身の婚約者様のことは大事になさっていると聞いております」

「だったら、その通りなんじゃなくて?」


ジネットは苛立ちを募らせるように腕を組んだ。


「ですが、」

「子爵と公爵では、確かに身分は違うわ。でも、トゥールムーシュ子爵は由緒ある貴族よ。みんなからの信頼も厚く、身分差というだけでは測れない信頼が存在しているわ。そのような家を、仕事上の後ろ盾から無理やり従わせて婚約させるなんて、こちらにいいことがあるとは思えない。そうやって反感を抱かれるだけでしょう。無理強いなんてしていないわ、でしょう? セーレ」

「ええ。ルイ様はその気になればいつだって婚約破棄が可能ですわ。正式に婚約してしまったので、手続きとかがちょっと大変になるでしょうけど、でも、」

「やめなさい」


アルフォンスがため息をついた。


「そんなこと言ってると、本当にルイ殿が泣くぞ」


私が顔を上げると、心配そうな顔でアルフォンスとジネットが私を見ていた。スティーブはオロオロして私たちを見ている。おそらく、私たちの反応が思っていたのと違っていたのだろう。


「言っておきますけどね、スティーブさん」


ジネットが言った。


「逃げられないように外堀を埋めに埋めてきたのはルイ様の方よ。この様子のセーレを見ればわかるでしょ。何しろ、あの兄様を懐柔して、そして、このアル兄様ですら、陥落しそうになっている・・・!」


うふふふふ、とジネットが笑った。


「まさか、セーレがルイ様にふさわしくないって言われる日が来るなんて、思いもよらなかったんでしょうけどね! 不愉快だけどいい気味だわ! 後悔で全身の血が抜けきってしまえばいいのよ!」


血など私が抜いてやる! と、ジネットは最終的に息巻いた。スティーブは青くなり、私は慌ててジネットの手を取った。これは大変だ。


「お姉様、大丈夫よ! お気になさらないで」

「でも、ルイ様は”文句を言わせないためにここまでやってきた”はずでしょう? なのに文句言われてるじゃないの!」

「文句を言われてるのは私であって、ルイではないですわ、お姉様」

「同じことよ・・・よし、今から婚約破棄をお願いしてくる。お父様に言ってくる」

「私も賛成だ。セレスを傷つけるのは許さない」


うわぁ、どうしよう。なんとかこの場を収めなければ・・・


なんと言えば・・・


「もう、ダメよ、お姉様も、アル兄様も! 私は大丈夫です!」

「・・・本当?」

「ええ」


心配そうな二人の視線に、私はしっかりと頷いた。


「今まで、私が言われたことはありませんでしたから、確かに驚きました。でも、ルイは今まで言われていましたから、珍しいことではありませんわ。それよりも、ルイが世間にも認められたということですよね。そんなルイに私がふさわしくないというのなら、劣ってるところがあるということですよね? 私、ルイにふさわしくなれるように頑張ります」


よし、決まった。ルイ好みのドレスのリサーチ、もっと頑張ろう。やっぱりそこは、褒めてもらおう。


三人の顔が毒気が抜かれたようにぽかんとしている。私は言い忘れたことに気づいて、ジネットを見て照れ隠しに笑いながら言った。


「あ、でも、お姉様が私のために怒ってくださったの、とても嬉しかったです」

「せ、セーレェェェェ! 私の天使ぃぃぃぃ!」


ジネットが私に抱きついてきた。


ぐええ・・・


「も、申し訳ありません! 僕、とんでもないことを・・・」


スティーブが青い顔をすると、アルフォンスがため息をついた。


「そうだな。騎士になるものなら、口のきき方や内容に気をつけたほうがいい。せっかく昇進したのに無駄になるぞ。仮にも宰相の娘だ。本来ならお前の首が飛んでもおかしくない事案だからな。セレスティーヌ嬢がお優しくてよかったと心に刻むんだ」


そんなアルフォンスの言葉に同意するように、ジネットはスティーブの肩をそっと叩くと、私の手を引っ張った。


「行きましょ。せっかくのお楽しみが終わっちゃう」

「あぁ、そうだった。何のために早く来たんだ、私たちは。申し訳ないが、先を急がせてもらう。スティーブ殿、次から失言に気をつければいい。私たちに禍根はない、気にやむな。ではな」

「は、はい!」


私は慌ててスティーブに向き直った。


「あの、えっと、申し訳ありませんわ、スティーブさん。私の至らぬところ、身分差を埋めるものとして、私は何をしたらいいのか・・・」

「ほら、セーレ! いくわよ! スティーブさん、セーレが元気になったから、もういいわ! またね!」

「は、・・・はい・・・」

「お姉様! ああ、話を」


私たちが去ったあと、スティーブが一人、ぽかんとしていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