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走行戦姫ランドウィッシュ  作者: 〇たいちょー
2/2

第二話 波乱の入社式

「行ってきます。」


「行ってらっしゃい。歩。頑張ってらっしゃいね。」


4月。

私は日が差し込み眩しい花咲く大通りを歩いていた。

地獄のような卒論発表を終え、私は季節と共に明るい人生の一歩を踏み出したのだ。

今日は初出社日。株式会社ステラの入社式だ。


「ここが株式会社ステラ。本当にあたり一面田んぼばっかりの田舎だなぁ。人も全然いないし落ち着くなぁ。」


辺りを見渡すと田んぼと畑と林が広がっている。

しかし、目に映るのはそれだけではない。

木の板にペンキで書いた手作り感あふれる表札が掛けられている会社の横に建つのは明らかに時代の最先端を行く堅牢なセキュリティーと流線形の外観をもつスマートハウスならぬ、スマート倉庫。

社屋の何千倍もお金をかけていそうな巨大な倉庫の前には見慣れない端末機が置かれている。近づいただけでも警報が鳴りだしそうな雰囲気だ。


「なんて、歪な風景…。」


私はそう言葉をこぼして、社屋に入る。正面入り口はすぐ玄関になっており、土足厳禁になっていた。私は靴を脱ぎ、備え付けのスリッパに履き替える。

今時土足厳禁の社屋なんて珍しい。

田舎だからこその造りなのかもしれない。

玄関の先にはすぐ階段が伸びている。

事務所は2階にあるようだ。

階段を上がると踊り場には走行戦姫の機体の写真が飾られている。

白を基調としたカッコイイ機体だ。

写真には社長と副社長の姿も写っていた。

階段をのぼりきり、事務所のドアを開ける。

カウンターテーブルの奥にはいくつものパソコンが置かれたデスクがあるが、誰もそこに座っていない。


「あれ、誰もいない。早く来すぎちゃったかなぁ、私。」


事務所に掛けられている時計を見ると、9時少し前。

入社式は9時30分だから遅すぎるわけでもない。

第一、鍵が開いているのに誰もいないのはおかしい。


「とりあえず、ここで待っておきましょうか。勝手に歩き回って怒られるのも嫌だし。」


私はカウンターテーブル近くに置かれたソファーに座り誰かが来るのを待つ。

時刻は9時15分。

私はかなりのプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

残り15分。

私はここを離れて誰かここで働く人を探しにいくべきなのか、落ち着いて残り時間も待っていた方がいいのか、この二つの案で頭の中で激しくせめぎ合っていた。

電話しようとも思ったが、奥に見えるデスクに電話機が置いてある。

どうせ掛けたところでこの静かな仕事場であれが鳴って着信音に自分が驚くだけだ。


「もう、なんで住所しか載ってないの…。開催場所をもう少し細かく書いてくれていれば良かったのに…。」


私は何度も見返した入社式の案内を手に持ち呟く。

入社式まで残り10分。

残り時間が少なくなってさらに重くのしかかるプレッシャーに耐え兼ねて、私は意をけしてこの場を去ることに決めた。


「このままここにいても遅刻したと思われてしまうだけ。それだけは避けないといけない。アリバイだ。私は開始時間前からここにいたと証言できる人か、なにか証拠を残さないと私の残りの人生が灰色になってしまう。やる気がないなら別にこなくていいなんて言われたら私は旅館の接客地獄に落とされる。とにかく行動だ。あの倉庫の方へ行ってみよう。あれだけ大きければ人はいるはず。大丈夫。大勢に見られても大丈夫なように特訓したんだから。新入社員挨拶のウォーミングアップと考えれば悪くない。」


私は良いイメージを思い浮かべて、自分に暗示をかけるように繰り返す。


「にこやかな笑顔でおはようございますっていうだけ。にこやかな笑顔でおはようございますっていうだけにこやかな笑顔でおはようございますっていうだけ。」


ゆっくりともと来た道を戻り、階段を一段ずつ踏みしめながらイメージトレーニングを繰り返す。

げた箱に着いて、自分の靴を取り出した瞬間に声をかけられる。


「あのぅ。どちら様ですか?門には関係者以外立ち入り禁止のラベル貼ってあるのが見えませんでしたでしょうか?不法侵入ですよ?」


唐突の襲撃。

私はその場で固まる。

頭だけをぎしぎしと動かして声をかけられた方を向くと見知った顔があった。


「えっと…。ち、千尋さんでしたよね?私、今年入社する陸橋歩です。」


「新手の企業スパイ行為でしょうか?どこから今日の情報を仕入れたか分かりませんが、日時だけじゃなく陸橋さんについての情報を集めるべきでしたね。8割顔が見えない黒いカーテン。ボサボサの後ろ髪、あれを再現するのは不可能です。背丈だけ似せたくらいじゃバレバレですよ!」


「えぇー。偽物じゃないですって!私本当に陸橋歩本人です。う、運転免許証。これで信じてもらえますか?」


私は財布から免許証を取り出す。


「そんなものいくらでも偽造できますからね。しかもこれ普通にあなたの顔が写っているじゃありませんか。歩さんはこんな方ではありません。」


「しょ、証明写真だから仕方ないじゃないですか!あの状態だったら本人がどうか確認できないって怒られたんです。」


「ちーちゃん。何してるの?早くしないと入社式の準備間に合わないよ?歩ちゃん門の前でお出迎えするんでしょー?」


外から副社長の声が聞こえる。


「梓さん大変です。企業スパイがいるんです。早くこっちに警備員を呼んできてください。」


「いや、だから私はそんなんじゃないですって。千尋さん。信じてください。」


「あれ、歩ちゃんの声がしたような気がするけどそこにいるの?」


梓さんが玄関のドアに手を掛ける。


「副社長。千尋さんに…う、疑われているんです。助けてください。」


私は全力で頼み込んだ。

もうそこにしか希望はなかった。

飴を咥えたきょとんとした出会ったころと変わらないロリ顔の副社長の顔がそこにはある。


「んっ?あなた……。誰?」


その第一声に私は絶望した。

いや、あの時の私を恨んだ。

どうして、もっとまともな姿で合わなかったのだろうと。

私はそんなことを思いながら目の前が真っ暗になった。



目を開けるとそこは大学のキャンパスの中だった。


(ここは、大学?ああ、やっぱり夢だったのかな。)


桜が満開の今と同じ季節。


(あれっ?あれは…私?)


