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第九十五話 魔王

 ピンクの日傘がゆっくりと持ち上げられる。

 すると、そこには一人の少女が立っていた。否、宙に浮かんでいた。

 赤銅色の髪を持ち、目は赤く、アナベルや勇也と同じく黒い蝙蝠のような巨大な翼と長い尾、そしてさらには頭から羊のような捩じれた角が生えている。

 それが美しい少女だということを除いて、もしくは含めて、どう見てもそこにいるのは悪魔だった。


「ごきげんよう、勇也さん」


 悪魔の少女、マディはイーターに向かって可憐に微笑む。

 イーターは突然現れた美少女に呆気に取られるばかりなのだが、彼女は気にした風もなく、今度は後ろを向いた。


「ごきげんよう、勇也さんと勇也」


「これは……マディ」


 チェイサーは驚いてはいるものの、何とかそれだけは口にできた。

 その後ろでチェイサーを羽交い絞めにしている勇也といえば、そうイーターと変わらない表情で彼女を見ているばかりだった。


 今のところ勇也とイーターに分かったのは、この美少女の名がマディであるということと、チェイサーの仲間、つまり新たに現れた敵かもしれないということだけだ。

 勇也たちにはマディの実力までもはわからない。

 無論、竜の息吹(ドラゴンブレス)を日傘一つで弾いて見せたのだから、かなりの力を持った相手であることには間違いないだろう。


 緊張し始めた勇也たちだったが、それはマディの次の言葉によって絶望へと変わっていった。


「初めまして二人の勇也さん。わたくしはマディ・ハッター。狂喜の魔王ですわ」


「「魔王、だと?」」


「ええ、そう。魔族を束ねる王という意味でも。そのスキルを持つという意味でも。正しく真の魔王ということですわね。……お姉さまと違って」

 

 それまで自信満々で語っていたのだが、最後の一言だけどこか寂しげである。

 もちろん勇也たちにはその意味など知るべくもないし、それどころでもなかった。


 チェイサーを倒すまであと一歩というところまで迫れたのに、まさかの増援。それもファンタジー世界では最強の一角である魔王の登場だ。

 これで勇也たちは二人を相手にしなくてはいけなくなってしまった。勇者と魔王という理不尽なタッグを。


 勇也たちが緊張する中、マディはまるでその空気を無視するかのように日傘を畳むと、その先端をビシィッという擬音が聞こえてきそうな勢いでチェイサーに向けた。


「まったく、いつまで待たせますの。貴方、疾風の勇者でしょうに。わたくし、さすがに心細……暇で暇で仕方なかったのですよ!」


「マディ、申し訳ありません。少し手間取りまして」


「手間取るって、貴方が手間取らなくてはいけないのは可愛いお嬢さんと可愛いオルカさんではありませんでしたか?」


「ええ、そうですね。どこでどう間違えたのやら」


 マディの額に青筋が浮かんだ。


 このままマディとチェイサーの二人で戦いを始めてくれればいいのにと、勇也とイーターは思うのだが、もちろんそれは楽観的すぎると言えるだろう。

 二人との、勇者と魔王との戦いは避けられない。勇也たちは覚悟を決めた。


「やめておいた方がよろしくてよ」


「私は別に……」


「勇也、いえ、チェイサー、貴方に言ったんじゃありませんの。子供の勇也さんたちですわ。もっとも、貴方もですけどね」


 イーターが構わず口を開ける。

 射線上にはマディもチェイサーもいる。勇也も、であるが。

 放とうとしているのは竜の息吹(ドラゴンブレス)。たださっきと同じように放つわけではない。そうすれば防がれるのは目に見えている。

 スキル、「消費魔力二倍」。

 もちろん消費される魔力が二倍になるだけではない。使う魔法やスキルの威力も二倍になるのだ。


 イーターの体から一気に魔力が消失する。

 体から、浴室に貯めたお湯の栓を抜かれたみたいに、あっという間に。

 そこでイーターは異変に気付いた。

 いくら何でも消失量が大きい。それだけではなく、ブレスを放とうとしても放つことが出来ないのだ。

 魔力は止めどなく流出していく。ついには魔力の消費が体にまで影響を及ぼし始め、起き上がっていることすらできなくなり、イーターは地面に横たわってしまった。


「ご安心なさって。お話が済めばちゃんと返してあげますわ」


「くそっ……」


 何をされたのかわからない内に倒れてしまったイーターを見た勇也が、思わず悪態をつく。

 その声に反応したかのように、マディが勇也の方を振り返った。


「さて、わたくしはただ貴方たちとお話がしたいんですの。わたくしの執事を放して頂けるかしら。貴方だって自殺の手伝いなんてしたくはないでしょう? それも、未来の自分の」


「え? 自殺?」


「マディ……」


 マディから戦意は感じられない。今のチェイサーからも。

 だが、当然放すわけにはいかない。


「チェイサーがその気なら、貴方たちはすでに殺されていたでしょう。わたくしが現れる前に。それにわたくしも今すぐ殺すことが出来ますわ。そこで倒れているもう一人の貴方も、もちろん貴方も。試してみますか?」


