第八十二(十八.五)話 恐怖の(?)人体実験をしました。
無事帰って来れました。
本日一話目。時系列で言うと、初めて邪神様にあった後の話です。
宝箱部屋から出た僕たちは、ある実験をすることにした。
「本当にするのですか?」
アナはちょっと乗り気じゃないみたいだ。
まぁ、正直言って僕もそうである。
なんせその実験には僕の死体を使うんだから。
いや、うん。
自分で言って、何を言ってるのかよくわかんないけど。
でも、実際問題それが事実なんだからしょうがない。
僕は今こうしてピンピンしているわけだけど、食い散らかされた僕の肉片が存在する。
うん、こうして自分自身で僕の下半身(要モザイク)と右腕を持っている。なんというか、すげーシュールな光景だ。
それをやった犯人のクロは、犬然として僕の隣で尻尾を振っていた。
何ならちょっと物欲しそうな目で僕の右腕と下半身(要モザイク)を見ているが、きっと気のせいだ。気のせいったら気のせいなのだ。
気を取り直して、少し明るいところまで歩いていき、そこに僕の下半身を置く。
そして、すぐにその場から離れ、岩場の陰に僕とアナ、クロの二人と一匹で隠れた。
どれぐらい待つかな、まさか全然来なかったりして、と思ったけど、それは杞憂に終わったらしい。僕の待っていたものはすぐに現れた。
「ギャギャ」
「ギーギー」
まぁ、うん。我が友ゴブリンである。いや、ゴブリンじゃなくても魔物なら何でも良かったけど。
「すごいのです。入れ食いなのです。さすが勇也の豊潤な香りを持つお肉なのです」
や、やめて。
アナは悪気ないんだろうけど、居た堪れなくなってくるから。
僕は今すぐ顔を抑えてのたうち回りたい衝動を抑え、やって来た二匹のゴブリンたちの動きを観察する。もちろん『鑑定』を発動させて。
特段変わったことのない、何の変哲もないゴブリンたちが僕の肉片を見つけて狂喜乱舞している。
あ、泣き出した。
なんかすごい喜びようだけど、今はそれは置いておこう。
「さすが勇也なのです」
本当、置いておいて。
僕は羞恥心の限界と闘いながら、ゴブリンから目を離さない。
ていうか、もうそこしか見てられない。
すると、漸く喜びの舞を終えた二匹のゴブリンが僕の下半身に食らいつき始めた。
おお、なんか自分の下半身が食われてるって、思ったより嫌な光景だな。
見ていてちょっとこっちまで痛くなってくる。
え、ちょっと待って。そこも食べるの?
「はうっ」
痛くはない、痛くはないはずなんだけど。
僕がちょっと内股になっていると、アナが僕の腰をさすってきてくれた。
「痛々しいのです」
ああ、アナはやっぱり優しい子だ。
「ありがとう」
僕はアナに向かって微笑みかけた。感謝と愛情を込めて。
アナも僕を見つめている。
なんていうか、そう、甘い空気だ。
「わふっ」
ちっ、なんだよ、せっかく良い雰囲気だったのに。
いきなり邪魔してきたクロを見ると、彼女は顎で前方を示してみせる。
そこには僕の下半身(要モザイク)を完食して、どういうわけか体を硬直させたゴブリンたちがいた。
あ、すいません。忘れてました。
ちょっと気まずい雰囲気が流れるが、次のゴブリンたちの動きでそれは霧散した。
ゴブリンたちが突如倒れたのだ。
え? 何で?
