【閑話】僕たちルイを見守り隊
ショーン視点です。
ルイがシガールームへ来る前の、ショーン、クロード、アンドレ。
かなり長めです。
舞踏会で、義務を果たした後、僕たちーー僕と、アンドレ、クロードは誰ともなくシガールームへ向かい、そこで顔を見合わせ、ため息をついた。
「・・・長かった」
アンドレがため息をついた。クロードも同じく肩を落とした。
「ようやくだ」
「これでようやく、あの地獄の微細オーダーから卒業できる・・・!」
僕はショーン・エマール。侯爵家のお気楽な三男坊で、将来は適当な身分をもらって家業を手伝うことになっている。僕の家はその身分と顔の広さを利用して、高級な宝飾品の流通の元締めをしていて、僕は実を言うと、兄二人より顔が利く。それは、ルイとセレスティーヌの両片思いという戦いに長いこと巻き込まれてきたせいだと思う。でもそれも終わる。ようやく、二人の思いが通じあったのだ。
ルイとセレスティーヌは二人の意思で、正式に婚約をした。
・・・その開放感に溢れた二人に、僕は思わず呆れて目を細めた。
「もっと他に言うことないの・・・?」
「もちろん、そりゃもちろん、嬉しいさ! 親友が初恋を成就できそうなわけだからな!」
「でもそれ以上に、キッツイんだよ、あの悲しい笑顔が!」
二人の声がハモるように僕に向かってきた。魂の叫びだが、基本的に周囲には聞こえないように極力抑えた声量で、よくできるものだと感心してしまう。
アンドレが机を拳で軽く叩き、ワインを煽ってさらに続けた。
「セレスティーヌのあの残念そうな顔、俺たちに申し訳なさそうな顔、見てるか? 見てないだろ? わかるか? 俺たちだって本人に黙ってルイの気持ちを言えるわけがないんだ、心苦しすぎてオーダー日に胃が痛くなるこの辛さが!」
「いいよな、ショーン、お前はさ。ドレスに合わせる宝石をアドバイスするだけなんだから。ドレスと違って財産にもなる残るものだ。既製品しかないし、そこまでお金が自由になるわけじゃないから、手持ちのものから探せばいい。第一、セレスティーヌはたくさん持ってるじゃないか! あの中ならどんなドレスでも合わせるジュエリーが見つかるよ、わかってるから! お前の負担はそんなにないだろ!」
僕はため息をついた。
セレスティーヌとはルイを通して知り合いになった。あれは彼女が六歳の時だ。真面目なルイは、仮婚約をしたということで、友人だった僕たちを彼女に紹介したのだ。その時は、その大きな意味を僕たちはわからず、ルイの家から帰って親に告げると、親は上へ下への大騒ぎだった。それで僕たちは知ったのだ。セレスティーヌに会わせてもらうこと自体がそもそもとてつもなく難しいことだということを。
すでに淑女教育を進めている長女のバルバラ嬢、頭が良く男子顔負けに弁の立つジネット嬢は、ご両親からの信頼も厚く、箱入りといえど顔が広かった。しかし、セレスティーヌ嬢は、年が離れ、公爵があまりに可愛がりすぎて、門外不出なんじゃないかとまで言われたくらいに、ちらとも見たことがなかった。家で主催したお茶会にくらい、ちょっと顔出ししてもいいのに、絶対にしなかったらしい。そんな彼女に、僕たちは会えたのだ。親が興奮しないわけがない。申し分ない身分の、天使のようなご令嬢。僕たちは考えなしに、『ルイの婚約者はとんでもなく可愛くて天使みたいだった』と言ったものだから、親は大いに期待した。
とはいえ、アンドレは男爵家で、身分差といえばルイより遠いし、そういう考えのない家の人だ。いい商売相手が見つかったと、両手を挙げて喜んだだけ。クロードは伯爵家なので身分差は少ないが、あえて手を出したいとは思えない相手と感じたようだった。クロードの家はすでにサロンで絶大な影響力を誇り、伯爵夫人もクロードの姉も、セレスティーヌを同じ影響力があるなら取り込んでしまえ、とは思っているが、娘や妹には真っ平御免、の考えだ。自分たちの気ままなサロン生活が政治的に巻き込まれるかもしれないからだ。そんな野心家が入ってくる余地はサロンにはないけれど。