今より少し若い私が俯きながらキャンパスを歩いている。

そう。あの髪型は大学2年目の私。今と同じまともな姿の私。


「俺と付き合ってください。」


「一目ぼれでした。お友達からでもいいのでお願いします。」


「好きです。返事は今すぐじゃなくてもいいです。ただこの思いを伝えたかったんです。」


そう、これは2年生なって堰を切ったように始まった悪夢。

それはある日、同学年の一人の男子が私に告白したことから始まった。

1年目はあんなに静かだったのに、この一件で平穏な日常が一瞬で壊れた。

大学内で向けられる視線は多くなり、後をつけられ、大量の手紙を突きつけられ、家の郵便受けに入れられ、挙句には私から返事をもらうために実力行使をしてきた奴もいた。

大学で安全な所はなかった。

どこかに留まれば囲まれる。

それは人と接することが元々苦手だった私には拷問にも等しかった。

しかし講義中と講義の後の移動時間だけは安全だった。

見られはするが話しかける人はいなかった。

それは先生がいるからかと思ったがそうではない。

後から知ったことだが、それは私の知らない所で私に対するルールが存在していたからだった。

講義が終わればすぐに男子たちは群れて私の後ろをついて回る。

後ろから幾度となくかけられる声に対して私は話しかける勇気も出ず、逃げるように毎日を過ごした。

この異様な光景はすぐ大学に広まり、私はとうとう大学側に呼び出しをくらい事態に巻き込まれる。

それは大学教授の一人が両腕を押さえつけ乱暴に私を問い詰める男子を発見したからだ。

それは私が勇気を振り絞り食堂の掲示板に付きまとうなと張り紙を貼りだしたのが原因だった。

それを見たひとりが逆上して私に襲い掛かってきたのだ。

大学側との話し合いで私は訴えた。

私はただ勉強をしにここに入学したのだと、どうにかしてこの状況を収めてほしいと。

しかし大学側の返答はこうだった。


「陸橋さん。あなたが故意に男子生徒を誘惑したり、逆撫でるようなことをしたからこの状況になったのではないのでしょうか?私どもとしてもこのような問題を起こされると非常に困るのです。私どもは一生徒だけを優遇するわけにもいきませんし、なにしろこれは大学側の問題ではなく、個人間の問題です。このようなことが続くようであれば、大学に悪評が流れることでしょう。次何か問題を起こせばあなたには退学してもらいたいと思っています。」


そう。

あくまでも学生同士の問題として大学側は関与を認めようとしなかった。

それは同時に大学からは何も手を打つことはしないということだ。

さらには非がないはずの私に責任があるとまで大学側は言い切ったのだ。


「そんな…。」


「お話は以上になります。以後、身の振り方についてよくお考えいただきたいと思います。」


私は2年の前期課程から大学には一度事態が収まるまで登校を自粛することに決めた。

代わりに出席は行ったようにすることを大学に約束させた。

講義については配られるものと同じものを貰い、実技実験に関しては先生方が生徒に向けて行う実験のデモの準備を講義後の時間で手伝う事でカバーできた。

そして夏休み。

私は前髪を伸ばし、顔を隠し、校内のネット掲示板に自分で自分に対しての悪い噂を流したりもした。

こうして私は再び平穏を手に入れた。


「私は間違ってない。そうするしかなかった。」


あの頃の私が自分の部屋で布団に包まりながら呪文のようにつぶやき、泣いている。


「自分を守るにはこうするしかなかった。私の判断は間違ってなかったよ。」


私はそっと布団の上から自分を抱きしめた。



「うっ、んっ…。あ、あれ、ここは…?」


目が覚めるとそこは見慣れない部屋だった。

私は会議室の横に置いてあるソファーに横たわっていた。


「よかったー。目が覚めたよ。ちーちゃん。何か飲み物持ってきてー。」


「ふ、副社長。私…。どうして……。」


「私と会った時にいきなり気を失ったこと覚えてる?ごめんね、歩ちゃん。あまりにも最初に会った時と変わっていたからすぐに歩ちゃんってわからなかったんだよ。」


副社長は申し訳なさそうな顔で頬をかく仕草をする。


「梓さん。スポーツドリンク買ってきました。」


千尋さんが部屋に入ってくる。

近くの机にスポーツドリンクを数本置いてこちらに近づいて潤んだ目でこちらを見つめる。


「気分はいかがですか?何か欲しいものはありますか?」


千尋さんは何やらソワソワしている。


「ごめんなさい。歩さん。私疑っちゃって。私、人事なのに歩ちゃんのこと分からなくて…。私の事嫌いになりましたか?でも私、歩ちゃんのこと嫌いじゃないからね。私が許せなくても会社は辞めないで。お願い。私、なんでもするから。どうか、ステラを辞めないでください。」


千尋は涙を浮かべ深々と頭を下げる。


「そんなことで、き、嫌いになんてなりませんよ。ご、誤解が…解けたのならもう…。」


「もうってなんですか!嫌ですよ。辞めないでください。今から資格の勉強をして第二新卒狙うなんて言わないで。ここには今、歩さんが必要なんです。」


千尋さんはソファーから体を起こした私に跳び付いて離さない。


「ち、千尋さん。ち、違いますって。私、また就活するなんて…か、考えたくもないですよ。」


「ちーちゃん。落ち着きなさい。めっ!」


「あうぅ。」


梓さんの素早い手刀が千尋さんの脳天に入る。

私は部屋に掛けられている時計を見る。

時刻は11時を少し過ぎた後だった。


「ふ、副社長。にゅ、入社式は…。」


「そんなのどーでもいいのよ。入社式なんて堅苦しく書いてあるけど、実際はただの顔合わせのお食事会みたいなものだし。あと堅苦しい役職で呼ばない。私の事は梓さんって呼んで。」


「で、でも…。」


「でもとだっては禁止。これは上司命令よ。入社式のことは心配しなくても大丈夫よ。主役なしで始めたりしないわ。しかもまだ開始まで時間もあるわ。」


「えっ?開始は9時30分じゃ…」


「そんな早い時間に始めたってお腹減ってないでしょ?開始は12時からよ?」


「じゃあ、私が貰ったこのレジュメは間違いだったんですか?」


私はすぐ横に置いてあった鞄から入社式のお知らせを取り出す。

梓さんは取り出した紙をさっと受け取りさらっと読み進める。


「ちーちゃん!なんで主賓である歩ちゃんまで準備開始時刻に呼び出してるのさ!何?新入社員は下っ端。祝ってほしければ準備は自分たちでしろとか先輩風吹かすつもりだったの!」


