第八十四話 イーター
日を跨いでるけど、本日三話目。
「お、まえ、な、んだ?」
やたらと聞き取りづらい声で、目の前に現れた鉄仮面の男は聞いてきた。
勇也は眉間にしわを寄せる
てっきりそのまま戦闘になると思ったのに、鉄仮面の男は勇也を見ると戸惑い、言葉を発してきたのだ。
よほど珍しい化け物にでも見えたのか、と少しショックを受けると同時に、鉄仮面を着け、獣のように雄叫びを発する目の前の人物には言われたくないと、勇也は思ったのだった。
「あなたこそ何ですか? いや、知ってますけどね。人食いのイーターさんでしたっけ?」
挑発するような口調で言ってみるが、鉄仮面の男、イーターは戸惑ったままだ。攻撃してくる気配を見せなかった。
「ちが、う。ぼ、くは「何をやっているんだ、イーター!」……」
イーターが何かを言おうとする寸前、後から追いついてきた人物の声がそれを遮った。
勇也はイーターの後ろを見て、目を細める。
そこにいる人物に見覚えがあった。
金髪に高価そうな服を着た男、眉目秀麗だが態度に傲慢さが滲み出ている。
その男こそが、勇也たちをこの異世界迷宮に召喚した張本人だった。
「おっと、てっきり魔物だと思ったが、人か……」
その男、クインズベリーはイーター越しに勇也を見て、勇也と同じように目を細めた。
「侯爵様、そんな前に出たら危ないっスよ。ん? あれって人族っスか。げっ! どう見たって魔族じゃないスか!」
さらにマントと三角帽を被った、いかにも魔女といった女が現れ、一緒に二十人近くいる兵士も現れた。
これだけの大人数で行動していれば、魔物に狙われやすくなるのだが、べリリア王国内においても屈指の魔術師であるクインズベリー、それにイーターがいれば有象無象の魔物など、いくら現れようがどうとでもなる。それに加えて、魔術師たちが交代で照明となる炎を魔法で生み出し、近くに浮かべておくことで、この暗闇地獄の中でも彼らの周りは常に明るく、魔物が襲い掛かってきても迅速に対応することができた。
「いえ、この男には見覚えがあります。確か魔物と素手で戦おうとしていた男です。真っ先に死ぬと思いましたがね、まさかまだ生きていて、このような変貌を遂げるとは……」
クインズベリーは厭らしい笑みを浮かべた。
何を考えているのか、この男と会うのがまだ二度目である勇也にも分かった。
「イーター、その男は殺さず生け捕りにしなさい」
「……」
イーターは答えない。
未だ勇也の方に、鉄仮面に覆われた顔を真っ直ぐ向け続けている。
「イーター!」
「ぐあああああ!」
イーターが頭を押さえて苦しみ始めた。
しかしすぐにそれは止み、今度は体を低くして勇也の方を向いている。完全に臨戦態勢である。
勇也は彼らがやり取りしている間に、イーターの『鑑定』を試みたのだが、それは失敗に終わった。
凛華が過去にステータス差により『鑑定』に失敗したと言っていたが、イーターと勇也の間に、それほどのステータス差はなかった。
それとは別に、鉄仮面に鑑定を妨害する機能が付与されていたのだ。
それでも勇也にはわかる。
目の前の男は、チェイサーほどではないが、自分を超える強者であると。
だが、負けてやるつもりもないし、当然捕まってやるつもりもない。
チェイサー相手では厳しいかもしれないが、イーターが相手なら勝算があるのだ。
「グゥルゥゥゥアアアアア!!」
イーターが飛び込んでくる。
勇也はボクシングスタイルを取り、イーターを迎え撃った。
イーターの動きは直線的だ。
いくらステータスが勇也を上回るとはいえ、真っ直ぐ突っ込んでくるだけの相手なら、どうとでも対処できる。
勇也は左腕を開き、左に上半身を捩じった。
イーターが飛び込んできたところで、左に飛んで避けつつ左フックを鉄仮面越しの顔面に叩き込む。
勇也の放った左フックは見事なカウンターとなって、イーターにクリティカルヒットした。そのあまりの衝撃に勇也の拳が砕けるほどだ。
だが、勇也の拳は砕けてもすぐ元に戻る。
その分体力を消費するが、軒並みステータスの伸びた勇也には大した量ではなかった。
「くふふふ、ああ、久しぶりに楽しいなぁ。まだ立てるでしょ? 僕をもっと楽しませてくださいよ」
愉しげに笑う勇也の声を聞きつつ、イーターが立ち上がる。
ダメージが大きかったのか、立てても膝が笑っていた。
「何をしているのですか、イーター! スキルを使って戦いなさい!」
クインズベリーの檄が飛ぶ。
すると、イーターはふわりと宙に浮かび始めた。
このダンジョンには空を飛ぶスキルを持つ魔物が多く存在する。イーターはそれらの魔物を食ってスキルを得たのだ。
「じゃあ、僕も」
しかし飛べるのは勇也も同じだ。
いや、飛ぶということに関してはイーターよりも勇也の方が適性は高い。飛ぶための羽があるのだから。
しかし、イーターが持つスキルは飛べるようになるものだけではない。
イーターが勇也に向かって再び突っ込んでいく。
だが今度はさっきの比ではないほど速かった。今イーターの敏捷は倍になっているのだ。
勇也は避けきれずにイーターの振るった拳を受ける。
何とか腕をクロスさせて防御は間に合ったものの、イーターはそのまま勇也の腕をつかみ、食らいつこうとしていた。