そもそも、ルイが、野心家の貴族と仲良くするとは思えないし、それ以上に、ルイが野心家になりそうにない。
そういう意味では、僕の家は微妙だ。野心がないのは家の考えではなく、僕が三男坊だからで、アンドレやクロードとは違っている。身分も高い、少しだけ野心がある、そういう家だから。
「僕だって困ってなかったわけじゃないけど」
僕が言うと、思い出して、半泣きのアンドレと恐怖に震えるクロードが僕をキッと睨んだ。
「何に困ったっていうんだ」
「そうだそうだ。高い石は売れるし公爵家が買ってくれるということで名は上がるし、最高じゃないか」
「それはお前たちだって同じだろ。親の誤解を解くのが大変だったんだ」
「誤解って?」
僕は一息ついて、言うつもりのなかったことを口にした。
「うちはね、身分的には公爵家と縁続きとなっても驚かれない身分だからね。セレスとは年も近いし、ちょうどいいと思われててね。僕にそれなりの地位をあげてセレスの持参金があればちょうどいいと思ってたみたい。と言っても、うちから積極的になれる間柄じゃないから、どうともなかったけど、セレスが僕を呼びつける度に、母親がね・・・」
「マジか・・・」
二人は青ざめる。思い描いているであろう地獄絵図はきっと、僕が辿ってきたものと大差ない。個人の心苦しさなんてものより、恐ろしいもの。家族の先走り、謎の後押し。
「他にも呼ばれている人がいる、僕たちはただルイのために、と言っても、全然聞かないんだ。むしろ奪ってこいって言うんだよ・・・僕は無理、絶対無理。セレスは可愛いしいい子だと思うけど、無理。だって、あの子、あらゆる女性から好感を持たれてる。一種、異常だよ。すごく怖いよ」
クロードが頷いた。
「あー、・・・わかる。普通の子なんだけどな。エヴァとドミニクもいつも呼ばれてるだろ。三人でキャッキャしてる時は、本当に普通にドジだし可愛いし生意気だし、ちょうどよく意地悪で、本当に普通なんだよな。でも、お茶会でのセレスティーヌはヤバい。完璧な淑女だ。あの年で、会話から視線から動きから全て、理想的なんだ。あれじゃ年配方に目をつけてくださいって言ってるようなもんだ」
「あの完璧さがルイの賞賛を得るための努力の賜物だなんて・・・あいつは何てモンスターを生み出したんだ・・・」
アンドレの中でセレスティーヌがいつの間にかモンスターになっていた。どれだけすごいんだ、セレスティーヌは。うちではあまりお茶会は開かないし、僕はいかないのであまり公の場のセレスティーヌを知らないのだ。
「全方位で二人とも狙われてるってのに、二人とも脇目も振らずによく頑張ってるよ。お互いに相手の気持ちを自分に振り向かせようと必死で、・・・なんであんなに必死なのかわからんけどな。大好きじゃん? 婚約してるじゃん? 何がどうして仲良くできてないのって思ったよね」
「ま、ルイは片時もセレスティーヌから目を離そうとしないから、勘の良い子はすぐに察してくれるけどね。素敵な誤解でね」
「誤解って?」
「身分差を憂いているって。ルイの”愛しのセレスティーヌ”が、自由でいられるよう、ルイは気を配ってるんだってさ。逆なのにね」
「ああ、あいつは必死だ。必死すぎて応援したくなるレベル」
「その必死さがついには異例の昇進を招いたということか・・・」
僕たちは思わず口をつぐんだ。
異例の昇進、というのはいつだってないわけではない。ただ、その影響がどこまで出るのか、僕たちにはわからなくて、多少不安に感じているだけだ。
ルイが忙しすぎてセレスティーヌに会う時間がなくなってしまったら? その昇進をセレスティーヌが受け入れなくて、まさかのルイとの対立を招いてしまったら? ルイがセレスティーヌの家族から疎まれてしまったら?