「そ、そんなこと考えていませんよー。多分作った時に私の頭の中で入社式は9時30分のだったのでそれをそのままそっちに書いてしまってだけなんですよ。そんな体育会系もビックリな上下関係を叩き込むマネなんてしませんよ。私がそんなことするわけないじゃないですか。ってそうじゃなくて。歩さん。このお知らせの時刻は間違いです。本当に申し訳ありません。」


千尋さんは深々と頭を下げる。


「い、いえ。間違いは誰にもあるものですし、問題ないなら気にしませんよ。別に準備するなら私も手伝いますし。」


「歩さん…。なんて優しい子なんでしょう。」


「でも何度も失敗してちゃ、いずれ愛想尽かされちゃうからね。頑張りなよ。ちーちゃん。」


「私。頑張ります。でも、今日は歩さんが主役なんです。準備は私がしますのでもう40分ほどお待ちしてくださいね。梓さん。私、準備に行ってきますので歩さんのことよろしくお願いいたします。」


そういって千尋さんは勢いよく部屋を飛び出していった。


「ちーちゃん、あんなに張り切っちゃって…。ごめんね。あの子そそっかしいからこういうミスをよくするの。いろんなことができて気も回る本当に優秀な子なんだけど、どこか甘いというか穴があるというか、完璧な仕事が出来なくてね。怒られ続きの毎日でボロボロになっててこっちに引き取ったんだ。歩ちゃんと歳も近いし仲良くしてあげて。」


「引き取ったって、元は違う会社にいらっしゃったんですか?」


「えっと、私達の会社のことどこまで知ってる?」


「すみません。全くわかっていません。調べようにも全く情報が載っていなかったので…。」


「郵送された書類にも何も書いてなかった?」


「ええっと。走行戦姫のパンフレットが入っていたので、走行戦姫関係の会社くらいなのかなと思うくらいしか…。でも走行戦姫の映像技術とかそういうのは専門でやっていたので即戦力にはなれなくても最低限の知識なら持ってます。」


「私たちは舞台側の人間じゃないのよ。どちらかというと走行戦姫そのものを取り扱う会社なの。ちょうどいいわ。会社見学も兼ねて一緒に見てまわろっか。立てる?」


「あっ、はい。大丈夫です。」


私は梓さんに連れられて隣のハイテク倉庫へ向かう。


「これが歩ちゃんの社員証ね。無くすとここに入れなくなっちゃうから無くさないでね。」


そういって梓さんにカードを渡される。


「ここには大切な走行戦姫が置いてあるからね。盗まれちゃ困るから結構厳重なロックになっているんだ。そのカードで中に入ったらまず登録しちゃおう。無登録者が入ったら即確保できるようになってるんだよこの倉庫。」


「そ、そうなんですか。最初ここに来たときこっちに行かなくて正解でした…。」


「もし先にこっちに来ていたら警察の留置所で再会してたかもね。」


私は梓さんに連れられるまま指紋認証、網膜認証、静脈認証、音声認証と様々な認証の登録を済ませる。


「はい。登録終わり。お疲れ様。じゃあ早速我がチームの機体を見に行こう。」


「えっと、梓さん。ここは走行戦姫のメンテナンスをする会社なんですか?」


「半分正解かな。私と教授、じゃなくて社長は今から見に行く機体のメンテナンスをしたり改造とかするよ。けどそれだけじゃない。お、ドックに着いたよ。あれが私達の走行戦姫ランドウィッシュだ。」


陽圧化されて膨らむエアシャッターを抜けるとそこには白い走行戦姫が直立していた。


「あれは、階段に飾ってあった機体と同じですか?」


「ああ、事務所の階段に飾っていた機体の写真のことかな?いや、あれは元になった機体でこれはまた別の機体だよ。こっちの方が性能は格段に上だよ。こいつを作り上げるのにいくらの時間とお金を使ったか…」


梓さんはしみじみと感慨深そうに腕をくんで頷いている。


「いったい、いくら使ったんですか…。」


「いくらくらいだろうね。何年もかけて作ってたから総額なんてわからないや。私のお金じゃないし。社長が湯水のように使うからね。」


「よく、そんな資金がありますね…。」


「まあランドウィッシュのオーナーが心優しい人なんだよ。でもそろそろヤバいんだよね。」


「なにがヤバいんですか…。」


「まあ気にしないで、すぐにってわけじゃないと思うし。おおっと、バーベキュー始まっちゃう。早くいかなくちゃ。急ぐよ歩ちゃん。」


「ちょっと、待ってください。梓さん。私まだ道覚えられていませんよ。」



倉庫の外に出るとバーベキューセットとアウトドア用のテーブルチェアが置かれており、一生懸命にうちわを仰いで火を起こしている千尋さんがいた。


「あれ、ちーちゃん。教授は?」


「なにやら本部の方から連絡がきたとか言って事務所の方に走っていきましたよ?」


「千尋さん。飲み物を準備できました。あと野菜もうちょっと切ってきた方がいいですか?」


クーラーボックスを方に提げた見慣れない青年が立っていた。


青年が私達に気づきこっちを見る。

鋭い目つきですごい睨みつけられている。

私はその場で一歩後ずさりする。


「んっ?あぁ。新しく入ってきた人か。よろしく。」


「は、はい。よろしくお願いします。」


表情とは裏腹に割と軽い感じで流された。

私が安堵しているのを見て梓さんが私の太ももをつついて耳打ちをする。


「目つきは悪いけれど根は優しい子だから大丈夫。とって食われたりはしないよ。まぁ、あいつにそんな度胸も興味もないから安心してね。」


そういって楽しそうな顔を浮かべて梓さんは彼の元へ歩いていく。


「やっほーギロロン。相変わらず目つき悪いねぇ。彼女できないよ?」


「うるさいな。100%整形疑われるロリババアよりよっぽど可能性はあるし別に欲しいとも思ってないっていってるだろ。開口一番に減らず口叩いてないであんたも用意しろよ。千尋さんだけに任せてたらダメだろ。」


「もう。折角二人きりにしてあげたのになにもアプローチかけなかったの?」


「別に頼んででもいないし、さっきまで昇さんもいたからな?本当に人をからかうのが好きだな。そんな性格だから結婚できないんだよ。人の心配より自分の心配しろよな。アラサーなんだろ?」