 絶対的強者が放つ圧力。

 マディはそれを持っていた。

 彼女の言葉は嘘ではないだろう。

 勇也は少しの間悩んだが、放そうが放さまいが状況は変わらない。話をするだけだというマディの言葉を信じるしかなく、チェイサーを放した。


「ありがとう、勇也さん」


 勇也の腕から離れたチェイサーは、空中で器用に一回転して見せると華麗に着地して見せた。そして何事もなかったようにマディを見上げる。


「私としたことが、主に助けていただくとはとんだ失敗ですね」


「別に構いませんわ。もう二度としなければ」


 チェイサーは何も答えなかった。

 ただ口元が苦笑いするように歪んだだけだ。


「チェイサーのことはひとまず置いてくとして。ああ、その前にお返しする約束でしたわね」


 マディが言い終わった瞬間、それまで意識を朦朧とさせていたイーターが唐突に覚醒していった。

 立てなかったのも嘘のように、すぐに立ち上がることが出来る。

 何をしたのか問うようにイーターはマディを見上げるが、彼女はまるで気にする様子もなく、話を再開してしまった。


「では、お話ですが、そうですね、何からお話ししましょう」


 マディと勇也が地上に下り、四人が一か所に固まると、マディは何も現状を理解していない二人に話し始める。

 迷宮の外が戦争状態になっていること、そのきっかけが人族との和平を唱えていた先代魔王、つまりマディの姉が客人だったはずの冒険者に暗殺されてしまったのが原因であること、そして自分たちの目的がその暗殺者の捕縛、もしくは抹殺であるということだ。


「それでチェイサー、ウィズは確かに『ユヒト』という名前を出し、ジャンゴ君はその人物を知っているようでしたのね?」


 チェイサーは頷いた。

 チェイサーはそれがどうしたと言うばかりの態度であったが、マディにとっては流せるような問題ではなかったらしい。

 少しの間考えると、はっきりとした調子で口を開く。


「ウィズの抹殺は中止しましょう。捕縛ないしは、話を伺うのがよろしいですわ」


「よろしいのですか?」


「ええ。確かにお姉様を殺した犯人ですが、恨んではいませんもの」


 何とも不可思議な会話ではあるが、チェイサーは特にそれ以上追及することもなく、「御意に」と言うと、そのまま黙ってしまった。


 話について行けない勇也たちは黙って成り行きを見守るしかなかったのだが、二人の話はそれで終わりだったようで、マディは再び勇也たちを見た。


「勇也さんと勇也さん、どうかチェイサーを許してあげてください。この人はずっと絶望と後悔の中で生き続けてきましたの。貴方達、というより彼女を見て、きっと再び希望を見つけたのでしょう。過去の自分に希望を託すことで。そして残ってしまった自分を自分自身に始末してほしかったのでしょうね」


「マディ、私はそこまで言ってませんが」


「あら、思っていたでしょ?」


 チェイサーは「さあ、どうかな?」というように首を傾げて見せただけで、それ以上は何も言わなかった。

 マディがジト目を向けるが、仮面で表情はわからない。


 マディは何を思ったのか、その表情のまま勇也たちに振り返った。


「貴方たち、昔からああですの?」


「いえ、ひねくれちゃったんだと思います」「あいつだけだ」


 勇也たちは揃って否定した。

 勇也たちにとってはとんだ迷惑といったところだが、未来の自分であるのだから仕方ない。

 それに二人の態度を見たマディは確信した。

 チェイサーが素直じゃないのは昔からだと。


「まぁ、今チェイサーの話はそれくらいにしておきましょう。わたくしたちはウィズたちを追います。そこにチェイサーの想い人がいるのなら必然的に会うことになりますが、貴方たちも一緒にいらっしゃいますか?」


 マディが言い終えた途端、イーターがマディに迫った。


「頼む! 僕も連れて行ってくれ!」


「ち、近いですわ……」


 勇也は少し悩む。

 イーターを千佳に会わせるのは望むところだが、一度飛び出した身だ。出戻りするのは少し具合が悪い。特に凜華と顔を合わせて、どんな顔をすればいいかわからなかった。

 しかし、思い悩んでいても先には進めない。

 アナベルと再会するためにも、イーターと千佳の行く末は見ておきたかった。


「僕もお願いします。僕の想い人は別の子だけど、彼らは仲間なので」


「まぁ、そうですの? 同じ人でも違う道の進み方があるんですのね」


 マディは満足そうに言うと、やおらチェイサーを正面から抱き締めた。


「「えっ??」」


 勇也とイーターが驚いて二人を見る。

 何をしているんだ、と目で訴えるが、二人は全く意に介した様子が無い。


「さぁ、話は纏まったんです。さっさと向かいますよ」


 チェイサーはさらに勇也とイーターを荷物みたいに肩に担いだ。

 二人は、当然みたいに行動するチェイサーにされるがままだった。


「まさかとは思うけど……」


「舌を噛まないでくださいね」


 それだけ言うと、チェイサーは地面を蹴った。

 勇也は文句を言う暇もなく、チェイサーに荷物みたいに運ばれていたのだった。

終わりが見えてきました。一気にラストまで書いて連投で出すか、もう少しちょくちょく出すか悩み中です。もしかしたら少し間が開くかもしれません。

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