「・・・具合が悪くなりそうだ。考えるのをやめよう」
「そうだ。俺たちはなんといっても、ルイの親友だ。セレスティーヌを奪うことがないと認定され、セレスティーヌがルイを嫌にならないように祈ってる戦友だ。二人が離れることのないよう、全力で応援しよう」
「そうだ、俺たちの評判にもつながる。頑張ろう、俺たちの戦いはまだ続くのだ」
アンドレとクロードが拳を軽くあげる。僕がぼんやりそれを見ていると、二人は僕の腕もとって、三人分の拳にした。
「三人いればなんとかなる、きっと」
クロードがつぶやいた。僕の話はことさら恐ろしかったらしい。クロードだって身分的には問題ないのだから、家の誰かが推してくれば、それからは地獄が待つことになるのは容易に想像がついたのだろう。
アンドレは若いのに、モテモテの男性的な伊達男として社交界では有名だし、クロードは社交界を牽引する華に囲まれた家の物腰柔らかな優しい紳士として、人気がある。でも今、この拳を上げた二人に、その片鱗はない。セレスティーヌはその自信すら打ち砕く。全く恐ろしいご令嬢だ。
「まぁ、とりあえずはなんだ、ルイの幸せを乾杯してやろうぜ」
僕が言うと、クロードは半笑いでグラスをとった。
「お前はお人好しだ」
「なんで」
「かっさらった方が家としては最高だったろうに」
「無理だって。セレスに泣かれたら死んじゃう。その前にルイに殺される」
多少ずれてはいても、あれだけ思い合う二人を無理やり引き裂こうなんて、絶対に思わない。今、現状に不満があるわけでもなく、自分の力だけでそれなりにやっていきたい僕が、望まれない略奪などする必要が、どこにある?
だからこそ、ルイは僕たちにだけ紹介したのだ。ただ子供の本能だったに違いないが、それでも、ルイは、人を押しのけてでも強引に野心を満たすような人間ではないと、僕たちを選んだのだった。
アンドレが小さくぼやく。
「知り合いの伯爵に言われたんだ、直々にさ。セレスティーヌに紹介してくれって。でもそんなこと言われてもね」
「女の子なら喜んでしてあげるけど、自分のライバルに誰が宣戦布告したいってんだよな」
「ライバルって?」
僕は首を傾げた。アンドレが笑って答える。
「ルイは人気があるじゃないか。将来有望な美貌の子爵後継なんて、ちょうどいい」
「それに加えて、ルイがあんまりにもセレスティーヌしか見ていなくて、逆に隙がありそうに見えているらしい」
「エヴァはいつも笑い転げて楽しそうだよ。まぁ、助けてあげてるのもエヴァだけど」
「あの子、ルイを目の敵にしてるからな・・・」
「セレスティーヌの献身ぶりを見れば、さすがにそう思うだろう・・・ずれてるけど」
「ああ、ずれてるよな。だから、ドミニクも割れ鍋に綴じ蓋なんて言って、ニコニコしてるだけなんだよな」
「俺たちには死活問題なのに・・・女子は強いよ、本当に・・・」
「ルイがわかりやすくて良かったよ」
「そうでなければ、エヴァとドミニクにすでに潰されてるだろう」
二人はため息をついた。
「「なんでセレスティーヌはルイがドレス狂だなんて、そんな誤解をしたんだよ・・・」」
綺麗なユニゾンだ。感心してしまう。僕はワイングラスをくるくると回しながら軽く微笑んだ。
「今更」
「でも、七年だぞ? 七年も、そんな誤解するか?」
「だから、お互い様なんだって。ルイだって七年も、セレスが誰を好きかなんて、わかっちゃいなかったんだから」
「これでようやく、両思いってわけか・・・」