「ひどい。女の子に年齢の話をするなんて男としてサイテーよ。うわーん。歩ちゃん。ギロロンがいじめるよー。」


涙目で梓さんが私の元へ帰ってくる。


「やっぱりあの子優しくなんてないわ。ただの目つき最悪の堅物童貞野郎よ。歩ちゃん気を付けて。」


「おい、そこ。新人に変な印象植え付けるな。悪口なら少なくとも俺の聞こえない場所で言え。ったく。今日は俺も客側のはずなんだからな。」


(別に聞こえない所で言う分には別にいいんだ…)


「翔君。全然火がつきません。どうしたらいいでしょうか。もう着火剤残りが少ないんですけど…。」


「ああ、はいはい。代わります。千尋さんは材料の方お願いします。」


「分かりました。炭の方、お願いします。」


うちわを仕舞い、立ち上がった千尋さんがこっちに気づく。


「歩ちゃんもうちょっと待っててね。火がついたら始めるから。今日はいいお肉用意してあるから楽しみにしていてね。」


「は、はい。楽しみにしています。」


時刻は12時を少し過ぎたころ。無事に炭に火もつき、みんなも集まった。


「さぁ。始めるよ。チームステラ入社式。」


「えっ、これだけで始めるんですか…。」


目の前には千尋さんと梓さんと社長と翔君の4人。


「そそっ。ステラは現在歩ちゃん合わせて5人です。」


副社長はかわいらしい表情で手をパーにしてアピールしながら言う。


「でも、事務所には20人分くらいのデスクスペースが…。」


「そうか。君は事務所の中に入ってしまったのか…。」


社長が悩まし気な表情でポツリと呟く。


「見てしまったのなら仕方がない。私は正直に言うぞ。みんな、ここを出て行ってしまったのだ。はっはっは。」


「こ、ここの離職率二けた越えとかそんなレベルじゃないほどのブラックなんですか!。」


その社長の言葉にわたしは思わず反射的に口が出てしまった。


「いや、ブラックじゃないよ。ホワイトだよ。ホワイト。オフホワイト並みにホワイト。」


(なんで若干黄色が入ったんですか…)


冷や汗を垂らしながらの社長の胡散臭い態度に私は疑いの目を向ける。


「えっとですね。歩さん。あの事務所はランドウィッシュの制作班が使っていた建屋でして、機体が出来上がった今はみなさん本社へ引き上げたので、誰もいらっしゃらないんです。」


「ちーちゃん。歩ちゃんの送付資料にうちの情報資料入れ忘れていたから歩ちゃんは私達がなにをしているかわからないままここにきてるそうなのよ。ここでしっかり説明してあげて。」


「えっ、ここの資料、入っていませんでしたか…。」


げた箱での私と同じようなギシギシと音が鳴りそうなくらいぎこちない首の動きで千尋さんはこちらを向く。


「……はい。」


何故だが告げ口をしたみたいで何故だかこちらがいたたまれない気持ちになる。


「ごめんなさい。では今から簡単に説明させていただきます。私達株式会社ステラは名前こそ子会社みたいなものとなっていますが、実際の所はユニックス株式会社の走行戦姫部門の走行戦姫運用チームの一つ。チームステラとして活動をしています。」


「ユニックスって、あの世界最大規模の工業機械生産企業で宇宙開発も始めたっていうあのユニックスですか?」


「そうです。そのユニックスです。走行戦姫を運営しているのはユニックスだったんです。あ、これオフレコでお願いしますね。表面上はユニックスとは違う企業がやってように見せて誤魔化しているらしいんで。」


(そのわりにはマル秘情報を扱っているようなトーンじゃなかったなぁ…)


「こほん。そしてこの度。とうとう、私達チームステラの走行戦姫ランドウィッシュが完成いたしました。チームステラはこのランドウィッシュの運営をするのがお仕事です。」


「運営というと、実際は何をするんでしょうか?メンテナンスとか広報ですか?」


「そうです。走行戦姫はレースで勝利してなんぼです。もちろんレースに出します。私達はこのランドウィッシュをレースで1番にすることがお仕事です。もちろん1番になったときの収入をよくすることもお仕事です。」


「いわゆる競馬でいうと馬がランドウィッシュで馬主がユニックス。私達は厩舎の職員って理解でいいのでしょうか。」


「全くその通りです。さすがトキワダイ大卒の歩さん。理解が早くて助かります。」


「千尋くん会社説明はそれくらいして、改めて私達から自己紹介をしようじゃないか。」


社長がスーツを正してこちらを向く。


「チームステラ代表。高里 昇だ。ランドウィッシュのメンテナンス管理から改造まで機体の全てを担当している。よろしくね。歩君。」


「よ、よろしくお願いします。」


「次は私。チームステラ、サブリーダー。日野下 梓。担当は運営戦略兼メンテナンス。そうそう、私みんなにあだ名付けてるのよ。歩ちゃんのあだ名は今日から『どもりん』ね。これからよろしくね。どもりん。」


「え、えぇ。よろしくお願いいたします。ところで梓さん。どもりんの由来はなんでしょうか?」


「そのままよ?よく言葉がどもるからどもりん。私あだ名じゃないと人の名前覚えられないんだよね。こうしてあだ名をつけておけば、もし相手の名前を忘れていても顔や所作で思い出せるし、思い出せなくてももう一度あだ名を付けたら大体同じ名前になるから便利なんだよね。」


「さっきまで歩ちゃんって言っていましたよね?覚えていましたよね?」


「どもりんは細かいことは気にしすぎ。これは決定事項。上司命令よ!まぁまぁ、呼ばれ慣れてくるまでの辛抱よ。どもりん。ここはアットホームな職場だから。ね?」


「そんなものですかね…。」


「では私の自己紹介を。私は長月 千尋。26歳です。チームステラの営業と人事担当ですが、割と色々な事やっています。ちょっとしたミスで今回はご迷惑をお掛けしました。先輩として、同じステラの仲間として分からない事があれば何でも聞いて下さいね。あと、これからお隣さんとしてもよろしくね。」


「お隣さんってことは千尋さんも寮住まいなんですか?」


「そうですよ。ずっと一人静かに過ごすのは寂しかったのでとっても嬉しいです。」


「今後ともよろしくお願いします。」


「最後は俺か。星野 翔。22歳。本所属のチームはソリッドスクエアだが、今回、昇さんの頼みとあって、チームステラの走行戦姫のトレーナーとして加わることになりました。時期的にあまり顔を出せないときもあるかもしれませんがよろしくお願いします。目つきが悪いのは生まれつきです。別に怒っていたりはしていませんのでご理解の程よろしくお願いします。」


