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怪奇・幻想物語

いつもどおりの夏。

作者: 中崎実

お盆ですからして。

 お盆である。


 それはつまりしがないサラリーマンにも僅かな休暇の与えられる時期だということであり、帰省シーズンであるということだ。


「今年はビッグサイト(コミケ)行かなかったの?」


 頼まれていた本を持っていったら、開口一番そう聞かれた。


「そこは帰省しないのかと聞くところじゃないのか」

「あんたが帰省すると思ってないから」


 さすが大学以来の付き合いだけ合って、良く判っていらっしゃる。


「暑すぎたから、今年はギブアップ。雲(注1)が出そうだったし」

「出たらしいよー」


 お盆のための機材確認しながらサラッと答えたが、(あずさ)め何をチェックしてるんだか。


「うわ、やめといて正解」

「それはいいけど、雑誌揃ってる?」

「おう、揃ってるぞ。あと天文系同人誌と写真集。さすがに夏の新刊はないけど」

「新刊がないと文句言われそう」

「諦めるしか無いなー」


 それにしても、なんでオレは他人のアパートでよそのご先祖を迎える準備をしているんだろう。


「そういえばさ、迎え火は要らんの?」

「あの人が迷うと思う?」


 そう言って、梓が指さした先。


「あ~、うん、聞いたオレがいけてなかった」

『ほほう、今年も来ていたか』

「それオレが言ったほうが良くないですか」


 時代がかった衣装の幽霊に、挨拶代わりにそう言った。


  ───────────────


 梓の家は名前こそ知られていないが元お公家さんの血が入っているそうで、それなりに歴史のある家である。

 そういう家なら盆だなんだと呼び出されそうなものだが、梓については帰省を要求されないらしい。


 理由はもちろん、この幽霊である。


 梓の先祖の誰からしいが、なんせ古い時代の人だから、名前を聞いてもふーんで終わってしまう。知らんがな、というやつだ。陰陽寮にいたと言うからなんか怪しげな御札でも書いてたのかと思ったら、梓曰くカレンダー屋さんだった。

 いくら暦を作ってた人だからといって、カレンダー屋は無いだろうと思うんだが。


『この娘にいくら言っても、聞いておらんよ』


 現代日本語に聞こえるのは間違いではない。この幽霊氏、たいへん熱心な人(?)なので現代語もぺらぺらだ。


『暦方ではなく天文方であると説明しているのだがのう』


 時々変な話し方が交じるのは、ご愛嬌ということで。


『そんなことより、今年は何か良い話がないかね。今晩は流星群が出るのではなかったかな』

「それで早めに来たんですか、もしかして」

『然り』


 ワクテカしている眉なしのおっさん幽霊。

 仕方ないのでオレが車を出して、少し離れた河川敷でペルセウス座流星群の観測会をすることにした。


  ───────────────


 途中で梓が寝たので、おっさん幽霊と明け方まで観測。それなりに写真も取れた。

 それから梓のアパートまで帰って、梓を起こして朝食。おっさん幽霊の御膳もパンとカップスープなのは、梓の手抜きではなくおっさんのリクエストだ。どこまでも好奇心旺盛な幽霊である。


 そしてオレが仮眠をとる間、おっさん幽霊は準備しておいた今年分の天文雑誌や関連出版物を読み漁り、天体写真を鑑賞していたようで、これまた例年通りだった。

 このおっさんが梓の実家に行かずこちらに来るのは、これが目的なんだから仕方がない。

 そして梓のご両親やお祖母さんもそれはご存知で、帰って来なくていいからおもてなししろ、と言われているんだとか。


 それでなぜかオレが手伝うことになっているが……おっさんから聞く昔の天体観測の話はおもしろいから、気にしないことにしている。「見える」のは良いことのほうが少ないが、おっさんと話せるのはその数少ない良いところだ。


『そなたも働き者の(つま)だのう』


 仮眠から起きて昼の支度を手伝っていたら、おっさんが変なことを言った。


「まだそういう関係じゃないですよ」

『まだ、と』


 含み笑いしないでくれませんかね。


『悪い娘ではないと思うが、どうじゃ』

「梓の好みだってあるでしょう」

『さて、どうか』


 梓が顔を出したせいか、おっさんはそれ以上何も言わなかった。

 昼食は冷やし中華。ごま油の効いた香ばしいたれが美味かった。

そして平然と接待してる子孫とその彼氏の神経の太さのお話。



※注1 雲:

通称コミケ雲。温度・湿度が上昇しまくったコミケ会場に出現すると言われる、視認可能な水蒸気塊のこと。

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