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勇者の執事シリーズ

勇者の執事は今日も幸せを掴む

前作として:

『勇者の執事は今日も一仕事する』https://ncode.syosetu.com/n5831fa/

『勇者の執事は今日も長を務める』https://ncode.syosetu.com/n7771fa/

があります。良ければそちらからお読みいただけると、より楽しんでいただけるかと思いますのでよろしくお願いします。


 シルヴィアによるグルメの神様事件が収束してから2年ほどたった。

魔王軍の残党も勇者と聖女により鎮圧され、魔族の国を治める新しい王が誕生した。

その新王は討伐した魔王と正反対のような性格をしており、勇者の手引きにより我らが人種の国と終戦し、

勇者の名前を取ってソーイチロー条約として、今後の商取引や今回の賠償等を決定した。

 我らが勇者様は忙しく2国間を行ったり来たりしている。果たして彼に平穏は訪れるのだろうか。


 そんな慌ただしくも幸せな未来を夢見た日々が続く中、俺は今日も今日とて…違った。


 今日は特別な日だった。


「シル、準備は出来た?」

「…ん」


 シルヴィアのことをシルと愛称で呼ぶようになったのは、グルメ神様事件から半年ほど経ってからだ。




 その日の夕食後、俺はいつものように鼻歌を歌いながら食器を洗い終わった後、ゆっくりしようと自室に戻って密かに書いている総一郎の武勇伝を書こうと椅子に座り羽ペンを取ったのだが、ノックの音がして入室許可を出すとシルヴィアが入ってきたのだ。


「…話が…ある…」


 過去のことから完全に立ち直ったシルヴィアだったが、その話し方と無表情さは治らなかった。治らなかったというよりも、彼女の人格形成が既に終わった年頃だったため、修正する必要もないと思ったから放置したのだ。少なくとも屋敷のメンバーは彼女の表情に出るわずかな変化を察知できるので、まぁこれはこれで可愛いし、と言う結論が満場一致で出た。

 入ってきたシルヴィアの顔は僅かに緊張しており、風呂上がりなのか肌に赤みが少しさしていた。


「お、珍しいな。どうした?」


 シルヴィアと話をするときはいつもベッドに二人で並んで座る形だったので、今回もそのように座る。


「…」


 話がある、と言っていたがシルヴィアは何も話さない。別に俺としてはこういう無言の時間は苦にならないので構わないが、話すことがあるのだからとこちらから話を振ってみることにした。


「どうしたんだ?少し顔も赤いし、風邪か?」


 シルヴィアは自分の体調について鈍感なのか、体調不良であっても報告しない。その為一度屋敷メンバーでパニックになりかけた。もしそうなら不味いと確認する為、シルヴィアのおでこを触るが、特にいつもと変わらないようだ。


「…っ!」


 そうして確認する俺から驚いたかのように距離を取るシルヴィア。


「んー、体調は問題なさそうだけど。本当にどうしたんだ?」


 今日のシルヴィアはどこかおかしい。そういえば昼間にメイドメンバーと留守番している聖女の桜がシルヴィアと共に部屋で何やら話していたが、そのあとからどうにも彼女の様子が変だった。何もない所でこけそうになったり、いつも以上にジーっと俺のことを観察していたり、洗濯が終わるのが遅いから覗いてみたらボーっとしていたり。


「………き」

「ん?ごめんなんて?」


 ようやっと話し始めてくれたが、余りに小声でほとんど聞き取れなかった。


「…す…き…」


 今度は、はっきりと、ゆっくりと。


「…スキ?すき焼きでも食べたいのか?」


 だが、その二文字が良く分からない。






「…違う。好き…。君のことが…好き」






 それでも、理解せずにはいられない言葉。普段グルメレポート以外の長文を話さないシルヴィアの口から出た、彼女の人生で最長ともいえるレベルの言葉。


「…えっ?えぇ?ええぇぇ!?」


 いや待て落ち着け俺。これはそう、ラブではなくライク。おそらくいつも料理を提供している俺のことも好きだよと言う事だ。


「えっ…ちょっ…んんんん?」

「…君は…嫌い?」


 混乱する中で追撃のように、これまた彼女の人生で最大級に表情筋を動かしてものすっごい悲しそうな顔をしながら俯くシルヴィア。その顔は反則だろうと言いたくなる。


「い、いやっ!そんなことはないぞ!俺もシルヴィアのことはすっ…好意的に見ている、うん」

「…ほんと?」


 たった2文字の言葉を出せない臆病な俺の言葉に、一転してものっそい嬉しそうな顔をする彼女。この破壊力はやばい。


「だ、だが待ってくれちょっと整理させてくれ。シルヴィアは総一郎のことが好きだったんじゃ?」


 そう、そうなのだ。シルヴィアも他のメイド達と同じように、総一郎が帰ってくるといつも見ていた。その眼にはまごうことなき好意的な感情が浮かんでいたはず。そもそも面倒を見たとはいえ、俺は彼女が連れてこられた当初は否定的なことさえ話したのだ。確かに看病はした、食事も上げた。それでも、救い上げたのは勇者である総一郎だったはずだ。しかも頭脳明晰成績優秀運動神経抜群なイケメンだ。凡人な俺は只のモブ、物語に出てくる背景みたいなもんだ。あり得ない、そう思う。思ってしまう。