腕に噛みつかれそうになる刹那、イーターが急に動きを変えて、地面に向けて飛んで行った。
そのまま地面に激突し、動きを止める。
それを為したのは勇也の黒く長い尾だった。
イーターに殴られた時点で、その尾はイーターの足に絡みついていたのだ。
「くふふふ、こいつはなかなか便利だな」
勇也の尾がグネグネと蛇のように動く。
それは勇也の上機嫌を現わしているようだった。
「にしても、そのスキルには見覚えがある」
勇也が言っているのは、イーターの動きが速くなったスキルについてだ。
糸目こと、大石諒の持っていたスキルが、自身の敏捷を倍にする『韋駄天』というスキルだった。
ということは、こいつは糸目を食ったのか、と勇也は一瞬考えるのだが、すぐにかぶりを振った。
確かに彼らが向かってきたのは二階層からの方角であり、四階層からではなかったのだ。
何より、もし諒が食われているなら、アナベルとも遭遇しているということになる。そしてどうなったのか、勇也は想像したくもなかった。
「あなたたちは上から来たのですか? 他の転移者には会っていないんですか?」
勇也は、忌々しいという風に自分を睨みつける、クインズベリーに向かって口を開いた。
答えてくれないかも、そうしたら拷問してでも聞き出そう、と勇也は考えていたのだが、意外なことにクインズベリーはあっさりと答えた。
「ええ、上からの来たのですよ。五階層に繋がる転移魔方陣が何者かに壊されていましてね。どなたかに心当たりはありませんかね?」
情報を求めているのはクインズベリーも同じだ。
そもそも、これほど実力を持った転移者がこんなところをうろついているのはおかしい。
よってクインズベリーが導き出した答えは、転移者の誰かが転移魔方陣を守る兵士を殺害したのち転移魔方陣を破壊し、足の速いこの男一人が先行しているということだった。当然この男の目的は、一階層の封印を破壊して、そこから転移者全員で脱出することである。
一階層の封印が破壊できるとは思えなかったが、よく考えたものだとクインズベリーは内心舌を巻いていた。
それに、日本人というのは気性の大人しい種族だと有名だった。尤も、イーターやチェイサー、一国を乗っ取ってしまったという鋼の勇者など、例外は数多く存在するのだが。
上から来たか、他の転移者に会っていないかなどと、わざとらしいことを聞くものだと、クインズベリーは忌々しく思いつつも、自分の計画は確実に成功することを確信していた。
こちらにはイーターがいる。彼らが自分から逃げおおせることなど不可能である。クインズベリーは高笑いしたくなるのを我慢しているほどだ。
今は押されているように見えるイーターだが、彼の実力はまだまだこんなものではない。クインズベリーはそれをよく知っていた。
一方で転移魔方陣が破壊されたと聞いた勇也が、真っ先に思い付いたのは疾風の勇者チェイサーのことである。
情報を聞き出せたおかげで、『韋駄天』をイーターが得たのはたまたま別の誰かを食っただけだとわかったが、恨み深いこいつらに情報を教えてやる義理などない。それに一応チェイサーは恐らく未来の自分である。
勇也は悩むが、運が良ければイーターとチェイサーがぶつかり、少しでもチェイサーを消耗させてくれるかもしれないと思い、結局教えてしまうことにした。
「多分、疾風の勇者ですよ。五階層で会いましたし」
「見え透いた嘘を」
勇也が眉間にしわを寄せる。
なぜ自分が嘘をついていると思われているのか、わからなかった。
「い、いや、でも侯爵様、この悪魔の神父さんが本当に転移者なら、疾風の勇者なんて知らないんじゃないスか?」
後ろから出てきたボニーをクインズベリーが思わず睨みつける。
彼女は「ひぃっ」と言いながら下がっていったのだが、クインズベリーは何度か頷いたのち、再び勇也に視線を向けた。
「いやー、これは失礼しました。私としたことが、とんだ勘違いをしていたようです。で、あれば、どうですか。私たちと一緒に裏切り者の勇者を討伐するのを手伝ってはいただけませんかね」
「手伝う、ね。そのイーターとやらが着けているダサい仮面を着けて、ですか?」
無表情の勇也と、笑顔のクインズベリーの視線が交錯した。
「いつまで寝ている、イーター! とっととこいつを捕まえろ。無理なら食ってしまえ」
「グゥルゥゥゥアアアアア!!」
立ち上がるイーターを眺めつつ、勇也は考える。
今は勝っているが、この先も同じとは限らない。いや、数多くのスキルを持つイーターに、自分が勝つことはできないだろう。
大罪系のスキルである『嫉妬』が発動すればわからないが、そう都合よく相手に嫉妬したりはできない。あとは『プラネットフレア』くらいのものだが、戦闘しながらあの呪文を発動させるのも難しかった。
決め手がない。
勇也は一つ決心する。
成功すればここにチェイサーを呼び出してしまうことになるかもしれないが、他に方法が思いつかなかった。
イーターが立ち上がり、再び飛び掛かる態勢に入る。
勇也はそのイーターに向かって右手を伸ばした。
そして一つの短い呪文を唱えたのだ。
「【取り立て】!」