「ルイも意地を張らずに、セレスティーヌを褒められるだろう・・・本当に、長かった・・・」
「相談されたのが三年前か・・・呼び出される度に、謝られて、クロードが新しい案を出して、ルイの好みを考えて、俺が仕立ての出来上がりを直して・・・俺たちの方がルイよりルイに詳しいかもしれん・・・」
遠い目でアンドレが続ける。
「もうあのドレープには文句を言わせない、絶対だ。初めて言わなかったようだが、あいつはどれだけセレスティーヌの美に関して厳しいんだよ!」
「それだけわかってるってことだよ、よく見てるんだ。本当に、あのドレープは絶妙だ。縫い直しご苦労だよ。セレスティーヌだけじゃなく、他の女性も際立たせるだろう。あのドレスね、セレスティーヌは約束通り、うちでのお茶会でご令嬢方に初披露してくれたんだよ。セレスティーヌが驚くほど、女性たちは興味津々さ。当たり前だよね、セレスティーヌが新作ドレスを着てくるってことで、みんな来てくれるんだから。恐ろしいもんだよ」
クロードの賞賛にアンドレはぶるりと震えた。
「あの年で流行発信源か・・・末恐ろしい・・・公爵夫人も姉上二人も、それぞれ注目されてるのに」
「ま、公爵家の手駒としてはさ、三女は一番いい道具なんだから、一番見栄えがするように育てるんだもん、そういうもんだよ」
僕が軽く言うと、二人は気分が悪そうに舌を出した。
「上級貴族怖い・・・」
「ルイはなんだってそんな恐ろしいものに手を・・・なんという怖いもの知らず」
僕は頷きながら、感想を述べた。
「ヴァレリー公爵は敵に回しちゃいけないね・・・あの年齢でルイのことを見破ったんだもの。セレスに対する献身と愛情とストイックさ。それでいて成り上がろうだなんて野心はなくて、それすらセレスを手に入れるためのただの手段だ。セレスを手に入れられなければ昇進なんて、なんの意味もない。つまり、ヴァレリー公爵の意のままってことだ。トゥールムーシュ子爵も自分の後継にそんな過酷なことやらせて、ほんと何考えてるんだか・・・」
すると、クロードが笑った。
「それはきっと、あれだよ、ショーン。例えヴァレリー公爵に脅かされても自分の意志を持ち、セレスティーヌから愛され続けられるか、男ならやってみろってやつさ」
「え、何その試練・・・僕は無理・・・」
僕は考えただけで血の気が引いてきた。
「侯爵家の三男坊には所詮無理な話かなぁー」
なるほど、二人の態度からして、彼らにはある程度考えられることらしい。
え、なにそのハードモード。ほんと無理。
でもこのままいくと、ルイがセレスティーヌと婚約解消したら、親に強引にセレスティーヌと縁を持たされる気がする。それだけは避けたい。でもセレスティーヌをルイ以外の、僕たち以外の信頼できない男と結婚させるなら、僕がした方がマシな気がする。あくまでマシなだけ。だから、ルイにはセレスティーヌを絶対に掴んでいてもらわないと困るのだ。セレスティーヌの伴侶として舞踏会でエスコートするなんて、お気楽三男坊の僕は、絶対にしたくない。
・・・なのにどうしてだ。
婚約祝いの席だったはずなのに、シガールームに入ってきたルイは、セレスティーヌに好かれていないかのようなことを言い出したのだ。
「えっ なんで」
シガールームで友人四人きりになった時、ルイがとんでもないことを言い出した。あんなにラブラブなのに? だって両思いになったから正式に婚約したんでしょ? どこがどうして?
