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異世界迷宮に転移したら、僕はみんなの食糧でした。  作者: 捨一留勉
第一章 少女との出会い
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第八話 仮面の勇者は妖しく笑う

幕間的なお話です。

 時間は勇也がクラスから離反した時まで遡る。


「は、早く、永倉君を追わなくちゃ」


 委員長こと、今野千佳は急いで勇也の後を追おうとしていた。

 こんなわけのわからない世界のわけのわからない場所で、一人で行動するなど自殺行為も甚だしいからである。

 千佳はファンタジー系の創作については詳しくないが、要するにオタクではないが、異世界のダンジョンと聞けば、自然とモンスターを想像するぐらいの知識はあったのだ。

 しかし、それを周りの人間は止めた。


「委員長、やめるんだ。これ以上クラスがバラバラになったら、みんなでここから帰れなくなるかもしれないぞ」

「そ、そうだよ、委員長。委員長がクラスをまとめなかったらさ、誰がクラスをまとめるんだよ」

「永倉も大丈夫だって。委員長はロープレやったことない? 序盤に出てくるモンスターはだいたい雑魚なんだから」


 長身、美丈夫、運動神経抜群の岡田秀一、勇也から荷物を奪ったキツネ目の男、大石諒、千佳と普段から仲の良いボブカットの美少女、近藤咲良。三人がそれぞれ千佳を説得する。


「今野さん、貴方が一人で永倉君を追いかけて行ったら、危なくなるのは貴方の方よ。今は状況を確認して、追いかけるにしてもしっかり準備してからにしましょう。心配しなくても大丈夫、永倉君は男の子なんだから」

「先生……」


 高校生の集団の中に混じった中学生、否、担任の教師である武市花に諭され、ようやく千佳は頷いたのだった。


 それに千佳は知っていた。勇也が普段から体を鍛えていることを。そして、驚くほどの努力家であることを。

 偶然咲良と一緒に、公共のトレーニングセンターに行ったときに見かけたことがあるのだ。勇也は全く気付いていないようで、いや、千佳のことは見ていたのだが、その視線は胸にだけ集中していたせいで、それが同級生だとはわかっていないようであった。

 ともかく、勇也は胸に向かう視線を自分の手で正面に戻すという奇行をした後、何やら鬼気迫る様子で体を鍛え始めた。一体何の目的があるのかわからないが、少なくともダイエットや体力作りといったレベルの鍛え方ではなかった。

 千佳が見たのはそれだけではない。

 勇也はほとんど毎日のように図書室に通っている。そして、十七時に図書室が閉まると同時に帰って行くのだ。しかも、学校にいる間は読書をしているか、勉強しているかである。

 秀一が中間テストの結果がクラス三位だったと嘆いていた事があったのだが、一位は間違いなく勇也だろうと千佳は考えていた。

 勇也には何か夢があるわけではなく、ただ自分を守るために体を鍛えたり、勉強をしていたりしたのだが、そんなことを知らない千佳の目には、彼は尊敬すべき人間として映っていたのだ。


 千佳は心配ではあるが勇也の無事を信じることにし、他の者たちと同じようにバックパックの中を確認し始めた。


「魔法キター!」


 突然発せられた雄叫びに、一斉に白い目が向けられる。

 視線の先ではオタクグループの一人、門田卓が、何か薄い冊子のようなものを手に持ってガッツポーズを取っていた。

 魔法。

 一度は白い目で見た生徒たちであったが、その言葉にクラスの者たちは一様に瞳を輝かせる。


「魔法、まさかそんなものがあるとはね……」


 秀一はバックパックの中に入っていた薄い冊子を取り出し、小さく呟く。驚いているようにも、呆れているようにも聞こえる声音だった。


「でも、あの態度悪いイケメンは使っていたよね」


 咲良の言うイケメンとは、あの貴族のような恰好をした男であろう。


「それを言うならこんな所に連れて来られたこと自体、魔法だって」


 そう言いながら咲良の首に後ろから腕を回してきたベリーショートの女子は、バスケ部主将の斎藤優樹菜だった。


「うふふ、先生ね、子供の頃は魔女っ子に憧れていたのよ」

「いや、花ちゃん先生は存在がすでに魔法……」

「うふふふふ、何かしら、斎藤さん?」

「な、何でもないっス……」


 ほとんどの者たちが冊子を広げ、魔法の使い方について確認している。そこかしこから「うぉ、マジで出来た!」「これで異世界無双だ!」などと歓声が聞こえることから、何人かはすでに魔法の発動に成功したらしい。

