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綺麗な婚約者  作者: 霞合 りの
今日もドレスの戦いを
11/92

01 愛するチョコレート

 居間のドアの前で少しだけ立ち止まり、息を整えて侍女のアガットを見る。


”大丈夫かしら?”


”大丈夫ですとも”


視線で会話をし、決心してドアをノックした。でも誰がいるかはわかっている。執事のシドニーがドアを開けてくれる前に、自分でドアを開けて満面の笑みを浮かべた。


いざ、勝負!


「ルイ、御機嫌よう」


ソファでくつろいでいたルイが顔を上げた。相変わらずの美青年っぷり。さらりと揺れた金髪の間から覗く紺碧の瞳が私を認め、輝いた・・・多分。口角が少し上がり、手に持っていたティーカップをテーブルに置いた。息が止まりそうに胸が高鳴った。相変わらず絵になる姿だ。


「・・・やぁ、セーレ」


でも、言ったのはそれだけ。


私は小さく頬を膨らませた。するとルイは呆れたように笑った。


彼はトゥールムーシュ子爵家のルイ=アントワーヌ=レオン・ウェベールといって、私の婚約者だ。先日まで親の口約束だったものが、正式な婚約となったばかり。それなのに、相変わらず一度も私を褒めることのないルイに、ドレスが似合うと言わせるために、私は日夜頑張っている。


「諦めないんだな」

「当たり前よ」

頬を膨らませ、ルイの向かいのソファに座ると、シドニーがお茶を持ってきた。


 褒めるじゃない? 普通、相手のいいところを見つけてなんだかんだ褒めるじゃない? ルイはなんでもできるけど、やっぱり社交も上手くて、どんな相手でも褒めることができる。なのに私のことは物心ついてから褒めてくれたことがない。きっと意地を張ってるんだと思う。そう思いたい。


「本日は、ルイ様からお土産にいただきました、チョコレート菓子をお茶請けにしております。それにあわせまして、味のしっかりした紅茶を選ばせていただきました」


シドニーの言葉の示すままに、私は目を滑らせた。


「そう。ありがとう・・・まぁ、ショコラティエ・アコントゥのチョコレート!」


ショコラティエ・アコントゥは最近できたばかりのお店で、今、とても流行っているチョコレートショップだ。ケーキや焼き菓子も売っており、味は言わずもがな、人気がありすぎて毎日売り切れてしまうのだ。私も数回しかお茶会で出会ったことはないけれど、お茶会に合わせて買うのも難しい、本当に珍しいお菓子だ。それが私の目の前にある。・・・山盛りに。


「お気に召しましたか? セーレ姫」


おや、珍しい。私が目を輝かしているのに満足したのか、ルイが軽口を叩いた。私のご機嫌をとるようなお世辞を言う人じゃないんだけど。私は顔をツンと逸らした。


「そんな風にご機嫌を取らなくても、チョコレートを突っ返したりしないわよ」

「セーレがそんなことするなんて思ってないよ」


ニコニコ。よし、話題を変えよう。


「買うの、大変だったでしょう?」

「こうして訪ねて来られるのだから、手を尽くすのは当然だ、婚約者殿」


ニコニコニコニコ。ルイの笑顔はより輝いている。


・・・怪しい。


私は訝しく思いながらルイを見た。ちょっとむくれたままの私を、なにやら私の知らない表情で見ていた。なんて表現すればいいのだろう? 恍惚? 夢心地? 陶然?


「ちょっとは喜んでくれたなら、本望だ」

「私がここのチョコレートを好きでたくさん食べたかったって、知っていたの?」

「もともとチョコレートは好きだろう? 浴びるほど食べたいだなんて、知らなかったけど」

「そんなこと言ってない! ただ、えーっと、・・・おなかいっぱい食べたいとは・・・思ったことがあるわ」


ムキになって言い返した私に、ルイはうっとりと笑った。


ええ・・・一体どうしたのかしら・・・


「ならよかった。浴びるほどはないけど、おなかいっぱいになるくらいはあるんじゃないか?」

「そうねぇ・・・」


長い方の直径が三十センチくらいあるオーバルプレートに、数えきらないくらいのチョコレート・ボンボンが乗っている。お店の全てのチョコを買い占めたんじゃないかしら。小さい中にも様々な大きさに趣向を凝らした形、見ているだけでうっとりしてくる。ずっと見ていたい。香りを嗅いでいたい。むしろ囲まれたい。この中で眠れたらいいのに。


「・・・これに埋もれて眠れたらいいのに」

「は?」

「ボンボンを敷き詰めたベッドで眠れたら幸せだなぁって」


私がうっとりと言うと、ルイは呆れたように私を見た。


「さすがに溶けてベタベタになるぞ」

「いいわよ、全部食べるもん」

「全部って、溶けた分はどうするんだ」

「舐める!」


私が拳をあげると、ルイは目を見張り、それからカーッと耳まで一気に赤くなった。そして顔を覆うと、そのままうつむいてしまった。


「え、ど・・・どうしたの・・・」


私は驚いて様子を伺ったけれど、ルイはそのまま動かない。


「・・・ルイ?」

「いや」

「何?」

「いやいやいやいや」

「何よ」

「なんだこれ」

「何って」

「身がもたない」

「意味がわからないわ」

「わからなくて結構!」

「またそんなこと」

「いや、よそう」


そう言って、黙ってしばらく顔を下げていたかと思うと急に顔を上げた。そして深く息をついた後、私を見たルイは、ニヤリと笑った。もう、いつもの調子を取り戻してる。


そして、言ったのだった。


「・・・さぁ、今日はドレスの解説はないのか?」




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