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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
今日もドレスの戦いを
14/92

04 二番目の姉

ルイとアルフォンスの二人が、派手に言い合いをしている間を縫って、私の姉、ジネットが顔を見せた。


「あらあら。ずいぶん賑やかね」

「ジーお姉様」


ジネットは私より三歳年上で、ヴァレリー公爵の娘としては、上から二番目になる。自立心が強くて結婚はしたがらず、婚約者も作らないジネットは、前向きで勝気で、とってもキュートだ。優れた情報収集力と旺盛な好奇心で、立ち上げた事業は軒並み順調だと言う話だけれど、私は詳しく知らない。


今日のクリームイエローの柔らかい雰囲気のドレスは一見華やかだけれど、とても動きやすそうだ。高めのラウンドネックラインは平らなレース襟で、レースにはところどころ金色のビーズが散らばっている。肩から胸のラインには細かい刺繍のフリンジと金の小さな飾りボタンが付いていて、それらがキラキラとジネットを輝かせていた。二層になっているスカートは二段になっていて、裾に幅広の帯状に刺繍がしてあり、この刺繍は唐草模様で丁寧に仕上げられていた。装飾はギリギリまでシンプルに抑えてあるが、見栄えがし、活発なジネットにはとても似合っていた。


ルイをちらりと見たけれど、あまりこういうドレスは興味がないのか、逆に姉が来たことに面倒そうな視線を送っている。


しかし、それでもルイは向きを変えて、ジネットに礼をした。


「お久しぶりです、ジネット」

「久しぶりね、ルイ。お祝いに来たのよ。私の妹とようやく正式に婚約した幼馴染にね」


年下ではあるけれど、昔からジネットはルイには強気で、些細なことを上から目線で言い放つ。いつもはハラハラする場面だけれど、私は内容に驚くのが先に来た。


「会ってなかったの?」

「舞踏会では一緒になってるはずなんだけどねぇ。なぜかしら? 避けられてるのかしらねぇ」


優雅に微笑むジネットに、ルイはニコニコと笑顔を返す。


「まさか。ジネットは人気があるから、俺と会う暇がないんじゃないか?」

「あら。ルイの方が人気があるんじゃないかしらね。伯爵令嬢とか男爵令嬢とかねぇ?」

「そうなの?」


私は首を傾げた。ルイはニコニコを崩さないまま、私に向いた。


「知らないよ。だとしても俺にはセーレがいるんだから関係ない」

「言うわねぇ。誰にだっていい顔してたのに、使える時だけセーレの名前を使って」


呆れた口調のジネットに、ルイはさらに笑顔を向けた。でも待って。こめかみのとこに青筋立ってない?


「そんなわけないだろう。勘違いされてるなんて知らなかったんだ。理解できるまでしばらくかかった、それだけのことだ」

「でも釣った魚に餌はあげていないじゃない? 仮婚約してからあなたセーレに何をしてあげてるのよ? セーレは勉強だって礼儀作法だって、よく頑張っているわよ」

「いいや、わかってるだろう、ジネット。誰だって同じことを同じように頑張れるわけじゃない。俺は俺だ。勉強も剣術も忙しかったんだ。誕生日にはプレゼントも送ってるし、一緒にお茶会も出てるし、出来る限りの事はしてる。だいたい、ジネットに言われる筋合いはない。俺とセーレのことだからね」


ルイがやんわりと言うと、ジネットはつまらなそうに口を尖らせた。


「つまんなーい。返答がいい子ちゃんすぎー。なんかボロが出ると思ったのに」


あらまぁ。もしかして・・・、うん、ルイがちょっと変態っぽいところなんか、年が近いジネットも知っているのかも。そして、それを懸念しているのかもしれないし、そのあたりはちょっと自分でも心配だなって思ってる。でも、ジネットはそれなりにルイと仲が良かったはずなのだが。ええ、いつも喧嘩腰なのは別として。


ふぅ、と息をついてジネットは私に向いた。


「こんな面白みのない人なんて放っておいて、今からでも、私と一緒に独身街道を歩んでくれて構わないのよ? うちで一緒に行かず後家しましょうよ。そして、一緒に仕事をしましょう? セーレはドレスが好きだから、やっぱり、ファッション関係の事業がいいかしら?」

「そこまでで止めてもらおうか?」


ルイが口を挟むと、ジネットは鼻で笑った。


「あら。私が妹と話して何がいけないの? ねぇ、私の可愛い天使ちゃん」

「セーレはあなたのものではないですが? 俺のものですが?」

「ちょっと、今から独占欲がそんなに強くて大丈夫?」


ジネットが呆れた顔でルイと私を見た。私は肩をすくめた。


「ルイはそういうんじゃないのよ、姉様」


独占欲というより、ドレス欲だ。私ほど、ルイのためにといってドレスをあれこれ考える人はいないから、その他大勢のためにドレスを作るようになってしまったら、困るからだと思う。


こないだは驚いていただけだけど、そのうち、自分で着たいと言い出すんじゃないかしら? うん、もちろん、似合うと思うし、いつだって着てもいいと思う。どこでどう披露するかは、また別の話だ。その時は私も協力をしたいと思う。そりゃぁ、婚約者だもの。