僕は慌てて次を続けた。
「え、だって、セレスはとってもルイを好きじゃない? ずっとルイを待ってたし、ルイの気持ちを考えてるし、気に入られようって頑張ってるし・・・必要ないけど・・・」
「ショーン、ずいぶん仲がいいらしいな?」
「えぇ? 仲良くないよ。仕事の話しかしたことないし」
後はルイの話。
というか、ルイのおもしろ話をしたくてついつい言ってしまうのだ。ルイのイメージを崩さない方がいいと思うと、この仲間以外でお相手はセレスティーヌしかいない。あとはまぁ、ほとんどセレスティーヌがルイを好きってことがわかるセレスティーヌの悩みと言う名ののろけ話だから、割とどうでもいい。でもそんなこと正直に言ったら殺される。多分。
「それならセレスとか呼ぶな」
「いいじゃないか、セレスティーヌがルイと婚約してるのがわかってても、掻っ攫おうって狙ってる奴はたくさんいるんだし。ショーンやアンドレと仲が良いとアピールしておけば、牽制になる。お前と仲がいい有力者の息子の機嫌も損ねたくはないだろう」
クロードの言葉に、それでもルイは眉をひそめた。
「・・・だが・・・」
「ま、別に二人っきりでデートするわけでもないし、舞踏会やお茶会で話すくらい、いいだろ」
「セレスティーヌに何かしたら殺す」
「なんもしてないじゃん・・・」
おーこわ、とクロードが笑う。
「しかし、なんでなんとも思ってないなんて言うわけ?」
アンドレの問いに、ルイは整った顔立ちを歪ませ、嫌そうに発言する。
「いつも・・・俺からいつでも婚約破棄していいって言うし、自分は誰と結婚してもいいって言う。俺はあいつから俺と結婚したいとか好きだとか、一度だって聞いたことがない」
僕たち三人は顔を見合わせた。
理由はわかりきっていた。ルイに負担に思わせないためだ。この大きな身分差は、上の方より下に、圧倒的に負担がくる。男性が下なら特にそうだ。女性が下方結婚するのだから、当たり前といえば当たり前だろうか。
ルイはルイでモテるし、おなじくらいの身分の方が気楽にできるかもしれないと思っているのはよくわかる。何しろセレスティーヌは王族の親戚、国で一番位の高い公爵だ。財産も家のしきたりもずいぶんと重く、厳しい。だからこそセレスティーヌはあれだけの淑女なのだ。本人同士がよくても、周囲の軋轢や各々の生活などで、息苦しくなることもあるかもしれない。そんな時に、手放してもいいと彼女は言ってるのだ。
どこに出しても誉れ高い令嬢。一昔前には何かの際に人身御供になることすら厭わないように育てられた家系だ。そういうものに巻かれてこなかった子爵家の子息には、なかなかわかりにくいのかもしれない。
「小さい頃は言ってたじゃないか。『ルイ大好き』って。あの頃から、セレスは変わってないよ」
侯爵家の子息として、どちらかといえばセレスティーヌ寄りの考え方をしてきた僕は、ルイの肩を叩いた。
「・・・んなわけあるか」
小さな声でルイがポトリとつぶやく。
セレスティーヌの事情を話そうにも、本人が伝えていないことは知らせたくなかった。家の問題は簡単に取り扱えることでもない。そのうち、ヴァレリー公爵から話があることだろう。もしくは、してもらえるよう、ブリュノに口添えしてもらうか。
とドアが開いた。
「どうしたんだ、辛気臭い。おやおや、ルイはセレスティーヌがいなくて拗ねているのかな」
入ろうとしたブリュノが大げさに驚いた。ことさら可愛がっている妹が早々にお相手を見つけてしまったので、ブリュノはちょっとルイに厳しい。ルイが小さく睨む。その視線をあっさり無視して、ブリュノは気楽に入ってきた。うっとうしかった僕たちに幸せいっぱいの(はずの)ルイが入ってきて、嫌気が差して部屋を出て行った人たちとはさすがに違う。
「違いますよ」
「どっちにしろ、君がそんなに暗い顔をするなんて、セレスティーヌが相手してくれない時くらいしかないだろう」
「セレスティーヌは優しいですよ」
ルイが悔し紛れに言うと、ブリュノは笑った。
「はっはっは。優しいだけでも不安になるなんて、ずいぶん自信がないんだな?」
ブリュノは容赦がない。
「そのくらいにしてあげてくださいよ」
僕が言えば、ブリュノは肩をすくめた。何もかもお見通しな上で言ってくるんだから、タチが悪い。
「本当に困ったやつだ。セレスティーヌを連れてこなくて正解だったよ」
「連れてくるおつもりだったんですか」
ルイが目を見開く。
「ああ。ルイに会いたがっていたからね」
「・・・本当ですか?」
「そりゃそうだよ。あいつが君に会いたがらない時があったか?」
「わ・・・わかりません・・・」
ルイは言いながら、困ったように目を伏せる。
「俺としては、セレスティーヌと正式に婚約ができて、手放しで喜んでるところを潰してやりたかったんだけどなぁ」
「恐ろしいことを・・・」
僕が言うと、ブリュノは取り澄ました顔で微笑んだ。
「大事な妹に手を出されそうになってイラつかない兄がどこにいるんだ?」
僕たちは驚いて声を上げた。
「・・・ルイが・・・?!」
「・・・手を?!」
「まさか・・・このへ」
「ヘタレ言うな」
ルイが顔を真っ赤にして口ごもる。なんて面白い話なんだ!