「外部のチームの方だったんですね。こちらこそよろしくお願いいたします。」


とうとう自分の番が回ってきた。


「え、えっと。トキワダイ工業大学から来ました。陸橋 歩23歳です。だ、大学では走行戦姫の映像技術について研究していました。大学で培ってきたものとこれから学んでいくものを上手く利用して皆さんと共に成長していきたいと思っています。はっ、初めは足を引っ張ってしまうこともあるかもしれませんが、早く一人前になって仕事が任せられるように頑張ります。これからよろしくお願い致します。」


ぱちぱちと拍手が鳴る。


「おー。なんて真面目な挨拶だー。」


「やっと、真面目な人がチーム来てくれた…。私感激です。」


千尋さんが目をウルウルさせながら私の両手を取る。


「それじゃ、入社式終わりー。食べるぞー。これは全部本社経費で落ちるから食べまくれー。」


「焼くのは任せてくれ。こういう地味な作業、好きなんだ。」


「ギロロンは鍋でも焼肉でも奉行するよね。ちょー助かる。」


こうして入社式は高級なお肉と海鮮盛りだくさんのバーベキューで終わるかに見えた。

みんな思い思いに具材を焼き、美味しく食べる中、私は一つ疑問に思っていたことを社長に質問する。


「社長。私はこのステラで一体なにを担当をするのでしょうか?千尋さんの手伝いとかでしょうか?」


社長は私の言葉に驚いたような表情を浮かべる。


「どぉーりぃん。このチームでの君の役割を教えてやろう。」


お酒を飲んで顔を赤らめた梓さんがろれつが回らないながらも私に持っているお箸を突きつける。


「どぉーりぃんにランドウィッシュのパイロットをすることを命ずる。ありがたく受けるといいぞ。へへへっ。」


梓さんがニタっと笑う姿に私は少しほっこりする。


「ははは。全くお酒の飲みすぎですよ。私普通自動車免許しか持っていませんよ?パイロットなんて到底無理ですよ。」


「じょーらんなんかじゃないよぅ。あのゲームは入社試験であって遊びりゃなかったんらからね。私達本気でパーロットを探してたんらから。」


「えっと、その。本当ですか?」


私は素面の千尋さんに聞きなおす。


「そうですよ。完成直後にパイロットとして約束していた選手が別のチームに引き抜かれてしまって、もうてんやわんやの状態だったんです。そこに現れたのが歩さんだったんです。」


「考えたら分かる事だろうに。メンテナンスと広報とトレーナーがいて、誰がランドウィッシュに乗るっていうんだ。新人。大丈夫だ。コースは国道じゃない。走行戦姫には免許は必要ない。」


「そんな、大学で培ったもの全く生かされないじゃないですか。」


「そんなもにょ、ろこりの人生でやきゅにたつことなんてあるほうが稀よ。」


梓さんは私の4年間が無駄だと言い捨てる。


「ステラチームの諸君。ここで私から皆に伝えなければならないことがある。」


食事のペースが落ち、締めのデザートを食べていると社長が真面目な顔でみんなが注目するように大きな声を出す。


「今日。本社の経営会議の方針が決定した。我らステラチームはようやく、ようやく機体が完成した。しかし、本社の期限を半年過ぎての完成だ。前期の出資赤字のトップは断トツで我らステラチームだ。それで、役員会議の結果。上半期。9月までに何らかの実績をあげなければならないと言われると思っていたのだが、少し私の想定を超えてきた。次のレース。ゴールデンウィークから始まる日本ツアー初戦で勝たなければ、チームは解散と言われた。これはランドウィッシュの胴元からの通達だ。皆、いきなりの発表だが心に留めて置いてくれ。各自この現状を何とか突破できるように全力を尽くすように。以上。」


その場の全員の動きが止まる。

梓さんもこの言葉に一瞬で酔いが吹き飛んだようだ。


「チームの解散ってつまり…。」


「無論。言葉通り。翔君以外はみんな別の部署へ飛ばされるか、クビだね。まあ僕は左遷みたいな感じでここに飛ばされたし十中八九クビだろうね。ハハハハハ。」


「えぇぇー」


私と千尋さんの悲鳴に似た叫びが敷地内でこだまする。


「そんな…。今からやっと始動ってところなのに…。どうにかならなかったんですか。」


千尋さんが悲痛な面持ちで社長に詰め寄る。


「ごめんね。納期に間に合わなかったのはこっちの責任だし、ランドウィッシュをどのチームで動かすかはユニックスが決めることだ。新機体として華々しくデビューをさせて人気を上げたいのは相手さんも考えることだ。それなら有名チームに入れた方がいいと考えるのも無理はない。現にかなりの大金をかけている。上層部は確実に資金回収することを優先するだろうね。でも作らせておいて一度も運営させないというのは契約が違う。私達は運営まですることを約束してランドウィッシュを作ったんだ。こうなると相手側が契約破棄したことになる。そうなれば僕らが違約金としてランドウィッシュの所有権を要求することは彼らだって分かっているだろう。勝利できなかったことを理由に所属チームを変えることは妥当な落としどころといったところだろうね。逆にレースに勝利して僕たちのチームの実績を上げて、十分に資金を回収できるところを見せられれば、こんな足元を見

られたような要求は跳ね除けられるさ。」


「だからレースでの勝利が必要なんですね。」


「やはり、実績がないのが一番ネックなんだろう。中には機体のトレードの案があったんだがそんなもの当然却下だ。私達が丹精込めて作り上げた機体をおいそれとやれる訳がない。」


「みんな。ゴールデンウィークの日本ツアー第1戦に向けて気合いれようね。まあ当面の問題はどもりんなんだけどね。」


「そ、そうですよね。走行戦姫ってひと月で乗れるようになるんですか?」


「何が何でも乗れるようになってもらわないとね。できるできないじゃなくてやる。わかりやすくていいじゃない。トレーナー。頑張って教えてあげてね。」


「えっと、翔さんよろしくお願いします。」


「俺は昇さんを尊敬してるんだ。クビになんてさせたくない。死ぬ気で教えるからそっちも死ぬ気で覚えてくれ。」


「が、がんばります。」


こうして次の日から私の走行戦姫の特訓が始まった。



「機体の起動には数時間かかるから、それまでレースのことについて教えてあげてくれ翔君。」


「はい。昇さん。」


「そういえば、あんた…。えっと陸橋さんだったか。走行戦姫の映像技術について研究していたんだよな。走行戦姫のルールとか分かっているのか?。」


「す、すいません。競技については全くの無知で…。何も知りません。」


「そうか…。なら、まずルールからだな。これがルールブックだ。」


「なにこれ…。分厚っ。ちょっとした辞書じゃないですか。」


「これは武器や装甲の事も載っているからな。パイロットが覚えるルールなんてこの中の僅かなもの。そうだな。このレース台で説明するか。」


そういって翔君は訓練室の横にある大きなテーブルに地図を置いた。


「これがあんたが勝ってもらわなきゃいけない日本ツアー初日のレースMAPだ。まあ去年のやつだがな。まだ地形とかはいい。基本的なルールから。ここがスタート。このコースを最も早く6周した走行戦姫が勝ちだ。コースの周回向きは当日に決められる。」


