1…いきなり呼ばれても…ねぇ?
薄暗くすえた臭いが漂う部屋の中で、複数の人間が顔を付き合わせている。
愛想を振り撒く者は無く、皆仏頂面で周囲に威圧感を撒き散らしていた。
円卓を囲む者達の顔つきは、明らかに堅気ではない。
…俺以外。
な、なんでこんなことに。
「で、どうするんだ?ダンジョンマスター様よぅ。」
円卓の向かい側、顔に傷のある隻眼のコワモテマッチョオヤジが俺に声をかける。
………ホントに何でこんなことに。
そう、あれは3ヶ月前。
前と、その前の会社のあまりのブラックさ加減に体にガタがきて、一月のモラトリアムの後にフリーターとして社会復帰を果たした俺は、夜勤で疲れた体を引きずりながら自宅への道をだらだら歩いていた。
途中でコンビニを見つけ、店の前の灰皿の隣でタバコに火をつける。
これと言った趣味も無く、家に帰っても俺を迎えるのは静寂のみ。
我ながら寂しいもんだと思うものの、結婚して人生を共に歩むパートナーを見つけたいかと言われれば、そこまでの情熱を持てない。
まぁ、現在絶賛フリーターなので、家庭を持つとか収入を考えても土台無理な話。
独り身でフリーターとはいえ、「一週間会社に泊まり込みで自宅に帰ってシャワーも浴びられない。いい加減体臭がきつくなったら、それを免罪符に一時的に帰宅する生活」よりも、一定の時間で家に帰れる今の生活の方が良い。ノルマだ何だも無いしね。
家庭を持つことに関しても、歳をとって独り身を後悔する日が来るかもしれないが…まぁ、それも良いんじゃないかな?
あくまでも自分で選んだことなんだし、後悔も含めて俺の人生そんなもん。それで満足。
俺は、俺に許される範囲で自由に生きるのだ!!
なんて、ポジティブにネガティブなことを考えて紫煙を燻らせている時にそれは起きた。
カッと目の前が白く光った。
頭痛を感じるほどの光の奔流に視界を埋め尽くされ、思わず目をぎゅっと瞑る。
一体何事!?トラックでも突っ込んできたか?
いや、その割には衝撃が無い。
自分の身に何が起きたのか、確認すべく恐る恐る目を開ける。
…目の前に何か居た。
ソレは、明かに人ではなかった。
白骨化した頭蓋骨、伽藍洞の筈の眼窩の奥に灯る暗い光。
「ふむ、貴様が此度の配下か…」
目の前に居たのは、化け物だった。
人骨を散りばめた禍々しくも荘厳な玉座に腰掛け、塵芥を見やる様に此方を見下す眼光。
ただ、そこに佇むだけで他者を消し飛ばしそうな存在感。
存在の次元が違うと、ソレが放つものが物語っている。
怖い、恐ろしい。
あれは、俺の天敵だ。
絶対に敵わないと思わせられる。
地の果ての果て、闇の中の闇に隠れようと俺を見つけて殺すだろう存在。
出来うる事は…頭を垂れるのみ。
「ほう、貴様が此度の配下か…エルフ…ではないな…人間か。」
目の前の存在は、此方を値踏みするように俺を見ている。
「状況が飲み込めぬ様だな…よい、その無知を赦そう。貴様はな、人間。この、魔王ヴェルトの眷族として召喚されたのだ。」
魔王に…召喚。
「余はな、この世界全てを欲しておる。だがな、ただありのままの世界を望む訳ではない。血と涙で溢れ、行けるものの絶望の怨嗟が木霊する。親が子の屍肉を食らい、子が親の髄を啜る。世に蔓延るは絶望のみ。余はその世界を手にしたい。その世界の支配を願う者だ。」
…絶望の世界。
「故に、貴様の様な最底辺の者を、余は眷族とする。憐れまれ、蔑まれ、自他共に認める最底辺の者を眷族としておる。貴様の様な者に過分な力を与えれば、実に面白いことになる。さぁ、貴様の欲することを成せ。そのための力は余が与えよう。」
そういって目の前の存在…魔王は此方に指を向ける。
途端に、鋭い頭痛と膨大な知識の流入が起こった。
魔王…魔王様…間魔王サマ…の配下眷族下僕と……眷族としてしてしてして……ダンジョだだだダンジョンダンジョンマスターとしてして………可能な事は可能出来る行使可能出来るできできでき………
永遠にも思える刹那の間に、俺の脳髄が沸騰しかける。
きるきるきるきるきる
「………ふむ、此度は成ったか。…さぁ行け、我が眷族よ。人として欲するままに成せ。今此のときから、貴は同胞。成すべき事を以て人の世を滅ぼせ!!」
数瞬の浮遊感のうち、俺の足は地を踏み締める。
あの魔王サマとやらに埋め込まれた、知識が語りかけてくる。
魔王の配下として、人間を苦しめて絶望させ、今の世の中をぶち壊す事を期待されているらしい…
………イヤです。
それ、したくありまっせーん!!!!