「どういうことだ、ルイ! 僕たちの女神に何をした?」
僕は勢い込んでルイを問い詰めたが、本気でないことはすぐにバレる。ルイの目が笑っていた。そこへ、ブリュノが冷たい言葉を浴びせてきた。
「婚約が正式になったからって調子にのるなよ小僧。これからはお前の立場はもっと上がるだろうが、それもすべてセーレのおかげだ。お前の実力だけじゃない」
「・・・わかっております」
ルイが堅い言葉で返事をする。
そんなに厳しくしなくてもいいのに。ブリュノだって、これだけ長いこと頑張ってきたルイのことは認めていて、ルイのいないところではすでに弟として可愛がるようなセリフまで飛び出してるのに、本人を前には素直になれないなんて。
・・・それ、妹のセレスティーヌと同じじゃない? ねぇ、同じじゃない?
「毎回毎回、お前がドレスがってあんなに真剣に悩んできたセーレをないがしろにしたら許さん。舞踏会では臆面もなく『僕の最愛の婚約者』だの『女神のように美しいセーレ』だの言っているのに、本人目の前にすると仏頂面とか片腹痛いわ。それでもセーレの気持ちを継続させてくれたのは相談する友人がいたからだ。そっちの三人にも感謝するんだな」
「は・・・?」
まずい。ルイが僕たちに順に目を移して行った。アンドレはドレスの生地と素材、僕は最後のまとめのジュエリー選び、クロードは流行りと好みとデザインだ。
「アンドレとショーンしか聞いてない!」
え、そこ? 僕が驚く前に、アンドレがゆらりと動くとルイの肩に手をかけた。笑顔が凄まじい。
「でもあのドレープは素敵だったろ? 袖だって、お前が好きなシンプルで清潔な感じを目指してオーガンジーでまとめたんだぞ」
「あれか・・・!」
「ちなみに呼ばれる時は三人一緒だ。一対一ってことはなかったよ、念のため。そんな不誠実なこと、どちらに対しても、俺たちはできないよ」
笑顔でフォローするアンドレを僕は心から称賛する。多分アンドレが一番セレスティーヌを野放しにするのを怖がってる。ルイが嫉妬にまみれようと、そんなことは知ったことではない。
本人だって、いらぬ嫉妬だとわかってるよね? ・・・ね? 僕たちがルイのために頑張ってることはわかるだろ?
ブリュノがため息をついてワインを飲み下した。
「セーレは何でお前でいいんだろうな? デビューしたらそれこそ引く手数多なのはわかってるはずなのに、馬鹿の一つ覚えみたいに、お前との婚約を継続して」
それは、ルイが、ヴァレリー公爵にもブリュノ公爵令息にもトゥールムーシュ子爵にも、セレスティーヌを手に入れるためにはどれだけ努力しても足りないと脅され、そのために頑張って頑張って、剣術に学問、全てに至るまで完璧なまでに修め、見た目にもこだわって社交術も磨き、セレスティーヌの心を惹きつけ続けたからではないでしょうか。
例えお互いにうまく意思疎通ができなくても、ものすごく頑張っていて、活躍し輝いていく相手に惹かれずにはいられないと思うのです、どうでしょうか。
ブリュノ本人だって、音を上げずに公にも認められてきたルイに、ほだされずにはいられないはずですが? ええ、うまく意思疎通ができないのが一番の問題だとしても。
「・・・何ででしょうか」
不安そうにルイが目を伏せた。
あー、もう! もう! もう! これだからルイは! 助けてあげなきゃって僕たちが思うんじゃないか!
