表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/114

第九十四話 勇也&勇也VS勇也


 悲惨な人生だった。

 彼女がそう思うのも無理はない。

 貴族の家に生まれたのは良かったとしても、貴族というのが自分の肌に合わず、家を飛び出して冒険者稼業。

 それも制限時間付きで、いずれは家に戻って政略結婚させられることは決まっていた。

 運良く政略結婚を逃れられたと思ったら、冷血動物みたいな侯爵様の下で狂った人体実験に付き合わされる。

 しかもその実験体は人を喰らう獰猛な怪物だ。

 いつか自分も食われるのではないかと恐れていたが、ついにその時が訪れてしまったというわけである。


 右足を失ったボニーはそれでも這って逃げようとしていた。

 吹き飛ばされたのは膝から下。

 ファイアボールはウォーターボールで消火し、傷口は焼けているおかげで止血する必要もない。

 自分を縛るクインズベリーはもういないし、地上は戦争中、この大混乱の中で逃げたとしても見つかるどころか、探そうとする者すらいないだろう。

 そう、あとは逃げるだけだ。

 化物同士が争っている内に、素早く、こっそりと。


 ボニーは俯せのまま手と残った左足を使って、ゆっくりとそれでも確実に前進する。だが、突如その背中が圧迫された。

 ボニーを襲うのは、自分の身に何が起きたのかという混乱。

 次に恐怖。

 魔物に襲われたのならまだいい。

 魔力はたっぷり残っていて、いくらでも戦える。

 だが、そうでないのなら、今自分を踏みつけているのが、最も恐れている者なら……。


「ボニー、アンタは僕の世話係じゃなかったか? それが僕を置いてどこに行くんだ?」


 その声はつい今しがた聞いたばかりの声だった。

 転移者の一人であった人間、だったはずの男。ボニーには人間には見えなかったが、あの神父の格好をした悪魔だ。


 しかし振り返ってみれば、そこにいたのは確かに顔がその彼なのだが、姿が別のものだった。

 まだその姿に見覚えが無かったのならそこまで気にしなかったかもしれない。

 だがボニーにとって、男が身に纏ったボロ布は見間違えるはずのないものだった。


「な、なんで……?」


 なぜ同じ顔なのか、なぜさっきの魔族がその服を着ているのか、ボニーが何を疑問に思ったのか、イーターは知らない。

 さして興味もなかった。

 なぜなら彼女はこれから喰い殺され、糧となるのだから。


 イーターは足を背中からどかし、右手でボニーの髪を鷲掴みにするとそのまま無理矢理立ち上がらせた。


「痛い痛い痛い!」


 頭皮ごと引き抜かれる痛みにボニーは喚き声を上げるが、イーターは一切容赦しない。

 彼の目に映る彼女はすでに人ではない。


 イーターはこの世界に転移してから、数多くのモノ(・・)を喰らった。

 初めにクラス全員喰らった時点でかなりの力を得ていたが、勇者を自らの手で生み出すことに固執したクインズベリーが、イーターの力をさらに高めることを求めた。

 そのためにイーターはこの迷宮で多くの魔物を喰らった。

 それだけではない。

 今まで魔物はもちろん、クラスメイト以外の人間だって喰らってきたのだ。

 死刑囚を喰らったことだってあるし、強力なスキルを持っているというだけで、何の罪もない人間だって喰らってきた。

 だが、それはイーターの望みではなかったのである。


 千佳を失った時点で、彼の心は死んでいた。

 その状態で隷属を強要させるマスクを被せられ、自分の意思とは関係なく誰彼構わず襲い続けてきた。

 尤も、命令されなくとも彼は襲うことを止めなかっただろう。

 なぜなら、彼にも凜華と同じ狂化(ベルセルク)のスキルがあるのだから。

 それでも、それは彼の意思ではない。


 彼の本当の望みはただ朽ち果てることだった。

 復讐すべき相手もすでにいない。千佳を襲ったうちの三人は、戻れない異世界へと来てしまった今、手出しすることは出来なかった。そして大石諒も恐らくすでに殺してしまっているはずなのだ。