アナの方に目を向けると、彼女は難しい表情をして考え込んでいた。
「おそらく、寿命が尽きたのです」
「ゴブリンの寿命って?」
「二十年ほどなのです。さっきの個体は十八と十九でした。急激な老化により力尽きた、と考えられるのです」
そうか、クロは僕を食べて五年歳を取ったわけだし、ゴブリンでも同じ現象が起きたのか。
『食用人間』の能力で、仲間を増やせないかと思ったんだけど、まぁ仕方ない。能力の検証はちゃんとできたわけだし、それに仲間になってもゴブリンだったわけだしな。
能力の検証はそれで終わりじゃない。
僕は自分を『鑑定』した。
すると、敏捷が2伸びているではないか。
やっぱりか。
クロに食われた時も、僕のステータスは伸びていた。
つまり、僕は僕を食った相手から、ステータスを僅かだけど奪うことができるのだ。
うん、やっぱり『食用人間』は外れスキルなんかじゃなかった。
食われても死なない、おまけに普通に怪我しても治ってしまう不死性に、アナも言っていたけど、魔物調教の能力、さらにステータスも伸ばすことができるとは。
「これで前提条件が『食べられる』じゃなければ、最高だったのです」
「それは言わないで……」
項垂れていると、アナがよしよしと頭を撫でてくる。
すぐに立ち直ることができず、僕はしばらくされるがままになっていた。本当はその手が心地良かったってのもあるけど。
ずっとそうしているわけにもいかず、僕は立ち上がって右腕を見た。取れている方の右腕を。
「その勇也の持っている勇也の右腕はどうするのです?」
「紛らわしいな」
「そんなこと言ったって、勇也が持っているのは勇也の右腕だからどうしようもないのです!」
僕は苦笑いしながら、頬を膨らませるアナの頭を撫でる。
うん、でも、本当にどうしようか。
検証はこれで終わったわけだけど、この右腕の使い道は考えていなかった。
やっぱり仲間を増やすのに使おうか。でも、うーん、クロがいればあんまり必要性は感じないしな。
このダンジョンを進んでいけば、いつかは想像を絶するような強敵に出会うかもしれない。だけど、それまで自分の右腕は持ち続けるのはちょっと……。絶対腐るし。
僕が悩んでいると、アナが僕の右腕をひったくった。
「え、まさかアナ、食べるつもりじゃ……」
いくらお腹が空いているからって、それを食べるのはどうかと思う。だって僕の腕なんだよ?
でも、愛する者に体を食べられるっていうのは、その、ちょっと、ドキドキするかも。いや、ダメだ。これは完全に開いちゃいけない扉だ。待てよ、アナが僕の体を食べたら、アナは僕に忠誠を誓うってことか……? どうする? どうしよう? どうすればいい!?
「ユーヤ、いったい何を考えているのですか? アナがユーヤの腕を食べたりするわけないのです。ちょっと思いついたことがあります」
アナはそう言って、クロに何やら指示を出す。
指示を出されたクロは、その場で穴を掘り始めた。
固い岩の地面が、クロの爪でプリンみたいにザクザク削れていく。
アレに襲われたんだなと思うと、またちょっと震えが……。
僕がちょっぴり青くなっている間にも穴は深くなっていき、二メートルほどになってしまった。
僕がすっぽりと埋まる深さだ。
そしてそこまで掘ると、アナがクロにやめるよう言う。
うーん、穴なんか掘ってどうするつもりだろう。まさかと思うけど。
「ていっ」
アナが穴に向かって僕の腕を放り投げた。
うん、まさかだったよ。
「そうだ、もう一つ良いことを思いついたのです」
アナは僕の傍まで来ると、邪神様からもらったストラをビリビリと引き裂き始めた。
「な、何するの!?」
「まぁまぁ、見ていてください」
アナはその引き裂いたストラの切れ端も穴に投げ入れ、またクロに指示を出して穴を塞ぎ始める。
いや、見ててもさ、何してんのかさっぱりわかんないんだけど。
「ふっふっふ、これで良いのです。もしユーヤがドロドロに溶けても、これでここから復活できるのです」
無理だろ、それ。
腕だけで生き返れたら、もはや僕は人間じゃないと思う。
だいだいさ、生き返っても生き埋めじゃないか。
しかし僕は何も言えない。
アナってば、やり切った清々しい顔をしてるんだもの。まぁ、やったのはクロだけど。
「どうですか、ユーヤ。アナを褒めてくれもいいのですよ?」
僕は、なんかもう色々と諦めてアナの頭を撫でる。
もう祈るだけだ。そんな日が来ないことを。