「ルイは自分のことをよくわかってるから、大丈夫よ、お姉様。場違いなことはきっとしないわ」


突然ドレスを着て踊りたいとか言いださないはず・・・それでもまぁ、男性パートをやってくれるならダンスは踊れる。もしかして、私が男性パートを踊る必要があるかしら? タキシードを着る必要が? そのためには私も練習をしなくては・・・まださすがにないとしても、いつか始めるかもしれない。ルイが自分用のドレスを作り始めたら教えてもらわなくちゃ。きっと本人は言ってくれないから、アダムに後でお願いしておこう。


「・・・随分と信用されているようだな、ルイ殿は」


歯ぎしりをするようにアルフォンスが言えば、ルイは優雅に微笑んだ。


「ルイと呼び捨てで結構ですよ、アルフォンス殿。それより、兄上とお呼びしたほうがいいでしょうか?」

「調子に乗るのもいい加減に」


アルフォンスが言いかけた時、シドニーが横から二人の前にお盆をスッと差し出した。その上のワイングラスは、上等な白ワインで満たされていた。もちろん一番美味しい温度に冷たく冷やされている。飲まない手はない。ジネットがそれにかぶせるように声をかけた。


「一息お入れになってはいかが? 甘いものもあるのでしょう? ルイがどうやって手に入れたか知らないけど、随分と頑張ったこと。ねぇ、シドニー。私たちも温かいお茶を頂きたいわ」

「かしこまりました。新しいお紅茶をお淹れいたします」


二人がしぶしぶ、ワイングラスを手に取ると、シドニーは頭を下げ、居間を出て行った。ルイとアルフォンスはワインを一気に飲み干すと、ソファにどかりと座り直し、チョコレートを食べ始めた。・・・次々と。


「あぁ! 私の! アコントゥのチョコ!」


私は思わず、一口で一個、次々と食べていくルイの腕を掴んだ。


「セーレが悪い」


言うと、ルイは反対側の手でボンボンを手に取ると、チョコ、と叫んだ私の口に放り込んだ。・・・コーティング部分のチョコレートは少しビターで、甘く、口の中でするりと溶けて、かすかに爽やかな味わい・・・美味しい! 私の頬はみるみるうちに緩んだに違いない。自分でも単純だとは思うけれど仕方がない。


「私悪くない! ボンボン美味しい! ・・・なぁに、ミント? もっと食べたい」


一瞬で語彙力が低下しました、はい。ルイが蕩けそうに微笑んだ。それ、小さい子供相手の笑顔よ? 子供扱いするなんて、私がチョコに夢中じゃなかったら、許しはしないわよ?


「セーレはミント味がお気に入りか」


ほら、まるで子供をあやすかのような口調だ。でも、そうなっても許してあげる寛大な心が必要だ。ルイが選んだものは花だってお菓子だってジュエリーだってなんだって、私が気に入らなかったことがない。ええ、それがある限り、私はルイがくれるものに対しては、ルイがどんな態度であっても寛大な心で受け止める所存であります。


「うん、でも、まぁ、ルイがくれるものならなんでも美味しいわ。それより、ナッツはどれかしら?」


ルイの腕がピクリと動いたが、私は気がつかずに腕を掴んだままチョコレートに目を走らせた。


「先日、伯爵夫人のお茶会でいただいてとても美味しかったので・・・」

「・・・セーレ」

「はい?」

「腕を離して」


言いながらルイは、真顔で私を見た。


「あら、ごめんなさい」


私が素直に手を離すと、ルイはそのまま、形の良い唇を動かした。


「はい、”あーん”」

「”あーん”?」


そして、ルイは真顔のまま、ずっとつまんでいた方のボンボンを私の口に放り込んだ。私の唇に指を押し付けるようにして、口を閉じさせる。そんなことしなくてもちゃんと口は閉じますけど。・・・うん。美味しい。こちらは甘いチョコでコーティングされていて、中はふんわりとしたケーキ生地だ。私がもぐもくと食べている間、ルイは自分の指についたチョコレートをじっと見ると、ぺろりと舐めた。


「お行儀悪いわね」

「・・・セーレが自分で、寝起きにすると言ったろう」


そんなことを言った覚えは・・・


「あ」

「俺も手伝った方がいいのかと思って」

「まぁ・・・」


すました顔でルイは言う。あんな冗談を間に受けなくたって。


「でも、ルイには一口だって渡さないわよ」

「ひどいな。俺がチョコレートをプレゼントするのに?」


そうだった。でもこんなに美味しいチョコレートを惜しげも無くパクパク食べるような人に、小さなスプーン一匙分だってあげたくない。味わって食べるべき! だってこんなに美味しいんだもの! 


仕方がない、奥の手を。


「ルイにはドレスをあげるから」


宥めるように私は言ったけれど、ルイは意に介さないように微笑んだ。


「中身の方がいいけど?」


そんなばかな。やせ我慢などしなくていいのに。人目があるからかしら? これはいつか、二人きりの時に話し合わなければならない。


「ダメよ、チョコレートは私が全部」


オホン、と咳払いが聞こえ、顔を向けると、アルフォンスがうんざりした顔をしていた。


「俺は何を見せられてるんだ・・・もういいだろう、”ルイ”。今回は君の勝ちだ」

「なんのことでしょうか、”兄上”?」

「・・・セレスの目が覚めるまで待つことにするさ」


アルフォンスが不機嫌に言うと、ルイがにっこりと彼に微笑んだ。


「それじゃぁ一生独身ですね、お気の毒に」


ジネットがそんな二人を見て呆れたように肩をすくめて、くすくすと笑う。とても楽しそうなんだけど、・・・多分それ、ジネットだけだと思う。




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