 ならば、彼はただ千佳を想って死ぬ以外、望むことは無かったのである。


 しかし、その望みは叶わなかった。

 クインズベリーの手によって。

 そして目の前にいる哀れなボニーは彼らの一味なのだ。

 望む望まないは関係ない。たとえそれが自分の身を守るためであったとしても、彼女はそのために多くを犠牲にしてきた。

 イーターにとって、ボニーは殺すべき、彼にとって殺すべきうちの一人だった。


「お、お願いっス! 見逃してください! こんな所で死にたくないっス!」


「僕の前で同じように命乞いした人は何人もいた。アンタだって見てきただろう」


 ボニーは漸くその言葉で確信した。この目の男はやはりイーターなのだ、と。そして、自分が最も恐れていた死に方を運ぶためにやって来た死神なのだ、と。


「何でもします! 許してください!」


「そうか、じゃあ……」


 イーターはゆっくりと口を開いていく。


「嫌……」


「僕の糧になれ」


 そしてイーターはボニーの首に食らいついた。


「ぎゃああああああああああ!!」


 イーターは彼女の命の灯が完全に消えるまで喰らい続ける。

 それが能力の発動条件だからだ。そうすることでスキルとステータスの一部を奪うことが出来るのだ。

 得られる力はスキル一つと喰らった相手の全ステータスの1%。

 相手がこの世界の最強の一角、勇者であることを考えれば、得られるのは微々たるものなのかもしれない。

 それでも、イーターは使えるものは何でも使うつもりだった。千佳にまた会うことが出来るというなら。


 イーターが夢中で貪り喰らう中、やっと自身が食われるという地獄の痛みから解放され、恐怖からさえ解放されたボニーは最期の最後に思う。

 なぜこんな死に方をしなくてはいけないのか、と。

 クインズベリーなんかに関わったからか、何もかもを捨てて冒険者の道を選ばなかったからか、初めから両親の言う事を聞いて、さっさとどこかに嫁がなかったからか、食われていく人を見殺しにきてしまったからか、それともイーターを助けなかったからか。

 答えはわからない。

 ただそこにあるのは、弱い者が強いものに食われるという弱肉強食の世界だけだ。善も悪もない、自然の摂理。

 絶望の表情のまま、ボニーの瞳から生命の灯の光が失われた。




「何だ、今の悲鳴は?」


 チェイサーが闇の先を見つめる。

 しかし目に映るのは暗闇ばかりで、そこで何が起きているのかはわかるべくもない。


 チェイサーに生まれた一瞬の隙を突き、勇也は立ち上がってそのまま右の拳をチェイサーに叩きつけようとした。

 だが、そんなのは通用しないとばかりにチェイサーは右の掌でその拳を弾き、さらに拳を作った左手の甲で勇也の右手を弾くと、その左の拳を勇也の首筋に叩き落とした。

 勇也の知らない技で、チェイサーが自衛隊時代に覚えたシラットという格闘術の技だった。


「がぁっ!」


 強烈な一撃に勇也は意識を失いかける。

 それでも何とか堪え、地面に手をついただけで済んだ。

 しかし、その間にチェイサーに絡ませていた勇也の尾は解かれていた。


「もう一人の僕が何かしたようですね。でも、まぁいいでしょう。結果は変わらない。貴方たちでは僕に勝てない」


 確かにチェイサーの言う通りだった。

 ステータスが大幅にアップし、翼や尾まで得ても、勇者である彼には敵わない。

 それだけではない。

 チェイサーと勇也は生きてきた年月、戦ってきた年月が違った。

 チェイサーは多くの戦闘技術を学び、身に着けているのだ。それだけでも勇也を圧倒するには十分だった。


 だが、勇也は負けるわけにはいかなかった。

 生きて再び愛する者と会うために。

 そして、それは彼も同じだった。


 突如上空から闇を切り裂いて光が落ちてくる。それに遅れてキンッという甲高い音が響いた。

 光は地面に当たると、大きな爆発を起こした。

 光が降ってきたのはチェイサーの真上だ。

 しかし、チェイサーはそれを間一髪避けている。

 それでもそれは本当にギリギリで、爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされていた。勇也もろともではあるが。


