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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
今日もドレスの戦いを
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02 再びドレスの披露

ソファの肘掛に肘ついた腕に頭を持たせ、ルイはうっとりとした目でドレスを見ていた。


「どう?」

「うん」

「綺麗でしょう?」

「うーん」

「似合うでしょう?」

「うーん?」


煮え切らない態度に、私は勢い込んで力説した。


「このドレスは、こないだルイが言ってた難癖・・・じゃなくて、欠点を考慮して直してもらったのよ。お茶会用だからね、動きやすくスカートのふくらみは極力抑えて、座っても広がりにくいようなフレアで、ちょっとストンとしたのよ。下のスカートに、ほら、刺繍を入れたから少し華やかでしょう。裾のレースは不評みたいだから外したわ。私は好きだったのに。その分、ちょっとだけ長くしたの。それでね、そのレース、首にくるくる巻いたら綺麗だったから、つけてもらったの。そしたら、ほら、首は透け感があるから堅苦しすぎないけど、古式ゆかしい令嬢らしくて、ルイの好みっぽくない?」


今日の若草色の昼用ドレスは、少し前に着て見せて、色々言われたドレスに改良を加えたものだ。肩と袖口と襟ぐりに同じ幅広のレースを配して、それぞれ服との境目には細いエメラルドグリーンのサテンリボンでアクセントをつけている。レースはクリーム色の繊細な作りで、手や首の細さを際立たせていた。二重のスカートは、裾にはシンプルに何もないが、美しい光沢の絹で、上のスカートを両サイドにエメラルドグリーンのサテンリボンで止め、可愛らしく仕上げ、下のスカートには散りばめられるようにレースと同じデザインの、小鳥とスズランの花の刺繍が刺してあった。


私がくるりと一周すると、腰まであるウェーブがかったブルネットの髪がふわりと舞い上がり、スカートのリボンが揺らめいた。ルイはデレっとした顔で少しだけ首を動かして言った。


「どうかなぁ?」


嘘だ。気に入ってるくせに。さっきから一度も文句を言ってないのがその証拠。生返事でただドレスを愛でるなんて、相変わらず変態。


「言いたいことは言い終わった?」


あぁ。解説までしたのに、また綺麗って言われなかった! 悔しい。


「・・・終わったわよ」


ドスのきいた声で答えれば、ルイはふんわりと優しく笑って言った。


「セーレ。こっちへおいで」


笑顔が怖い。


私の不満をよそに、ルイの品定め第二弾へ移った。まず第一弾として、全体を通してじっくり眺めてから、第二弾として、間近で質や柄を見るのだ。私はしぶしぶルイの目の前まで歩いた。ゆったりとソファにもたれて足を組んで、なんだかとっても偉そうだ。


「ふーん?」


ルイが私を上から下までジロジロと見た。ええ、上から下まで。本当に不躾だと思いつつ、品行方正と名高いルイがここまでするのだから、この人は普段、かわいそうに自分の性癖を表立って見せることはできなくて、ストレスが溜まっているのだろう。さすがに結婚するわけだし、この性癖を受け入れてあげるしかない。ルイは私とドレスの相性なんてどうでもいいのだろう。至高のドレスを見たいだけなのだ。まだ足りないようだが、その暁にはきっと、綺麗と言ってくれるだろう。いや、言ってもらわねば困る。それならそれで、その日まで頑張るしかない。


「今度のお茶会はこのドレスで行くのか?」

「ええ、そのつもりよ」

「違うのがあったじゃないか。桃色でちょっと形が古いけどふんわりした・・・」

「ルイの好みじゃなかった筈だけど?」

「そうだよ、俺の好みじゃない。よく知ってるね?」


ルイはニコニコと私を自分に引き寄せる。


調子狂うなぁ・・・


思いながら、されるがままにさらに近づいた。


「好みじゃないドレスを着せようとするなんて、趣味が悪いのね」

「そうだよ。君と婚約してるくらいだからね」


ルイが言いながら私をするりと引っ張ると、抵抗する間もなく、私はルイの膝の上に座る羽目になった。


「急に引っ張るのはやめてよ」


私が言っているのも気にせず、ルイは私の頬を唇で食んだ。肌がぞくりとした。


「くすぐったいわ」

「ん」


私の抗議をルイは軽くうなずいただけで無視し、もう一度食もうとした。


「やめてったら!」


私は勢いよくルイの顔を両手で挟むと、頬がつぶれるくらい力を込めた。ルイは私の両手を掴み、あっさりと頬から離して笑った。


「ひどいな」

「ど・う・せ! 変態の趣味に付き合えるの私くらいですよ! もっと、誰が見ても趣味がいいと言われる女性とやり直したらいかが? まぁ、・・・ルイのその性癖が受け入れられるかはわからないけれど・・・」


私がルイの膝から滑り降り、立ち上がって抗議すると、ルイは珍しく慌てて私の手を引いた。


「冗談だよ、冗談。なんでそんな言い方するんだ。いつもは鼻で笑うか無視するじゃないか。怒ったのか? ・・・ていうか、変態ってなんだよ?」

「くすぐったいことをするから!」

「へ?」

「ドレスがそこまで気に入らないからって、私をいじめて楽しむなんて悪趣味!」

「いじめてないけど」

「あとドレスの趣味が細かい! 私はあとどれだけ頑張らないとならないのよ!」

「うーん・・・一生?」


まじですか。令嬢にあるまじき悪態を心でついていると、ルイが私の両手を、手の甲を上にしてぎゅっと握った。


「・・・何?」


私が首を傾げるか傾げないかの合間に、ルイは私の右手の甲に指先から手首まで、一気に駆け上がるように口づけを重ねた。


「ひゃぁ」


柔らかい感触にぞわぞわする。気持ちいいとも気持ち悪いとも言えない、得体の知れない感覚だ。私が顔を真っ赤にして手を引っ込めようとすると、その手を離さないようにきつく持ち、ルイは反対の手にも同じことをした。


