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第九十話 告白

イーターの過去編を10話まで書いたところで、「あれ? これ、20話超えるぞ……」とういうことに気付き、あまりにも冗長なため3話でまとめ直しました。

 教室にシュプレヒコールが響き渡る。残酷な、純粋な悪意の込められた。


「「「しーね! しーね! しーね!」」」


 勇也はそれに耐えられず、荷物を持つと教室をすぐさま飛び出していた。


「永倉君!」


 背後から掛けられた千佳の言葉は勇也に届かない。いや、耳には届いている。しかし彼の心にまでは届かなかったのだ。


 帰宅した後、勇也は憎悪に胸を焼かれながら、ひたすら市の運営するジムで体を鍛えていた。

 体を鍛えたところで、勇也の中で渦巻く憎しみは消えない。

 それでもそれが無意味じゃないことを勇也は知っていた。


 きっとエスカレートする。

 あれだけのことがあった後だ。苛めは必ず今より激しくなるだろう。

 今はわざと聞こえるように陰口を言われたり笑われたりするだけだが、それは徐々に酷いものになって行くのだ。

 物が無くなっていたり、壊されていたり、黒板や机に悪口が書かれたりするようになるだろう。

 それでも勇也は我慢しなくてはいけない。

 我慢するのをやめる時、それはさらに苛めが酷くなって、呼び出されて暴力を振られたりするようになった時だ。


 勇也はその時に備えて体を鍛え続ける。

 壊れるギリギリまで。胸に渦巻く憎悪を糧にして。


「永倉君、そろそろ時間じゃないかな?」


 無心でバーベルを担いでスクワットしていた勇也は、唐突に掛けられた声に驚いて顔を上げた。

 時間、というのはきっと利用時間のことだろうが、それを告げに来たのは施設の職員ではなかった。

 勇也も知っている人物、同じクラスの委員長である千佳だったのだ。


「そこで何してるんですか?」


 千佳は微笑んだ。


「永倉君を待ってるんだよ」


「そうですか。もう少し待っていてください。着替えてきますから」


 着替え終わった後、勇也は内心うんざりしつつも、千佳の元に向かった。


 勇也たちのいる施設には、一階に広いロビーがあり、そこには机と椅子のついた休憩所があった。

 そこに千佳は勇也を連れて行き、二人で腰を下ろす。


 この女をこの場で殺したい。

 勇也はその破滅的な殺害衝動を抑え込んでいた。

 そもそもあんなことになった原因は千佳にある。

 でもだからと言って、今この場で短慮を犯すわけにはいかない。

 もし彼女に拳を振るうことがあるとすれば、もっと敵を大勢連れてきて、勇也の前に立ち塞がった時だ。


「あのね、今日のことなんだけど……」


 千佳の少しおどおどとした様子。どうやら謝りに来たらしいと勇也は予想した。

 そう考えれば、元凶が彼女だとしても、勇也は怒りと憎しみを押さえることが出来る。

 それでも、勇也の言えることは一つだ。


「許さない」


「えっ!?」


 千佳が意表を突かれて目を丸くする。


「今日のことを謝りに来たのでしたら、謝罪は不要です。謝られたところで許す気はありませんし、何か僕に言いたいことがあるのだとしても聞き入れるつもりはありません」


 千佳はしばらく声もなく勇也を見つめていた。

 だが、徐々にその表情は曇って行き、俯いてしまった。


「そっか、今日のこと怒ってるんだね」


 千佳が何かに耐えるように身を固くしている。

 そんな彼女の様子に勇也が気付き、訝しんでいると、机の上に一粒の水滴が落ちた。

 それは千佳の涙だ。


「私、あんな風になるなんて思ってなかったんだ。本当にごめんね。でもね、違うの。私が言いたかったのは。永倉君、私に告白してくれたでしょ?」


「違います」


 怒りが収まったわけではない、勇也はそう信じたかったが、千佳の涙は勇也を怯ませるには十分な効果があった。

 内心、勇也は千佳の涙に若干狼狽えつつも、それを表に出さないようにしながらその時言った言葉の意味を説明した。

 そうすると、千佳は完全に泣きじゃくり始めてしまった。


 さっきまで敵の一人だと思っていた女が、自分は何もしていないはずなのに目の前で号泣している。

 さすがに勇也も混乱し、周囲の注目も集め始めたことで余計に平静を保てなくなり始めていた。


「私が、私が本当に、言いたかったのは、うっ、うぅ、『ありがとう。私も永倉君と付き合いたいです』って……」