 優秀な幼馴染を持ったことの弊害か、俺は自己評価も他者評価も低い。所謂引き立て役と言うものだ。それで良かったし、優秀な幼馴染を誇りにさえ思う。だから俺は


「…ソーイチロー様は…ご主人…」

「えっ?あぁ、そうだよな」

「…強い…感謝…それだけ」

「それだけ?えーっと、憧れや感謝はしてるけど、ってこと?」

「…ん」


 少し冷静になった。彼女のあの好意的な目はそういうことだったのだろう。強いことへの憧れ、自分もああなってみたいというもの。そして助けてくれたことへの確かな感謝。だが、それ以上のことはなかったと。


「…まぁ、そう言う事だと思っておこう。けど、俺なんて強くもないし、只シルヴィアを看病して、メイドとして育ててただけだぞ?何で俺なんかを…」

「…ご飯…美味しい」

「あぁ、まぁ、そこは自信もって言えるけども」


 そっかぁ、ご飯が美味しいから好きかぁ。何か嬉しいけど微妙な気分になっちゃう。思春期かよっ!


「…それだけ…違う」

「ん?」

「…いつも…楽しそうな…君が…好き。褒めてくれる…君が…好き」

「…」

「…料理してる…君が…好き。勇者様を…自慢する…君が…好き。知らないことを…教えてくれる…君が…好き」







「いつも見てる、そんな君が好き」








 シルヴィアはいつも俺を見ていたらしい。料理している時は勿論、家事してたり、勉強を教えたり、買い物をしたりしている間も、ずっと見ていたと。確かにこうして考えると、シルヴィアが来てから一番一緒に過ごした時間が長いのは、間違いなく彼女だ。俺を見て、俺と話して、俺を知ってくれた。俺という人を。


 そして、俺はいつもシルヴィアを見ていた。出会った当初は人を信じず、看病している時も最初は無理矢理食事を与えた。自分で食べてくれるようになって本当に嬉しかった。仕事を与えて、一人で洗濯出来るようになったときは晩御飯を豪勢にしてパーティーだった。文字を教えて、言葉を教えている時のシルヴィアは真剣だったし、『グルメの神様』を読んで欲しいとせがまれたときは家族として認めてくれたと泣きそうになった。多くの言葉を教えてグルメレポートをし始めた時は目が点になった。喫茶店で大声を出して客引きをした時は驚いたし、一人で買い出しに出かけた時は凄くはらはらした。


 そんなシルヴィアを、俺は―


「…俺も、シルヴィア、君が好きだよ」

「…」

「始めは、子供みたいだった。身長もそうだし、懐いてくれたと思ったときはそれこそ我が娘を見るような気分だったよ」

「…むぅ」

「ははっ、ごめんごめん。でも、シルヴィアは成長した。まともな食事を取るようになったからかな?もう見た目も立派な女性と言えるし、独り立ちしたと言える」


 この数年で彼女も立派になった。小学生と見まがう背丈や見た目は、もう影も形もない。大人びたシャープな顔つきをして、体も‥‥その…なんだ、立派になった。うん。


「そんな君は、きっとどこかの立派な人といつか知り合って、幸せになるんだろうなって思ったよ」

「…君以外に…ない」

「ありがとう。俺もね、シルヴィアが他の人と幸せになるところを想像したら…」

「…したら?」

「胸が張り裂けそうになった」

「…」


 もう、君の隣は渡さない。誰にも。


「だからシルヴィア、俺の隣にいて欲しい。女性から告白させるようなダメな男だけど、俺は君を手放せない。手放したくない」

「…ん!」


 シルヴィアと抱き合う。俺はここに、私はここに居ると証明するように、居場所を主張する。


「…シル」

「…ん?」

「…呼んで」

「…シル。好きだよ」

「…私も」


 



 そんなことがありました。はい、思い出すだけでも顔から火が出そうなほど幸せですが何か?

そして今も隣には白い衣装をまとった天使、いやシルがいる。そう、まごうことなきウェディングドレスである。今日は俺とシルの結婚式なのだ。羨ましいだろうドヤァァ。

 因みにシルはもう奴隷ではない。戦争が終わったので、奴隷である必要がなくなったのだ。勿論他のメイド達も解放してあるが、何故か家に帰ったりせずメイドを続けている。未だに虎視眈々と勇者を狙っているのだろうか。


「じゃぁ、行こうか」


 手を差し出す。


「…はい」


 しっかりと手を繋いで、離さないように。


















「こうして、勇者は魔王を倒し、魔族の人たちも一緒に、平和な世界を作り上げたとさ」

「勇者かっこいいね!」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 …その後、誰かが書いた勇者の武勇伝集を見た王女様が本にして売りに出し、その著者として名を馳せて、勇者と決裂しかけたらしい。ダレナンダロウナー

短くなってしまいましたが、勇者の執事シリーズはひとまず完結とさせていただきます。

想像以上に多くの方に読んでいただけたようで、感謝の念に堪えません。

「えっ?これ続き書かないとやばない?」ってくらいビビッてます。ありがとうございます。


ご意見、ご感想、評価等、よろしければ読了後に頂けると幸いです。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 執事がフラグを回収した……だと!? あの本当は地球時代からわりとモテていたりスペック高かったりするのに本人無自覚で幼馴染二人も「あいつ鈍すぎじゃね」と本気で心配になるほどの難聴系鈍感主人…
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