「ル、ルイ!」

「まだ勝負は付いてないんだろ?」


え、何、これも勝負のうち? 涙目の私にルイは笑った。


「新しい勝負をしよう。今の、セーレが嫌がってないなら君の勝ちだ、この勝負は」

「え?」

「ドレスは俺の勝ち。今のはどう? 嫌だった?」


私は頭の中でぐるぐると考えた。私が嫌がってないことが私の勝ちなら、私が嫌がったらルイの勝ち? それはいやだ。でも嘘はつきたくない。その時は潔く負けを認めねばならない・・・はて、私は嫌だったのかしら? 考えてみると、ぞわりとしたけれど、嫌ではなかった。突然されるのは困るけど、それをさて置けば、嫌ではなかった。


「・・・嫌じゃなかったわ」


心配そうにしていたルイは、ホッとしたように息をついた。そして、少しだけ残念そうに言った。


「それなら、今回はセーレの勝ちだね。今日は引き分けだ」


なんだろう。なんだか腑に落ちない。でもそういうルールなら、そうなんだろう。


「別に、こんな勝負しなくてもいいんだけど」


心臓に悪いし。それでもルイは優しい笑顔になった。なんだかちょっと腹黒い気もするが、もともと意味のわからないことをする人だ、今更わかろうはずがない。


「不公平じゃないか? 君から持ちかけられる勝負ばかりじゃ、俺だってつまらないよ」

「そう?」

「君は会う度、俺にどんなドレスを見せようか張り切ってるだろう? でも俺はそういうのがないから、つまらなかったんだ。それで、考えた。俺はセーレにいたずらをすることにする」

「いたずら」

「そう。婚約者や恋人同士でしかできないようなスキンシップだよ」

「スキンシップ」

「結婚するんだし、スキンシップは多くたって構わないだろ? 嫌になるくらいのスキンシップをセーレが俺に許したら俺の勝ち。俺が頑張っても嫌にならないならセーレの勝ち。どう?」


どうなんだ? それはどうなの? ルールとして合ってる? 


 正式に婚約してから、ルイは随分変わってしまった。出会ったばかりと同じように、いたずら好きで可愛い男の子に戻ってしまったようだ。それをアガットに言ったら、本人には言わないようにと口を酸っぱくして言われたけれど。けれど・・・ちょっと前みたいに、何考えてるのかわからないわけじゃないから、それはそれで良しとした。時々、こうやって意味不明なことを言うけれど・・・


「アガット・・・」


私は途方に暮れてアガットを振り返った。


「はい、なんでございましょう、セレスティーヌ様。このまま直ぐお部屋にお戻りになられますか?」


悩む私にいつも通りの調子で返事をしてくれたアガットのおかげで、私は少しだけ平静を取り戻した。


「いいえ、いいわ。でも、あの・・・アガットはどう思って?」


ルイがアガットをじっと見る。あの綺麗な顔であんな風に睨まれたら、萎縮してしまわないかしら。私が質問しているだけなのに。しかしアガットは果敢にもその視線を無視し、心配そうに言った。


「よくよくお考えになった方がよろしいですよ?」

「そう?」

「・・・僭越ですが、そもそも、そんな勝負なさらなくたってお二人は十分楽しそうでございますわ。まぁ、強いて言うとすれば、勝ち負けが逆の方がよろし」

「アガット」


ルイが鋭い声でアガットを止めた。アガットは怖がることなく、やれやれと口を閉ざし肩をすくめた。


「私がお話しできるのはここまでですわ。お嬢様がご自分でお決めにならないと、ルイ様がご承知なさりませんでしょう」


アガットの言葉に、私はルイに向き直った。


ルイはニコニコとしている。これまでとあまりに違いすぎる。ここ数年、笑顔なんて見せてくれたことはなく、いつも仏頂面だったのに。


だから、私は決めていたのだ。この仏頂面のルイが私を見てその美しさに打ち震えて、感激で破顔するようにしてやろうと。本意じゃなくても思わず変わってしまうような、そんな圧倒的な美しさを、ルイに感じさせる、そう思ってきたのだ。


でも今はどうだ。私が何もしなくても、ルイが私を認めなくても、自発的に笑顔になっている。私、なんのためにドレスを工夫してきたのか。ルイの好みに合わせて、でも私の好みからは外れなくて、・・・いつだって難しかったのに、なんでこんなことしてるのかしら?


私が情けなくなって黙っていると、ルイの顔色がだんだん悪くなってきた。何かお茶に変なものでも入っていたかしら?


「・・・お嬢様が何も知らないと思って、ルイ様は調子に乗りすぎですよ」


アガットの小さい悪態が漏れ聞こえる。シドニーが小さな声で諌めるのが聞こえた。


「これ、シッ! アガット」

「だいたい態度も変わりすぎなんです! お嬢様に憧れてるしがない婚約者を装いながら、実際は手を出したくなるのを我慢してたなんて信じられませんよ、私、すっかり騙されましたわ! 同情なんてするんじゃなかった!」

「・・・後生だから! ・・・アガット!」


でも内容が全然頭に入ってこない。


ドウジョウナンテスルンジャナカッタ。ダマサレマシタワ。チョウシニノリスギナンデスヨ。


「セーレ、俺が」


青い顔のルイが口を開いたとき、居間のドアが勢いよく開いた。





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