 泣いて訴えるように言う千佳の目は、勇也の目を正面から捉えていた。

 しかし勇也は目を合わすことが出来ない。

 思いもよらなかった彼女の言葉に、ただ眼を泳がせるばかりだ。


「一体、どういうつもりなんですか? 同情ですか? いや、同情でそんなこと言うはずないですね。わかった。罰ゲームか何かですよね?」


 実際、勇也は過去にそういった苛め(当人たちにしてみればただの遊び)を受けたのだが、狼狽えている彼にもわかっている。千佳がそんなつもりじゃないことは。


 千佳がいきなりガタっと立ち上がった。

 先程から注目が集まってきているが、その大きな音で一斉に視線が集中する。


「私、永倉君のことが好きなの!!」


 千佳が大声でそう叫ぶ中、勇也はただポカンと口を開けて、間抜けな表情を晒していたのだった。




 思いがけず、勇也は千佳に告白されてしまったのだが、勇也がすぐに返答することは無かった。

 彼女のせいであんな目に遭ったのを考えれば、そして誰も信用しないで生きていくつもりならば、断るのが当然である。

 しかし勇也はすぐに断れなかったのだ。

 誰かに求められている。今まで欲しくても手に入れられなかったものが、すぐ目の前にある。


 恋人が欲しいと思っていた。

 それが何のために必要なのか、と問われれば、今まで一人きりだった勇也は上手く答えることが出来ないだろう。

 ただ性欲のため。

 それも間違いではない。

 だが、それだけだとは思えない。それ以外の何かが手を伸ばした先にある気がするのだ。

 それに何より、


(一人ぼっちはあまりに寂しい……)


 勇也はそれを自分の弱さだと思い、自己嫌悪に陥った。

 それでも、簡単に手を引っ込めることが出来なかったのである。


 勇也は煩悶としながら、その日眠りに就いた。

 そして、目を覚ました次の日から、全てが変わったのだ。


 一番はやはり千佳だった。


 勇也がいつもの如く始業の一時間前に登校し、自分以外誰もいない教室で読書していると、いつもまだ誰も現れないはずの時間、始業三十分前に千佳が現れたのだ。


「あれ? 永倉君やっぱり早いね。早起きしたんだけどなぁ」


「お、おは、お早うございます。三十分前に着きました」


「えっ、それは早すぎるでしょ……」


 完全に千佳の存在を意識してしまった勇也が、挙動不審になりながら何とか挨拶した。

 それに対し、千佳は一見して普通に返しているよう見える。

 だが、実は千佳も同じように勇也を意識して、顔を上気させて緊張していた。尤も、千佳の顔をまともに見られなくなっている勇也はそれに気付かないのだが。

 そのせいでお互い無言のまま、勇也は自分の席に座って一文字も頭に入って来ない読書をし、千佳はそんな勇也をぼうっと眺めているだけという時間が五分ほど続いた。


 その状況で、そんな空気に耐えられなくなった勇也が先に口を開いた。


「あ、あの、昨日のことなんですが……」


「ま、待って、あれだよね。私が永倉君のこと好きって話だよね」


 勇也が頷くと、千佳は慌てたように手を忙しなく動かし始めた。

 勇也は不安になる。やはり昨日のことは冗談だ、などと言われてしまうのではないかと思って。そしてそれを不安に思っている自分に自己嫌悪するのだった。

 しかし、千佳の話は違った。


「あ、あのね、返事っていうか、答えっていうか、その、もうちょっと待って欲しいんだ。だって、よく考えたら永倉君って別に私のこと好きじゃないし、私のことよく知らないもんね?」


「まぁ、そうですね」



 実は自分も同じく「待って欲しい」と言うつもりだった勇也は、少しキョトンとしながらそう答えた。


「やっぱり、そうなんだ……。だからね、一週間、じゃなくて、一か月ちょうだい。それまでに私頑張るから」


「はい? 何を頑張るんですか?」


「その、永倉君に、好きになってもらえるように」


 千佳がそう言って微笑むと、勇也は思わず俯いてしまっていた。彼が直視するにはあまりにも眩しすぎる笑顔だったのだ。

 言った後に千佳も同じように俯いていた。

 自分で言っていて恥ずかしくなったのだろう。

 もちろん勇也も恥ずかしかった。だが、それ以上に嬉しかったのである。


 それから勇也の生活は劇的に変わり始めたのだが、それは彼の望む以上のものであり、彼が望んだものと違うものでもあった。

 永倉勇也という人間を作り変えてしまうほどに。

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