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第九十六話 異変

まだ書き終わってないのですが、あと一、二話で終わりそうなので、今日から連投します。


 前方に広がるのは広大な砂漠。そして後ろにはどこまでも上に続く断崖と巨大な滝という、地球上には有り得ない光景がそこにあった。


 その光景に心奪われる一行であったが、すぐに思い直さなくてはいけなくなる。


 ここを歩かなくてはいけないのか、と。

 見渡す限りには砂しかない。

 視界の先には砂丘があるか、砂の地平線があるかのどちらかだ。


「これはもしかして何キロも歩かないといけないでござるか?」


 一行の中で一番うんざりした顔をしていた卓がぼやいた。


「確か見えている地平線までの距離は四、五キロだったから、ま、何とかなるっしょ」


「ほう、意外と近いのでござるな。というか、凜華殿は何でそんなに博識でござるのか……?」


「あ、でも、計算式に地球の半径が必要だったから、うーん、やっぱ違うかも」


「だいたいそんなものだと思っておくでござるよ」


 二人の会話をだいたいの者は興味深そうに聞いていた。

 心結やクロは凜華の博識ぶりを褒め、ジャンゴは『人間って色んなこと知りたがるんだね』と、感心している。

 ずっと元気のなかったウィズも、凜華の知識に興味を示しているのだが、ただ一人だけ静かな人物がいた。


「千佳ちゃん、まだチェイサー、だっけ? あの仮面のおっさんのこと気にしてんの?」


 すぐ傍まで来た凜華に話し掛けられて、漸く千佳は顔を上げた。


「うん。あの人のこともそうだし、あの人の言っていたことも……」


 チェイサーの言っていたこと、それは勇也が死んだということだった。

 もちろんそれは凜華にとっても暗い話題、どころかそれが事実なら正気を失ってしまうほどに絶望的なことなのだが、彼女はまったく気にしている様子が無い。


「大丈夫だって。勇也様は無事だよ。ウチとクロにはわかんだ。勇也様は生きてるって。それに千佳ちゃんも見たっしょ? 勇也様のエカレスが消えたの。あれは勇也様のスキルだよ」


 千佳は微笑んで頷くも、未だにその表情は晴れなかった。

 勇也の安否も不安であるが、やはり気になるのはもう一つのことだ。


『千佳殿はやはり、あのチェイサーという男が主様だと思っているのだな?』


 クロの言葉に、千佳は曖昧に頷いた。


 千佳とて分かってはいるのだ。

 勇也とチェイサーは非常によく似ている。

 目や鼻は仮面に隠されていたが、口元は勇也と変わりなかった。

 他にも、口調や声、仕草、勇也と似ている点は多々ある。


 だけど、それは似ているというだけであって、同じではない。

 それに勇也との相違点もある。

 まず、勇也よりチェイサーの方が背が高いし、声も低く、明らかに高校生ではないのだ。

 あとは構え。

 勇也は戦闘時にはボクシングスタイルを取るが、チェイサーの構えはボクシングではない。なぜか千佳のよく知る新格闘の構えだった。


「ねぇねぇ、こういうことは考えられない?」


 思い悩む千佳に心結がなぜか嬉しそうに声を掛けてきた。


「あの仮面の人は、未来から来た勇也君なんだよ」


「ほう、なるほど。そうきたでござるか」


 心結に言葉に卓が感心する。

 同じ嗜好を持つ者同士、そういった展開に憧れを抱いているようだ。


「はぁ!? そんなことあるわけないっしょ」


 この中で一番現実主義的な凜華がすぐに否定するのだが、彼女の言葉は違う人物に異を唱えられた。


「いえ、必ずしもそうとは言い切れません」


 この中で唯一の現地人、ウィズである。

 彼女は神妙な面持ちで先を続けた。


「先に言っておきますが、私の知る限りでは同じ人物が時間軸を超えて同時に存在したということはありませんでした」


「じゃあ、何で……?」


「ですが、この世界には違う時代から来た日本人が集まっています。平成生まれの日本人の後に慶応からやって来ることもあるのです。つまり、この世界と日本には時間の関連性はないと言えるでしょう」


「そっか、時間が連続してないから、高校生の勇也様がいなくなっても、大人の勇也様の存在が無くなるわけじゃないんだ」


 凜華はウィズの言葉にすぐに理解を示したのだが、他の者はいまいちよくわかっていないようだった。

 特に千佳は酷く混乱している。


「もうっ! 難しい話しないでよ!」


 そんな千佳にウィズは苦笑いした。


「難しく考えないで大丈夫です。要するに、この世界では日本の常識は通じないと思っておけばいいですよ。だって、この世界の日本人は貴方たちや勇者のように転移してきた者だけではありません。日本で死んで、この世界に輪廻転生した者だっておりますから」


 ウィズの言葉に卓と心結は狂喜した。

 異世界転移という王道ファンタジーを経験したわけだが、それだけではなく異世界転生もあるというのだ。

 そして、彼らの予想では、その転生者というのは目の前にいる人物に違いなかった。


「ええ、察しの通り、私は……」


 しかしウィズはそこで言葉を切り、やおら腰に差した刀に手を添えた。そしてゆっくりと振り返る。


 千佳たちもウィズにつられて振り返った。

 ウィズが戦闘態勢を取ったことで、一気に緊張している。

 まさかまたチェイサーが戻って来たのではないかと。


 だが、ウィズの視線の先にいたのはクロだった。


「ねぇ、ウィズさん。一体どうしたの?」


「そんな、まさか……」


 ウィズは千佳の問いに答えない。

 いや、答えられなかった。

 彼女自身目の前で何が起きているか把握できなかったのである。


――GURUUUUU……!