 千佳も冊子を読み、自分の性格に当て嵌まりそうな魔法を試していた。

 千佳が土魔法を試し、何も起きず、水魔法を試そうとしていたところで、洞窟内に焦燥した声が響いた。


「ね、ねぇ、誰か『鑑定』のスキルが使える奴いない? 多分自分とか、近くの誰かの情報を確認する感じで、頭の中で『鑑定』って唱えればいいと思うんだけど」


 眼鏡を掛けたオタクグループの女子、山崎笑美が大声でその場の全員に問いかけた。

 全員で顔を見合わせたり、自分の手を見たりしているのだが、やがて一様に首を横に振っていく。


「マジで? 誰もいないの……?」


 やり方は間違っていないはずだ。

 同じ方法で勇也と凜華がお互いの情報を確認していたのを、ここにいる全員が見ていた。


「できないとまずいのかな?」

「さぁ、わかんない」


 千佳と咲良がそんな会話をしていると、オタクグループから「やべぇな」、「どうするよ」などの悲嘆的な声が聞こえてきた。中には顔を青くしている者までいる。

 やがて秀一も何かに気付いたように、深刻な顔をした。


「そうか、まずいな。このままだと俺たちがどんな力を持っているのかわからない。少なくとも永倉や沖田は何かしらの力を持っていたようだし、あの貴族みたいな男の話からしても、俺たちが何もないという事は考えにくいだろう。

 それに、『鑑定』というのは情報を読み取る力のことだろう? もしこの洞窟に食べられるものがあったとしても、俺たちには……」

「「あっ……」」


 情報を読み取るという便利な力は、あった方が良いに決まっている。いや、何の知識も持たないで突然異世界に連れて来られた彼らには、必須だったのだ。


「くそっ、あいつらが勝手にいなくなったりしなければ……!」


 勇也がいなくなったのは彼の責任ではないのだが、それを指摘する者はいなかった。

 千佳もそのことを蒸し返すよりも、今は魔法を習得し、少しでも戦える準備をしてから、一刻も早く勇也を迎えに行くべきだと考えたのである。


 一時間後、だいたいの者が初級魔法を習得していた。

 しかし、千佳は全く魔法が発動せず、魔力の流れとやらも感じることができなかった。

 ただその代わりに、自分の体の内を何か温かいものが巡っているという感覚を見つけた。さらに、その温かい何かを体の外に噴出し、自分の身に纏わせることができるようになっていた。纏ったそれは白い蒸気のように見える。