「6周するまでに攻撃とかして相手を妨害するんでしたよね?」


「いや、最初の1周はあらゆる武器の使用は不可だ。機体のスピードだけが問われる周回だ。」


「なんで1周目は攻撃禁止なんですか?」


「いろいろと要因はあるけど、一番言われているのはみんな一斉にスタートするときにそこを狙ったデストロイ型の攻撃でレースにならない可能性があることや、各機体のタイプや特徴を引き出す場を設けたり、戦略的なレースにするためとか言われている。」


「デストロイ型ってなんなのでしょう?」


「えっと、今の走行戦姫には大まかに5つのタイプがあるんだ。純粋に機体スピードを求めて早くゴールするスピード型。近接格闘や基本武器である減速銃を扱うことに長けたストライカー型。ミサイルや地雷などの機体破壊できる特殊武器で相手を走行不能や故障により妨害するデストロイ型。電子戦によって相手の動きを妨害するアンチ型。これらに特化せず平均的にまとめたのがバランス型。ランドウィッシュはバランス型だ。」


「1周目はみんな団子状態になりやすいので、ストライカー型やデストロイ型が圧倒的に有利で始まるんですね。」


「だから武器使用は禁止。でもあくまで武器の使用だけが禁止だ。衝突とかはコース取りでいくらでも起こるからね。ある意味一番肉弾戦が起こるのが1周目だ。」


「では、1周目はスピード型が有利なんですね。」


「そうだね。スピード型は1周目が一番重要だ。ここで躓いたら戦況を覆すことは難しいだろうね。」


「そんなに大事なんですか?」


「君も知っている通り、走行戦姫は戦うことを前提に作られている競技だ。逃げ一辺倒では6周するまで生き残れない。その分スピード型の有利な所もあるんだけどね。」


翔君はどう話すか迷った感じになりながらも説明を続ける。


「スピード型は機動力とスピードを維持するため機体重量が軽く作られている。つまり装甲は薄く、搭載できる武器が少ない。」


「つまり撃ち合いになれば負けるということですね。」


「そう。走行不能になれば走行記録は最後に通過した周回ラップで止まる。この時点で勝利はないに等しい。スピード型が最も気を付けなければいけないのはデストロイ型だ。豊富な破壊武器で機体を蹂躙するからね。天敵だ。しかし、デストロイ型の天敵もまたスピード型だ。」

「えっ?どうしてですか?」


「あくまで走行戦姫の趣旨は戦闘ではなくレースだからだね。デストロイ型に有利な条件しかないと走行戦姫はただの銃撃戦になってしまう。だからスピード型に有利な条件が付けられている。それがデッドタイム。」


「デッドタイム?」


「デストロイ型は大量の武器が搭載され、装甲も厚くなっている。そのためスピードはどの型より出せない。1周にかかる時間はおよそ1.5倍だ。デッドタイムは1周目のラップタイムの3倍で、この時間内に1周できなかったらその時点でその走行戦姫は失格。タイムも機体が最後にマークしたラップタイムになる。デストロイ型なら必然的に最下位決定だ。」


「ということはデストロイ型の機体は攻撃し放題というわけではないんですね。」


「走行戦姫のルールとして逆走も可能だ。いくら遠距離武器を持っていても十分な距離で当てられなければ装甲が薄いスピード型でも走行不能まで破壊するのは難しい。逆走をすれば7回ほどすれ違う、それだけチャンスがあればデストロイ型が圧倒的に有利だ。一定時間逃げきれれば敵を無力化できるこのデットタイムはレースをレースたらしめる重要なルールだと考えられている。」


「では1周目はできるだけ早く通過することでデストロイ型の攻撃時間を減らせるのでスピード型は1周目が重要なのはわかりますが、バランス型の私はどうすればいいんですか?」


「そうだね。走行する地形やピットゲートの位置把握や相手の重量、動き方からどんな戦術でくるかの予想を立てながら走るだけですね。相手の重量でどれだけの武器を持っているか判断できるのは1周目だけ。使い終わった武器はパージされていきますからね。1周目の最大重量のスピードを覚えておくことで相手の武器保有の有無も判断できます。」


「ピットゲートというのは補給をする場所ですか?」


「ピットゲートはコースの外側に必ず3つ存在する。レースごとに配置はバラバラ、配置にもルールがあるけどそれは知らなくてもいい。もちろん戦うには武器がいるし、動くには燃料がいる。それを補給しにいくのかピット。でもピットにいくにはピットゲートを3か所全て通らないといけないんだ。」


「同じゲートを三回通ってもピットには入れないんですね。」


「そう。何周かかってもいいけど、ピットに入るには3つすべてを通る必要がある。攻撃で邪魔されない1周目に通るのが安全だが、2周目直後でデストロイ型の標的になりやすい。これはパイロット次第だね。ピットインスペースはコースに4か所設けられている。そこは武器の使用が禁止の安全な場所。補給中に狙われたりはしない。」


「補給は基本的に何回くらいくらい行くんですか?」


「基本的に1回か2回かな。もちろん戦いが激化したレースなら毎周ピットインすることになるけどね。デストロイ型は相手のピットゲートの通過も考慮して攻撃してくる。ピットゲートで待ち伏せするのが一番確実だからね。燃料切れで走行不能になるのを避けるにはピットゲートを通らなければならない。しかし、そのピットゲートにデストロイ型がいるなんて状況になれば、いやでも正面から挑むしかないからね。」


「ピットインでは私はどうすればいいんですか?」


「所定の場所に着けば何もしなくていい。損傷率と武器使用率に応じた時間、待機することになる。その待機時間に装甲の修復と武器の補充が行われる。実弾を使ってないただのシミュレーションでの消耗だから映像的にレース直後の状態に戻るだけさ。もちろん使い終わってパージした武器もしっかり装備される。そこはゲームと変わりないさ。」