 千佳たちも異変の正体に気付く。

 ウィズが目を離せずにいるクロの異変に。


『みんなクロちゃんから離れて!』


 ジャンゴの念話で我に返ったウィズ、千佳たちが一斉にクロから距離を取った。


「ねぇ、クロ! 一体どうしたの!?」


 低く唸り声を上げるクロに対して、堪らず凜華が不安気に声を掛ける。

 だが、クロは答えなかった。

 ただ低く唸り声を上げて、仲間であり妹であるはずの凜華や千佳たちを威嚇している。


 異変はそれで終わりではなかった。

 千佳たちの頭上、さっき彼女たちが下りてきた滝が流れる崖に、次々と魔法陣が浮かび上がっていく。

 魔法陣が完成すると、そこから一斉に何かが飛び出していった。


 それは飛竜、プテラゴンと呼ばれる竜種の一つだ。

 勇也たちによって根こそぎ刈り取られたため、千佳たちが遭遇することは無かったのだが、それが今になって唐突に、しかも勇也たちが狩った数を上回るほどに召喚された。


『うーわ、これはちょっと大変だね』


 ジャンゴが思わずぼやくほどにその数は凄まじかった。

 何百、何千というプテラゴンが空を埋め尽くしている。


「ジャンゴ殿、これは……」


『うん、これはアレだね。邪神様の仕業だろうね』


 ジャンゴの上ではプテラゴンが飛び交い、下では正気を失ったクロが千佳たちに襲い掛かろうとしている。

 この二つの異常事態が無関係なはずがない。

 そしてそんな異常事態を引き起こせそうな人物を、ジャンゴもウィズも、ただ一人しか知らなかった。


 ただ幸いにして、プテラゴンたちは上空に向かっており、千佳たちには目もくれていない。

 おかげでジャンゴは一つのことに集中することが出来る。


『ていっ』


 ジャンゴは急降下すると、クロの上に圧し掛かった。


――KYAIIIN!


 クロが悲鳴を上げる。


「ジャンゴ君、クロに乱暴しないで!」


 凜華が悲鳴を上げるが、ジャンゴはそこを退くわけにもいかない。

 クロを今放せば、全員に襲い掛かって来ることは目に見えている。


『大丈夫、抑えているだけだから。それにしてもアレだね。無理矢理押さえつけていると、なんか、こう、ちょっと、興奮してくるね』


「「「ジャンゴ君!!」」」


 ウィズを除く女性陣に総ツッコみを喰らうが、ジャンゴは気にしている様子もなかった。


 だが、それで問題が解決したわけではない。

 ジャンゴが抑えている間は、クロが暴れまわることは無いだろうが、ずっとそうしているわけにもいかないのだ。


『でもなぁ、殺すわけにもいかないしなぁ』


 ジャンゴの言葉で、千佳たちの間に緊張が走る。

 クロは確かに魔物であるが、千佳たちの大切な仲間なのだ。

 彼女を自分たちの手で殺すなんてことは、千佳たちには到底できなかった。


 問題はそれだけではない。

 ウィズはジャンゴの様子を見ながら警戒を強めていった。


「ジャンゴ殿は平気なのですか?」


 急にクロが凶暴化したのだ。

 ジャンゴがそうならないとは限らない。

 ウィズはそう考えたのだが、当のジャンゴは心外だというように憤慨した。


『失礼だな! 僕は魔物じゃないからね。君たちと同じ哺乳類だし!』


 確かにジャンゴは魔物ではない。

 オルカというのは魔物という意味でもあるが、実際には魔物と呼ばれる程(人にとっては)凶悪でもないし、もともとこの異世界で生まれた生物でもなかった。

 

 ウィズはひとまず安心するのだが、追い打ちを掛けるように別の問題が発生した。


「何かこっちに向かってきますね。魔物でしょうか?」


 ウィズが崖の方を向くと、真っ直ぐに彼女たちの方に向かって来る影がある。

 それもどうやら一つではない。

 だがそれはどうやらプテラゴンではなく、飛行型の魔物ですらないようだ。

 ただし、ウィズたち目掛けて真っ直ぐ落ちて行っていた。


 ウィズは溜息を吐きながら抜刀した。

 そしてそれが近付いて来るのに構えるのだが、どうやら少し様子がおかしかった。

 一番先頭で落ちている影が手を振っているようなのだ。


「おーい! 師匠とカトリーナを助けてくれぇ!」


「りっくん!?」


 懐かしい旧友の声に、凜華が驚きの声を上げた。


 ウィズにはもちろん陸の言っている意味が分からないのだが、一つだけわかったことがある。

 それは、どうやら面倒事がまた増えたということだった。


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