 試しにそれを近くの壁に飛ばしてみる。


 ドゴッ。


 岩が抉れた。


「何、今の? エアスラッシュ? 呪文唱えてなくなかった?」

「うん、なんか魔法じゃないみたい。ていうか、私、魔法使えないみたい」


 咲良と千佳がそんな会話をしていると、花が近付いて来る。


「もしかして、それがスキルなんじゃない。魔法が使えないっていうのは、そのスキルの影響だとは考えられないかしら」


 確かにそういう事も考えられる。

 何にせよ、スキルらしきその力があれば、魔法が使えなくとも戦うことは出来るのだ。


「俺もどうやらスキルが使えるようになったらしい」


 秀一がそう言いながら現れた。

 右手には剣を持っている。


「見ていろ」


 秀一は剣を構え、壁に向かって軽く振るう。

 すると、光の斬撃が発生し、岩を砕いた。


「軽く振ってこれだ。全力で振るうのが怖くてね。ただ、使うたびに魔力は消費しているらしいが」


 しかし、それも軽微のようであった。

 これで何とか戦力が整ってきたようだ。

 早速勇也を捜索しようと千佳は考えたのだが、魔法の練習をしたことにより魔力欠乏症に陥り、立っていられなくなるものが現れ始めていた。

 結局一時間の休憩を取り、一行はようやく移動を開始したのだった。


 この時点で千佳たちは考えていなかった。

 勇也と再会できるのが何日も先になるとは。


 ************


 一行がいなくなった後、そこには床に倒れたままの黒いローブを着た者たちが残されていた。

 その誰もがすでに呼吸も鼓動も失われた、と思われていたのだが、


「ぷっはー、ようやくいなくなったのですわ。まったく、何時間呼吸を止めてさせる気ですの!」


 一人の小柄なローブ姿の者が立ち上がり、そのフードを外した。

 中から現れたのは、赤銅色の髪を持った色白の美少女だった。容姿も十分特徴的なのだが、彼女の頭にはもっと目立つもの、羊のように捩じれた角が生えていた。そして、ドリルツインテだった。

 少女は立ち上がると脇の下から何やら丸い水晶のような玉を取り出し、それをローブの中にしまう。代わりに小さなシルクハットを取り出し、それを頭に被った。


「マディ、何もずっと息を止めている必要はなかったと思いますよ」


 続いて長身のローブ姿の者が立ち上がり、同じように脇の下に挟んでいた玉を取り出し、フードを外した。

 フードの下は、さらに仮面だった。仮面が顔の上半分を覆っている。仮面の上からわかるのは、それが男であることと、黒髪であることぐらいである。


「それにしても、こんな簡単な方法で脈を止められるとは思いませんでしたわ。あら、仮面なんかつけていましたの? チェイサー」


 チェイサーと呼ばれた男は柔和に微笑む。


「ええ、連続殺人犯ですからね、私は」

「それは、あちら(・・・)でも、ですか?」


 チェイサーの笑みは崩れない。


「さぁ、それはどうでしょうか」

「相変わらず食えない男ですわ」


 マディはやれやれと言うように肩を竦めた。


「で、マディ、今回の視察の結果をお教えくださいますか?」

「ええ、よろしくてよ」


 マディの顔から表情が消えた。


「人族の行っていることは外法であり、非人道的なものである。また、今回の実験は我々魔族を滅ぼすために行われたものであると考えられる。よって我々魔族は人族との融和を目指すのではなく、人族を打倒し、これを支配すべきと考える。……と陛下にはお伝えしますわ」


 最後の言葉で彼女は笑顔になり、チェイサーに微笑んで見せた。



「妥当な判断でしょうね」

「ところで、貴方はよろしかったのです? 彼らを救わなくて」

「ふむ……」


 チェイサーは顎の下に手を置いた。


「彼らはどちらにせよ救われぬ命です。今回の実験を見て確信致しました。勇者という存在も、そう変わらないのでしょうね。

 それに、マディも見たでしょう。彼らの行いを。彼らは、我々が救うべき命だとお思いですか?」


 マディはそれには答えず、一つ溜息を吐く。


「そうでしたわ。貴方はそういうお方でした。だからこそ、我々魔族の味方をしてくれたのでしょうけれど。ねぇ、勇者様?」

「くくっ、その通りですよ、殿下」


 マディはチェイサーを睨むが、彼は堪えた様子もなく微笑んでいるだけだった。


「で、この後はどうしますの? 正面突破でここを脱出します? それとも五層の龍脈を

 利用します?」

「私だって正面突破するほど愚かではないですよ。五層まで下りましょう。ついでにちょっとした悪戯も仕掛けられますし」

「愚かではないかもしれませんが、性格は最悪ですわね。では、参りましょう」


 マディはそう言うと、当然のようにチェイサーの首の後ろに両手を回した。チェイサーもそれを心得ているようで、何の抵抗もなく彼女を抱きかかえた。傍から見れば、どう見てもお姫様抱っこである。

 刹那、二人の姿は広間から消えていた。


 あとに残ったのは、今度こそ物言わぬローブ姿の者たちだけとなったのだった。


以上で一章終了となりますが、明日、明後日も投稿する予定です。

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