「アクションRPGでいうリキャストタイムですね。」


「そうだな。回復の泉で全快するまで放置の方が近い。走行戦姫は走る機体はごつくて大きいが、やっていることはゲームに等しい。動くゲーム筐体と言えるかな。」


「なるほど。確かにそうですね。いえ、まさしくそうです。」


「戦法については過去の走行戦姫のレースを見ながら解説した方が分かりやすいと思うから後回しにしよう。そうだな…。次は武器の説明かな。」


「武器って敵を走行不能にする武器ですか?」


「いいや、武器は2種類あって、基本武器と特殊武器に分かれている。デストロイ型が使う走行不能にしたりするのは特殊武器。基本武器は機体に直接ダメージを与えない妨害武器で、どの機体にも組み込まれている武器だ。」


「ダメージを与えないで妨害ってどうするんですか?」


「まず一つ、減速銃。頭、両肩、両膝にあるウィークポイントに当てられれば敵の速度を強制的に減速させることが出来る。先頭を取るという事は後ろから狙われる確率が高くなる。そして最短距離で真っすぐ進んでいれば的にもなる。防ぐ手段はバリアもあるが基本避けるしかない。前だけではなく後ろを見ないといけないのは中々大変だ。次にデジタルウェイトロック。一定距離まで近づくと相手機体にアクセスすることが出来る。電子戦といって自分の機体のメモリを使用して相手にハッキングをかけられる。それに成功するとデジタルウェイトロックというおもりをかけることができる。おもりをかける場所は攻撃者が最初に指定することができ、大体コーナーの軸足にならない方に付けられる。それが一番減速の効果が高い。」


「対処手段はあるんですか?」


「まず一つは電子戦を仕掛けてくる機体から離れること。二つ目はこちらもメモリを使い敵のハッキングに抵抗すること。アンチ型相手だと抵抗したところで確実に破られるから離れるための時間稼ぎだ。メモリは機体の操作性に関わってくる。メモリを使い過ぎると機体の動きの反応も悪くなるから走行や戦闘に支障が出る。ストライカー型の天敵がアンチ型ということだ。」


「なるほど。でもアンチ型は近接戦闘が得意ではないから同じ近接範囲内にいるストライカー型は天敵なんですね。」


「わかってきたようだね。ストライカー型とアンチ型はメモリの使い方が違うだけなんだ。

機体での直接攻撃のために使うか、電子戦での妨害に使うかなんだ。その振り分け具合でストライカー型とアンチ型で分類される。メモリを拡張する分ストライカー型の次に操作性がいいのがアンチ型。遠方からの特殊武器の攻撃は迎撃しやすい。ミサイルの進路予測や地雷の探知などにもメモリを使うからね。」


「でもおもりを付けられたらどうすればいいんですか?」


「ピットに入るか、メモリをウェイトロックの解析に割り当てて解除をすることができる。解除にかかる時間は解除に割り当てたメモリによって変動する。」


「なるほど、解除もメモリを使うんですね。では解除に時間が掛かるスピード型やデストロイ型の方が有効なのではないでしょうか?」


「スピード型だとハッキングをかけるまで距離を維持することが難しい。確かにデジタルウェイトロックをかけられたら一番影響がでるかもしれない。逆にデストロイ型は簡単に距離を維持できるけど掛けたところで元々重量が重くてパワーがある機体だからね。重量が増えたところで手持ちの特殊武器を使用したらその付与した重量分は無くなってしまうし低速の機体の距離を維持することはタイムも遅くなる。さらにデストロイ型の標的になるのはアンチ型の消耗が大きすぎる。無駄ではないけどハイリスクローリターンの行動だ。」


「そ、そうですか、私、やっぱりまだまだ分かっていませんね。」


「いや、こうして疑問に持つことが大事だから。それが正解か不正解なのかは二の次。落ち込まないで下さい。これは戦術に近いことなので分からなくて当然です。」


少し慌て気味に翔君はフォローを入れてくれる。


「少し休憩しましょう。詰めすぎても覚えられなければ意味がないですから。それに休憩が終わるころにはランドウィッシュも動かせるようになっているはずです。」


「わ、分かりました。」


「では十分後にここで。」



「これが走行戦姫のコックピットですか。あの時のゲームとは少し違いますね。」


「あれは、試作機をベースにしたものだからね。こっちの方が細かい調整やアクティブに動かせる可動域も多い。操作は試作機より複雑かつ操作量が多くなるから気を付けてくれ。あのシミュレーターをすぐに動かせたんだ、君なら大丈夫さ。」


社長は親指を上げてニッコリと笑う。


「どもりん。走行戦姫の基本フレームは頑丈だし、駆動部にはカバーを取り付けているから何回こけたって大丈夫だからね。何時間でも乗り回してくれて構わないよ。」


梓さんは胸を張って誇らしげにいている。


「はい。思い通りに動かせるように頑張ります。」


「スタートアップが始まったらもう一度チュートリアルが流れるようになっているから、それで感覚を掴むといいだろう。ランドウィッシュを頼むよ。歩君」


「は、はい。が、頑張ります。」


ランドウィッシュの頭に作られた球体のコックピットが閉まる。


一瞬真っ暗に覆われたがすぐにコックピット内に明かりがつく。


正面の画面に起動シークエンスなどのプログラム画面が流れる。


『ランドウィッシュ。起動。』


機械音声が流れたかと思うとコックピットの全周が透過している状態になる。


まるで宙に浮いているような錯覚を覚えるがしっかりと私の体は椅子に支えられている。


下を向くとそこには手を振る梓さんが見える。


「歩君。聞こえるかな?」


コックピットのどこからか社長の声が聞こえる。


「はい、聞こえます。」


コックピットから社長を見下ろすとヘッドセットをつけていた。


「確認だがコックピットは機体に取り付けたカメラの映像を使って360度いや上下も含めた機体の周りが映し出されているかな?。」


「はい。社長も梓さんも見えます。まるで宙に浮いているみたいです。」


「そうか。問題はなさそうだ。この通信は練習用のものだ。これでトレーナーである翔君の指示に従って操作を学んでいってもらいたい。では後は翔君お願いするよ。」


社長はヘッドセットを外して隣に立つ翔君に渡す。

それを受け取った翔君の声が聞こえる。


「あー。今から基本的な動きの練習を始めよう。倉庫内で転倒したら大変だからいったん外までスライドフロアで移動させる。それまで画面に映っているマニュアルやチュートリアルを覚えておいてくれ。まだパイロット席の駆動をリンクさせてないからどんなことをしてもランドウィッシュが動くことはないから安心してくれ。コックピット内のアクセサリは設定できるから空調や照明の明るさ調整とかは好きに設定しておいてくれ。」