「げほぉっ! 撃つなら撃つって言ってよ!」


「いや、それだと避けられるから」


 地面に降り立ったイーターが大して悪びれた様子もなく言う。

 勇也は何て奴だと思うのだが、それは特大のブーメランになることに気付き、かぶりをふって気を取り直すことにした。


「さて、やったかな?」


 勇也が言いつつイーターを見つめた。


「それはフラグだろ。……わかっていて言ってるな」


 イーターが憮然とした表情を勇也に向けると同時に、何事もなかったようにチェイサーが歩いて現れる。

 腕から血を流しているのだが、ダメージがあるようには見えなかった。


「まったく、僕じゃなければ死んでましたね」


「僕でも死なないと思いますけどね」


「だから、そう言ったじゃないですか?」


 人を食ったようなことを言うチェイサーを勇也が睨む。

 その隣に、同じように眼光を鋭くしたイーターが並んだ。

 二人の威圧をチェイサーは真っ向から受けて立っていた。そして両手を広げてみせる。掛かって来いと言うように。

 こうして再び勇也と勇也(イーター)勇也(チェイサー)が相対したのだった。


 勇也がボクシングスタイルを取ると、同じようにイーターもボクシングスタイルを取った。それに対し、チェイサーはボクシングスタイルではなく、空手に似た構えを取る。


「士郎さんと同じ構えか……」


 チェイサーは答えない。

 ただ挑戦的に指で手招きするだけだ。


「行くよ」


「ああ」


 二人が同時に飛び出した。

 そしてほぼ同時に左のジャブを放つのだが、あろうことかチェイサーはそれをバク宙で避け、その動きに合わせて勇也の顎に蹴りを当てた。

 勇也は蹴り上げられるが、翼を使って空中に制止する。

 勇也がそうしている間にも、チェイサーはムエタイのような膝蹴りをイーターの鳩尾に食らわせていた。


 空中で隙を窺う勇也、頽れるもチェイサーを睨み続けるイーター。二人から距離を取ったチェイサーは唐突に笑い始めた。


「わかったでしょう。貴方達と僕では持っている引き出しの数が違う。能力はもちろん、技術も経験も、積んできたものが違うんです」


 笑い続けるチェイサーに向かって、二人が同時に突進する。


「それでも」


「負けるわけにはいかない!」


 二人の拳が同時にチェイサーを襲う。

 勇也は上空から勢いそのまま突っ込んでいくが、チェイサーには軽くいなされ足を掴まれてしまった。

 さらにそのまま振りまわれて、後から突っ込んできたイーターにぶつけられた。


 二人はすぐに立ち上がると、三度チェイサーに拳を振るう。

 だがやはりチェイサーには当たらない。

 二人の拳は空を切り、その度にチェイサーから様々な格闘技の技が返された。


 チェイサーの言う通り、全てにおいて彼が二人を上回っている。二人は圧倒され続けるだけだ。

 二人に出来ることは立ち上がることだけだった。倒されても。その度に何度でも。

 しかしこのままでは立ち上がることすらできなくなるだろう。そうなればただ死ぬのを待つばかりである。

 どう考えても勝ち目はない。

 そう思うのが当然なのだが、それこそがチャンスでもあった。

 余裕を見せるチェイサーはまだ本気を出していない。

 一度あっけなく殺された勇也にはそれがわかる。

 だからこう考えたのだ。チャンスを待って一気に決めれば勝てる可能性はあると。


「さて、このまま嬲り殺しても良いですが、さすがにそれは可哀想だ。一応自分ですからね。それにもう分かったんじゃないですか? その程度の力じゃ愛する者を守ることなんて出来ないって」


 もう何度目かわからない。倒れ伏した二人にチェイサーが声を掛けた。

 勇也は答えない。

 ただその時を待っていた。必ず勝利することを信じて。


「うるさい! 僕はまだ負けてない。負けるわけにはいかないんだ……」


「では、殺してわからせてあげましょう」


 チェイサーの意識がイーターに向いた。


(今だ!)


 勇也の体はチェイサーの見える範囲にあった。

 だが、勇也は気付かれないように、尾だけをチェイサーのすぐに近くに伸ばしていたのである。


 イーターに向けて一歩踏み出したチェイサーの足に、勇也の尾が絡みついた。

 同時に、勇也は飛び上がって空中でチェイサーを後ろから羽交い絞めにする。


「僕ごとでいい! やってくれ!」


 イーターが膝をついて起き上がり、顔を上空に向ける。

 そして、口から竜の息吹(ドラゴンブレス)を放った。

 運が悪ければ勇也ですら消滅するかもしれない。それほどに特大の威力のものだ。

 それが迫って来てもチェイサーは逃げようとしない。ただ、その瞬間が訪れるのを待っているだけだ。

 勇也はそれを不思議に思いつつも覚悟を決めた。必ず生き残ると信じて。


 光が二人に迫る。

 ついに光が二人に直撃……することはなかった。

 ブレスは二人を避けるように後方に流れていく。


「何が起こってる!?」


 焦るイーターの前に現れたのはピンク色の円、その縁にフリルの付いた。

 一瞬イーターにはそれが何だかわからない。それがあまりにも場違いすぎて。

 だが、よく見ればすぐに分かった。

 日本にいた頃はよく見られたものであるし、無論、この世界にもそれはある。雨の日にはもちろん、夏の暑い日差しがある日にも使われているものだ。

 そう、それは傘だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