「くだらん」
呆れ返ったように、ブリュノが言った。苦笑いさえ浮かべている。ルイが不満そうに僕たちを見たが、きっと僕たちも同じような顔をしている。
「そんなことを考えている暇があったら、精進しろ。セーレに見合う男になるようにな。父上はお前を認めているようだが、私は認めていないからな。仕事も昇進するのはセーレのおかげで、お前の実力じゃないからな」
また厳しいことを。念押ししないと悔しいんですね、わかります。いじめたくなる気持ちもわかります。飲み干したワイングラスをテーブルに置いたブリュノは、それでも、ためらいながら本音を漏らした。
「だが、全く見込みのないやつを抜擢するほど愚かな王ではない。つまり、あー、それはその、・・・よく頑張ったとは思うが」
苦虫を噛み潰したような顔で。
「・・・それは・・・ありがとうございます?」
なんで疑問系なんだよ。僕は突っ込みたくなったが、確かに、ルイの気持ちもよくわかった。ブリュノは貴族としては最も位の高い身分の一つに位置し、幼い頃からそれはそれは期待としがらみにまみれた上級貴族の嫡男らしい生活をしてきた。結果的に、ルイはブリュノと同じような成績を修めて成長してきたが、ルイが期待以上の成績だったのとは反対に、ブリュノは期待された結果を残しただけのことだ、と本人が自負していて、そこが、二人の間の溝を深めて広げているような気もする。
要は、ルイはブリュノが生まれた時から背負っている重責に畏怖しており、ブリュノはルイが猪突猛進型のただの正直者でしかないと心配でしょうがないだけだ。つまり、僕たちと同じ。助けてあげなきゃと思ってるだけ。これから先、上級貴族の荒波に揉まれるであろうルイを全力で応援するはずだ。・・・多少、屈折はしていようとも。
ブリュノは仕方なさそうに首を横に振って、ため息をついた。そうですね。もうちょっと嫌味なところとか不愉快なところとかあったら、イビれるんですけどね! 何もないですよね! 自分の利用価値をさっぱりわかっていないところなんて、助けたくなっちゃいますよね!
「せいぜい頑張るんだな。来年からはもっと大変だがな。セーレがモテすぎてな!」
僕には『仕方ないから助けてやるよ』としか聞こえない。期待を込めた僕たちの目に、ブリュノはすっかり恥ずかしくなったようで、早々にシガールームを出て行ってしまった。
「俺、褒められた?」
ルイがぼんやりと僕たちに向いた。僕たちは思わず笑ってしまった。
わかってないな。でもそれがルイのいいところで、最大の武器だ。
「なんだかんだ、ブリュノ殿はセレスティーヌに甘いからなぁ。小さい頃から変わらぬ気持ちっていうのは、眩しいね」
クロードが言い、僕とアンドレはうなずいた。でも、ルイは納得し切れていないようだ。浮かない顔をするルイに、クロードが笑った。
「気にするなよ。あれでも気に入ってるのさ、お前のこと。それに、俺は嬉しいよ。お前、初めてドレスに文句を言わなかったそうじゃないか? あのドレープを気に入ってくれて嬉しいよ。まぁ、おおかた、毎回セレスティーヌに見とれて言えないだけだったと思うが。文句のつけ方がいちいちマニアックなんだよ。あれだけ覚えてて文句を言えるって、相当のセレスティーヌ・マニアだ」
クロードは言いながら、笑ってシガールームを出て行った。
ドレープの注文を再現したのはアンドレで、それは大変だったが、ルイの好みと流行とセレスティーヌの好みを絶妙に合わせてデザインしたのはクロードだ。それも大変だったろうとしみじみ思う。そういう意味では僕は確かに何もしていないけれど、考えてみれば、あの場に、侯爵家の子息である僕が呼ばれていたことで、うまくいってたこともあったろう。セレスティーヌとの身分差の中で、できるだけ差が少ない相手がその場にいた方がいい。・・・それもわかっていたとしたら、セレスティーヌはとんでもない子だ。
セレスティーヌ・マニアと指摘され、訂正する気もないルイは、不機嫌になってはいたが、それ以上に、疲れていたようだった。それはそうだ。セレスティーヌとの正式な婚約で一気に認められ、おべっかを使う人間が増え、その上、昇進が決まり、ブリュノには嫌味を言われ、・・・散々だ。
「・・・ワイン、飲むか?」
アンドレが新しいグラスとボトルを持ってルイの前に差し出した。ルイは無言でグラスを手に取ると、ワインを飲んだ。
続きを考えている間に、友人関係を考えて整理していたら出来上がりました。
みんな生温かい気持ちで二人を応援しています。