「分かりました。」


私は正面の画面を見る。

そこにはスクリーンに半透明のウィンドウが現れ、画面の設定などのチュートリアルをさっさとこなしていく。

全周が見えると言っても体後ろに向けてなんていられない。

正面のウィンドウの一部に視角外の映像を流すように設定した。

大きさが自由に変えられるサイドモニターとバックモニターこれならレース中でも相手の動きに反応できそうだ。


「翔さん本当にここを走るんですか?」


倉庫を出て私が連れてこられた場所は社屋のはずれの山道だった。

道と言っていいのかもわからない、ただ木が伐採されて機体が通れるだけになっているだけだ。


「ここは色々なコースで重要とされる操作技術を詰め込んだ特設コースになっている。ゴールに俺が立っているからそれまでひたすら走ってくれ。最初だからな、こけないようにだけ気を付けて走ってくれればいい。慣れてきたら俺が色々口を出していくことにする。じゃあ頑張ってくれ。」


バイクに乗った翔君はそれだけを言ってそのまま舗装された道を走っていってしまった。


「よーし。頑張ろう。私の未来のために!」


私はランドウィッシュと共に手作りコースに入った。

上りに下り。

大きな曲がりにワザと残したように立っている木々。

平地での操作と違い制御が難しい。

しかし、それ以上に実際に動かすのとゲームでは違う部分が多い。

地形による機体のグリップ力の変化や重心移動の細かい調整が必要になる。

しかし、操作反応はゲームの時より俊敏で力強い。

動かすことについては特に問題はないし、今の所こけるようなことにもなっていない。

これは案外余裕で動かせそうだ。


「うん。大分コツ掴んできたかもしれない。」


私は一度もこけることなく翔君の待つゴールへたどり着いた。


「いやぁ。思ったより操作簡単でした。心配しすぎだったかもしれません。」


私は翔君に向かってほっとした今の気分を伝えた。


「スタートからここまで9分かかっています。このコースを僕のチームの走行戦姫で走らせたときの最速がおよそ5分です。およそ半分。今の倍の速度を維持して走れるくらいまであなたには上達してもらわなければいけません。それが出来ないなら恐らくレースで勝つのは不可能です。本番では敵からの攻撃もありますから走りだけに集中するなんてできませんからね。その時の各コースポイントでのタイムを送ります。これを超えることが当面の目標です。時間がありませんからね。走りに費やせるのが1週間。走行戦姫のタイプ別の戦術について1週間。こちらの攻撃と敵の攻撃について1週間。これらを総合したレース模擬戦で1週間です。とにかくこの1週間でタイムを半分まで縮めること。頑張ってください。戻るときはこちらの道を使ってください。3分くらいでスタートへ戻れます。」


「このコースを倍の速度で走る…。そんな…。できるの…私…。」


「他の方ができるのですからあなたならきっとできますよ。初の操縦で転倒もなく操作できていることはすごいことです。梓さんから聞いていましたが素質あると思います。次は転倒覚悟でスピードを出してみてください。」


「分かりました。やってみます。」


私は戻り専用のコースを最高速で走り、この機体の最高速度を確認する。


「速い。この機体はここまで早く走れる。機体重量による慣性力の把握。しっかりとつかまなきゃ…。」


私はその日から一週間何度も何度も同じ道を走り続けた。



「最も戦闘が起こるのは中間スピードで走る、ストライカー・アンチ・バランスの3タイプです。電子戦は近接攻撃より距離を取れますのでつかず離れずの距離を維持してきたらアンチ型と思っていいでしょう。一方、いいライン取りをキープするためにストライカー型はガンガン攻撃してきます。バランス型はこの二つをいなしながら中間スピード組の先頭を維持することが重要です。中間スピードでの最高走行速度はバランス型が最も高いですが、反応速度などの機動性はストライカー型の方が上です。スラロームのような動きが必要な道や高低差の障害物のある場所で距離を詰められることが多いです。」


私は過去の走行戦姫のビデオを見ながら翔君に説明を聞く。


「翔君。減速銃でこの機体は撃たれていましたが減速していません。一体どういう事でしょうか?」


「よく見てください。しっかりガードしています。減速銃は5つのウィークポイントに当てられれば効果を発揮しますが、ウィークポイントには一ヵ所だけバリアを張ることが出来ます。このバリアで防いでいます。」


「このバリアは対特殊攻撃用バリアとは違うのですか?」


「はい。走行不能にできる特殊武器のバリアは特殊武器のみ防げます。このバリアは全機体に備わる基本装備の一つでポイントバリアと呼ばれます。これは減速銃に対してのみ有効な防御手段です。ただし狙われている場所をしっかり見極めて移動させる必要があります。減速銃は連射が出来ず、弾速も特殊武器と比べ速いとはいえません。実際今見ているレースの最後はどの機体も最終直線に差し掛かる前であまり効果的ではないのにも関わらず特殊武器を使っているのが分かりますか?これは武器を使い切り、パージすることを目的としています。ただパージするより少しでも妨害できる可能性に賭けて使用していますが攻撃することが目的ではありません。パージすることで機体重量を軽くして最高速度を上げる戦法ですね。結果、最軽量の状態で走行するスピード勝負になりました。その時先頭を走っていた機体が後続の減速銃による駆け引きに勝って優勝しました。五分の一の確

率を走行状況と相手の攻撃の癖などからしっかりと導き出して防ぎ、先頭を死守しました。」


「なるほど。いかに命中精度が良くても防がれてしまったら意味がない。なんでもありだと聞いていたのでもっと大雑把なものだと思っていましたがこんな細かな戦略があるんですね。」


私は休み時間やランドウィッシュの起動の合間などにただひたすら過去のレースについての映像を見た。

1レースのトップ3機がどんな思惑で走っていたのかを文章化し、翔君に送ったりもした。

翔君の視点からの考えやどのような行動が有効だったのか、こっちの質問や感想以上に細かくたくさんの解答と考察が返ってきた。

私はそれをひたすら頭に叩き込み、レース映像で見た色々な動きを参考に、自分の機体で同じ動きができるようにトレースをしたりもした。

こんなことを一か月続け、とうとうゴールデンウィーク。

私達チームステラは運命の日を迎えた。

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